テロに遭って意識不明の重体から目が覚めたら、国宝に選ばれていた挙句、付き合って半年の恋人ができた件   作:すすきみつよし

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7.Ⅰ:揺るがす者

 

 

『今日は準々決勝だね! 本当は来る予定なんて無かったけど、シャロさんが気になっちゃったから来ちゃった。けどちゃんと勝ってね。オレはウィルを一番応援してるからねー!』

 

 一週間前の遭遇は狙った偶然だったようだ。本来の目的は夏休みの下見で、そのついでに俺が好みそうな場所を巡り、あわよくばバッタリ遭遇と考えていたらしい。

 適当に返信して控室でぼんやりと過ごす。本日最後の組み合わせだ。控室の熱気は既に冷めきっていた。

 あと何の嫌がらせか、俺の控室には俺と交流のある奴は誰一人いなかった。イジメか。まあ楽だけど、傍から見たらイジメだぞ。

 ともあれ、次の相手はシャーロッテ・アルハンコ。一応バスタードソードも準備しているが、使う予定は無い。シャロが無手である以上は、負けそうにでもならない限りは抜く気はない。

 冷めた控室にノックの音が響く。「どうぞ」と声を飛ばすと、血色の良いリナが入ってきた。

 

「なに? 激励?」

「貴方には要らないでしょ、そんなの」

 

 呆れたようにリナは笑う。

 

「対外的に来た方が良いと思ったのが四割、興味本位が六割。貴方、シャロを気にかけているようだったから」

「それはリナもだろ。というか良いのか、シャロの方は行かなくて」

「控室が一緒だから行かなくても良いわよ」

 

 そうだった。ボッチは俺だけだった。

 

「けど静かね。というより穏やか……緩い、かしら。シャロ相手にそれだと、足を掬われるわよ」

 

 気が抜けていると感じたのだろう。こちらを脅すような鋭さだった。

 まあ丁度良いハンデだ。気付けの一撃を貰ったら貰ったで丁度良い。

 

「一撃で終わらない程度の余裕は残すよ」

 

 具体的には魔力障壁。いつもの通り、防御寄りの頭で対処すれば良いだけの話だ。

 リナはやや呆れた顔をしていた。

 

「あの青い炎は使わないのね」

「使うまでもない。あれは殺傷能力が高過ぎる」

 

 それに今は使えない。使えるほどの集中力は保てない。

 

「その割には帝国で良く使っていたそうじゃない。『青争歹(ブルーコーズ)』だっけ? 貴方の通り名と同じ魔法術──」

 

 ──『零落剣』を退けた魔法術。

 

「使う気はないのね?」

 

 碧眼が覗き込む。

 意図の読めない目だった。複数絡まっているのか、悟られまいと隠しているのか。

 

「結果が変わるなら使う気にもなる」

「そ。じゃあ来週か再来週ね」

「今日とは思わないんだな」

「命を懸けないなら、番狂わせが起きるはずもないでしょう。貴方もシャロも今日はパフォーマンス気分みたいだし」

「それ言って良いのか?」

「ここにマイクは無いし、部屋の壁と扉には遮音結界。良いんじゃないかしら」

 

 控室に響くのはモニタからの音声と二人の声だけだ。確かにグレーなことを言っても問題はない。

 

「意外に緩いな、リナは」

「貴方だからよ。どうにも、貴方は綱渡りが好きなだけで、対策と善後策は用意しているみたいだから」

 

 注意力の確認らしい。しかしまあ信用されたものだ。もう少し警戒して欲しい。

 

「そういや準決勝進出おめでとう。真っ当に圧勝だったな」

「……もう少し気持ちを込めて欲しいわね。けど嬉しいわ、ありがとう」

 

 試合終了のブザーがスピーカーから流れた。予想通りの経過と結果だった。

 

「それじゃ、行って来るよ」

 

 立ち上がり、扉へ進む。手をかける。

 しかし扉の隣に立つリナはこちらをじぃっと見ている。

 

「……何さ?」

 

 何か言いたげだった。眉間に皺を寄せて、金髪の間から、じぃっと。

 

「…………本当に、変わらないわね、貴方は」

「変わる必要あるか?」

「ないのが腹立つポイントね、本当」

 

 そりゃないように振舞っているとも。

 

「で、何さ。そろそろアリーナ入ってた方が良いと思ったんだけど」

 

 胸触らせてくれねーかな。

 するとリナは溜め息を吐いて。

 

「別に。ただ、期待してるってだけ」

「何を?」

「何でも。まあ、今は貴方の全力ね。一番見たいのは」

 

 それはさっき聞いた。

 

「ま、機会があれば。決勝辺りで引き出してくれるんじゃないか」

 

 手をかけたドアノブを回す。

 話はそれで終わりなのだろう。特に引き留める様子もなく。

 

「──決勝まで絶対に来るようにね。負けたら夏にボコボコにするから」

 

 そんな物騒なセリフを俺に投げかけてきた。どっちにしろボコボコにする気満々ではなかろうか。

 最近の女子って怖いなぁ。

 

 

 

 

 特に大きなリアクションを見せず、ウィルは軽い足取りでアリーナへと向かって行った。

 気負いも緊張もない。そもそも敵となるシャロ自身がウィルに対して強気に当たっていないので、プレッシャーもないのだろう。実質ただの消化試合だ。

 

「怠惰でありたいのね、貴方は」

 

 ポツリ呟く。

 二月から付き合い始めて、やっとウィルのスタンスに確信を持てた。

 あれだけのスペックを誇りながら、あらゆることに消極的だった理由。持たざる者であるアンナリナにとっては何の冗談かと思いたいほどだった。

 ウィルは。ウィルフレッド・スレイは奇跡的な天才だ。才能が服を着て歩いていると称しても構わない。

 あの日の暴威を思い出す。青を宝剣に纏わせ、「零落剣」に挑み、相打ちにまで持ち込んだ刹那。

 死ぬと思った。死んだと確信した。事実、ウィルは致命傷を受けた。腹一文字に斬り裂かれた。だが生き延びた。世界最強に手傷を──袈裟に斬り裂き、飛び散る血潮を灰にして、「零落剣」を退けた。

 それだけの実力をウィルフレッド・スレイは秘めている。世界最強に準ずる実力、それは誰もが欲し放っておかない。だからこそ普通はその実力を誇示し、人を集めて派閥を形成したがるものだ。

 だがウィルはそれをしない。しなかった。誇示せども集めなかった。その理由は。

 

「独りになるのが寂しいのではなく、一人になりたいから」

 

 きっとそうなのだろう。

 孤高は目立つが孤独は目立たない。目立たないからこそ、孤独になりたい。だからこそ怠惰であろうとする。怠惰な人を好む人はいないから──。

 

「そのはず、だったんだろうなぁ」

 

 それがどうしてか、こうなっている。孤独にはなれなかった、怠惰にはなれなかった。高い実力がその証左だ。いかな天才といえど、実力を保つには努力する他なく、実際にウィルは圧倒的な実力を誇っている。この因をただ才能に求めるには、あまりにも圧倒的過ぎた。

 思考を断ち切る。モニタはまだ試合開始の合図を示していない。早めに席に戻って観戦する姿勢を整えなければ。

 控室を出て廊下を歩く。すると少し進んだ先で物々しい装備の兵士が見えた。

 

「──」

 

 意識が一瞬で引き締められる。エンブレムが示すのはスティグ・アルハンコ曹長の部下であること。見慣れている背丈、きっと顔馴染みだ。

 

「良かった。アンナリナ様、こちらへ。火急です」

「今すぐ仔細と予備装備を。テレパスはできますね」

 

 思考が切り替わる。火急。物々しい装備で。テロが発生したか。どこで──。

 

「そう」

 

 本来、自分が呼ばれるはずはない。それが呼ばれている。

 ならば、()()だ。

 

 

 

 

 アリーナの観客は公国人がほとんどだが、一部外国人も混ざっている。

 学生大会と銘打ってはいるものの、実質軍事演習とそう変わらない。近隣諸国の軍属が数名、賓客として訪れている。

 これは軍事活動であると同時に、平和活動の一環である。表向きは恒久的な課題である未来の魔境への対応力を占うためのものだ。流石に現職の正確な実力を測ることは威力偵察という準軍事活動に当たるので、その卵である軍学校の学生の実力を披露しあうということになっている。

 真実はただの威力偵察であるが、それを大っぴらに口にする者は庶民以外いない。

 隣国の魔境への対応力は自国の存亡に関わる。魔神の強さは魔境の広さに比例するからだ。何かの間違いで一国が魔境に変貌しようものなら、その魔境に接した国はあらゆる手段を用いなければ滅びるだろうし、滅びずとも国境沿いの村はなくなってしまう。

 なので仮に魔神を追い返すだけの軍事力が確認できなければ、周辺国からあらゆる工作をしかけられ、自国の国境沿いに自警団という名の他国の軍属が出入りすることになる。

 当然更に遠くの他国から批判されるが、そんなものは特権階級の誰もが承知のことであり、庶民の人気取りのためのプロレスが始まる。拮抗するなら良し、しなければ優位な条約を取り付けに行く。人類は実に強かに内輪もめをしていた。

 そんなわけで、今年の公国の諸外国からの注目度は特に高い。多くはアンナリナとウィルフレッドを話題に挙げるが、一番は蓋世者たるサラ・ベーケルである。

 

「持つべきモノはやっぱり頼りになる友人だね。まさかこれから先、関係者席で観られるとなんて」

 

 中性的な声が響く。他の客席よりもややゆったりとした一角に、ゴシック調ながらも涼やかな装いのジェイがいた。

 

「ウィルに頼めばいつでも来れたんちゃうん?」

「その辺りはちょっとこちらの事情があってね。ただまあ、元々来週は来る予定ではあったよ。何せ蓋世者たるサラさんとの一騎討ちだ。来週はめちゃくちゃ混むよー、絶対」

 

 まあせやろな、とヴィゴは思う。

 蓋世者は特別だ。訓練すれば誰でも至れるという類のものではない。似た魔術の習得は別だが、純粋な「人裡蓋世」ともなれば一国の四半世紀に一人到達者が現れるかどうかであり、更には到達者の多くは高齢だ。戦場の一線を退き、それでもなおいつかに備えて何かしらの修行を積んだ者のみが至れる。

 だというのにサラ・ベーケルは弱冠十六歳の時に蓋世者に至った。

 その時世界にとんでもない衝撃を与えたのは語るまでもない。

 

「やはりそれだけウィルフレッド先輩の実力が注目されているのでしょうか」

 

 艶やかな赤毛が揺れる。ヴィゴと反対側のジェイの隣からそう尋ねたのはサラにより招かれたエルビラ・ニストレムだ。

 

「そうだね。何せウィルは未来の魔神将だ」

 

 自分と背丈の近い年下の少女の質問にジェイは淀みなく楽し気に答える。

 

「有事には真っ向から魔神と交戦し、態勢を整えるまでの時間を稼ぐことを求められる。魔境の広がりを単独で阻止できる蓋世者との一戦は、その将来を計るのにとても有意だ」

 

 魔神との戦闘は凄絶を極める。縄張り争いに負け、魔境から降らざるを得なくなった魔神であればまだともかく、魔境拡大のために侵略してきた魔神は国の存亡に関わる。

 魔境を広げながら進むのだ。その脅威は計り知れない。これまでの結果の多くは撃退だが、その後の疲弊し切った兵力では取られた領地の半分を取り返すまでが精々だ。その後、魔神が傷を癒している間により強固な結界と撃退術式を増築し、数十年かけて領地を取り戻していく。

 

「『人裡蓋世』は魔境に最も効果的で、性質が似ている魔法術だから、でしたっけ」

 

 だからこそ、即座に強固な結界を構築できる蓋世者は重宝される。魔境も要は結界の一種であるため、魔境を単独で上書きできる「人裡蓋世」は人類にとってゲームチェンジャーに他ならない。

 

「せやな。ワイはまだ魔境に入ったことないから詳しくはわからんけど、話に聴く分に厄介度は『人裡蓋世』とよう似とる」

 

 この場で最も「人裡蓋世」との戦闘に詳しいであろうヴィゴがエルビラの目を見て肯定する。エルビラは視線を合わせつつもやや距離を取った。

 

「ウィルがそれに対応できるかどうかっちゅうんもそうやし、サラ先輩が将来単独で魔神とぶつかるであろう、仮想魔神のウィルとどれだけ戦えるかっちゅうんも見られてるわな」

 

 ふんふんと興味深そうに頷くエルビラ。ヴィゴは距離を取られたことに内心傷つきつつ、いつものことやと流すことにした。

 

「ヴィゴさん、もしかして女子に避けられてる?」

「いつもやないし、ずっとやないで。初対面で距離を取られることがちょっと少なくないだけや」

「あー、まあ、ちょっと変わった口調だしね」

「……ヤマト知ってる娘には評判ええで。割と」

 

 真面目な話とふざけた話をしていると、新たに客席に二人が増えた。

 

「サラ先輩!」

「お、アルハンコさんですやん」

「元気そうね、エル」

「や。お久しぶり、ヴィゴ君」

 

 サラ・ベーケルとスティグ・アルハンコだ。

 エルビラは大きく手を振って、その元気さに微笑むサラを自身の隣の席へ招いた。

 一方で中肉中背の男性、スティグは見慣れないゴシック調の少女を見て足を止めた。

 

「ヴィゴ君、お隣のお嬢さんは誰かな?」

「あー……、ウィルの友人のジェイラス君です」

 

 その戸惑った言葉に察したのだろう。スティグは柔らかな笑みを浮かべる。

 

「ジェイラスさんだね。私はスティグ・アルハンコ。娘から話は聴いているよ。これからも仲良くしてあげて欲しい」

「家名はゴルハムです。こちらこそ、娘さんにはよくしていただいています」

 

 挨拶もそこそこにスティグは端のサラの隣に座った。

 

「しかし珍しいすね、スティグさんが観客席で観るの。普段は警備しながらちゃいますっけ?」

「今回は腰を落ち着けて観たくてね。ほら、ウィル君の実力は凄いとの噂じゃないか」

「あいつはマジでバケモンですよ。ワイもやりましたけど、底が見えませんでしたわ。勝ち筋作ろうとムリしても全然揺らぎませんでしたからね」

「それは……一段二段、レベルが違うのかもね。ヴィゴ君でそれなら、他の人には絶望的だろう。うちの娘も厳しいかな」

 

 スティグは困ったような笑みを浮かべる。似ているな、とヴィゴは思った。顔の作りではなく、表情の作り方が。

 

「サラ先輩もそう思われますか?」

 

 ヴィゴとスティグの話を聴いたエルビラがサラに問いかける。

 

「そうね。こういうただ戦うだけの戦いは彼女は苦手だから、勝つのは難しいわ。けど必ず善い戦いにはなるわね。ヴィゴより長く戦い続けてもおかしくはないかも」

 

「急にワイを基準にするのはちょっと……まだ敗戦の記憶は癒えてないんでっせ……」

 

 気まずそうに言いつつ、ヴィゴもその意見に異論は無い。

 シャロの戦い方は防御重視だ。ヴィゴは数度戦ったことがあるが、いずれも防御をこじ開けるのにとても苦労した覚えがある。

 その論評をジェイは静かに聴いていた。ヴィゴはジェイに小さく尋ねる。

 

「訊かんでええんか? マナー悪いかもしらんけど、ジェイちゃんはウィルの友人やし、大目に見てもらえると思うで」

「……じゃあ、まあ、軽く」

 

 オーケーとヴィゴは首肯し、スティグに声をかける。

 

「スティグさん、ジェイちゃんが一つ、娘さんのことで気になることがあるらしいんで、聴くだけ聴いてくれませんか?」

「──ああ、構わないよ。ただまあ、娘も軍属だ。答えられないこともあるよ」

「はい、構いません。シャロさん、もしかして特殊な魔術でも抱えていますか?」

「……それは、答えられないかな」

 

 抱えている。その特殊な表現に引っかかったのはスティグだけだった。他三人は秘匿事項だから答えられないことに疑問を挟まなかった。

 ウィル君にも気付かれているな、スティグは考える。

 

「すみません。失礼しました」

「良いよ。私も娘から君のことを聴いている。心配してくれたのは父親として嬉しいよ」

 

 スティグは頭を下げるジェイにひらひらと手を振る。

 言葉は本心だ。娘を心配してくれるのは本当に親として嬉しい。

 

「あー、そういや、スティグさん。ちょっと来週の、もしかしたら起こるかもしれない試合について訊きたいんすけどいいすか?」

 

 ちょっと気まずい空気を変えるためにヴィゴが気になっていたことを質問する。

 

「ほら、スティグさん、魔神との交戦経験あるって言ってたじゃないすか。もしウィルとサラ先輩、魔神と真っ向から戦う必要のある魔道戦士と、魔境に対抗できる魔道士が戦ったら、それぞれどこに注目します?」

「そうだね──」

 

 スティグ・アルハンコは五年前、魔境から降りてきた魔神との交戦に参加したことがある。その時の功績により、スティグは非貴族階級でありながら曹長にまで昇進した。

 四人全員がスティグの次の言葉に集中する。

 魔神との交戦経験を持つ軍人は少なくないが、功績を挙げた人物は少ない。一射で魔神の動きを止め致命の一撃につなげたスティグの戦績はその中でも有名であり、軍属であればほとんどの人が知っている。

 

「……うん、ありきたりだけど、まずはどっちが先手を取れるかだ。そこで性能差がまず出てくる。先手を取った相手に後手がどう対処するかが見どころになるね」

「魔神並みの実力か、魔神と同じ性質にどう対処するかってやっぱりなってきますか」

「そうだね。基本、強い方が先手を取れる。相手を弱く見ている場合は別だけど、本気で勝ちに行くならまず先手を取らないことには始まらないから」

 

 言って、スティグは過去の凄惨な災害を思い返す。

 下剋上されて降りてきた魔神ですら、仕留めるのに一週間かかった。仕留められたのも奇跡だった。不眠不休で四日間張り付き、警戒が緩んだ瞬間に最高の一射を偶然放つことができた。

 そうした経験を持つスティグにとって、先手を取るということは最も重要な要素だ。奇襲と言い換えても良い。相手からリードを奪う手段として、先手ほど最上の手段はない。

 

「……ウィルは多分、後手を選びますね」

 

 ポツリと、ジェイはそう呟いた。

 

「マジで? 蓋世者相手にそんな自殺行為するんか? アイツ」

「多分、する」

 

 凄い表情をするヴィゴを後目に、ジェイはサラを見た。すとんと表情が抜け落ちているサラを見てしまった。

 

「……うわーこわー」

 

 誰にも聞き取れない小声で、思わずそう呟いた。

 

「そう。じゃあ、来週は私が……いえ、もし今日あれが勝ったら、来週は私が仮想魔神としてあれをいたぶって良い訳ね」

 

 ジェイはきゅっと口を引き結んだ。ここで更に余計なことを言って、敵視されたくはない。

 投げ出しやがった、こいつ、とヴィゴは戦慄した。エルビラがおろおろしている。

 素知らぬ顔でスティグが先達らしく忠告を投げる。

 

「その場合、カウンターには気を付けるべきかな。勝つための手段の一つや二つは用意しているだろう」

「当然、気を付けます。気を付けて、一息に捻じ切りますとも」

 

 どこを、と茶化す勇気はヴィゴとジェイにはない。エルビラにはそんな発想もない。

 

「あ、二人とも出てきた」

 

 丁度良い時間にウィルとシャロが姿を現した。

 ジェイはウィルの姿を見るや立ち上がり、手を振ろうとして。

 

「──あれ?」

 

 つ。と、鼻血が垂れる。次に意識が遠のきかける。貧血か、と思った時にはヴィゴに支えられていた。

 

「────! ────⁉」

 

 声が遠い。体に力が入らない。

 馴染みのある感覚に混乱して、どうしてと疑問が浮かぶばかり。

 

 

「──動かないように。動くと、命の危険があるからね」

 

 

 サラの体から力が抜ける。

 エルビラの眼の前に銃口が付きつけられる。

 ヴィゴは魔法を使おうとして、使えないことに気付いた。

 

「クソが。もう施設まで掌握されとるやんけ……!」

 

 空気に混ぜ物をされた。体が痺れる。黒質が上手く動かない。有害な粉塵だけではない、複数の毒ガスすらも混ぜられている。

 ヴィゴの体が武装兵に拘束される。抵抗はできなかった。

 

「やはり優秀な魔道士には効き辛いね。魔道を行使されては困るな」

 

 言いつつ、スティグはサラの意識を無事に奪えたことに安堵した。サラは比較的魔術に弱い。意識を奪う専用の魔導書の使用は効果的だった。

 だが魔力の消費は大きい。スティグは注射器を二本取り出し、それぞれをエルビラとヴィゴに使った。黒質の働きを鈍くする神経毒だ。

 

「痛っつ……! アホぅ、この状況で使えるわけあらへんやろ……! んなことよりさっさとジェイちゃん解毒せえや外道! 死にかけとんぞ!」

 

 ジェイは意識を失い、しゃくりあげるような呼吸をしていた。

 注射を打たれ、恐怖から涙目になったエルビラもそのジェイの様子を見て、他の武装兵に目線で訴えている。

 

「手当の用意はある。それよりもムリな抵抗はしないように。君達を拘束する必要はあっても、傷付ける必要はないのだから」

 

 スティグはそのままジェイに歩み寄り、懐から出した呼吸器具と二枚の札をジェイの口と胸に装着した。清浄な空気を送り込み、心肺の停止を避けるための処置だ。

 

「聴こえてへんのか! 解毒せえ言うとんねん! どう考えても毒物が原因やろが!」

「これ以上吸わなければ一時間で治る。致死量の高い化学兵器だ。いずれ免疫反応が勝る。まさか意識を失うとは思っていなかったが──」

 

 ジェイを見るスティグの目は行き場のない感情に満ちていた。

 騒ぐヴィゴの声は聞こえても、認識していない。仲間達も無反応だ。戦況に影響する発言は無い。思考に没頭した。

 

 ジェイラスは明白な発育不良だった。普通の魔道士であれば、動けないだけで済むはずの毒物が覿面に効いている。欠陥は見てくれの成長だけではなく、生体機能の多くを蝕んでいるのだろう。だからこそ、多種多様な負荷をかける配合が致命的だった。

 患っているのは多臓器不全か。それを数多の術式によって補助し、生命活動を維持しているのか。推察するに、ジェイラス・ゴルハムの既に亡いはずの短い命は、人倫に背く長年の研鑚により未だ生を繋いでいる。

 

 その事実に頭がどうにかなりそうだった──。既に死んでいるはずの不自然な生命。表面を取り繕っただけの異形の肉体。誰もが吐き気を催す非道の結実。

 

「──ああ、やはり貴族は惨いな」

 

 だが、貴き探求者たる魔導士は、誰よりも正しく命の価値を知っている。

 異形を厭わぬ彼らの想いは、余人の説く人倫よりも遥かに多くの人を救う。

 

「同族のはずの他者と異なること。その隔絶の埋め難さを、既に乗り越えている彼らは忘れている」

 

 だからこそ、彼らは人格を尊重しながら人倫に反することを厭わない。

 いかな異形に成り果てようと、意思の疎通が可能であれば一人の隣人であると彼らは信じている。

 なぜならば彼らはそうやって、差異を言葉によって繋げることで、人類の未来を切り開き、願いを紡ぎ、生存圏を築いてきたのだから──傷付けた未熟など、歩みを止める理由になり得ない。

 今後も、ジェイラスのような子供は現れる。

 

「隊長」

 

 部下の一人が気遣わし気な声をかけた。時間が近いのか。

 

『久しぶりだね、ウィルフレッド・スレイ君。私はエスタ・フリーバリ。この状況を以て、君からその王剣を譲り受ける者だ』

 

 放送が流れ、作戦が始まる。

 思うところはあっても恨みのない貴族への雑念を振り払い、スティグはいかにして目標を達成するか、改めて思考を巡らせる。

 

 

 

 

 かくして奇襲は成った。

 

「さすが。手際がいいねえ」

 

 百に迫る狼頭の小さな異形達を従え、賓客室で他国の軍属幹部を脅し抑えたダラフェイは手を叩いた。

 とある秘密を抱えるアルハンコをアリーナの警備責任者に据え、脅迫し従わせる。最も重要な計画はこの一つだけ。

 他この後の細かな動きもあるが、その辺りはダラフェイ達傭兵にとっては慣れたもの。アリーナの防衛機構の支配権が丸々傭兵達の手の中だ。最も警戒すべき外部への連絡を絶つことなど容易い。

 時間は三十分。その内に宝剣を入手し、外部に異常を悟られぬようアリーナを閉鎖し、人質達を拘束し静かに脱出。その後、複数の協力者達の手を借りて、誰にも気付かれず「王の暁」教団過激派のアジトへ潜伏する。

 今日の動きはこんなものだ。アリーナの掌握が最難関。その後は流れでいける。

 

「さあ、次は君の番だぜ、赤ずきんちゃん」

 

 ダラフェイは唇を吊り上げて、楽し気にシャロを見る。

 アルハンコ親の奇襲は成功した。次はアルハンコ娘の交渉と制圧だ。

 

「上手くやれよ。じゃなきゃ親父さんの努力がパァだ。あのクソ生意気な小僧を暴れさせてくれるなよ?」

 

 ダラフェイは黒髪の男と白髪の女を見下ろす。眼下のステージには化け物がいる。

 ダラフェイは気分よく笑う。楽しくて楽しくて仕方がない。

 かつて貴族であった主人を思い出す。これまで闘熊の楽しみなど分からなかったが、ここに至り理解できた。

 

 怪物が畜生に堕ちる、怪物が檻の中で殺し合う──弱者が強者の死に目を笑う。

 確かに、この歪な優越に勝る喜びは無い。

 

 

 

 

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