テロに遭って意識不明の重体から目が覚めたら、国宝に選ばれていた挙句、付き合って半年の恋人ができた件   作:すすきみつよし

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4.人への態度でポジションが見える

 

 

 

 

 

 自宅のマンションの一室に着いてからしばらくして、ラフな格好に着替えたシャロが来た。

 

「ごめんなさい、二人とも。私の不用意な思い付きで」

 

「気にしないで良いよ。……けど、次からは事前に言ってくれると助かるな」

 

「同じく。けどなに、あれはリナ発案なの?」

 

「私とヴィゴの発案。ヴィゴが貴方と話がしたいって私に相談したのがきっかけ」

 

「ふうん。なるほど」

 

 沸かしたお湯を三つのカップに注ぐ。

 

「黄色がカモミール、青色がラベンダー、赤色がローズヒップ。好きなのどうぞ」

 

「ありがとう。赤色いただくわ」

 

「じゃあ黄色もらうね」

 

 余りのラベンダーを取る。変な遠慮合戦が始まらなくて助かった。

 

「……淹れてもらっておいて何だけど、珍しいわね。ウィルがこういうことしてくれるの」

 

「茶飲み話がしたくなっただけだよ。あとティーバッグの賞味期限が近い」

 

 茶道楽しているとままある話だ。気になったお茶を片っ端から購入して、その日の気分で気ままに飲んでいたら、昔に買ったものを忘れてそのままということは多い。特に徳用のティーバッグは。

 

「あの生徒会長サマとは長いのか?」

 

「私のファンで、一時期『人裡蓋世』の手解きをしてもらっていたわ。私の魔法の師ね」

 

 少し気まずそうにリナは茶に口を付けていた。

 

「なるほど。それは拗らせるな」

 

 憧れと庇護欲が混ざったか。そして帝国貴族の婚約者の登場で更に拗らせたと。おおよそそんな感じだろう。

 

「シャロとも友人?」

 

「友人だね。……まあ、一時期、というか顔を合わせた当初は、リナの護衛っていうことで、何かと突っかかられたけど」

 

 確実にファンを拗らせているな。

 

「でも悪い人じゃないことは僕が保証するよ。良くも悪くも、彼女は気性が激しいんだ」

 

 言って、シャロは白い手袋に包まれた鉄の義手に目を落とす。

 

 両手義手の女に護衛が務まるか、とか言われたのだろうか。言うだろうな。あの気性だと。

 

 義手は確かに生身に劣る。ただしそれは極まった水準での話であり、勝利する必要のない敗北しなければいいだけの護衛であれば問題ない。何事も勝ち切ることこそが最も難しく、そうした極限状態のみでそうした差異が際立つのだ。

 

 だからこそ、この両手義手の護衛は油断ならない。

 

 ただの護衛であれば両手義手でも務まらないことはない。だが護衛対象が公国令嬢と帝国貴族だ。ただの護衛に務まるはずがなく、シャロには義手のハンデをひっくり返す何かがあるのだろう。

 

 勝ち上がってきた内容を見る限り打撃主体の近接特化型。魔法は身体強化。魔術の成績は平均以上。特殊な魔術を刻まれていると考えるのが妥当か。そうでもなければ役職と能力が釣り合わない。

 

「準決勝が終わるまでは関わらない方が良さそうだな、それ」

 

「そうね。本当は仲良くして欲しいけど。今からでもキャラ変できない?」

 

「キャラ変も何も、これが素だから諦めてほしい」

 

「取り繕えない?」

 

 難しいな。

 

 肩を竦めてみせる。リナは一瞬剣呑な目付きになったが、一瞬だけだ。眉を寄せたしかめっ面でカップに口を付ける。

 

「ところで、『人裡蓋世』にはどう対処するの? 最速最強の結界術でしょう、あれ」

 

 『人裡蓋世』。早い話が魔法を無制限に使用できる結界だ。そしてリナの言う通り、最速で展開される結界術でもある。習得難易度が最高峰だけあって強い。展開されれば結界内のどこであろうと無限に魔法を発動できる性質上勝ち目は無く、その展開速度も魔法より少し遅い程度、一節詠唱の魔術と変わらないため展開させないことも事実上不可能だ。一応、結界破りの魔術もあるが、発動する隙は無いだろう。

 

 ヴィゴはどうやって勝ったのか。魔法による高速移動で展開する前に押し切ったのだろうか。展開された後に真っ当に戦えるわけでもあるまいし。

 

「俺も使えばいい」

 

「確かに結界には結界で対抗するのは定石だけど」

 

 え、まさか使えるの貴方。と。

 

 驚愕や尊敬以上に呆れのこもった目で見られた。これは冗談と取られたか、それとも本当に呆れられているのかどっちだろうか。

 

「まあ、その時考える。最速最強の結界魔法術といえど、出力は術者に依存する。案外、本気で防御を固めれば耐えられるかもな」

 

「話す気が無いのは理解したわ」

 

 本当に呆れたように諦められた。

 

 この大会期間、適当なことを言って煙に巻き続けた結果だ。何だかんだ余裕をもって勝ち進めていることもあり、強い追及はし辛いようだ。

 

「それより、シャロの前でこんな話して良いのか?」

 

「僕はそもそもウィルに勝てないからね。それにリナもウィルのことを嫌ってないから、ムリに勝ちを狙う必要もない」

 

 ふーん。

 

「……なに、そのニヤケ面」

 

「何も。リナ、好きだぜ」

 

「そ。私もよ」

 

 リナは視線を逸らしてカップに口を付ける。照れてるな。

 

 追撃をかけようとしたところで待ったが入る。

 

「ウィル」

 

「分かってるよ」

 

 両手を挙げて降参のポーズ。夜にまで雷撃をくらいたくはない。

 

 つい、とリナの視線がシャロに滑った。その意図を察したのだろう。シャロが先んじて口を開く。

 

「いつものやり取りだよ。言葉も短くなる」

 

 いつもの。リナの雷回避のことだ。

 

「それにしてもよ。貴方達、いつ仲良くなったの?」

 

「リナを通してかな」

 

「リナを通じてだな」

 

 シャロがいつも助け舟を出していた結果だ。お世話になっています。

 

 リナはいつもの如くの不満顔になる。同じ意味の似た言葉で肯定したのが不満なのだろう。

 

「シャロをとる気はないぞ」

 

「うん。ウィルになびく気はないね」

 

 シャロの全くロマンスのない言葉に首肯する。こちらとしてもシャロを選ぶ理由がないのでなびかれたら困る。

 

 現状、リナが婚約者として最適解だ。アウレリース家は古き貴族では無いものの魔道士の家系であり、公国で一番の権力を持っている。古き貴族としては最も嬉しい婚姻だ。次代が優秀である確率が高まり、より良い環境を整えることができる。

 

 対してシャロは貴族でも魔道士の家系でもない。魔道資質こそ並より優秀だがリナには劣り、血筋が辿れないのも問題だ。シャロはスティグ・アルハンコ陸軍曹長の養女である。血のつながりはない。話は合うし、見た目も悪くないが、今の距離感が好ましい。

 

 そう断言する婚約者と従者の二人に胡乱気な疑惑の視線を向ける主人。疑う気持ちはわかる。

 

「……今疑ったところで無意味よね」

 

「俺もそう思う」

 

「貴方がそれを言ったらダメなのよ」

 

 びりっときた。

 

「ウィル、本当に気をつける気ある?」

 

「あるよ。でもやる気と成果は必ずしも比例しないんだ」

 

 正解が一つじゃないものは特にそうである。

 

「間違った努力をしている自覚はあるのね」

 

 藪蛇だった。

 

「まあ、できることはやるよ。それで勘弁してくれ。大会が終わったら祝勝会でテーマパークでも行こう。これが終わったらぱーっと遊びたい」

 

「いいけど。貴方からそういうデートらしいのを誘うなんて珍しいわね。あそこ気に入ったの?」

 

「気兼ね無く遊びたいだけだよ。ヴィゴを誘っても?」

 

「また珍しい。仲良くなったのね。彼がいるなら、サラ先輩を誘っても良さそうね」

 

 うえ。

 

「……あれでもう苦手になったの?」

 

「なるよ、普通。多分。敵意が強過ぎる」

 

「……一応、私は誘いたいと思ってる」

 

 そう遠慮がちにリナは言った。

 

 親しい間柄なのだろう。俺にとってはドギツイ女子と印象最悪だが、リナにとっては気の置ける友人なのか。

 

「強さは示すよ。人格はともかく」

 

 人格はどうしようもない。今更取り繕えるものでも、取り繕う気も無いし。

 

「リナを守れるだけの能力の証明はする」

 

 だからこそ、この体の能力は別だ。

 

 いかに最低最悪の人格をしていようと、この体の能力は正しく規格外だ。

 

 たった一人を守ることなんて造作もない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 というのが昨夜の話。

 

 あの後、普通に解散して普通に寝て、リナは今朝からサラと遊びに出かけた。昨日のケアだ。

 

 そして恋人を先輩に取られた俺は、恋人の従者と外出していた。日用品の買い出しついでの気晴らしのお散歩である。

 

「リナの護衛は良いのか?」

 

「サラ先輩がいるなら大丈夫だし、少し離れたところに別の護衛もいる」

 

 今と同じ感じか。敵意の無い視線が遠くから張り付いている。

 

 加えて『人裡蓋世』を使える味方がすぐ傍にいるなら盤石だろう。あれは後出しでも強い。既に構築された結界内でも、魔力を過剰に使えば展開でき、いかな不利でも拮抗状態まで押し切ることができる。

 

「しかしつくづく不思議だな。どうしてサラ先輩じゃなくて、シャロが専属の護衛なんだか」

 

「そこはバランスの話になるね。僕はサラ先輩より魔術の出力が高いから」

 

「ふうん。やっぱり、魔法使い寄りなのか」

 

 魔道は大別して魔法と魔術の二種類がある。違いは魔力の消費量と発動の早さだ。その二点において、魔法は魔術よりも優れている。では魔術の利点とは何かとなると、理屈を知っていれば、誰にでも発動が可能というこの一点に尽きる。

 

 基本的に魔法は一人1つとされている。中には2つあるような魔道士もいるが、それは同じ手段で異なる結果を出しているからだ。雷の魔法で鉄を自在に操る辺りが定番だろう。

 

「それ、サラ先輩に言っちゃダメだよ」

 

「わかってる。悪い。ぼんやりしていた」

 

 魔術が不得手で魔法が強い魔道士は魔法使いと呼称される。この理屈でいけばほとんどの一般人が魔法使いのため、蔑称とはされていないが、魔道を重視する地位の人間相手には罵倒そのものだ。同様の理屈で魔術使いも罵倒とされる。

 

 魔道士以外の呼称はほとんどが蔑称だ。例外は魔術の専門家である魔術師や、戦闘の専門家である魔法剣士くらいだろう。

 

「何かそういう論文でも読んでいたの?」

 

「ここ一年は読んでない」

 

 さぼっている。目録には目を通しているが。

 

「公国に来るまで、親父がそれ関連の研究をしていてさ、その影響」

 

 あの人は自分の思考を整理するためだけに唐突に講義を始める。こちらの事情もお構いなしに唐突に始め、聴講を強制するので時々遅刻した。表向きは家の事情なので成績への影響は微々たるものだが、当然疎ましがられた。

 

 そんなことを愚痴ってみる。シャロは嫌な顔一つせずに聴いて。

 

「変わったお父上だね。テュコ先輩も古い貴族だけど、急な家業で遅刻という話は聞かないかな。予め公休を申請していたよ」

 

「やっぱりね。あいつやっぱり変人だ。おかげで体育祭とかでは毎回朝一参加の雑用係だった」

 

「驚いた。そういうの、君は嫌うと思ってたんだけど」

 

「嫌いだよ。ただ」兄貴が「家族がうるさかった」

 

「そっか。お父上から逃がす意味もあったのかもね」

 

「ああいう話は母にしろって思う」

 

 しかし何度言おうと目が合った俺に話してくる。なんなんだ。

 

「きっと、それだけ君のことが好きなんだろうね」

 

 などと、シャロは目を細めて微笑んだ。

 

 あのマッドに限ってそれはないと思うが、否定したところでよろしくないだろう。

 

「ところで、どうしてそんなくすんだ金髪にしたの?」

 

 不意にシャロの視線が俺の頭髪へ向いた。

 

「威嚇。面倒事は避けたい」

 

「その厳ついサングラスだけで充分じゃないかな。それに君、体格いいから、薄着になるだけでも凄いよ」

 

 今日はくすんだ金色の気分。

 

 現在の自分の服装は動きやすさ重視のハーフパンツとシャツである。あとシルバーのバングル。ヴィゴ曰く極東の流行らしい。本当か?

 

「勘違いだといいけど、僕に気を遣わなくても良いからね」

 

「それはまったく。遣うならドライバーを雇う」

 

 経験則で女の子といると絡まれ易いのだ。

 

 シャロの服装はジーンズとジャケット。上手いこと男性的なシルエットに抑えている。手袋はしていない。人工皮膚でも被せているのか。

 

「よくまあ、様になってるな」

 

「鍛えているからね。勉強もしているし」

 

 なるほど変装術。確かに男装は出来た方がお得だ。性別で舐められることは珍しくない。

 

「人避けならごつい金属性のアクセとかお薦めだぜ」

 

「それ、もっと厄介な人を引きつけるよ」

 

 アウトローの下っ端とかは確かにそう。やつらは格付けをしたがり、格上に引っ付きたがるのだ。たくましい。

 

「……やっぱりスラックスとシャツになるよな」

 

「無理をせず無難にお洒落をするとなるとそうなるよね。男の人は」

 

 そも男にお洒落文化などする暇ねーのである。男性社会において服装は地位や権力を示すためのものでしかなく、自分好みのファッションをしようものならジプシー扱いだ。自らの社会的地位に相応しい衣装を着ることは当然のことであり、ケチをつけられ目を付けられないよう立ち回るための基礎である。

 

 権力とは下に人がいればいるほど幸せなので、手慣れた権力者は蹴落とせる奴がいれば容赦なく蹴落とすのだ。奇抜な格好をした輩が社交界に出ようものなら、肉に群がるハイエナの如き輩どもを誘導し、あれこれ難癖をつけさせネガキャンを始めるのである。

 

 ここで重要なのは自分の手を汚さないこと。人を貶すことで得られる快感は勝利に劣らないので、薄汚れた怪しい旗であろうと振り回したがる下っ端はいるのだ。

 

「また考え事?」

 

「どうしたら世界は平和になるのかなって」

 

「……。あらゆる生物を多頭飼いできる飼い主を創るしかないんじゃないかな」

 

 ちょっとひいた。

 

 その気配が伝わったのだろう。真面目な顔で呟いていたシャロは慌てて撤回した。

 

「分かってると思うけど、冗談だよ。ペットのように扱われたくはない」

 

「安心した。もしそれが本音なら倒錯が過ぎる」

 

 ちょっと戯れにペット扱いしてみたいと思うくらいには。

 

 シャロは男装の麗人だ。刺さる人には刺さるし、刺さらない人でもトキメクものはあるだろう。見目麗しいものを支配下に置きたがるのは、犬猫に限った話ではない。

 

「……変なこと考えたでしょ」

 

「ははは。まさか。──ところで、チョーカーに興味はあるかい?」

 

「首が絞まるのは苦手なんだ。ハイネックもダメだから、チョーカーならなおさら。どういう妄想をしたかは訊かないけど、このやり取りはリナに報告するからね」

 

「嗜好品一食で手打ちはどうか」

 

「いいね。ちょっとお高いのおねだりしちゃおう」

 

 紳士的にスルーして、後でからかうべきだった。拙速は巧遅に劣るな。

 

 

 

 ぱしゃり。

 

 対面に座るシャロが見栄えの良いパフェスイーツの写真を撮った。明日か明後日にでもハッシュグラムなる写真系のSNSに挙げるのだろう。

 

「ごちそうになります」

 

「いいよ。リナの外堀埋めだ。インフルエンサーだっけ?」

 

「まさか。個人的な記録用だよ」

 

 すすっと携帯端末でシャロのアカウントを流し見る。相変わらずメルヘン&ファンシーな投稿内容だ。パステル味が強い。

 

「もったいないな。好きな奴には刺さるだろうに」

 

「目的が違うからね。まあ、スタンプやらは時々くるよ」

 

 視線はパフェのまま。柔らかな顔で丁寧な所作でスプーンを進めていく。服装も相まっていいとこのご令息のようだ。

 

「ん。悪くないな」

 

 そこそこいい茶葉を使っている。やはり高めのチェーン店は強い。白と曲線が多めの内装もいい。

 

 ……わかっちゃいたが俺は凄く浮いてるぞ、これ。周囲の婦女子方からの視線がちょっと痛い。見目のいいシャロがいるから辛うじて許されている状況だ。

 

「どうかした? ウィル」

 

「このシチュエーションに後悔してる」

 

「あー……、まあ、我慢してね」

 

 スプーン片手にシャロは苦笑していた。フォローするつもりもないようだ。

 

「でも大丈夫じゃない? ウィルは少し厳ついだけだよ、外見が」

 

「シャロがいなくなったらアウトだよ、これは」

 

 視線の多くがシャロの姿を見てから安心して俺を意識から外すのだ。俺一人では追い出されずとも開店休業となるだろう。

 

「おや、シャーロッテさんではありませんか」

 

 ……などと、考えていたのがダメだったのだろう。

 

 清潔感溢れるオフィスカジュアルのおじさまがエントリーしてきた。

 

「……お久しぶりです、フリーバリ神父。奇遇ですね」

 

 シャロの知り合い、それも宗教者らしい。オフィスカジュアルだとただの一般人にしか見えない。見えない、が。連れを見れば、それなりの地位にいるのであろうことは予想できた。

 

「そちらの方はご友人ですかな?」

 

「──ウィルフレッド・スレイじゃないか。凄いな、その髪。天然ものかと見間違えたぞ」

 

 何某神父の連れが一目で気付いた時、果たして俺の顔はどんなものだったのだろうか。

 

「──────ほう。この青年がかの」

 

 相席しても、という言葉が飛んでくる。

 

「長くて三十分、場所は奥座敷、んで、俺らが貴方方より三十分先にこの店から出ていくなら」

 

「構いません。その程度の条件でかのスレイ家の天才と会話できるものならお釣りが来ます。ああ、注文もお好きにどうぞ。この場は私が持ちましょう」

 

 まじか。俺は手を挙げて店員さんを呼んだ。

 

「奥座敷に移動しても? ついでにこの三種類の紅茶を十分置きに──」

 

 奥座敷に移動し、気になっていた紅茶と食事メニューを片っ端から注文した。

 

 その時、神父の連れの実力者が静かに大笑するなどと器用なことをしていたのは言うまでもない。

 

「なかなか現金だな。古き貴族ってえと、研究にしか興味ねえ印象だが。それもこの初対面の司祭の奢りとわかるや否やの注文よ。大物が過ぎるだろ、スレイ家のご令息よ」

 

「その程度の価値はあるだろ、俺は。こうでもしなきゃ、まともな意見書一つ書けない輩が集る」

 

「──すげえ。傲慢なお貴族サマそのままじゃねえか。やっべえなぁ。なぁ、神父サマよ。貴方はこれを見習ったらもう少し易く生きられるんじゃねえすかね」

 

「それは目的が違いますよ、ダラフェイ。彼の振る舞いは処世術であり、私の振る舞いは命題への取り組みです」

 

 エスタ・フリーバリとダラフェイ・レオナフ。司祭とその護衛である修道士らしい。シャロの顔見知りはエスタのみであり、ダラフェイは初対面のようだ。

 

 まあ、お目当ては俺のようなのでどうでもいい話か。

 

「こちらご注文の品となります」

 

「ありがとうございます」

 

 シャロが気を利かせて先んじて取ってくれた。微笑まれた店員さんは照れたように笑ってそそくさと奥へ戻っていった。

 

「助かる」

 

「君が目的みたいだから、これくらいはね。レオナフさんはこちらで合ってますか?」

 

「合ってる。いやあ、ラッキーだ。こういうところのお茶菓子はそう食えないからなぁ」

 

 確かに厳つい男には縁遠い品である。恋人の一人がいれば入れるだろうが、修道士は貞淑であることが求められる。ダラフェイには更に縁遠い一品だろう。

 

 しかしこのいかにも粗野な男が修道士とは。いつ破戒するか気になるところだ。

 

「仲が良さそうですね」

 

「それなりに長い付き合いになりますので。それで、フリーバリ神父はどうしてここに?」

 

「茶葉を買いに。来賓用と私の好きなものを。君はここのデザートかな?」

 

「はい。ちょうどウィルが奢ってくれるとのことでしたので」

 

「…………失礼ですが、アンナリナさんはこのことを?」

 

 おっと。ここで神父は浮気現場を目撃したものかと悩みだしたようだ。

 

 シャロは困ったように笑って。

 

「ええ、知っていますよ。リナはリナでご学友との用事が入りましたので。一時的に私がウィルの護衛をしています」

 

「ご学友、というとなるほど。彼女ですか。かの到達者であれば、君の代わりは務まりますね」

 

「──はい」

 

 神父はシャロから俺へ視線を移し。

 

「一応、言っておきますが。浮気はダメですよ」

 

「しませんよ。これが破談になったら俺はおぞましい目に遭う」

 

 少なくとも八つ当たり気味に祖母にしごかれるのは確定する。

 

「シャーロッテさんもですよ。人の恋人に心惹かれないように」

 

「大丈夫ですよ。ウィルよりリナの方が大切です」

 

 ねえ、それ当人の前で言う必要ある?

 

「良かったじゃないか、色男。勘違いさせないための淑女の配慮だ。こういうのは俺にも経験あるぜ」

 

「声震えてるぞ」

 

「言うな」

 

 お辛い失恋があったようだ。お店のお姉さんの常套句だろう。

 

 流れの傭兵らしいと言えばらしい。

 

 やはり、公国人ではない。北の大国の出身。特徴的な名前と彫が深くも丸みのある顔つき。舞踏者特有の身振りが見えたので、流派は恐らく東の大国の太華拳。静けさより軽やかさを重視しているので、極東のものではない。修道士を名乗ってはいるが、落ち着きが無いのできっと歴は浅い。

 

「──」

 

「なにか?」

 

「勘違いならいいが、今値踏みしたか?」

 

「ああ、東の大国の流れを継いだ武人かなとは予想したよ」

 

「…………大当たりだ。まったく、これだから天才は嫌になる。特に人の心に乏しいやつ」

 

 などと、ダラフェイは大仰に天を仰いでみせた。

 

「修道士とは程遠い性格をしている自覚はある。それに貴方のような腕利きの一人傭兵は珍しくないだろう、この程度の予想はよくされるんじゃないか」

 

 事実として、個人で活動する傭兵に太華拳は好まれる。東の大国は一つの宗教が台頭しないまま安定した時代が早く訪れたために、武術が舞踊の役割を持つようになった。その歴史的背景から太華拳は軽やかさを重視し、多彩な動きを以て翻弄する術理を中核に据えた。これは軍隊が正面衝突した時の戦場との相性が非常によく、突破口を開くべく単身敵陣深くに斬り込む技能として重宝される。

 

「……俺は傭兵じゃねえぜ?」

 

「修道士にしては品に乏しい。その割に体つきは良く、動作そのものは淀みが無い。見習い修道士が司祭の護衛になるなら、その前職は体を張ったものになる」

 

 幼いころから戦闘を担う者として育てられた修道士とも推測できなくはないが、それにしたって戒律に緩すぎる。

 

 ダラフェイは困ったようにエスタを見た。

 

「当たりです。彼は元々傭兵でした」

 

「改心するべく修道士に?」

 

「いえ。生活のためですね。貴方の兄君が『ワースワンズ』を壊滅させたことはご存知ですか?」

 

「──。知っているよ。帝国でも表彰されたくらいだ」

 

 兄君。ファーディナンド・スレイ。俺の尊敬する兄貴。

 

「それでどこも警戒を緩めて、俺みたいな個人経営の傭兵は解雇されたのさ。ああ、恨んじゃねえぜ? 前みたいな贅沢は難しくなったが、こうしてのんびり美味い食事ができるし、カワイイ笑顔の女の子も増えた。満腹の眼福さ」

 

 などと、おどけてシャロにウインクを飛ばす悪くない面の修道士。シャロはお愛想の微笑みを浮かべて流した。

 

「ま、その分、お金とちょっと公にはできない不満が溜まるのも事実だがね。将来の良縁狙いでこうして修道士しているわけさ」

 

「妻帯はできないんじゃないのか」

 

「そこはあれ。修道士を辞めて結婚するさ。これでも元はお高い傭兵だったんだ。腕を振るえるなら結婚できるだけの稼ぎにつながる仕事を取り付けるのも難しくはない」

 

 それ司祭の前で言っていいことか?

 

「二人とも、ダラフェイの冗談は流してくださいね。私は冗談として流します」

 

「あ。……頼む」

 

 貼り付けた笑顔のエスタとやっちまった顔のダラフェイを前に、シャロと共に首肯する。

 

「それで、ウィルフレッド君。この国は良いところだと思いますか?」

 

 なんて、エスタは唐突に尋ねてきた。

 

「良い国だよ。牧歌的で、のんびりしている。美味しい紅茶の店が自然にあるのもいい」

 

「でしょう? 私も好きです。特に我々は調和を好みます」

 

 それは知っている。公国は倫理観の高い国だ。自然環境との折り合いもそうだが、人権意識の高さもフランギスタン地方でも随一だ。物価の高さを除けば世界一住み良い国だろう。

 

 エスタは穏やかに微笑みながら、万感を込めて頷ていた。彼はこの国を心底から愛しているのだろう。

 

 俺もこの国は好きだ。客人として来る分には最高だと言っていい。

 

「ただ、上に立つには些か弱い。帝国に比べて、弱者を糾弾する意志が弱い」

 

 紅茶に口づける俺を見たまま、エスタとシャロが固まった。

 

「──へえ」

 

 代わりに、ダラフェイが楽しげに笑う。

 

「つまりアンタ、上に立ったらこの国の国民性を変化させたいワケだ」

 

「理想を言うならな。ただ人間、できないことはできないものだ。だから十中八九できやしない」

 

「できるだろ、アンタの影響力なら。ハハ。マジで頭が支配者階級そのものじゃねえか。いいねえ、アンタがトップにいるっつうなら、俺も生き易くなる。食いっぱぐれたら雇ってくれよ」

 

「金はやるが手元には置かん。もう少し品性を磨いてこい」

 

 突き放す言葉にダラフェイはますます笑みを深めた。

 

「ウィル、それ……本気で言ってる?」

 

「言ってる。身に覚えはあるんじゃないか。強くないとやっていけない、なんて」

 

「それは、そう──だけど。糾弾なんて、良くないよ」

 

 シャロの目が手に落ちる。嫌な記憶でも刺激したか。

 

「──あまりにも直截に過ぎる」

 

 トン、とエスタの指がテーブルを叩く。

 

 その音は良く響いた。邪気を払う魔術でも使ったのだろうか。血生臭い空気は霧散した。

 

「ウィルフレッド君。確かにその意見は事実の一つです。かつて非道の暴力が公国を支配したことがある以上、その見識は事実であると認めざるを得ません。ですが、それは乗り越えるべき悪性──獣性です。その努力を、我々が放棄するなどあってはなりません」

 

 エスタはテーブルに身を載せながら、糾弾するように告げた。

 

「だが必ず、餓えた時に手放す必要がある。いや、餓える前にもだ。貴方も理解しているだろう。仮にも教職にあるんだ。弱者がどれほど非生産的か、どれほど先を行く者達にとって負担になるか」

 

「それこそ先達の為すべき責務です。悲劇を回避するために、先を予見し、備え、導く。私のような、君のような、ファーディ──君の、兄君のような」

 

 糾弾する色は薄れた。俺の兄の名を出したからだろう。この司祭は死者の名を出すことに躊躇いがあるようだった。

 

 冷たい沈黙がテーブルに漂う。こんな時でも紅茶は美味しかった。

 

 すっと二つ目のティーポットが差し出され、そそくさと店員が去っていった。

 

「こんな状況でよくモノが喉を通るな」

 

「俺は悪くないからな。それに、こんなのは飴鞭の両輪だろう」

 

 新たにきたハーブティーを注ぎ直し、口に含む。ダラフェイもそれに倣い、勝手に俺からティーポットを拝借しエスタに注いだ。シャロの前にもカップを置く。

 

「……カモミールとは。貴方はこうした話の流れを予見していたのですか?」

 

「気分だよ。それに、聖職者とは重きを置く点が異なる」

 

 帝国のある修道女を思い出す。散々人の悪性に晒されていたはずの彼女は、人の弱さを一切非難することなく教導を受け入れていた。

 

 エスタの第一印象はその修道女に近い。

 

「聖職者は好ましいが苦手だ。三年前からは特にな。だからこっちの都合だよ」

 

「なるほど。私が教義に殉ずる限り、どこかで必ず貴方の気分を害すると」

 

「そう。だけど貴方は一切悪くない」

 

 どっちが好ましい理屈であるかは重々承知している。どうあってもその理屈を選ばなくてはならないことも。そうでなければ秩序は崩れるのだ。

 

 エスタは思案するように口を湿らせていた。ダラフェイはニヤニヤと笑いながら俺を見ている。シャロは落ち着いたのか、事の推移を見守ることに決めたようだ。

 

「一つ質問があります。貴方はなぜ、こんな表に出すと批判されるようなことを?」

 

「貴方の思う通りだよ、きっと」

 

「そうですか。なるほど、貴方は彼とは異なるようですね」

 

 答えはしない。カップの中身を飲み干した。

 

 遠くから店員さんがティーポットを新たに運んでくるのが見えた。

 

「それじゃあこの辺で」

 

「良いのか? もう一種類来るぞ」

 

「兄の話はしたくない。貴方方が出した以上、俺はここにいたくはない」

 

 ちょうど飲み終えていたシャロを促す。

 

「いいの? こんな終わり方で」

 

 味方を増やすチャンスじゃないのか、と疑問の顔。

 

 椅子から立ち上がる。いいんだよ、と適当に答えようとした前に。

 

「構いません。私は貴方を敵でも味方でもない相手と捉えます。どうにも、タイミングが悪かったようです」

 

 神父らしい、慈しむような、哀れむような声がした。

 

 シャロが軽く頭を下げて席を立つ。

 

「我々、『王の暁』教団は貴方を要職に就けたいと考えています。私はもう積極的な賛成はしませんが、貴方と関りを持ちたい方は多くいるでしょう。その彼らの中に、貴方が力を貸しても良い、と思える人物がいることを陰ながら祈らせていただきます」

 

「それはない」

 

 我が兄に及び得る者などいない。

 

 背を向ける。不穏な気配がしたが、発火直前まで温度を上げて牽制する。

 

「構いません。私はスレイ家の英才を引き止めはしません」

 

「うるせえ、面子が廃る」

 

 ぬぅっと、大きな掌が肩の上へ。直前に用意した魔法の起点は障壁を纏った掌にかき消された。

 

 まあ。その程度はやるよな、と。傭兵へ眼を向ける──と。

 

「問題はありませんね? フリーバリ司祭」

 

「構いません」

 

 無造作に、シャロがダラフェイを腕一本で吊り上げていた。

 

 その指は的確に脈と気道を抑えていた。思わず憐憫を感じてしまった。

 

「それよりも早く放してあげてください。今なら君達の方が強いでしょう」

 

「承知しました。スレイ様、次に不穏な動きを見せたら好きにしてよろしいとのことです」

 

 手を放し、そう語るシャロの目は無感動だった。

 

 上手い仮面の被り方だ。暴力に対し反射的に感情を棚上げしたのか。

 

 確かに、この状況なら一瞬で司祭諸共消し炭にできる。

 

「あー……くそ。あんまりにも柔和だったから忘れていた。まったく、軍属ってのはとんでもないな。羊の皮を被った狼のようだ」

 

「鏡を持ってきてやろうか? 狼は貴方だろ」

 

 男だし。

 

「はっ、違いなんげぁっ。……あと少し深かったら気道が潰れていたぞ。アルハンコ(にゃん)

 

「司祭がいらっしゃらなければそうなっていました。……にゃん?」

 

 にゃん?

 

「アルハンコ曹長の娘だろ、あんた。だからアルハンコにゃん」

 

「……ごめんなさい、少し怖気がしますので止めてください」

 

 金属製の義手が腰だめに構えられた。感情の薄かった瞳に嫌悪の色が見える。殴りたいほどか。

 

 しかしいいな、アルハンコにゃん。折を見て使ってみよう。

 

「躾がなってないんじゃないか?」

 

「一年も経ってませんからね。後進が見つかりましたら、より厳しい院にいれましょう」

 

 勘弁してくれ、とダラフェイは両手を挙げて降参のポーズ。

 

「悪かった。もうしない」

 

「しない?」

 

「……しませんよ、神父。……ああ、いや、ごめんなさい。お二方」

 

「次は焼く」

 

 許しの言葉を吐くとシャロが構えを解いた。俺の半歩前に立つ。

 

「重ねて私からも謝罪いたします。ウィルフレッド君、シャーロッテさん。そして寛大な処置に感謝を。後ほど強めの処罰を下しておきます」

 

「話はこれで終わりだな。──帰るぞ」

 

 そして今度こそ店を後にする。おっかなびっくり様子を見に来た店員さんにシャロが頭を下げていく。俺は下げない。

 

「──ああ、けれど、最後に少しだけ。ウィルフレッド君。

 貴方の兄君、ファーディナンド・スレイ殿に最上の敬意を。彼は間違いなく、現代最新の偉人でした。その功績は永劫、彼が幸福を願う者全てに恩恵をもたらしましょう。──彼の眠りが、安らかであることを祈らせていただきます」

 

 返事はしない。

 

 そのままに、店を後にした。

 

「────飲み直すか」

 

「いいよ。僕もそうしたいし。正直、食った気がしない」

 

「まあそれはそう。あんな会食擬き、息が詰まる」

 

 などと口走った次の瞬間、背中に鉄の張り手が叩きつけられた。

 

「イ゛ッッッッッッッ……⁉」

 

「言っとくけど、君のせいだからね?」

 

 いぎ、いぎがいだい……‼

 

 シャロがちょっと洒落にならない力加減で鉄の義手を叩きつけてきた。くそぅ、これがシャロの実力の一端か……いったぁ……。

 

「三時には奢ってもらうよ。さっきのはノーカンだからね」

 

 えぇー。

 

 

 

 嵐──炎が去って、紅茶が机に置かれた。

 

 店員が気づかわしげにエスタとダラフェイを見ていた。

 

「少し口論になりましてね。いや、お恥ずかしいことです」

 

 エスタは柔和な、人好きのする笑顔を浮かべて店員の不安を払拭した。一方でダラフェイはむすっとしている。

 

「知っていたことでしょう? あの距離で彼女に敵うはずもないことは」

 

「それでも腹立つモンは腹立つんですわ。ビビリちゃんにしてやられるとか、末代まで祟ってやりたい恥っすよ」

 

「元気そうで安心しました。遠慮なく減俸できるというものです」

 

 ハ。とダラフェイは鼻で笑った。

 

「あの化け物っぷりを見てまだやる気かよ」

 

「ええ」

 

 エスタは柔和な笑みを湛えていた。

 

「そのための魔物です。熊を狩るのに、犬は必須でしょう」

 

 エスタ・フリーバリは司祭である。その出自はごく平凡で、特筆すべき足跡は神学校の名門を卒業し、今なお精力的に活動していることのみである。人を集めて法に頼り、弱者より悪意を退け続けた。その人望を以て、他より僅かに早く司祭になっただけ。

 

 民衆のためにこそ立ち上がり、導く神父だ。その善性は正真正銘真実である。

 

 だからこそ。

 

「働いてもらいますよ、《灰狼雪(クルィキグラーダ)》。そのために、貴方は私の前に現れたのですから」

 

 だからこそ、譲れない。

 

 柔和な笑みはそのままに、けれど湖畔に漂う柳のようだった。

 

 琥珀の水面に暗鬼が揺らぐ。

 

「──最後にウバですか。もったいない」

 

 三大銘茶の一つ。時節による味の振り幅が大きく、好みのものに出会えば幸運とされる紅茶。

 

 その苦みに僅かに顔をしかめる。エスタの口には合わなかった。

 

 

 

 

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