【ウマ娘】六平さんがオグリ(成人)に酒を解説するSS【シンデレラグレイ】 作:木下望太郎
さてと、日本酒の選び方だが。まず味の系統として――
「その前に失礼して、ちょっとお花を摘んで参ります、なんだ」
…ああ、トイレか。そんな言い方誰に聞いた? え、アルダン? まああいつならメジロ家のお嬢様だ、そんな古風な言い方もするか…いや、マルゼンスキーに聞いたわけじゃねぇだろうな。
ああ待て、席を立つなら自分の杯は呑み乾していけ。いや、礼儀とかじゃなくてだな。
…言いたかぁねぇが、全くいねぇってわけじゃねぇんだ。女の飲み物に強い酒だの睡眠薬だの混ぜて、べろんべろんになったところをどうこうしようってクズがな。
だからお前も念のためだ、席を立つときは呑み乾して、注文は自分が戻ってからするようにな。自分がいないときには自分の飲み物が無いようにしとけ。
睡眠薬と言やあ俺も嫌な覚えがあるな…そう、ありゃあ俺が若ぇころ、アジアを放浪してたときのことだ。列車で隣の席に座った地元の奴が片言の英語で親しげに話しかけてくるんでな、俺も喜んで話してたんだが。そいつがすすめてきた、スパイスの効いたマンゴーを食ったとたんに眠気がしてな、気がついたときには荷物から――
…ってなんだ、真顔で手を挙げて。小刻みに震え…何? それよりめっちゃトイレに行きたい? 走れ! いや、人にぶつからないようにな! 加減して走れ! 漏らすなよ!
…大丈夫かあいつ。
……大丈夫か、と言やあ俺もだな…こんな話、酒の力を借りて言おうなんざ。
それに、酔わせて聞こうなんざ。
…ま、言う方はともかくよ。聞く方は、色良い話が聞けるといいが。
――おう、戻ったな。早速、日本酒の選び方だが。
まず味の系統としちゃ、『辛口か甘口か』『キレがある端麗か、コクがある濃醇か』だな。もちろんそれぞれの間の中口もある。
日本酒を買って呑む場合、この度合いが裏のラベルに書かれてることもある。『端麗やや辛口』とか『中口、コクのある味わい』とかな。親切なとこは『甘←→辛』『淡←→濃』でチャートにしてくれてる。
色々試して自分の好みが分かってりゃ、それでパッと選べるんだがな。ラベルに書いてない酒も多いし、呑み屋で頼むときにはメニューに載ってることの方が少ない。何よりお前の場合は呑んだこともないから、自分の好みも分からねえだろう。
そこでな、へっへ。日本酒の好みがパッと分かる質問ってのを用意してきたのよ、酒のガイド本からメモってな。
意外とマメなんだな、だと? おう、そうよ。オヤジってのはな、若ぇのと話すためにこういうの色々用意するもんなんだよ。そうでもしねぇと話に絡めねぇんでな。あと、手相見てやるなんて言ってくるオヤジは女の手ぇ触りたいだけだ、無視しろ。
で、質問だが。『出てきたら嬉しいおやつは?』
1、梨、いちじく。2、メロン、白桃。3、おかき、せんべい。
お前はどうだ……ってうぉお!? 何だ急に、泣き出して……嗚咽をこらえながら震え、拳を握り締めて……
「……選べない! 私には…どれも、どれも大切だから!」「だから…だから決めた! どれも捨てたりしないと!」「私の力の限り、全てを守ってみせる……!」
…ああ、立ち上がってポーズ決めたとこ悪ぃんだが。これはそういう質問じゃねぇんだ。
一応言っとくと、
1、梨、いちじく→香りは強くなく、みずみずしい→スッキリした『本醸造』系の酒
2、メロン、白桃→華やかな香りがある→香り高い『吟醸』系の酒
3、おかき、せんべい→米の旨みがある→旨みとコクのある『純米』系の酒
って分類だったが。
「よく分からないんだが」「つまりどういうことだ?」
何となく聞いたこたぁねぇか、『純米』だの『大吟醸』だの。日本酒の味を示す大きな指標として、そういう『造り』の部分がある。その意味さえ知っときゃ、大ざっぱな味の系統は分かるわけだ。甘いとか辛いとか書いてなくてもな。
日本酒を本当にざっくり分類すると、三つのタイプに分かれる。
『軽快でなめらか』なタイプ――味はあっさりとして香りは控え目――、
『香りが高い』タイプ――味はあっさりとして香りは強い――、
『コクがある』タイプ――味は濃厚で香りは控え目――だ。
本当はもう一つ『熟成した』タイプ――味は濃厚で香りは強い――ってのもあるが。『熟成酒』なんてのは結構なレアだ、その辺のスーパーにあるようなもんじゃねぇ。いったん忘れてもいいだろう。
で、さっき言ったおやつの質問だが。この三つのタイプにそのまま当てはまるのが分かるな?
1、梨、いちじく→香りは強くなく、みずみずしい→味はあっさりとして香りは控え目→『軽快でなめらか』な、『本醸造』系の酒
2、メロン、白桃→華やかな香りがある→味はあっさりとして香りは強い→『香りが高い』『吟醸』系の酒
3、おかき、せんべい→米の旨みがある→味は濃厚で香りは控え目→旨みと『コクのある』『純米』系の酒
まあ、本当に大ざっぱな分類だ。実際にはスッキリしたタイプの純米もありゃ香りの高い本醸造もある、当てはまらないものも多いが。初心者が目安にするならこんなもんだ。
「ふむ、つまり…私はどのおやつも好きだから、どれを呑んでもいいってことだな」
ああ、まあ、そうだな。お前はそうだよな…こんな質問メモってきた俺がバカだったよ。
そりゃいいが、『造り』についてもう少し話しとくか。『純米』だの『吟醸』だの結局どういう意味なんだ、っていう話をな。
まず分かれるのが『純米かそれ以外か』。
『純米』ってのは読んで字の如く、『米だけ使った酒』だ。詳しく言えば米と米こうじ、水だな。
で、それ以外の酒はそこに、醸造用アルコールが加わる。
「よく分からないが、純米の方が本物っぽいというか…高級そうだな。昔ながらの造り方、ってことだろう?」
高級と言やあそうだがな。だが、別にそれ以外の酒が偽物ってこたぁねぇ。
醸造用アルコールを加える技法は、江戸時代にはもう行なわれてたんだ。当時は焼酎を加えたんだがな。だから別に、純米だけが本物とか昔ながらの技法、ってわけじゃねぇ。
それに、アルコールを加えた造り方の方が『華やかな香りが立ち、すっきりとしたキレが出る』という特徴もある。
一方で純米の方は『コクがあり、米本来の旨みを味わえる』わけだ。
ま、結局のとこ好みの問題だな。
で、次の分類としちゃ『吟醸かそうでないか』。
「吟醸、か。何となくカッコいい響きだ…気になる」
ほう、そうか。カッコいい、ね。
……そりゃお前、あれだろ。ギン「ジョー」ってつくからだろ。
「…何の話だ」
何ってこたぁねぇけどよ、ほれ、どっかにいたよなぁ、「ジョー」って奴が。あれぇ、どっかも何も、お前のすぐ近くにいなかったっけよ?
「…北原のことを言ってるのか」
おう、そうそうそいつよ。いやぁ参った、歳のせいかな、カワイイ甥っ子の名前が出てこないなんてよ。
…で、どこまで行った?
「…!? 何の話だ!!」
いや何、老い先短いジジイとしちゃな、カワイイ甥っ子と教え子の行く末が気になってよ。
「そんなの気にすることか!」
で、どこまで行ったよ。AかBか、まさかCなんて……
「…どこまでって…そんなもの…『シー』まで行った!」
…………え? え、ちょ、お前……ええぇ!!? いや、待て、そこまで答えなくても、いや、待っ――
「聞きたいなら何度でも言ってやる、この前の夏に北原と『シー』まで行った! そのときはベルノも一緒に行った」
…………え? え、な、おま……えぇ? それは何つうか、3、ピー、とかただれ過ぎじゃねぇか……?
「三人だけじゃない、マーチたちも来たぞ。ノルンたちが免許を取って、レンタカーで。みんなで江ノ島の方まで行ったんだ。スイカ割りも楽しかったな」
……ん? 待て、待てよお前が言ってんのは……
「私だってそれぐらいの英語はできるんだ。私たちはみんな『sea』まで行った仲なんだぞ」
……ああ、おう、そう、『海』か……シーフードの『シー』ね……。うん。分かった。俺が悪かった。
ま、何だ。呑もう。呑もうぜ、高ぇやつ。何、シーフードが食べたい? おう頼め頼め、やっぱ日本酒とくれば刺身……え、船盛りを? …おう、頼めよもう。
話の途中だったな。吟醸は何かって話だったが…って言ってるうちに酒が来たか。
こいつは『大吟醸』、平たく言や吟醸の高級な奴だ。高級さで言やさらに『純米大吟醸』ってのもあるが…『吟醸』系の特徴が分かりやすいのはこっち、純米じゃない方だな。
「へえ、冷やしてあるんだな。綺麗なガラスの器で、見た目も涼しそうだ」
知ってのとおり、日本酒は色んな温度で楽しめる。
こういう風に冷たくした『冷酒』、常温の『冷(ひ)や』――冷酒と間違えられやすいが常温だ――、温めた『燗(かん)酒』。
詳しく言やあ『涼冷え』『花冷え』『雪冷え』とか『人肌燗』『ぬる燗』『上燗』等々、5度刻みで名前がついてて、それぞれに味わいが変わるっつうもんだが…ま、とりあえずはそこまで気にしないでいいだろうな。
目安としちゃ、冷蔵庫から出したては約5度の『雪冷え』だが、これを常温の器に注げば約10度の『花冷え』になる。冷酒としちゃ、このぐらいの温度が色んな酒に合っていいだろう。
ま、ごたくを並べ過ぎたな。改めて乾杯といこう。
……ん、美味いな。どうだ?
「すごく香りがいい。何ていうか…さっき呑んだエールの中では、アメリカン・ペールエールに近いかな」
まあ、全く同じ香りじゃないにしろ遠からず、か。吟醸系の酒はフルーティーで華やかな香りがするのが特徴だ。それは――
「ふ。フルーティー…ふふ」
何だよ。
「ふふ、ろっぺいが…ろっぺいが、ふるーてぃーって、ふるぅーてぃー…あははは!」
…何だよ、手ぇ叩いて笑うことかよ。
「ははは、あははは!」
もう酔ってんなお前…笑いのツボが全然分かんねぇよ。
…まあいい。で、香りが高くキレがあるのが吟醸の特徴だが。その理由は酵母と精米歩合
酵母は特に華やかな香りを出す専用の種類を使ってる。ちなみにこの酵母も種類があって、ものによっては燗に向かないのもある。もちろん燗でいけるやつもあるが、そんなもん素人には分からんしな。吟醸酒は基本、燗にしない方が無難と考えてもいいだろう。逆に、向いてるのはこうした冷酒だ。香りをほどよく抑えつつ、きめ細やかな味になる。
それと精米歩合
「よく分からないが、5パーセントぐらいか?」
大体10パーセントだそうだ。これを精米歩合90パーセント、と言う。つまり残った米の割合だな。
で、一般的な酒は精米歩合が70パーセント前後。吟醸酒は規定があって60パーセント以下。大吟醸はさらに削って、50パーセント以下だ。
「50パーセントってことは、米の半分も削ってしまうのか!? もったいないじゃないか」
まあ、造る方も商売だ。削ったヌカは色々に活用されてる、心配することじゃねぇよ。
とにかく、雑味の元となるヌカを徹底的に削ることで独特の澄んだキレを出すわけだな。とんでもないのになると精米歩合10パーセントを下回るようなのもあるらしい。
「それは…米の90パーセントを削ってしまってるってことか!? そんな…だったら私たちがいつも食べる米は何なんだ…」
まあ、その辺は職人のこだわりの世界で、俺ら素人には分からんな。50パーセントより先は削っても大して味は変わらんっつう意見もある。
「ううむ…やはりもったいない気もするが。とにかく、米を削れば美味くなるってことなのか」
そう思うか?
さて、ここにもう一つ頼んどいた酒がある。まずは冷や、常温でいってみてくれ。
「う、何だこれ…大吟醸と全然違う、濃いというか…何か引っかかる、雑な味がするような」
まさにそれだ。さっきの大吟醸とは真逆、コクのある純米酒で…精米歩合は80パーセントだ。
「80ってことは、20パーセントしかヌカを削ってないってことか」
ああ。江戸時代なんかは精米技術が未発達で、酒用の米でも85から90パーセントの精米歩合、今の食用米と変わらんぐらいだったらしいが。それに近いぐらいだな。
「そうか…やっぱり、米を削った方が美味いんだな」
そう思うか?
おっ、そうするうちに注文しといたのが来たな。それ、これも一杯、と。
「温かい…こっちは燗酒というやつか」
ああ、『上燗』45度ぐらいだな。わずかに湯気が立つ温度だ。香りが立ち、味もふくらみが出る。バランスが良く多くの酒に合うのはこのぐらいの温度だ。
燗をつけるときは徳利を湯煎するのが普通だが、面倒ならレンジでもいい。徳利に一合入れてラップをかけ、500Wで40~50秒。これで大体上燗の前後だ。
それよりま、呑んでみろ。
「これは…強い匂いだが、何というか、甘い…でも甘ったるいわけじゃなくて、深みのある、コクのある甘さだ。旨いな」
気に入ったようで何より。だがそれな、さっき冷やで呑んだのと同じ奴だ。
「ん? ああ、言われてみれば…全然違うけど、同じ酒、かな」
吟醸酒が切り捨てた『雑味』こそがむしろ『本来の味わい』だとして、あえて米をあまり削らない酒もある。で、これは個人的な意見だが。そういう酒こそ、燗をつけると化ける。雑味がそのまま旨みにな。
昔は、下酒は燗をつけろ、なんて言われてたんだ。そうやって味をごまかす、みたいなニュアンスだったが…今にして思えば、雑味のある酒もそうやれば味わいが出る、って意味だったのかもしれねぇな。
江戸時代の酒も、よっぽど夏場以外は燗をつけて呑むのが一般的だったらしい。あまり精米できてない酒だからこその旨い呑み方だな。
あと、純米かつ吟醸の条件を満たした『純米吟醸』『純米大吟醸』ってのもある。こりゃまあ、当然高級品だな。酒造会社としちゃ、技術の集大成みたいな感じで力を入れるとこでもあるだろう。
美味いものは本当に美味いが…個人的な意見としちゃ、吟醸の香りや純米のコクがどっちも中途半端になっちまってる品もある。特に、妙に安いものはイマイチな感じのが多いかもな…手間のかかるこのジャンルで安いってことは、どっか別のとこで何か省いてる点があるんじゃねぇかな。
造る方も買うほうにとっても難しいもんなのかも知れねぇな…。どうせ買うならいいものを探したいもんだ。
おっと、話してるうちに刺身なんかも来たな。遠慮せず食え食え。
それとこっちの酒はまだ説明してなかった『本醸造』系だが…いいよ、ゆっくり食えよ。
さて、『本醸造』系だが。これは『純米』でもないし『吟醸』でもないって感じだ。醸造用アルコールを使っていて精米歩合が70パーセント以下、つまり吟醸ほどは削ってない。それが『本醸造』だ。
それらに当てはまらない、つまり醸造用アルコールを使って、精米歩合が70パーセント以上のものは『普通酒』。とはいえ、流通してる日本酒の大部分はこれだ。
「説明を聞いてるとどっちつかずの大したことない酒かな、って感じだが」
そうとも言えるしそうでないとも言えるな。逆に考えてみろ、あまり削ってなくて醸造用アルコールを使ってる酒…つまり『吟醸よりコクがあり、純米より香り高い』酒だぜ?
正直色々呑んでるとよ、吟醸のお上品さじゃ物足りねぇし、純米の素朴さも何か違う…って時があんのよ。そうなると、結局普通酒か本醸造に帰ってくるんだな。 実際、このカテゴリにも旨い酒はいっぱいある。
「なるほど、奥深いな」
ああ。基本の『造り』はそんなもんだが、他に覚えとくといいのが『生酒』『原酒』『無濾過』『生酛
一般的な日本酒は、出来立てのものを『火入れ』『加水』『濾過』してるわけだが。それをそれぞれやってないのが『生酒』『原酒』『無濾過』だ。それらが組み合わさることも多いな。
『生酒』は火入れで加熱してない分、新鮮な味わいがある。が、鮮度が落ちやすいんで冷蔵が必須だな。
『原酒』は水を足してないんで濃い味わい、アルコールも普通の日本酒が15度のところ、19度や20度だ。
『無濾過』は旨みも雑味も多い、濃厚な味わいだな。
あと『生酛
味わいとしちゃ、この二つに大した違いはないらしい。だがどっちも、普通のやり方よりコクが出る、ってのが一般的だな。
さて、どうだ? ここまで色んな酒を試したわけだが。
「うん、美味しかった。ありがとう」
そうか、そりゃ何よりだが。お前も俺もまあまあ酔ったな、
そうだ、それでいい。さて――と。
「……? どうしたんだ、急に正座なんて」
…大人としちゃ情けねぇ話だが。酒の力借りて、言いたいこと言わせてもらうぜ。
「何だ、何か怒ることでも…」
…なあオグリ……いや、オグリキャップ。
今まで、本当にありがとう。
「な……? 何だ、いきなり…。顔を上げてくれ」
ジョーの奴が言ってたっけな、『お前が時代を作れ』『唯一無二のウマ娘になれ』『お前は天下一のウマ娘だ』ってよ。本当に…そうなったな。
ありがとう。それから、もう結構経っちまったが……有馬のラストラン、お疲れさま。長ぇトレーナー人生、俺が見た中でも最高の、レースだった。
ありがとう。本当に、ありがとうございました。
「ありがとう、ございます。こちらこそ……ありがとうございました、むさかトレーナー。あなたも…北原も、本当に」
……ふ。ふふ。ふん……お互いに似合わねぇことしたな。さ、もう顔を上げろ。
それより感謝の気持ちがあるんなら、ジジイにゆっくり酌をしてくれ。
「…ああ! ささ、センセ、お一つど~ぞ?」
おっとっとっと…って何だお前、時代劇のベタな芸者みてぇじゃねぇか。
「お初にお目にかかりんす、オグリ奴(やっこ)と申しますどすえ」
いよいよ芸者だな…言葉は適当極まりねぇが。
「あと、妹は冷奴(ひややっこ)なんどすえ」
……だいぶ酔ってるな。
「はー? 酔ってなんかないんだが? オグリさんは無敵だから酒にも負けないんだが? あ、さっきのは芸者名のやっことひややっこをかけているんだ。さらに葦毛の白さと豆腐の色をかけた、高度なカサマツンジョークなんだ。笑っていいぞ」
そうかそいつは面白ぇな、黙れ酔っ払い。
「あー、そういうこと言うんだー、レディに対して失礼なんだー」
寝っ転がるな、んで脚バタバタさせんじゃねぇ! パンツ見えるぞ。
「いや~ん、まいっちんぐぅ☆」
だからマルゼンスキーに聞いたことは忘れろっつったろ!
「でもいいんだ、別に。ろっぺいなら」
……あ?
「ろっぺいは、むさかトレーナーは私にとって……オトンみたいなものだからな」
……そうか、どうも。
まあいい。そんだけ酔ってんなら聞きやすいってもんだ。そのオトンから聞きたいことがあるんだがな、どら娘よ。
「ん? 何だ?」
どうなんだ。ジョーとのことはよ。
「! ……それは…その、seaまで…」
そういう冗談はいいんだ、本当によ。
俺としちゃ実際、老い先短ぇ……俺の目の黒いうちに孫の顔を見てぇ、ってのが本音なんだ…ううゴホッゴホッ…おっと、年取ると弱気になっていけねぇな、へへ。
「……。って待て、だまされないぞ! ろっぺいは別に、北原の父親じゃないだろ! 何が孫の顔だ!」
チッ……それぐらいはこいつのおつむでも分かってたか。
「当たり前だ、舌打ちするな!」
とはいえ、オグリさんよ? 実際どうなんだ、憎からず思ってんじゃねぇのか? おらどうした、顔が赤ぇぞ。ドキドキしてんだろ。
「これはっ、これはあれだ、ちょっと動悸が……おなじみの『勝利の鼓動』がちょっと出ただけなんだ」
持病みたいに言うな。
で、どうなんだ。いっそゲロっちまえば楽になるぞ? どうしてもあれなら、俺が仲立ちしてもいいし…いや、まさか実はもうラブラブだったりするのか? どうだ? それともまだ全然なら、告白の言葉でも考えてみるか?
「こくは……って、や、待……」
そうだな、あいつは変にヘタレるとこがあるからな。お前かあいつかの部屋でなら逃げ場を封じられていいだろう。気楽に飯でも食いつつ、それか軽く酒でも呑んで……
「~~~っ、待て、ちょっと、待っ……!」
…ってやってるときに何だよ、間が悪ぃな。店員か、注文してたのが来たか。
どれ、とりあえず一杯…
「…! むさかトレーナー…先にいただきます!」
って待てオイ、俺の酒をつかんでラッパ呑みに……って、あああああやめろ一気に呑むな! うわあああああ俺の本醸造山廃造り無濾過生原酒が! 熟成古酒五年も! 二つ一気に呑みやがったこいつ!!
待て、オイ、残ってる他の酒まで全部呑むんじゃねえ! 一気呑みは絶対やめろ、命に関わりかねねぇんだぞ!
とりあえずほら、水飲め水! よし、たっぷり飲んだな。
「ろっぺい…北原……ううん……お休み」
まさか逃げ場のない場所で、酒に逃げられるとはな……。
「zzz……むにゃむにゃ…」
ああ、大丈夫だ店員さん、もう切り上げて連れて帰るんで。
「むにゃ…まだ食べられる…お代わり……zzz…」
気持ち良さそうに寝やがって……人の気も知らないでよ。
お前は若ぇからいいが、ジョーの奴は。いい年したオッサンなんだぞ? その気があんならお前から捕まえねぇと、歳の差を考えてあいつが身を引いちまう。若いお前を気づかってか、そういう言い訳で逃げを打ってかはともかくな。
とは言え。ま……ジジイが気をもむことじゃねぇのかも知れねぇな。
結局何でも、酒と同じか。良いか悪いかじゃあねぇ、相性よ。どんな安酒でも、好みに合うならそれが上酒。相性が合うならどんなんでも勝手にくっつくし、そうじゃなきゃ離れてく。それでいいか。
さて、タクシーを呼ぶとしてこいつをどうするか…今は一人暮らしとか聞いたが、場所までは知らねぇ…分かったところで玄関に鍵かけらんねぇしな。
ベルノは同期と呑むとか言ってたし、さすがにこの状態でジョーに任すのは…やっちゃいけねぇな。
他に泊めてもらえそうな奴か……。
――ああ、もしもし、俺だ。夜分悪いな。久し振りだ、こっちは変わりねぇよ。
――そっちは…何、今アルダンが一緒にいる? …あんまり会わせたくはねぇな。
――いや何、ちっと頼みがあるんだが。一人酔っ払いを泊めてやってもらえねぇか? 俺じゃなくて…俺の元担当だ。――ああそうか、恩に切る。メジロのばあ様。
(ワイン編へ続く)