次のネタは既に浮かんでるので次は割りと早く投稿できそうです。
それではまた後書きで。
「ああ、頭痛い……」
宴会という名の馬鹿騒ぎを繰り広げた翌朝。青葉はT督の司令部の客室にて一夜を明かしていた。といっても朝起きたら隣に『T』の字があるなんてハプニングもなく、頭を突くような二日酔いに苛まれているだけだった。昨日は日付が変わっても盛り上がりが衰える様子を見せなかったため、青葉は先に部屋へ失礼したのだが、どうにもここの艦娘は錬度が高い故に有り余る体力を、無駄な所でも発揮しているようだった。重巡洋艦である青葉が退室するとき、駆逐艦娘達でさえも一人として脱落していなかった。
「この司令部は化け物だらけですね……心強いですが」
呟き、痛む頭を押さえながら客室を出る。どうやらここの司令部は朝は全員で食事を摂るらしく、そこに青葉もお呼ばれしているのだ。時刻は○七四○。朝食は○八○○に始まるそうなので、幾分か余裕のある時間帯だ。朝陽の差し込む廊下をゆったりと歩く。流石は最高位の司令部というべきか、廊下の端々に置かれている調度品も高級感の溢れる上品な代物で、窓から差し込む橙と相まって一つの完成された絵画のような美しさを醸し出していた。
「おや、青葉君じゃないか」
「あ、T督殿。おはようござ……います」
と、突然後ろから声が飛んできた。それは昨日それなりに親交を深めることの出来たT督の物で、振り向きながら青葉もまた挨拶で言葉を返そうとした。が、眼に飛び込んできたのは世にも奇妙なナニカ。思わず尻すぼみに言葉が切れてしまった青葉を、誰が責められようか。
突っ込み所は多々あるが、まず上裸である。T督の肉体は芸術というべき黄金比で引き締まった筋肉に包まれているが、それでも寝起きでかつ二日酔いのこの現状で直視するのは辛い。いや、正直なところまだそれはいいのだ。上裸でいることは大した問題ではない。女性だらけのこの宿舎で上裸でいるというのは、実際問題ではあるがもうひとつの問題が大きすぎてかき消されてしまっていた。
T督が肩に担ぐようにして持っているそれ。右手に持っている尾びれだけを見れば、一見魚のように思えるが、違う。全く違う。サイズで言えば大体2mと半位であろうか、T督の長身であってもなお、肩を通して項垂れるようにぶら下がる頭は床に着きそうなほどに大きい。灰色の体皮は不気味にぬらぬらと光り、肥大化した頭は振り回しただけで武器になりそうで――
「って! イ級じゃないですかそれ!」
「ん? ああ、今朝ちょっと散歩に沖まで出たら一匹だけいてね。食前の運動がてら狩ってきたんだよ」
人類の仇敵、深海棲艦。艦娘たちと日々死闘を繰り広げている存在であるが、ラジオ体操の替わりに狩られるようなぞんざいな扱いに、敵ながら同情せざるを得なかった。
T督はどうやらそのまま工廠に持っていくようで、先に食堂へ行くように青葉へと告げると、颯爽と何処かへと去っていった。予想外斜め上に突き進む出来事に呆気にとられて、そのまま呆然と見送った青葉の前に現れたのは、昨日の宴会でもそれなりに話をしていた艦娘、正規空母加賀。廊下の真ん中で立ち尽くす青葉を訝しげに覗き込んだ。
「……どうしたのかしら?」
「……あ、加賀さん。おはようございます」
「ええ、おはよう」
虚ろな眼から現世に戻ってきた青葉に対して、加賀は折っていた腰を戻して佇まいを正した。ふわぁ、と大きくあくびと伸びをする加賀は水玉模様のピンク色のパジャマに身を包んでおり、普段の様子よりもどことなく幼さを感じさせ、朝からワケノワカラナイ現象に遭遇してしまった青葉の精神をどことなく安心させてくれた。先の青葉の態度が気になったのか、加賀はなんとなく気にかける様子を見せてくれた。
「もしかした、うちの提督が何かやらかしたのかしら」
「ええと、やらかしたというかすでにやらかしてたというか……」
「ああ、もう大体把握したわ……」
全くあの人は、と加賀は溜め息混じりにあきれた様子で手で顔を覆う。当たり前だ、普通に考えてみれば深海棲艦を素手で鹵獲してくる人間など常識では考えられない。よかった私はおかしくなかった、と安心した青葉だったが――
「朝に散歩に行くなら私もついていくといったのに……」
「ああもうだめだこのしれいぶ」
間違いなく現状をしっかりと把握した上でのこの台詞である。思わずこんな言葉を吐いてしまった青葉を誰が責められようか。正規空母加賀、真面目でクールな一面が前面に押し出されることが多い艦娘ではあるが、実は天然ボケ感も否めない少女であった。
「それで、今回は何を捕まえてきたのかしら? ヲ級? タ級? ……もしかして久々にレ級とかかしら?」
「いえ、イ級でしたけど……え、何ですかあの人。いつも朝からそんなヘビーなもの連れてくるんですか? いや、朝じゃなきゃいいって問題でもないですけど!」
「今までで一番の大物は装甲空母姫だったわね。流石に一回しかないけど」
「一回でもおかしいって分かって言ってます?」
頭にハテナマークを浮かべて小さく首を捻る加賀に、常識の二文字は存在しないらしい。いや、非常識に日常的に触れ、それが常識になってしまったのだろうか。とにもかくにも、この司令部にいる間は気苦労が絶えなさそうだ、と青葉は大きな溜め息を広げたのであった。
――今後一週間のT督司令部の観察及び報告。それが青葉に告げられた追加の指令であった。観察とはまるで珍獣のようだと思いはしたが、案外間違いでもなかったので特に言及することなくその指令を受け取った。どうやらもうT督にも話しは伝わっていたようで、ゆっくりしていってくれとの旨の声を、朝食後に本人から掛けられた。
とはいえ勝手も知らぬ他人の家。どう過ごしたものかと首を捻らざるを得ない。観察といってもどこまで見ていいものかは分からないし、見たとしても内報で知らせていいものかも分からない。どうしたものか、と青葉が悩んでいるところに、一人の少女が駆けてきた。
「いたいた、青葉ー」
「おや、島風さん。どうかしました?」
廊下の先から現れた島風は、両手を両脇に振って走るかわいらしい女の子らしい走り方ではなく、スプリンターのごときガチ走りで駆け寄ってくると、両手を挙げながら両足を揃え、なんともコミカルに停止した。なかなかな勢いで走っていたはずだが、全く息が乱れていないのは流石と言うべきか。艦娘随一のスピード狂の名は伊達ではない。
軽く乱れた服をさっとを直した島風は、簡略式の敬礼をしっかりと決めながら、
「今日一日、貴艦の案内を任されました駆逐艦島風です。若輩者ではありますが、よろしくお願いいたします」
「ああ、了解いたしました。よろしくお願いします」
客人の案内に抜かりはない、といったところだろうか。司令部レベル最高位の名では伊達ではなく、戦闘力のみならずこういったところからも高い錬度が伺える。ただでさえマイペースで唯我独尊を素で行く島風を、ここまでしっかりと躾けている司令部はなかなかに多くない。なにしろ本部直属の島風でさえこういった案内役には間違いなく抜擢されないであろう程には野放しなのであるから。
一先ず、これでこの司令部にいる間不自由はなさそうだ、と青葉は息をつく。返礼として青葉も敬礼を返せば、堅苦しいのは終わりとばかりに島風は青葉の手を引いた。
「さ、それじゃあ今日はうちの司令部を案内するよ! どこか見たいところはある?」
「んー、そうですねぇ……それじゃあ――」
手を引かれ、急かす島風に苦笑をもらしつつも行きたいところを告げる。流石に提督があれだけおかしい人物(戦闘力的な意味で)であっても、司令部の各施設まで何かある、という訳でもあるまい。何せ、艦娘達に関しては、錬度以外他の司令部とあまり変わりはしないのだから。――青葉はそう思っていた。
一一○○、工廠にて。
青葉が最初に見学することを決めたのは、工廠であった。というのも、様々な司令部を見てきた中で、立ち入り禁止区域が多いのは圧倒的に工廠だったからである。その司令部独自の方法でレア装備やレア艦を開発・建造していたり、はたまたオカルトチックに運気を上げるためか何かを奉っていたりすることがある。海軍本部としてはそういった方法を独自に編み出させたほうが競争意識が高まるし、またマニュアルといったものを配った上でそれに従い、その結果での失敗を本部に押し付けられればたまったものではないからだ。姑息ということなかれ、これも上に立つものにとっては必要なことである。もちろん、設計図といった開発に必要なものは配布されるが、鋼材やボーキサイトの配分や燃費などはまったく記載されていない。艦娘の歴史は浅い分、まだまだ不確定要素が多いのだ。
そういう理由で工廠に来た青葉であったが、そこで出迎えてくれた人物は。
「Hi! 青葉、島風、昨日振りですネー」
「おや、金剛さん。おはようございます」
「おうっ! 金剛おはよー!」
海に面した倉庫丸々一つを使った工廠の中では小さな人形のような何かがひっきりなしに動き回り、様々な砲塔や砲弾といったものを弄くり回し、運び、整備しているようだった。彼らに名はなく、一括りにして妖精と呼ばれる存在だ。生態は不明、ただ艦娘が集まるところに集まり、食事と寝床さえ確保してやれば精力的に働いてくれることがわかっている。艦娘や艦娘たちの艤装の整備、開発を一手に引き受けてくれ、司令部にとってなくてはならない存在である。
T督の司令部には、青葉が今まで見たことのないくらいの妖精達がひしめき合い、言語は分からないまでも喧々諤々の議論を繰り広げている姿も見て取れた。
「これは……すごいですね」
「そうデショ? 今は新装備の開発をしてるのヨー」
「青葉に見せてあげたら? きっと驚くよ」
「OK! 妖精さん、試作品を持ってきてヨー」
金剛が声をかけると同時、近くにいた妖精が慌しく駆けていく。はて、試作品とはなんであろうかと首をひねる青葉。新しい設計図が最近配られたような覚えはないし、このレベルの司令部が試作品を作らなければいけないほどに難解な装備も記憶にはない。そんな頭を悩ませる青葉の前に運ばれてきたのは、一つの手袋であった。
「……え、この手袋が試作品ですか?」
「Yes! その通りヨ」
見てくれは何の変哲もない手袋である。表面は黒地、特に目立った装飾や模様などは見当たらない。はてこの手袋のどこを開発する必要があるのか、と思いをはせていた青葉であったが、ふとあることに気付いた。――妖精が、持っているのである。ただ持っているだけではない。四人がかりで、それでなお腕がプルプルとしている。なんともない手袋にしては様子がおかしいのには違いなかった。
「これ、持って見ても?」
「大丈夫。でも提督から注意で、怪我だけはしないように、だってさ」
「了解しました」
妖精の様子から分かる。恐らく、それなりの重量があるのだろう。ふうむ、ただの手袋にしか見えないんですがねえ、と手にとって眺めようとした青葉であったが。
「お、重っ!?」
思わず取り落としてしまうほどの重量であった。ずしんと言う地響きと共に軽く地面が揺れたことからもそれが見た目に不釣合いなほどに凶悪な重量があることが分かった。
青葉は、仮にも重巡洋艦である。艤装を外しているこの状況下にあって尚、普通の大の大人よりはそれなりに力があるのは確定事項である。艤装を背負い、艦娘としての血を呼び起こせば、
「この装備は、誰のための……?」
「T督だヨー」
「ですよねー」
案の定であった。これほどのものを扱える人物とあれば、艦娘を含めて大和、武蔵、長門、陸奥といった超弩級戦艦かT督その人に他ならない。艦娘であれば艤装で砲撃が出来るため肉弾戦用の装備はいらないが、己の肉体のみで戦うT督であれば相当に有用な武器だった。しかし、試作品である。
「試作品って、何が駄目なんですか?」
「提督は軽すぎるって言ってた」
「これで!?」
「前にこれとほぼ同じものを演習で使ったんだけどネー。演習が終わるころにはぼろぼろになってたヨー」
「しかも使い捨て使用ですか……」
「まあ提督の手に傷はなかったんだけどね」
「それ、この装備必要ですか?」
思わず眩暈が起きてしまった青葉は、頭を押さえながら島風に提言した。
「島風さん、次の場所に行ってもいいでしょうか」
「おうっ! ……大丈夫だよ青葉。直ぐに慣れるから。私がそうだった」
「ありがたくない情報ありがとうございます島風さん」
「また来なヨ、青葉。私は開発担当が多いからサー。扱える重量的な意味でネ」
からからと笑いながら見送ってくれる金剛に力無く手を振りながら、この司令部にいる間に自分の中の常識が崩壊してしまわないかが不安な青葉であった。
その後というもの。
「ここが資材置き場だよ」
「おかしいですよね? 私一つの資材につき倉庫いっぱい使ってる資材量とか見たこと無いですけど?」
「青葉、これが現実」
「嘘だっ!」
各施設を回って行くごとに。
「ここが入渠ドック。T督もたまにはいるんだよね」
「滝がある……? 滝行でもしてるんですかあの方?」
「ううん、よく滝を割ってるよ」
「せめてそれくらいは普通の使いかたしましょうよ……!」
自分の中の常識と現実の齟齬に苦しむ青葉であった。
「部屋以外で少し位まともな施設は無いんですか…!」
「ごめんね、青葉」
「ううう……!」
二○○○、客室にて。
割り当てられた部屋で今日一日の疲れを誤魔化すように、ベッドでうつ伏せになる青葉の姿があった。この司令部は広い。成果に比例して大きくなっていく司令部としては妥当な大きさであり、一日で回り切れたことが僥倖に思えるほどだ。とはいえ海に出て一日何十海里と進む艦娘にとって疲れを感じるほどの大きさではなく、青葉が感じていたのは精神的なものが大きかった。それも当然のことだ。行く先々にある奇妙な物を、当然のものとして受け入れる艦娘達。周りと自分の認識の違いに、ひたすら精神をゴリゴリと削られる一日であった。
「ああもう……私、ここでやっていけるんでしょうか」
慣れるよりもノイローゼになるのが早そうだ、と不安と疲労と共に大きな溜め息を吐き出した青葉の耳に、コンコンという小気味のいいノックの音が飛び込んできた。
「もしもし、青葉君。私だが入っても大丈夫かね?」
「て、T督殿! 少々お待ちください!」
失礼の無いよう乱れた服装をてきぱきと直し、髪型をしっかりと結いなおす。昨日それなりに打ち解けたとはいえ、まだ大して親しい仲でもないし、仮にも上官である。直ぐに人前に出ることが出来る程度にはなったことを確認し、どうぞと入室を薦めた。
「失礼するよ」
静かにドアを開けて入ってきたT督の頭は、今日も変わらず『T』であった。
「さて、島風の報告だとずいぶんと疲れた様子だと聞いたが大丈夫かね?」
「あ、いえ、大丈夫です。わざわざありがとうございます」
「なに、君は我が司令部の大事な客人だからね。礼には及ばんよ」
何か用件があるのかと思いきや、わざわざ気を割いて様子を見に来てくれたようだった。司令部に所属している艦娘の話、青葉の上司の話、前回のE海域の話、T督自身の話。言動の端々に紳士を感じ取れるT督との会話は弾み、昨日の騒がしさとはまた違った居心地の良さを感じさせてくれる。青葉は次第にリラックスしていき、気付いたときには不安や疲労など忘れてしまっていた。
「おや、もうこんな時間かね」
「本当ですね。そろそろ消灯時間ですか」
「そうだね。さて青葉君、楽しい一時をありがとう。とても有意義な時間であったよ」
「いえいえ、こちらこそありがとうございました。またお話させていただきたいです」
「そういってもらえると嬉しいよ。それでは青葉君、おやすみ」
「ええ、おやすみなさい」
挨拶でT督を見送った青葉は、ぽふりとベッドに横になりつつ。
「……ま、大丈夫ですかね。なんとかなりそうです」
電気の消えた部屋へと差し込んでくる月明かりの中で、そう呟いた。
青葉さんマジ苦労人。
某烏天狗と違って腹芸はあんま得意じゃなさそうなので胃がキリキリと締め付けられてます。誰か助けてあげて!という前にT督が助けてくれました。さすが万能人。……人?
ちなみに劇中に出てくる手袋は、攻撃力強化のためです。防御なんぞ知らない。