レースを生業にするウマ娘は単なるアスリートではなくアイドル的側面も求められているのはご存じの通りですね?そのためトレセン学園ではレースだけでなくダンスレッスン、ボイストレーニングなどの授業も重点的に行われているのも、まぁ常識ですね。
「アイドルとしての特訓をする暇があったらもっとストイックに競技に向き合うべきであり、その方が長期的な目線で見た時の競技の発展につながるのでは?」と、考える方もいるでしょう。もっともな疑問ですが、これが実際のところ上手いこと噛み合っているんですよ。
例えばアップテンポで素早い足さばきが要求されるダンスがあるとしましょう。これを踊り切るためには柔らかい足首と正確なストップ・アンド・ゴーの技術が必要になります。
他にもロングトーンの特訓では肺活量の強化が見込めますし、息継ぎの少ない曲では息を入れるタイミングの練習になります。
ウマ娘のアイドルとしての顔はまぁ、いやらしい言い方をしてしまうと興行的な目線があるのは確かです。確かなんですが、まだ落ち着きのない学生が楽しく技術を身に着けられるトレーニングの一環、という側面があるのもまた確かなんですよね。
なので最前線で活躍するウマ娘ほどダンスと発声練習には気を遣っています。たまに『走る』ことに最適化されたトレーニングを素で行っているため、ダンスはからっきしといったようなG1ウマ娘もいるにはいますが、そういうタイプは中々少数派ですね。
前置きが長くなりましたが、要するに「ウイニングライブ」とはトレーニングの一つであり、トレーニングの成果発表の一つでもある、ということです。
ここからが本題なんですが、このウイニングライブの中に、「封印された楽曲」があるという噂、ご存知でしょうか?
噂というか、まぁ事実、あります。『
フランス語で意味は「ガラスの靴」、魔法が一晩しかもたないシンデレラの物語と、アスリートとしての寿命が短いウマ娘の生き様に共通する、刹那的な儚さと美しさがテーマの曲になります。
一見、素敵な曲に見えるでしょう?ですが、この曲には曰く付きのエピソードがあります。
それは、「この曲によるウイニングライブで怪我をするウマ娘が続出した」、という物です。
なんだかおっかないですよねぇ。
でも実際は単純な話で、レース後の疲労状態で踊るには負担が大きい振り付けだったので、怪我をしやすかっただけなんです。
この曲が作られた当時は今に比べてスポーツ理論が成り立っていなかったので、振付師の趣味が大幅に盛り込まれた振り付けが普通に通ってしまったんですよ。この件を重く見たトレセン学園は、ウイニングライブに使用される楽曲の振り付けにはかなり気を遣うようになりました。
現在まで続く、トレーニングを兼ねたダンス練習という伝統のきっかけでもあります。
トレセン学園的にはこれで解決した話なんですが、やはり古い時代というのは都市伝説が流行るもので、「この楽曲には何かよくないものが憑いている」「呪われた楽曲だ」という根も葉もない噂が広まっていきました。
「ガラスの靴」という曲名もまた良くなかったんですよね~……。縁起が悪いと多くの批判が集まり、この楽曲の音源は学園のどこかに保管される憂き目に合ってしまいました。今では聞くことすら困難です。
で、最近になって、この「封印された楽曲」が話題になり始めたんですよ。
とは言っても、呪いだとかそういう方面での話題性ではありません。誰かが当時のウイニングライブのビデオを発掘し、「この名曲はなんだろう?」とウマッターで呟いたところ、一気にバズって多くの人の目に触れることになったんですね。
テレビでも取り上げられ、当時の世論とトレセン学園の動向を掘り下げた番組の視聴率はなんと20%。「音源を公開してほしい」という声が上がり始めるまで、そう時間はかかりませんでした。
トレセン学園にやましいことは何もありませんし、封印した理由も真っ当な物です。理事長を中心とした話し合いの結果、撮りおろしのライブ映像と共に音源をMVとして公開することに決まったんですね。
まぁ妥当な判断ですよね。ウイニングライブだと負担が大きいだけで、普通に踊る分には安全ですし。
「同じ振付師を起用することで、当時のライブシーンを再現!」という触れ込みも各種SNSでも話題でした。
私も特に気にしてなかったんですよ。
でも、あるインタビュー記事を見た瞬間、「これは、少し調査が必要になるのでは?」と感じました。
そのインタビュー記事というのは、実際に怪我をしたウマ娘が当時のことを振り返った物です。
以下の文章は、記事の抜粋になります。
───それではやはり、怪我をする時ってなんとなく予感があるんですか?
はい。例えばなんですけど、自転車で転ぶ寸前って、嫌な浮遊感があるじゃないですか。
「あっ、これヤバい!」っていう感じの。
それと同じで、分かるんですよ。「あともう一歩、足を出したら酷いことになる」って。
───なるほど。この振り付けは曲のテンポからややズレているパートがある、との話ですが、タイミングとしてはここが危険だったりするのですか?
あー、そうですね。レースの後ってやっぱり関節の疲労感が大きいんです。
曲のテンポに合ってない上に複雑だから力の入れ方も難しくって、そしたら関節に負担がかかっちゃうんですよね。
蓄積された疲労とダメージが一気にズドン、っと来たイメージはあります。
───集中力が必要な振り付け、ということですね?
はい。
ただ、集中力自体はすこぶる良かったんですよね、あの時。
なんならレースの時より集中してたかもしれないです。
───というと?
なんというか、思考が削ぎ落されていく感覚があったというか……
自動的に正しい振り付けを踊れている感じなんですよね。
自分が自分でなくなるような、そういう何かが……
でも怪我をする瞬間、ふと我に帰ったんですよ。
危機感で集中力が切れちゃったのかもしれません。
私がこの記事を読んで気になったのは、
「振り付けと曲のテンポがちぐはぐなパートがある」
「そのパートを踊っている時の異常な集中力」の二点です。
基本的に、ウイニングライブでレース以上の集中力になることなんてまずないんですよ。
レースで精神力も体力も一気にすり減るので、同日に同じだけの集中力を発揮しろ、というだけでも相当な無理難題です。レース以上の集中力なんてもってのほかですね。
だからこそ、レースの後に我を忘れるほどの集中力を発揮するのは、ちょっと異常です。
そういう前提を踏まえた上で、前者の違和感です。
曲のテンポに反していながら、振り付けとして成り立っている踊り。まず間違いなく最もこだわった振り付けでしょう。単に「ダンサーに異常な没入感を与えるほどの渾身の振り付け」とも考えられます。
ですが、どうもキナ臭い。考えすぎかもしれませんが、この振付師を調べる必要があると思いました。
振付師の出身は日本でしたが、父親の仕事の都合で海外を転々としており、そこでダンスと出会ったらしいです。色んな国の色んなダンスを知り修得していくうちに、「それぞれの文化の最も優れたものを組み合わせれば、最高のダンスが生まれるんじゃないか」と思い至ったのだとか。
最終的に古巣である日本に戻り、振付師としての名を上げるようになっていったとのこと。
いたって健全な、真っ当な経歴です。
私は次に、彼がこれまで担当してきた振り付けを見てみました。そこで分かったんですが、彼の振り付けの根本に流れているものはベリーダンスっぽいんですよね。彼の経歴を見返すと、中東方面にいた時期はかなり長く、インタビューなどでも、その辺りの時期でダンスに目覚めたとは語ってるんですよ。
ということで、中東方面の文化について調べてみたところ、ウマ娘にまつわる伝承で一つ気になるものを見つけました。
1000年ほど前の、ある地方では、ウマ娘は神の生まれ変わりだと信じられていました。
そこでは年に一度、奉納の儀が執り行われていました。
これまでの感謝を伝え、この先一年間の豊穣を願い、そして神の現世への顕現を願い。
ウマ娘の踊り子が一昼夜中踊り続けることで、奴隷を贄に捧げる儀式。
この儀式が行われた時、奴隷は実際に死に至るようです。
まるで、何かが吸い取られたような、ひきつった表情を浮かべながら。
この儀式は豊穣だけではなく、神の顕現をも願っているのが特徴的です。
もし、この儀式が本物で。もし、生贄の数によって、実際に神が顕現するようなことがありえるのなら。
考えるだけでも恐ろしいですね。
そして、これを願うような人間がいる、という事実も。
結局、私は振付師に対して、確たる証拠を得ることは出来ませんでした。私に出来ることは何もなく、ただMVが公開される日まで、何事もないことを祈るしかありません。
そして、公開されたんですが。
なんにもなかったんですよね。拍子抜けするくらい。
MVは好評でした。普通に曲は人気になりましたし、ダンスも「踊ってみた」ブームが発生するくらいには流行りました。
やっぱり、私の思い過ごしなのかな、って思ったんですけど、このMVが公開されて一週間ほど経ってからです。
その振付師、なんか行方不明になっちゃったんですよね。
伝承は100%フィクションです。