「畜生、畜生畜生畜生チクショーッ!」
叫びを上げる、叫びを上げる。
現状の恐怖に、襲いかかる理不尽に、情けない自分自身に、逃げるしかできない無力さに。
「チクショーッ!」
振り払おうと叫びを上げるしかできない。
タンクトップハッター、俺広見発斗は大して立派な人間ではない。
ちょっと成績が良かっただけの、ちょっと便利な個性を持っただけの、ちょっと調子に乗りやすいだけの、どこにでもいる人間だ。
だから、無理して入学した都内のヒーロー科のある高校で当たり前のように落伍者になって、区切りとして受けた仮免試験に当たり前のように落ちた。
言い訳なら腐るほどした、体力がないから、個性が戦闘向きじゃないから、信念がないから、言い訳すらありふれたどこにでもいる奴だった。
けど変われたと思った、中退したことを言えず公園で項垂れていた俺にマスターが声を掛けてくれた時に。タンクトップ事務所で一から鍛えて諦めたヒーロー資格を取れた時に。すこしはマトモな、出来る奴に成れたと思ったんだ。
なのにそうじゃなかった。
襲いかかるヴィランに仲間を置いて逃げるだけの情けない奴なんだ。
意識のないラグドールを背負って逃げるだけの情けない奴なんだ。
「ラビットさん、ジャングルさん、どうか無事で」
無理に決まってるのに祈りだけは口にする。
なんとか他の学生達を連れて、宿泊施設にまで戻らないといけない、戻って応援を要請しないといけない。
それまであの二人が持つなんて保証はない。
その時間を稼ぐために二人はゆっくりすり潰されることを選んだから。
「チクショーッ!」
始まりは肝試し開始前に時間は遡る。
「ここら辺な気がするんスよ」
俺の個性、帽子センサーはアバウトだ。
範囲は山一つくらいならイケるけど詳細は一切分からない。なんとなく善くないもの、なんとなく悪いもの、なんとなく必要なもの、個性を発動するときにそれらがないかと考えて、あったら大体の位置がわかる。そんな個性だ。まれに位置だけが分かる場合があるけど、その場合はどういったものかは分からない、自分の目でそこに行って確認しないといけない。必ずナニカはあるから無駄足にだけはならないけど、はっきり言って使えない個性だ。
夜の山での捜索なんてしたくもなかったけど、珍しく真面目なラビットさんにどんな違和感でも連絡しろと何度も言われたので仕方なく伝えた。だって山の中で良くないモノなんて、枝に引っかかったビニール袋(中に水が入るとレンズ効果で山火事になりうる)とかにも反応するんだぜ?きりが無いって。
だから、肝試しでB組の担当をしているラグドールの側なんて大したものじゃないと思っていたんだ。
そこに倒れてるラグドールと彼女に手を伸ばす脳みそ剥き出しの怪人を見つけるまでは。
「無駄毛守」
「兎蹴り」
即座に反応したのは二人が、タンクトッパーでも荒事担当の戦闘要員だからだろう。
ジャングルさんが両腕を交差して守り、ラビットさんがすさまじい威力の蹴りで怪人を吹き飛ばす。
それを見た俺が慌ててラグドールに近寄り安否確認をする。意識がないだけで無事みたいだ。
「兄貴、コイツは」
「ああ雄英高校と保須市に出たっつう脳無とかいうヤツだな」
怪人脳無、ヒーロー業界ではヴィラン連合とかいう連中が使う改造人間だと知られている。プロヒーローが束になっても対処できない存在とも。
雄英高校ではイズクさんにカツキさん、保須市ではナンバー2ヒーローエンデヴァーに大ベテランヒーローのグラントリノが打倒し、他のヒーローだと足止めが精一杯だったらしい。
そんな存在がなんで、
「オイ、」
「はい、ラビットさん」
ドスの効いた声に慌てて返事をする。
「ラグドール背負ってすぐに宿泊施設まで逃げろ。
途中で餓鬼共拾ってな」
「えっ?」
ラビットさんが睨みつける方向を俺も見たらそこには、形は微妙に違うけど脳みそ剥き出しの怪人が、二十体もいた。
「マジですか」
プロヒーローでも勝てない、トップヒーローじゃないと勝てない存在が二十体も。
その絶望を前に頭が真っ白になっていると、
「護郎、テメェはハッターの護衛につけ」
ラビットさんは弟分であるジャングルさんにも指示をだしていた。
「兎吉兄貴は?」
「コイツラの足止めする。此処は俺一人で充分だ」
指を鳴らして脳無に向かうラビットさん。
無茶だ勝てるわけがない。
「おいハッター、事務所の俺の焼酎くれてやる。
幻の焼酎 毛王だぞ」
ジャングルさん?!
そう言うとラビットさんの横に立った。
「護郎」
「充分なのは、ゆっくりすり潰されて時間を稼ぐのは、なんでしょう?付き合うぜ兎吉兄貴。
二人ならギリ生き残れるかもしんねえし、何より」
ジャングルさんはニヤリと笑うと、
「喧嘩屋兎吉の背には鉄壁護郎あり、でしょう?」
昔効いたヴィラン時代の二人の名称。
普段のおちゃらけた様子からデタラメだと笑い話にすらなってたソレが真実味を帯びてくる。
「後悔はねえな?」
「アンタに負けて弟分になって、
二人で兎毛団を結成して、
マスターに挑んで敗北して、
タンクトップ着て舎弟になって、
事務所に努めてヒーローになって、
ここで死ぬかもしんねえ戦いに挑む。
後悔なんざ一つもねえよ」
「そうか、なら。
餓鬼共守るために一緒に死んでくれ護郎」
「あいよ兎吉兄貴、せいぜい胸張って戦うさ」
「テメェの場合は胸毛だろ?」
「違いねえ」
死地を前にしても、実の兄弟みたく親しげに笑い合う二人。
窮地のはずなのに楽しげですらある。
「行きなハッター、ここは俺らが受け持つ」
「テメェを恥じるなよ坊主。単に戦う場所と戦い方が違うだけだ」
三人で戦いましょう。
その一言が、どうしても出てこない。
三人で逃げましょう。
その一言を、どうしても言えない。
怯えているから、恐怖に呑まれているから、コレが最善だと分かってしまっているから。
思考に逃避しだした身体は一歩も動かない。
けれど、
「「行けぇっ!!」」
ぶっ叩くような二人の怒声になんとか追い立てられるように走りだした。
「タンクトップにウサ耳映える! タンクトップラビット!!」
「鍛えた身体に生い茂るジャングル! タンクトップジャングル!!」
「「推して参る」」
夜の山を駆ける。
走りながら連絡は済ませたが、既に向こうも交戦中、マンダレイのテレパスで全員に情報の共有はできたのは幸いだ。
視界が悪くとも鍛えた身体は木々にぶつかることなく進む。途中で拾ったB組の生徒達、どうやらキノコの個性を広域にバラ撒いたため毒ガスの存在に気づいたらしく、空気の壁や擬音の具現化で凌ぎながら避難していたらしい。A組の八百万がガスマスクを作り救助をしているようだが、一部生徒が元凶のヴィランに向かってしまったとのこと。
こんなところでも対抗心かと舌打ちしたくなる。ヴィランならなんとかなる可能性があるが、あの脳無があとどれくらい居るのかわからないのに。
表情には出さずに、生徒達には避難を促す。
何人かの生徒は意識がなく背負われた状態、此処で他の生徒を探す余裕はない。
「いくぞ」
渋る生徒達を纏めてから進む、途中テレパスで生徒達の戦闘の許可までされた。つまりそれはヒーロー達が駆けつける余裕がないことを意味している。
どれくらいヴィランが来てやがる。
しかも生徒どころか、プロヒーローすら手こずる手練ばかり。ヴィラン連合、伝え聞くより規模が拡大してやがる。
「旋風鉄斬拳!! 冥躰震虎拳!!」
倒れた木々の中心で聞き覚えのある声と轟音が響き渡る。拘束着のヴィランの口から伸びる刃を切り刻みながら接近し、その胴体に必殺の一撃を叩きこむ、さすがカツキさんだ。見ればエンデヴァー息子さんが、蹲る烏頭の生徒の周囲を火で照らしていた。
「タンクトップハッターさんに、B組の連中か。
無事みてえだな」
「そちらも無事ですか?」
「なんとかな、かなりヤバいヴィランだった」
こいつはシリアルキラーのムーンフィッシュ!
人の断面を見るのが好きなイカれたヴィランで捕まってた筈なのに、脱獄したのかよ。
こんなヤバいヴィランまで仲間にしているとか、どれだけなんだヴィラン連合。
カツキさんが倒してくれなかったらどれだけ犠牲がでたことか。
「ハッターさん、どう動くべきだ?
指示をください」
カツキさんの言葉に俺はハッとする。
そう今やるべきことを。
「今いる全員で宿泊施設まで撤退です」
「探索とかはしないのか?」
エンデヴァーの息子さんが不満げに言うが、従ってはくれるみたいだ。
「脳無が山中に居ます、探索は皆を安全なトコまで送り届けてからです」
ラビットさん達のことがある、最大戦力のカツキさんには撃退に回ってもらいたい。けど、
「優先すべきは皆さんです」
二人のタンクトッパーが守ろうとしている連中を危険には晒せない。
「流石だなタンクトッパー」
パンッパンッと馬鹿にしたような拍手が聞こえる。
木の上に杖をついてるヴィラン。
アイツは、
「コンプレスだとっ! 今日はヴィランの発表会のつもりか!」
またもネームドヴィラン。
どれだけ戦力をかき集めやがった。
「タンクトッパーは勤勉で厄介。
貴重な脳無を二十体も足止めするわ、目的の一つは潰されるわ、とんでもねえな」
しかもコイツ。
「生徒を攫ってやがるな」
「エンターテイメントを台無しにするなよ。
お前のセンサーって手品師には最悪だな」
指でもてあそぶボール。
アレに生徒が。
「まあ目的の対象じゃないけど、念の為にな」
「じゃあ返しやがれ」
既に接近していたカツキさんが、手のひらをコンプレスに向ける。
「お前も厄介、誇れよ学生。
俺達ヴィラン連合は、プロヒーローよりもお前ともう一人を警戒してたんだぜ?」
「知るか、返して死ね」
爆破で仕留めようとするカツキさんに対してコンプレスは、
「そのためのコレなんだよ」
指で弾かれたボール、あの中には生徒が。
「カツキさん!」
「解除」
解除されて出てきた少女をなんとか受け止めたカツキさん。だがそれは大きなスキになる。
「逃してもらうぜヒーロー共。
本命はお前らじゃない」
逃げ足と欺くことだけが取り柄だと捨て台詞は吐きながらコンプレスは逃げていく。
「逃がすか! ハッターさん俺が追います!」
助けた少女を別の生徒に預けて、静止の声も聞かずに飛び出すカツキさん。
それでも俺は、
「皆さん、宿泊施設まで行きます」
この判断を変えることはできない。
反論も不満も強引に押しのけて宿泊施設に戻った。
生徒を連れて宿泊施設でブラドキングと合流。
イレイザーヘッドは迎撃にでているらしい。
すでに通報はされているが、未だに救援は来ない。
保護したラグドールと意識のない生徒に出来る限りの処置を施し、あとはここの警護だ。
「すまん」
ラビットさん、ジャングルさんのことを聞き、救援を出せないことを謝るブラドキングに俺は気にするなと告げた。
「言ってたんですよマスター、自分のことは一番最後にするからヒーローなんだって」
だから大丈夫だ。
生徒を守るのが第一なんだ。
溢れ出る涙を拭うこともできずに俺は、俺の託された役割を果たす。
無力感に崩れそうになる身体を必死に支えて。
まだ夜は明けない。
補足説明。
タンクトップハッターは比較的新人で、年下だけど古株で実力が上な緑谷君、爆豪君をさん付け。
タンクトップジャングル、本名 無駄毛 護郎。
兎毛団、付耳兎吉と無駄毛護郎が結成した武闘派ヴィラン集団。基本絡んできたチンピラを殴って従えて構成員は50名を超えた、が結成したその日にタンクトップマスターと交戦し壊滅。以降構成員はマスターの紹介で真っ当な職を得た。ネーミングセンスは無い。