「いくぞ小僧」
グラントリノの言葉に頷き、その小さな背中を追いかける。
職場体験で僕を指名したグラントリノ、その目的は僕の指導である。
既に何度も顔を合わせ、僕の実力を知っているグラントリノは指導方法をオールマイトにしたようにひたすらボコる、ではなくひたすら実戦を積むことにすると告げた。何気に過保護なマスターは、自分がいれば自分でやる性格なので後ろについて回っていても実戦経験はそれほどではない。
バング師匠の元で流水岩砕拳を学んでいた時も稽古としての戦いや、スーパーファイトの出場はしたもののアレだってルールのある試合だ。いくら残虐な性格であっても武道家達のモラルは一般人よりよほど高かったりする。
ヒーローと個性の台頭により居場所を失いつつあるのはヤクザや極道と同様彼ら武道家もなのだ。
個性黎明期以前より武道や武術道場が廃れつつあるのは、個性により規格を揃えた試合が困難になったからだけではない。個性犯罪が猛威を奮った時代に身体を張って人々を守り立ち向かった武道家達はオールフォーワンに討ち取られ、その流派を断絶されてしまったのだ。
現存する流派の多くは、個性黎明期後に復活、再構築されたものばかりでその歴史は浅い。
その上門下生を募ろうとしても、個性使用を許可されて設備の整った施設なんて個人資産で用意できるものではない。バング師匠みたいに完全に個性使用をしないと告知して、立地が秘境レベルに不便じゃないと道場なんてまず開けないのだ。
つまりヒーロー飽和社会の強い武道家達は、実力が高い程個人で武術(オリジナルの)極めた単なる趣味人であり、趣味を自慢できる絶好の機会であるスーパーファイトではルールをきちんと守るのだ。
だからグラントリノはそんな僕の偏った実戦経験をなんとかするため、職場体験は全て現地での実戦を行う方針なのだ。
「明日は渋谷に行くが今日は近場だな、ちょい荒れてる場所あるから」
軽い準備運動だとグラントリノは言って現場に向かった敢えて街中を空中機動で駆けるのも僕を試してのことだろう。振り切られることなく現場に到着し戦闘。
街中で暴れているヴィランを撃退し、警察へと引き渡す。ワンフォーオールを使うまでもない相手だが、そんな輩でも当たり前に事件を起こしている。
ヒーローに勝てる筈もないのに当たり前のように暴れたり、犯罪を犯すのはなんでだろう?
平和な地域だと戦闘はなく、地域住民のちょっとしたトラブルを解決するなんでも屋みたいなヒーローもいるらしい。けれどこうも当たり前にヒーローの戦闘行為があると、ヴィランそのものに疑問を持ってしまう。
個性を使用できない鬱屈が原因なのか、個性を使用して暴れるだけで手に入るモノが魅力的なのか、暴れる前に暴れる以外になにかできないのか、ヒーローが場当たり的に解決するだけで良いのかとすら思ってしまう。
そしてその行動の裏にオールフォーワンという扇動者がいない事実も。
ワンフォーオールの中の先代達との語り合いの中で僕は過去の記憶を見せられることも多い、いかに世界が移り変わったのかを知ることは興味深く勉強になる。荒れてた時代、略奪が当たり前だった時代、ヒーローが息を潜め逆転の時を待っていた時代、瓦礫の山を踏みしめ魔王の如く君臨するオールフォーワンに怯える時代、僕にとっては当たり前な平和はオールマイトが平和の象徴になることで実現したのだと思い知った。
希望がいるのだ、人が真っ当に生きるには。
規範が必要なのだ、人が道を踏み外さないためには。
打倒しなければならないのだ、魔王になりたいからだけで全てを無茶苦茶にするオールフォーワンを。
現場を知ることでその思いはより強くなった。
そうして初日の職場体験を終えた。
明日は渋谷だ。
グラントリノにいざという時のための用意は渡せたし明日に備え、しっかりと休もう。
「覚悟しすぎだろう小僧」
血液の入った保存のための特製の瓶と遺書、さらに僕の命の危険になると反応するブザー。オールフォーワンが生存している以上、いつでもワンフォーオールを託せる準備はしておかねばならない。グラントリノも信頼できる一人だから渡せる機会に渡しておこうと用意しておいたのだ。
ヴィラン連合の存在がより僕の危機感を高めていた。
その夜グラントリノ事務所に泊まったけど。
飯田君を心配して連絡はしてみたら、どうやら大丈夫のようだ、ノーマルヒーローマニュアルさんにも同じ内容で心配かけてしまったと言っていた。だから飯田君本人は大丈夫なのだろう。
勝己からは、明日から保須市だと連絡が来ていた、彼のことだから飯田君のことも気にかけてくれるだろう。
ただエンデヴァーは筋肉の方だったと謎の一文もそえてあったけど。
何があったんだろ?