こちらの血が付いた蹄鉄。お友達のGちゃんから頂いたものなんですが、なんとなんと『呪いの蹄鉄』などと呼ばれているんです。恐ろしいですねぇ〜。
『呪い』だなんて物騒な呼ばれ方をされるだけあって、この蹄鉄には不思議な現象を引き起こすパワーがあります。
とはいっても、捨ててもいつの間にか戻ってきてるだとか、他の蹄鉄を着けていても気が付いたらこの蹄鉄にすり代わっているだとか、そのくらいのかわいい怪奇現象なんですけどね。
どうもこの蹄鉄はトレセン学園に帰属意識があるようで、捨てる度に持ち主が代わっていく、はた迷惑な蹄鉄さんらしいんです。
学園側もこのことは知っていて、神主さんを呼んで除霊を行う、物理的な破壊を試みる、理事長のポケットマネーにより作られた金庫に閉じ込める、などなど様々な対策が講じられましたが、結果はどれも振るわず。
大抵の場合、気が付いたら普通の蹄鉄にすり変わっているせいでどうしようもないんだとか。
最終的な学園側の決定は「共生」。この蹄鉄と共に生きていくことにし、もし持ち主になってしまった場合の対処法は、生徒会作成のマニュアルに従うことで、確実に持ち主を入れ換えることが可能です。
まぁ実害はありませんし、このマニュアルの内容もそう大変ではありませんし。日直で朝の業務が増える、くらいのちょっとした作業です。
ただ最近、少し良くない噂が広まりつつありまして。
それは、「過去トレセン学園にいたが、夢半ばにして事故死してしまったウマ娘の情念が取りついてしまった」、という内容。
新入生を中心に広がっているこの噂は当然根も葉もありません。しかし、その噂はやがて本物になる危険性を孕んでいる。
あの蹄鉄が、いわゆる『付喪神』の類なのは間違いないでしょう。過去のトレセン学園の生徒が持ち主なのも確認されています。
しかし、「事故死」「情念」といった脚色はまずい。この噂はいずれエスカレートしていき、取り返しの付かない事故を起こしてしまう。
そうなる前になんとかしなければならない、人が傷付いてからでは遅いのです。
私は、この『呪いの蹄鉄』の元の持ち主が住んでるマンションに伺いました。
彼女は非常に優秀なウマ娘で、飛ぶような勢いでレースを勝ち続けていましたが、ある時の事故で大怪我を負ってしまいました。ちょっとした衝突事故だったので、大事には至らなかったのは幸いというべきか。
ですが、彼女の競争バとしての人生を断ち切るには十分な怪我ではありました。
『呪いの蹄鉄』を彼女に見せ、ことの顛末を話すと、慈しむような表情で、蹄鉄を抱き締めました。
「無くしちゃったと……思ってたのに」
「……この子はね、私がトレセン学園に入学するときに、母からもらったものなの。『必ず夢を叶えるんだよ!』って……」
「この子は本当に丈夫でね、私の引退までをずっと支えてきてくれたんだ。私の身の丈に合わないような、大きな夢を見せてくれた……」
「きっと、私はそれで良かったんだと思う。思っていた通りの幕引きではなかったし、無念の気持ちがないかと言われたら、当然あるに決まってる。でもね」
「それまで、この子と一緒に歩いてきた道を思い返すだけで、胸が暖かくなる。この子と一緒に戦って、一緒に勝った時を想うと、心の底から充実感が湧いてくる」
「その思い出があるから、私に後悔はないんだ」
彼女の表情は、晴れやかでした。
「……でも、この子はそうじゃあ、ないみたいね」
「はい。なので、私が来ました」
「……残念だけど、私が、この子にしてあげられることは何もない。あなたも現役なんでしょう?今が一番大事な時期なんだから、今日はもう……」
「何もしてあげられないなんてことはありません」
彼女は蹄鉄を撫でる手を止め、私の目を見つめました。
「明日の同じ時間に、トレセン学園に来て下さい。そこであなたに、あるウマ娘とレースをしていただきます」
彼女は目を伏せ、口を結びます。
「……いきなり、そんなことを言われても」
「あなたが明日、予定が入っていないことは確認済みです」
「……トレセンに、迷惑がかかると思うから」
「すでに学園には許可を取っています」
「……現役の子となんて、勝負にならないよ」
「そう思うなら、どうしてまだトレーニングを続けているんですか」
「………………それは…………」
蹄鉄を握る手の力が強まりました。
「彼の無念を、後悔を。晴らせるのはあなたしかいません。どうか協力してくれませんか」
はい、マチカネフクキタルです!
今日は目覚めのいい朝ですねぇ〜、朝イチの占いも大吉と絶好調!
さらに一味違うのは、シラオキ様からの天啓を賜っていること!
シラオキ様曰く、「今日の17時25分、トレセン学園校門にて待ち人来たれり。さすれば福が訪れるんじゃね?」とのこと。
なぜゆえフランクな口調〜〜〜〜〜〜!?!?
とにかくっ!今日は時間指定までされて福が待ち構えているわけです!吉兆確定の時まで心を踊らせながら、今日も今日とて頑張っていきますよ〜〜〜!!!
授業を乗り越えトレーニング完了、ただいまの時刻は17時20分!さぁ一体どんな福が訪れるのでしょうかっ。今からワクワクが止まりませんね〜。
「そろそろだな」
エアグルーヴさんも私の隣で腕組みしながら待っています。いやぁ頼もしい限りですねぇ〜……
………………え?
「えぇ!?エアグルーヴさん!!?どうしてここに!?」
「どうしても何も、お前が呼んだのだろう。蹄鉄の件については許可を出したはずだが」
「えぇ?うぅん?蹄鉄?許可、とは?」
まったく見当がつきません……エアグルーヴさんは何を言っているんでしょうか?
「お前、なにを…… いや、もしかして、また占いがどうこうで何かやらかそうとしてるんじゃ……」
ひぃっ!!眉間の皺が濃くなるのはエアグルーヴさんの長時間お説教タイムの合図っ!シラオキさま〜、もしかして嘘をつかれたのですかぁ〜!?
「あの……」
「エアグルーヴさん、だよね?それと、あなたも」
良かった助け舟が……ってどちら様ですか?
「……お見苦しいところ失礼いたしました。遠路はるばるお越しいただきありがとうございます。どうぞこちらへ。人目もあります、ひとまず生徒会室まで案内させて頂きます」
た、助かったぁ〜…… さぁさ気を取り直して、福を掴む準備をば……
「何をしている、貴様もくるんだ」
くっ苦しい!首根っこ掴んで引っ張るのは酷いですよぉ〜!!
「……以上が、今回の目的だ。まったく、言い出しっぺは貴様だろうに……」
「すみません〜……なんにも覚えてないんですぅ〜」
エアグルーヴさんがじろりと睨み付けてきます。うぅ、そんな目で見ないでくださいよぉ~……
どうも、『呪いの蹄鉄』さんを成仏させてあげるために、元の持ち主の方とレースを行うようです。私が今の状況をセッティングしたらしいんですが…… まったく身に覚えがありません!これはどういう予兆!?
「……まぁいい。貴様は嘘をついてもちょっと詰めればすぐ白状するからな。一応は信じておいてやる」
「目的はお伝えした通りです。ですが、あなたも現役を退いてから、決して短くはない期間を過ごしている。間違っても怪我をしないよう、入念なストレッチなどを行ってから……」
「大丈夫。その子も知ってる通り、私はちょっとしたトレーニングだけは続けてきたから……って、覚えてないんだよね?」
持ち主さんは私を見つめながら困ったように微笑みます。
「はい……こうしてお話を聞いてもピンと来ず…… 本当に、私が昨日ご自宅に伺ったんですか?」
「そうなんだけど……。……でも、嘘をついてるようには見えないから、私は信じるよ。なにより……」
「きのう話した時と、雰囲気が全然違うからさ」
「それじゃあ、準備はいいか?」
「はいっ、いつでもオーケーです!」
「うん。……あはは、なんだか久しぶりで、浮き足立っちゃうな」
トレセンに置いてある予備の汎用勝負服に身を包んだ持ち主さんが、夕日に照らされながらゲートインします。「よりレース本番に近い環境の方が気合が入る」とのことで、私も勝負服を着ています。
更衣室で着替えを行っているとき、持ち主さんと少しお話しました。
怪我をしたのは春の天皇賞を目前に控えていた時のこと。
ライバルの子がいて、その子の脚質は差しだったこと。
自分は逃げが得意だったから、その子に差されるかどうかの競り合いが、最も緊張感があったこと。
その話を聞いて私は、身が引き締まるような想いがありました。
向こうがどう思っているかは分かりませんが、私もスズカさんを強く意識していますし。スズカさんが怪我をしてしまった時を思い返すと、今でも胸が張り裂けそうになってしまいます。
だからこそ、自分が彼女とレースをすべきだと思いました。
私も、自分のことをお話しました。
自分にも、逃げ脚質の、ライバルかどうかは分からないけれど、仲良くさせていただいている子がいること。
その子とは、何度も一緒に走ったこと。
持ち主さんが、ライバルの子に味わわされた緊張感を思い出させるような走りがしたいこと。
短い時間でしたし、多くの言葉は交わしませんでした。けれど、言葉以上の想いが伝わりあったと、そう思います。
今回のレースは3200m。春の天皇賞と同じ距離を走ります。
持ち主さんのためにも、今、持ち主さんが身に着けている『呪いの蹄鉄』さんのためにも。
悔いの残らない走りをしたいです。
レースが、始まりました。
持ち主さんはゲートが開いたのとほぼ同じタイミングでスタートダッシュを決めました。勘はまったく鈍っていないようで、現役の子と遜色のない滑り出しに思わず冷や汗をかいてしまいました。
逃げの子と走る時に気を付けなければならないこと、それはペースを乱されないことです。距離が開くとその分プレッシャーがかかります。ただでさえ走行中は様々な情報が頭に浮かんでは消えていく中、距離という分かりやすい視覚情報は思考を一気に占有してしまう危険な存在です。
だからこそ、冷静でなければならない。どの位置でスパートをかけるのが最善か、今どのくらいのタイムでどのくらいの距離を走っているのか。そこを見誤ってしまうと、全てが総崩れになってしまいます。長距離なら尚更ですね。
逃げの弱点はまさしくスタミナ!この距離は最後のスパートで埋められると信じて、今は脚をためるのがベストですっ。
第一コーナー、第二コーナーと滞りなく進んでいき、そろそろ第三コーナーに差し掛かります。この第三コーナーに入る寸前!ここでスパートを一気にかけていきます!カーブで体が持ってかれないよう、歯を食いしばって~!
「んにににぃ~!!!」
持ち主さんがこちらにチラっと視線を送りました。そして同じように加速していきます。もしかして、持ち主さん、若干スパートのタイミングを間違えたのでは!?いやどうでしょう!?間違えた、と思いましょう!この距離でこのスピードなら、直線で捕まえられるはず!
最終直線突入、持ち主さんとの距離は目測で4バ身ってところでしょうか!捉えられない距離ではありません、さぁお覚悟を~!!
「でりゃあ~~~!!!」
「! ……ははっ、おっかないなぁ!」
持ち主さんとの距離が縮んでいきます。3バ身、2バ身、1バ身、と近づくにつれて、持ち主さんの表情が険しく、それでいて楽しそうな表情に変わっていきます。
私は持ち主さんを追い詰められているのでしょうか。
持ち主さんに、現役のころの気持ちを思い出させることが出来ているのでしょうか。
私なんかでも、ライバルさんの代わりが務まっているのでしょうか。
考えても仕方のないことです、今はとにかく、勝利を───!
「だりゃああああああああ!!!」
「うぉおおおおあああああ!!!」
───レースが、終わりました。
「はぁ、はぁっ、げほっ、はぁ、ふぅ……」
「1と1/2バ身差で、マチカネフクキタルの勝利。……いいレースでした」
エアグルーヴさんが息を切らしながら倒れこむ私と持ち主さんを見下ろしながら結果を告げます。
「あーっ、くそ!負けちゃったなぁ~、完敗だ!やっぱ現役の子は違うね!」
「……フクキタルは優秀なステイヤーです。怪我が原因の引退で、かつブランクのある走り。その上でここまでの接戦は信じられません」
「……そう言ってもらえるなら、嬉しいよ」
持ち主さんは汗を拭って立ち上がります。手を差し出してくださったので、手を取り立ち上がると、ギュッと抱きしめられました。
「ありがとう。現役の時の気持ちを思い出すことが出来た。いい幕引きになったと思うよ」
「そ、そうですか?それなら良かった……」
持ち主さんは私の肩に顔をうずめて、そして。
「本当にっ……、本当に、ありが、とう」
ポロポロと、泣き出してしまいました。私は、彼女の腰に手を回し、抱きしめ返しました。
シラオキ様のお告げは本当だったみたいです。やっぱり、福が訪れました───
『呪いの蹄鉄』の噂は、最近ではめっきり聞かなくなりました。
それもそのはず、『呪いの蹄鉄』による怪奇現象はなくなり、元の持ち主のもとで大切に保管されているからです。「人の噂も七十五日」とはよく言ったもので、『呪いの蹄鉄』の話題はすっかり忘れ去られてしまいました。
ですが、それでいいんだと思います。人の想いなんてものは、個人が覚えていれば、それでいいので。
……私のことを覚えていてくれたら、それでいいんだよ。フクキタル。
あなたは強い子で、優しい子。自信をもって、信じた道を進んでね。
そうしたらきっと、福を掴めると思うから。