テロに遭って意識不明の重体から目が覚めたら、国宝に選ばれていた挙句、付き合って半年の恋人ができた件   作:すすきみつよし

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5.その身の定めは流れの沙汰次第

 

 

 

 幼い少女が赤い髪を翻す。

 

「行きます」

 

 舌足らずな声変わり中の声。ややかすれ気味の声は、それでも耳に心地よかった。

 

 念力の魔法を以て振るわれる鉄の杖。やや遅れて放たれる雷撃の魔術。

 

 一対一における魔道士の典型的な初手だ。魔法と魔術の二段攻撃。一手目の魔法を二手目の雷撃の魔術が追い越した。

 

 迎え撃つは二振りの鉄の杖。幼い少女が振るうものと同一の、ただひたすらに頑丈さを求めただけの武骨な得物だ。

 

 鏡写しのように念力の魔法を以て杖が振るわれる。避雷針の役割も持つ鉄の杖が雷撃を地面に降ろし、残る一振りが体に当たる軌道を逸らす。

 

「『接地』、『偏向障壁』」

 

 その間に、雷への対策魔術を起動し広範な障害への防性概念を纏った幼い少女が、念力の魔法使いの一足一刀の間合いに踏み込んだ。少女が持ち手に絶縁テープを巻いた鉄の杖を振るう。腰の入った鋭い一撃だ、体系的な指導を受けていることが見て取れる。

 

 優れた魔法使い相手に近接戦闘を挑むことはセオリーの一つだ。いかに出の早い魔法とはいえ、その早さは術者の反応速度に依存する。だからこそ距離を詰める。いかな魔法といえど一息に必殺を放てるわけではない。溜が必要だ。その溜をさせないために、魔道以外の手段を以て攻撃の手数を増やすのだ。

 

 魔法使いは念力で軌道を逸らした。セオリーだからこそ対応も慣れたもの。ついでに上体も泳がせ、空いた脇腹に蹴りを叩きこんだ。

 

 が、手応えが悪い。魔術障壁の上からでも蹴り飛ばすはずが動かない。読んでいたのだろう。少女が新たに展開した魔力障壁がその威力を減衰させていた。ぐ、と。少女は鍛えた体幹を頼りに、そのまま追撃すべく再度杖を振るった。

 

 魔術と魔力による二重障壁は優れた魔道士の証左だ。魔術を複数運用するセンスと脳機能、魔力生成量が必要になる。これを突破するには相応の溜が必要だ。

 

「一撃……!」

 

 性能による純粋な力押しだった。振るわれる杖には念力による力場が渦巻いている。念力で逸らすことは難しい。巻き取られる。

 

「悪手ね」

 

 魔法使いの体術は凡庸だ。器用な受け流しなどできない。念力の力場を中和し鉄の杖を受ける手もあるが、相手の性能は自身を上回っている。一度受けに回れば押し切られる可能性が高い。

 

「私相手には」

 

 だからこそ何としてでも流す。優れた念力の使い手であれば巻き取られるが、卓越した念力の魔法使いにはその限りではない。

 

 力場を一部、不自然に加速させる。生じた隙間から細い力場を伸ばし、僅かに杖を傾かせ少女の生み出した力場に触れさせた。

 

「あえっ?」

 

 高速でブレる鉄の杖。少女は鍛えられた危機察知能力から咄嗟に手放し後ろに退がる。

 

 正しい判断だ。手放さなければ自身の力場によって腕を痛めていただろう。退かなければ突如暴れ出した杖に打たれていただろう。

 

「戸惑っちゃダメよ」

 

 不明への対処としては満点だ。離れること。これは正しい。だからこそ、その行動が読まれていることを想定して離れるべきだった。

 

 少女の体が傾ぐ。いつの間にか足元に這わされていた魔法使いの杖に引っかかっていた。

 

 体を念力で浮かすことはしない。三本の杖に力場を伸ばし、支配権の綱引きをする。恐れるべきは自由に動けない状態での魔法使いによる杖の攻撃だ。必ず負ける綱引きだとしても、姿勢を整えるまでの時間を稼がなくてはならない。

 

「──?」

 

 綱引きが、起きない。

 

 一瞬の空白。その間隙に、少女は空高く投げ飛ばされた。

 

 悪手を悟った時にはもう遅い。遠い眼下では強力な雷撃魔術を組み上げる魔法使い。雷には絶大な効果を発揮する『接地』の対策魔術だが、地面に触れていなければ効果を発揮しないという欠点がある。

 

「ありったけの、障壁を……!」

 

 『偏向障壁』を雷対策により特化させ、真空を生じさせる魔術を待機させる。タイミングが重要だ。雷撃を真空で遮断する、けれどミスに備えて防備を固める。

 

 勝負は負けないことが最も重要だ。まずは凌ぐ。少女はこの強力な雷撃を凌ぐことに集中し。

 

「それも違う。そもそも攻撃させないために動かないと」

 

 雷撃魔術が霧散する。次に全ての杖が魔法使いの支配下に置かれた。

 

 慌てて牽制の雷撃魔術を放つ。当然、一振りの杖に防がれた。

 

 そして少女は残る二振りの杖で、何度も何度も障壁を割られ続けた。

 

 

 

「組み立て方は良かったわ。貴女の魔道資質は私より上だから、正面から力押しできる状況を作り出すのは大正解。退いて避けるのが普通だし」

 

 卓越した念力の魔法使い──サラ・ベーケルは幼い少女に先ほどの戦闘の講評を始めた。

 

「あの、あれどうやったんですか……?」

 

「乱した力場の隙間から杖を引っ張り込んだの」

 

 幼い赤毛の少女は目を白黒とさせた。端的な説明であるからこそおかしさが際立つ。念力はそこまで繊細な動きができるものではない。

 

「細い糸の力場を作ってみて」

 

 少女は言われるがままにか細い力場を発生させる。とはいえ不可視だ。地面の土を魔術で乾かし、薄い砂煙を作る。ミミズほどの太さの線がうねっていた。

 

「うえ」

 

「もっと細く。いつものような手の形にはしないこと、糸状で」

 

 糸状の力場。サラは念力をそのように形作って運用している。この点からして、サラは他の念力を使う魔道士とは異なる。

 

 科学的に説明できない不可視の力場を生み出す念力は感覚的に行使されるため多くが手の形で現れる。モノが勝手に動くイメージより、不可視の手を伸ばして動かす方がイメージし易いからだ。

 

「まだ難しい?」

 

「……難しいです。サラさんと一緒なら、まだできるんですけど」

 

「そっか。私以外とは練習し辛いか」

 

 加えて、協調作用もある。人は無意識下で魔術未満の魔術を行使する。その多くが現実を変えることは無いが、他の魔術の効果を後押しするかもしれない程度の力はある。

 

 同系統の魔道を得意とする魔道士が戦闘した時、普段よりも僅かに少ない魔力で高い効果を出すことは珍しくはないのだ。

 

「はい……」

 

 少女はサラと戦う時のみ、糸状の力場で念力を行使できる。それにしても普段の手の形よりも消耗はする。サラがいなければより消耗し、戦闘行為などはできない。

 

「大丈夫よ。エルはいつか私を追い越すわ」

 

「そうでしょうか……」

 

 俯く少女の赤毛が揺れる。サラはその、自分とは似つかない綺麗な赤毛を見て。

 

「追い越せるよ。君は優秀な魔道士の卵、エルビラ・ニストレムなんだから」

 

 血は残酷だと。そう思った。

 

 

 

 

 

 赤毛の少女、エルビラは気を持ち直して帰路に就いた。

 

 彼女はアリーナの訓練場から出ると、サラに別れの挨拶をしてパステルカラーの迎えの車に乗る。サラは乗った後も手を振るエルビラに微笑みながら手を振り返す。品の良い初老の運転手がサラに一礼し、車は静かに去っていく。

 

「別に見に来なくても良かったのに」

 

「個人的にサラ先輩が目を掛けている子が気になったから」

 

「そう。リナから見て、彼女はどう?」

 

 リナが碧眼を瞬かせる。彼女はパステルカラーの車が去っていくのを眺めて。

 

「優秀だと思うわ。多分、個人戦より団体戦で真価を発揮するタイプね」

 

 そうだろう、とサラも緩く首肯する。

 

 エルビラ・ニストレムは優秀な魔道士だ。お手本のように全てが高水準でまとまっている。それはひとえに学習能力の高さの証明であると同時に、そこまで勝利に飢えていないことの証明でもある。

 

「うん。良くも悪くも普通だよ、エルは」

 

 将来的にエルビラはサラを追い越すだろう。エルビラが「人裡蓋世」を使えない以上、一対一の真っ向勝負で負ける気は一生ないが、準備されたら負ける。

 

 魔法使いはメタ戦術に弱い。特に念力のような「原理は不明だがそういうもの」という、幻想に寄り過ぎた魔道は、観測や解明といった現象を精査する魔道に対して極めて脆い。科学実験の際に用いられる「幻想排斥」の術式を組み込んだ結界などは特に天敵だ。

 

 しかし無論、「人裡蓋世」を使わせなければの話だ。到達者──蓋世者たるサラ・ベーケルは幻想を現実にする。未だ解明されていない重力が幻想ではなく現実のものであるとされるように、自身の魔法をより上位の法則として機能させる。後は結界を維持する魔力を消費するだけで、結界内部であればどこからでも使い放題だ。

 

 魔術・魔法が世界の法則を一部曲げて行使されるものである以上、範囲内に独自の法則を付与する「人裡蓋世」はあらゆる魔道の上位互換である。

 

 しかしそれも当然、結界を展開してからの話である。優秀な魔道士はあの手この手で展開させないように立ち回る。

 

 エルビラは将来的にそれができるようになるだろう。一定水準以上の実力者であれば実行できる戦術だ。そもそもそういう風に組み立てられている。

 

「そう。サラ先輩とは違うのね」

 

 コップに張られた水面のようだと、リナは思った。

 

 初夏の乾いた風が褪せた赤と鮮やかな金を膨らませる。

 

「……チョコミント」

 

「ラムネじゃなくて?」

 

「ええ。スズメが点々と飛んでいるのが見えたから」

 

 やはりリナの目は良い。サラには青空と白い雲しか見えなかった。サラは唇に指を当てて。

 

「ランチの前にアイスね。そして三時にはケーキを食べましょう」

 

 サラの提案に一瞬カロリー計算をしてリナは頷いた。

 

 

 

 

 

 公国の治安は良い方だが、軽犯罪の発生率は他の国と変わらない。

 

 果たしてそれを公国の教育の敗北と捉えるか、この土地に根付いた、馴染み深くも悪しき価値観と捉えるかは人それぞれだ。

 

「──だからさぁ、何度も言ってるでしょーが。オレは女じゃないし、君らはタイプじゃないって」

 

 帝国訛りの公国語はリナとサラに小さな混乱をもたらした。

 

 聞こえた先には二人の男性と、やたら悪目立ちする衣装の可愛らしい少女がいた。帝国訛りの公国語はそんな可愛らしい少女から聞こえた。

 

「……確かに、背丈にしては肩幅がちょっと広いかな」

 

 リナは小さく呟く。成長期の途中か、それともそうした体質なのか。男であると主張する可愛らしい少女は、男にしては低く華奢だった。

 

 隣にいるサラと同じくらいの身長かな、とリナは思って。

 

「ああ、君、そこにいたのね」

 

 サラに声をかけようとした時には、彼女は既に可愛らしい少女に歩み寄っていた。

 

「……」

 

 サラ・ベーケルは激情家だ。感情の沸点が低い。リナも低い自覚はあるが、行動の早さはサラが勝る。特にこうして、年下か同年代が困っている時の行動は早い。

 

 リナは変装用のキャップを深く被り直し、サラの後を追う。

 

「なんだよお嬢ちゃん、一人で観光するんじゃなかったのかよ」

 

 男の一人がサラを──リナを見て笑みを深くした。正確にはその身長と顔を見て。

 

 無表情の下でリナは内心毒づいた。

 

 立ち振る舞いで多少ごまかしてはいるが、リナの顔立ちは幼く可愛らしい。低い身長も相まって、どうしても少女らしさが先立つ。そこに身長が加われば、名前が使えない状況ではどこにでもいる少女にしかなり得ない。サラといるときは中等部と間違われることがほとんどだ。

 

 舐められている──。

 

「俺らと一緒に回ろうよ。女の子だけじゃ物騒だって」

 

「オレの話聞いてねーな、この二人。公国人は極東の島国並みに平和ボケしてるってのは本当か?」

 

 あそこまでではない、と思う。深夜に一人で退勤する公国人女性はいない。

 

「結構よ。私たち、貴方達より強いから」

 

 二人の間に割って入り、帝国人の腕を掴むサラ。

 

 まあまあ待ってよ、と言いながら男がサラの肩に手をかけるが、その前にサラの魔法に阻まれる。

 

「警告するわ。次に触ろうとしたら正当防衛の範囲で押さえつけるから」

 

 男達の表情が抜け落ちる。先ほどまでのにこやかな作り笑いはなくなった。

 

「お嬢ちゃん、脅迫は良くないぜ?」

 

 などと言いつつ、サラを挟む男二人。頭一つと半分、サラより背の高い男が見下している。

 

 リナは動かない。動けない。男二人はリナに危害を与えていないし、リナもまた危害を加えられるかもしれない状況に首を突っ込むのは望ましくない。

 

 その点で言えばサラの行動は職務上望ましくないものであるが、民間人を保護すべき軍人の行動としては非難できるものではない。

 

 だからこうして近くで眺め、関係者であるということを示すことしかできない。

 

「リナ」

 

「何? サラ」

 

「この子が私の友達だけど、どう? 友達になるのは」

 

「とても良いわ。とても勇敢だもの。ぜひ、お友達になりたいわ」

 

「君はどう? 彼女、リナは私の大切な友人なのだけど。君さえ良ければ彼女の客人として迎えたい」

 

 示し合わせたように白々しく、笑いを堪えた声で二人の少女は言う。

 

「ぜひ」

 

 帝国人は中等部にしか見えない少女二人を笑った。

 

「ぜひお呼ばれしたいね。実にオレ好みの喧嘩っ早さだ。ぜひとも三人で回ろう。なあに、一人増えたところで崩れるプランでもなし、しっかり楽しもうよ。じゃ、お兄さん達、どいてね」

 

 すっと帝国人が歩を進める。すると地面の幅が広がり、特に歩く姿勢を変えることなく、サラと帝国人は男達の間を抜けた。

 

「おい……⁉」

 

「狼狽えんな。魔道士だって知ってたろ」

 

 男の一人がサラに手を伸ばす。その手には魔力障壁が展開されている。一般人に向けて良い程度の魔法に傷付けられることはない。

 

 帝国人はダメだ。リナと呼ばれた少女の客にされた。リナという少女は見目麗しい上に、友人を客と呼べるほどの権力にある。その客に手を出すのはまずい。

 

 だから、サラと呼ばれた少女だ。手を出すならばこちらだ。リナとやらの友人であるらしいが、先にこちらに口を出して来た以上、まだ文句のつけようがある。

 

 などと、チンピラの理屈で男は動く。それはちょっと考えた上での行動だ。知らなかったで通せるであろうラインで動く。横取りされた獲物を取り返すための行動であると、その筋で通すために。

 

 サラの目と意識が動く。卓越した念力の魔法使いがその一端を見せようとして。

 

「何もしなくて良いよ、サラさん。ウィルが何とかしてくれる」

 

 そんな理解を拒みたい声が聞こえた。

 

「これだから嫌なんだ。毎度毎度、見知ったやつがトラブってる」

 

 男の腕が突如として第三者に掴まれた。

 

「うげ」

 

 と呟いたのがどちらかはわからない。多分両者ともだ。

 

「随分タイミングが良いわね。見計らっていたの?」

 

「んなわけ」

 

 第三者は見知ったリナの婚約者だった。なぜかくすんだ金髪になっているが、その気の抜けた声と整い過ぎた容貌は見間違えることも無い。

 

「てめえっ! この……! この野郎……⁉ いきなり何しやがる⁉」

 

「シャロ。カメラは回しているな? ああ、動くなよ。折れたら跡形も無く治すのが面倒だ」

 

 男はウィルにいつの間にか関節を固定されていた。腕一本で、事も無げに、つまらなさそうに。関節を極められ、筋線維の動きを指圧一つで阻害されている。男は小指一本すら動かせない。

 

「……言われた通り、回してるけど。それ本来、僕がすべきことだよね?」

 

「俺の客人が襲われて、その客人を助けようとした奴が襲われかけていた。見捨てるのは貴族的にまずいし、公国人に恩を売られたままというのもよろしくない。見たところ、体格差が犯罪的だったから、咄嗟に助けた次第」

 

「別に、助けなくても平気だったわ。けれどありがとうございます、そのぜんいはうれしいです」

 

 全然嬉しく無さそうな口調でサラが言う。ウィルは微かに肩を竦めた。

 

「あはっ。ウィルってばこっちでも嫌われてるんだ」

 

 帝国人は楽し気に笑う。リナは改めて少年と思しき帝国人を見る。

 

 半端に脱色された灰色の髪に深い赤のカラーコンタクト、薄いフリルで縁取られた黒のワンピース。白く滑らかな肌とルージュの引かれた薄い唇も相まって、帝国人はゴシック小説の登場人物のようだった。

 

 とんでもなく悪目立ちしている。リナはやや逃避気味にそう思った。

 

「……」

 

 ガラの悪そうなあんちゃん、いいとこの令息、ゴスロリ風の少女。

 

 誰もが遠巻きに三人を見てはすぐに視線を逸らして去っていく。とんでもなくこの三人の周囲だけおかしかった。

 

 無難なストリートファッションで固めたはずのリナとサラでさえ浮いてしまいそうだった。

 

 

 

 

 

 あの後、二人組の男は人相も体つきも物騒なウィルを警戒しながら去っていった。この世の美形は実力者であることが多い。その選択はとても正しい。

 

 ひとまず適当な公園の原っぱで話すことにした。

 

 道中でレジャーシートと各自の飲食物を購入し、ピクニックとしゃれこむことにした。

 

「オレはジェイラス・ゴルハム。ウィルとの関係性を簡潔に言うなら、彼の追っかけで愛人志望って感じかな」

 

「──ふうん、ウィル、初耳なんだけど」

 

 初夏の空気は一瞬で氷点下に落ち込んだ。

 

 男であるとは散々聞いているし、失礼ながら肩も触らせてもらってその確証は得ている。得ているが、男であろうと愛人志望とはいただけない。

 

「そりゃそうだろ。同性の下級生に迫られているとか、話せるわけがない」

 

「ひっどいなぁ。これでも本気なんだけどー?」

 

「だから話し辛いって言ってんの。下手に茶化せない」

 

 ちゃっかりとウィルの隣を確保していたジェイラスは控えめにウィルの指に触れて抗議した。

 

 視覚情報のギャップが凄まじい。ジェイラスは男であると確認したが、そうしてしなを作る仕草は女そのものだ。

 

 リナは思わず眉間を抑えた。女子力で負けている気がする、という感想は頭の片隅に放り込んだ。これは女子力でもあざとさ極地のユニークスキルだ。そういうことにした。

 

「……ゴルハムさん。ウィルは女装した男性が好きだったりするのかな?」

 

 サラはウィル相手に口が重くなり、リナはジェイラスのことで思考リソースが割かれている。一番冷静なシャロが直截に尋ねた。

 

「言い方」

 

「どうだろ? ウィルは普通に女の子が好きなんじゃない? オレのこれは自分の趣味だし」

 

 シャロはちらりとウィルを見る。ウィルは肩を竦めて頷いていた。どうやら否定はないらしい。

 

「そっか。じゃあ、その服装は特にウィルの気を惹くためじゃないんだね」

 

「だから言い方」

 

「いや、そのためではあるよ。だってこれ、オレに一番似合うから」

 

 シャロは少し困り、反射的に曖昧な笑みを浮かべた。浮かべてしまった。

 

「ああ、気にしなくて良いよ。珍しくない発育不良だ」

 

 よく見ればわかる特徴だった。ジェイラスの背は低く華奢だ。肩幅も狭く、ひげを剃った跡は無く、喉仏も目立たない。声も性の判別ができない高さだ。極めつけは不健康そうなほっそりとした青白い手。

 

 この服装でなければジェイラスは貧相な少年としか見えなかっただろう。

 

「遺伝的なものとされていてね。どうにも、どこか傷ついてダメになってしまったということになっている」

 

「ジェイ。公国人だぞ」

 

「いいじゃん、これくらい。どうせ彼女たちは帝国じゃウィル一派(レッドパーティ)として見做されるだろうし、何よりウィルが嫌っていないんだ。下手な親族より信頼できるよ」

 

 明言はしなかったが、この場の全員はジェイラスの立場と生い立ちを察した。

 

 公然の秘密とされているそう珍しくない人体実験の産物だ。ゴルハムという家名に聞き覚えは無いため古き貴族でないことは確かだが、魔道士のサラブレッドを輩出する名門貴族の一つだろう。

 

 遺伝子が傷つくような人体実験を施されたジェイラスは本来、日の目を見ることなく陰で消費される存在だ。人体実験は言うまでも無く人倫の禁忌である。わざわざ証拠を衆目に晒す必要はない。

 

 だからこそ、ジェイラスは成功例なのだろう。そうしたお家取り壊しのリスクを負ってなお、メリットがあるとすればそれしかない。発育不良という欠陥を備えてなお、ジェイラスの体はゴルハム家の求めた成果を満たした。

 

「《瞬雷姫(レディ・ストライク)》や《展自界(インベーダー)》、《繊鋼綜(フル・フェルム)》のような通り名はまだ無いけど、今はゴルハム家の魔術使いと呼ばれている。いずれ魔術師と呼ばれるからこれからよろしくね、アンナリナ・アウレリースさん」

 

 意味深に、ジェイラスはリナに流し目を送った。あからさまな宣戦布告だった。魔術師と呼ばれるほどに魔術に精通すれば、いずれはウィルの研究所に求められる人材となる。この少年はリナと本気で一人の男性を獲り合うつもりらしい。

 

「──ええ。よろしく、ジェイラス君。彼の気心の知れた友人としての活躍、今から期待しているわ」

 

 リナは澄ました顔で、冷めた目で視線をかち合わす。ジェイラスはそんな絶対零度の視線を受けて、楽し気に笑った。

 

 それを半眼で眺めていたウィルは、はしごを外した。

 

「言っとくけど、お前を雇うつもりはないからな」

 

「……はァー⁉ 何それ! その時に実力不足ならともかく、今からそれ言うの何それ!」

 

「研究所に火種を持ち込む研究者がどこにいるんだ」

 

 ジェイラスは一瞬で苦虫を噛み潰したような顔になった。残念ながら彼は理性的に過ぎた。

 

 リナは何が起こっているのかと目をパチクリとしている。あれはバチバチする流れだったのでは?

 

「リナ。普通、婚約者は自分に色目を使う人を傍に置いたりしないよ」

 

「……そうだけど。仲良さそうじゃない?」

 

 恋人とはいえ交友関係を縛るのはダメだろうと、そんな頭でリナは返した。

 

「……あのさ、だからこそ、だよ?」

 

 リナとシャロの目の前で二人は本気で言い争っていた。ウィルは突き放しているものの、ジェイラスの態度は恋人に甘えるものだ。

 

 もっと危機感を持つべきだと、シャロとサラはそう思った。正直、リナとジェイラスのどちらがウィルの恋人らしいかで言えばジェイラスに軍配が上がる。面倒くさい駄々をこねながらも無視されないラインを攻めている辺りが特に。

 

 シャロとサラの視線が交錯する。

 

「リナ。まず、あの手合いはめげないわ。図太さと素直さでぐいぐい距離を詰めるの」

 

 真面目なサラの声だった。どことなく実感がこもっている。

 

「それでもってバイタリティ任せの気遣いと、見かけの無害さでこちらの警戒心を削いでくる。とても健気に感じるわ、距離を取ろうとするこちらに罪悪感を植え付けるぐらいには」

 

 あ、これ実体験だ、とシャロとリナは察した。サラの目が遠い。

 

「そしてその内、ずっと本丸の戸を叩かれて伺いを立てられるの。こちらの言質を引き出そうとするのよね。堀やら塀やらは容赦なく平らにしてきたのに。こうなったらもう、まともにやり合うしか道が無くなるわ。妥協して落としどころを探る道もあるけど、個人的にお薦めはしない」

 

 堀やら塀やら平らにされた時点で力関係は明白なのだ。搦手で既に敗北している以上、本音をぶつけるより道はない。

 

 人付き合いってそういうものじゃないかしら、とリナは言いかけて思い直す。これは気心の知れた友人に対するものだ。同じグループの知人相手にするには、そのスタンスは不用心極まりない。

 

「どうにもダメね」

 

 気が緩んできている。ウィルの普段の言動が緩いせいだろうか。

 

 しかしどうあれ、思い直した以上、すべきことは一つだ。

 

「猫みたいにじゃれるのはそこまで。で、貴方も貴方よ。とっとと助けを求めなさい」

 

「か弱い魔術使いの首筋を掴むなー! ソルジャーに勝てる訳ないのに!」

 

 リナはジェイラスの後ろ首を掴み、やや強めに引きはがした。

 

 知ってはいたが彼の首は細く柔らかい。誤って折ってしまわないか一瞬不安になった。

 

「リナ。こいつは無害だよ、面倒だけど」

 

「衆目を考えてちょうだい。彼の見た目は可憐な女の子そのものよ」

 

「言うほど可憐か? イタイタしいじゃなくて」

 

「オレが可憐じゃなかったらなんなのさ。相変わらずウィルは審美眼はともかく、感性が未熟だね」

 

「悪かったな。もっと配色が落ち着いていたらそう判断するよ」

 

「ウィル?」

 

「おっけ。見た目が女の子の奴には気をつける」

 

「ええ。そっちの方が確実ね」

 

「横暴だーオレはウィルの友人だぞー」

 

「男であれ愛人希望を公言する以上は容赦しません」

 

 女二人が男一人を獲り合っている図だった。道行く人は羨ましそうにウィルを見ていた。

 

「……記者とかいないよね?」

 

「さあ? 視線は感じるけど、どうしようもないと思うわ、これ」

 

 悪目立ちが過ぎる。バレないように変装はしているが、それでも看破する輩はいる。

 

 ふと、一方向から複数の視線が突き刺さるのを感じた。シャロはすっとリナへの視線を切るように移動して顔を向ける。

 

「…………リナ。何だろう、あれ」

 

 向けて、ちょっと後悔した。

 

 一人の男を先頭に複数の男達がやってきている。他の護衛からテレパスの魔術でシャロにどうするか尋ねてきたが、正直待機としか言いようがない。

 

 集団の年齢は若い。成人前か。魔道士にありがちな気配も感じない。

 

「不良グループじゃないかしら」

 

 リナの警戒の色は薄い。というのもリナへの視線は乏しく、多くはウィルに向けられているからだ。

 

 ウィルは嫌そうな顔をしていた。

 

「ああ、ウィル目当てのお客さんだね」

 

 ほらいってきなよ、とジェイラスがウィルの背中をポンと叩く。しかしシャロが立ち上がり、ウィルの肩に手を置いた。

 

「僕が行くよ。ウィルは退がって」

 

「いい。ああしたチンピラは慣れてる」

 

「君が良くても僕が困る。責任問題だ」

 

「魔法を使ってきたら実力行使。これでいいだろう」

 

「全く良くない」

 

「ウィルなら大丈夫よ、シャロ」

 

 ウィルとシャロのやり取りにリナが口を出した。

 

「何かされると思ったら魔力障壁は張れるでしょう?」

 

「そこまで鈍く見えるか、俺は」

 

「全く。けど、このやり取りしてないと後で面倒でしょう」

 

 ウィルは深い溜息を吐いてのっそりと立ち上がり、先頭の男の前まで歩み寄る。シャロは少し不安そうにウィルを見送った。

 

「お前か。うちの者に手を出したのは」

 

 ウィルはその言葉で色々察した。

 

「アンタに見覚えはないが、心当たりはある。俺の友人に手を出そうとしていたんで、腕を掴んで動けないようにした」

 

「先に魔術を使ったのはお前らだろうが!」

 

 後ろからヤジが飛ぶ。

 

 ウィルはジェイラスを見た。ジェイラスはあざとく両手を合わせて謝罪した。

 

「誰が、どんな魔術を?」

 

「そこのゴスロリだ。ムリヤリ俺を移動させやがった」

 

 サラが声を出そうとするのをジェイラスが押し留める。ついでに退がるようにハンドサインを出し、前に出る。

 

「そりゃそうでしょ。君らさ、十分も足止めされて手を出さない自信ある?」

 

「出てくんな」

 

「オレがいないとどうせ暴力沙汰だよ」

 

「いてもそうなる。向こうは見せしめに誰かを殴りに来てるんだ」

 

「よくわかってんじゃねえかクソ帝国人」

 

 少し前にウィルに拘束された男がニヤニヤ笑う。ウィルはその男に視線を一切寄越さず、先頭の男に話しかける。

 

「見せしめなら腹に一発で充分だろ」

 

「こっち見ろやコラァ!」

 

「バカお前! 兄貴が話してんだぞ⁉」

 

「舐め腐りやがって! ボコボコにしてやってもいいんだぞ、金メッキきのこ!」

 

 荒ぶる男をまた別の男が押し留める。兄貴と称された男はその二人を一瞥し、ウィルの提案に乗った。

 

「構わない」

 

「兄貴⁉」

 

 集団が騒然とする。男達は全員、ウィルをボコボコにする腹積もりで来ていた。

 

 男達から見て、ウィルは確実に魔道士だ。優れた容姿に明瞭な声。帝国訛りが入ってはいるものの、一音一音が聞き取り易い。

 

 だが数には敵わない。数に任せた魔法の波状攻撃であれば、いかな魔道士とて敗北は必至だ。魔道士は強大だが、一度にできる行動は限られている。少し怯ませればこちらのものだ。

 

 ──というのは、魔道士がウィルとジェイラスのみである場合の話である。

 

 ジェイラスの加勢は脅威ではない。男達にとっては見慣れた発育不良の子供だ。魔道は肉体に負担をかける。瞬間的な出力はともかく、ウィルのついでに数で押しつぶせる。

 

 だが、他の三人が厄介だ。端麗な男であるシャロは確実に魔道士だ。リナとサラは女であるため、魔道士の教育を受けている可能性は低いが、強力な魔法使いと推測できる。

 

 兄貴と呼ばれた男は相手が悪いと内心で思っている。ウィルを見ればわかる。チンピラのような恰好をしているが、細かな所作は上流階級のものだ。最も厄介な地位ある魔道士だ。

 

 まともにやり合うのは避けるべきだ。

 

「俺はそこの少女と十分も立ち話をしたとは聴いていない」

 

「兄貴! でもこいつ、自分は男だっつって俺らの話をまともに──」

 

「──俺は、聴いていない」

 

 独特の圧がかかる。口調、視線、表情。体の所作で威圧をかける。魔道に依らない原始的な暴力だ。

 

 目を向けられた男が黙る。異論はあるだろうが、男自身暴論であることは感覚的にわかっている。勢いのまま押し込むのは喧嘩を売り込むのと変わらない。

 

 その見事な凄み方にウィルは素直に感心した。

 

「リーダーシップに溢れているな。その威圧は堂に入っている」

 

「うるせえぞバカ舌! 偉そうに口出すな! 工業廃水でも飲んでろ!」

 

「あは、すっげ。キレッキレじゃん」

 

 帝国は工業化を推し進めた結果、食文化の大半を失った経緯がある。それを揶揄した罵倒を聞いたジェイラスは楽しげに笑った。

 

「お前ね」

 

「ごめんね。つい。ダメなのはわかってるけどね」

 

 ウィルは溜め息を吐いた。どうにも話が進まない。先ほどのやり取りは自分が発端ではあるが。

 

「揶揄した意図は無い。純粋な賞賛だ」

 

「もう少し下手に出るべきだったな。一発で良いか」

 

「手早くな」

 

 ウィル服をまくり腹を出す。

 

 ジェイラスの顔からすっと表情が抜け落ちた。視線はウィルの八つに割れた腹筋に釘付けだった。

 

「やれ。魔法以外でな」

 

 兄貴と呼ばれた男、リーダーが男に指示を出す。呼ばれた男は待ってましたとばかりに前に出て、悶絶させてやろうと足を引いた。その靴のつま先には鉄板が仕込んである。

 

 まあそうだろうな、とウィルは冷めた目で男を見た。魔道が行使される気配は無い。治癒阻害といった攻性概念の付与されていない打撃であれば、内臓が潰れようと痛いだけで、十分もあれば後遺症なく完治できる。

 

 ステップが刻まれる。慣れた動作でウィルの腹につま先を立てた蹴りが叩きこまれる。

 

 声は、ない。

 

 蹴った男は足を下ろすと、ゆっくりとウィルを見た。その顔には恐怖が浮かんでいる。

 

「これで良いな」

 

「ああ。一発は済んだ。制裁は終わりだ」

 

 ウィルは一切、蹴った男に意識を向けなかった。

 

「その顔は腹立たしいが、これはこちらの不手際だ。魔力障壁を使った気配もないし、お前はとても誠実だった」

 

 リーダーは蹴った男の靴を見る。つま先が歪んでいた。

 

「次はこちらが誠実である番だ」

 

 戻るぞ、とリーダーは集団に指示を出す。集団の一人が蹴った男をウィルから離し去っていく。

 

「まあしかし、そちらのお嬢さんは可憐だな。君達二人さえ良ければ、俺達が観光案内をしよう。あれも根は良い奴だ。会話はともかく、手は出させないと約束するし、陽が落ちる前には解散する。一部の店なら融通も利かせられる」

 

 ウィルはジェイラスに判断を委ねた。ジェイラスは肩を竦めて。

 

「遠慮しとく。タイプじゃないし、そもそもオレは男だよ」

 

「それは失礼。そして誠実な回答に感謝を。真相はどうあれ、そうした対象として一度考えて、正直に答えてくれたことはあいつの友人としてありがたい」

 

「すごい。まともだ」

 

 ジェイラスは感心してリーダーを見上げた。そうそう見ないクソ真面目だった。

 

 リーダーは集団がウィル達から充分離れたことを確認して去って行った。

 

「ウィル。お腹は大丈夫?」

 

 シャロが真っ先に駆け寄ってきた。続いてリナとサラがやってくる。

 

「何もないよ。喧嘩慣れしているだけの素人の蹴りだった」

 

「……それにしたってウィル、頑丈過ぎない? 鉄が当たった音がしたけど」

 

「空耳じゃね?」

 

 鉄板が入ってたんだな。リナとシャロは確信した。

 

 

 

 










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ジェイちゃん可愛い?

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