これは私が次のレースに向けて、朝練をしていた時のことです。
午前の5時半に出かけたんですが、当時は1月だったのでまだ夜のように真っ暗でした。
軽いストレッチをしてからジョギングを始め、一定の距離まで走り切ったのでいったん休憩しようと思ったんです。
いつも、目印にしている自動販売機まで走ったら休憩することに決めていたんですよね。そこで飲み物を買って一息つき、そしてジョギングを再開する。
ですが、その日は勝手が違いました。自動販売機のボタンを押しても飲み物が出ないんですよね。返金レバーを押してもうんともすんとも。
「飲まれちゃったかな、運が悪いな」
仕方ない、今日はこのまま帰ろう、寮の冷蔵庫に常備されてるお茶でも飲もう。そう思いもう一度走り始めたんです。
この時間帯はまだ真っ暗なので、基本的に街灯の明かりを頼りに走ってるんですよね。自動販売機を目印にしていたのも、ひときわ大きな明かりを放っているということで、都合が良かったんです。
なので、おかしかったんですよ。走り始めて数mもしない内に、もう一つ自動販売機が現れるだなんてことは。
あれ?と思い、その自動販売機の前で止まったんですね。おかしいな、この辺りじゃあ、さっきの一台が一番寮に近いはずなのに。ラインナップを見てみると、目印にしていた所とまったく同じなんですよ。
何か嫌な予感がしました。気味が悪かったので、逃げるように通り過ぎたんですが、そしたらまた目の前にもう一台の自動販売機が現れました。ここもやはりラインナップが同じです。
それからはもう、大変でしたね。走っても走っても、まったく同じ自動販売機が数mおきに出てくる。必死になってたので気付くのに遅れたんですが、何十分も経ってたはずなのに、ずーっと暗いままなんですよ。日が昇らないんです。
閉塞感、疲労感、そして恐怖に包まれ、頭がグチャグチャになっていました。しゃがみ込んで涙さえこぼれそうでした。
すると、耳元で声がしました。
「怖いの?」
声は体温を感じさせない、無機質な物でした。機械音声のような、それでいて流暢ではあったのが不気味でした。
私はブンブンと、首を横に振りました。認めてしまうと、何もかもおしまいになってしまう予感がしたからです。
「でも疲れたよねぇ」
私は首を横に振ります。
「噓つくなって、ねぇ。息が上がってるよ。疲れたのは本当、でしょう?」
肩に手を置かれたような感覚がありました。重みはなく、ひんやりとした冷気の塊が、指の形をして食い込んでくるみたいに。
「寒くて、怖くて、疲れて、あはは可哀想に、ねぇ? 素直になれば、出してあげるのにねぇ?」
もはや首を振る事さえ出来ませんでした。指一本も動かせませんでした。
「君が信じてくれるなら、君が認めてくれるなら、思い通りにしてあげる。悪い話じゃないでしょう、ねぇ?」
「ねぇ、聞いてる? ねぇ、ねぇ、ねぇ、聞いてよ、ねぇ、聞いてって、ねぇ、ねぇ、聞けよ、ねぇ」
「聞け、頷け」
私はもう限界でした。今すぐにでも楽になりたい、その一心で、重力に任せて首を下げてしまいそうになりました。
その瞬間。
「そこまでです」
聞き覚えのある声の方へ振り向くと、そこには神社生まれのFさんの姿が。私ではなく、私の背面側へ視線を向けながらFさんは続ける。
「いたいけなウマ娘の恐怖心をあおり、手籠めにしようとする…… 貴方の凶行、見過ごせません!」
「波 ぁ !!!」
Fさんの放った青白い光弾は私の頬を掠め、背後の悪霊に見事着弾、悪霊は断末魔とともに蒸発していきました。
「渇きを癒すのなら、若いウマ娘ではなく自動販売機でするべきでしたね……」
そう言うとFさんは自動販売機に小銭を入れ、私にスポーツドリンクを奢ってくれました。
神社生まれってスゴイ…… その時初めてそう思いました。