「夕飯の熊鍋にフライドベアにメンチカツだ」
「「「いただきまーす」」」
血抜きの完璧な熊一匹。
それを出久と共に解体して夕飯にした、修行中に何度かやったとはいえしんどい作業だったな。
「旨い、旨い」
「ヤバいよ、この肉」
「揚げ物もリアクションとるレベルだ」
「なんで野郎がおはだけしてんだよ!女子は?!」
「「やるなら好きな人の前だけでーす」」
「畜生!!」
「峰田は反応しないのか?」
「もう女とかいいスよ、オイラには彼女だけス」
「何があった?!」
「ところで勝己、この新鮮な熊とかどうしたの?敷地内にいたの?獲物なら鼠はいたけど」
「その鼠てスーツ着てないか?いくら雄英高校でも敷地内に野生の熊はいねえし、槍で一突きなんて芸当も無理だよ。貰ったんだよ見知らぬ人に」
「見知らぬ人?」
「そうだな、説明するか」
そうして俺は語る、昨夜あった戦いを。
遭遇した恐るべき使い手のことを。
俺は雄英高校敷地内にて日課であるジョギングをしていた。走ることは鍛錬にも気分転換にも良い。
夜の昼間より涼しい空気の中、俺は気分良く走っていた。
だが、今日は何故かその空気に張り詰めたモノを感じていた。まるで大型肉食獣がいるナワバリに踏み込んだ時のような感覚、ここは危険地帯であると本能が告げていた。
セキュリティ万全な雄英高校敷地内ではありえない感覚に戸惑いながらも、自身の感覚を信じあえてその危険の中心まで向かった。武人としての強者への興味、ヒーローとして危険な存在を調べようとした意識があったからだろう。
そしてそこに居たのは、大柄の武人。
全身これ筋肉と言わんばかりの巨駆、パンパンに張り詰めた筋肉は収める皮を弾き割りそうにも見えた。
ボサボサの髪には艶こそあったが、それがその人物の野性味を損なうことはない。
顔には鼻先にあった一文字の傷が歴戦の猛者であると示しており、口元から顎はモサモサな髭をたくわえていた。
胴体に腰だけ日本の鎧を纏いあとはやや破れた服で体を包んだ、今から合戦に望んでも可笑しくない武人。
それが雄英高校敷地内にて一撃で仕留められた熊を背負って歩いていたのだ。
「何してる?アンタどこの誰だ?」
自分はここの学生だと伝え、返答を待つ。
実力者や腕自慢ならそのまま語ってくれる場合もあるからだ。
「原田」
ボソリと言われた名はやはり聞き覚えはない。
大概のヒーローにヴィラン、武人の見た目と名前は頭に叩き込んでいたが原田なんて人物は覚えがない。いや最近どこかで?
しかし素性に心当たり無くともこんな怪しい強者を通すわけには行かない。
即座に仕留めようと個性で加速して決めようとしたのだが、
俺は死んだ。
いや死んだ自分をリアルに幻視した。
熊を背負って両手が塞がっている筈なのに、突っ込んだ自分は槍で頭を貫かれていた。
そんな強烈なイメージが叩き込まれた。
ツツっと冷や汗が頬をつたる。
個性ではない、個性やナニカでみせたものではない。
強者ゆえに持ち得る存在感。
それを出来ると確信させるだけの凄みが眼の前の御仁にはあった。
「フム」
かなりやるようだな。
と呟きながら熊を地面に下ろす。
そして持っていた槍を構えた。
それを見て俺は理解してしまった、自分では到底勝てない存在であると。
槍、その存在が故に。
かつて猿の一種であった人類が世界の支配者にまで上り詰めた大きな要因は言うまでもなく、前足を両腕に進化させたことに尽きる。
四足歩行を脱却し、立ち上がることで視野を広くし脳を活性化させた。
そして自由となった両腕を用いて数多の道具を生み出した。
その発明品の中で最も活躍した道具は武器である。
それにより、猿では捕えることができなかった自身より大きな獲物を狩ることが出来るようになり、食糧を行き渡らせることができたことが種と繁栄に繋がった。
中でも槍、これこそが大きい。
弓が生まれるまでの間の最強の殺戮兵器であり、弓が誕生した後も最強の武器であった道具。
長く重い棒に尖った先端を付けたモノ。
ただそれだけ、ただそれだけの存在が人類を最強の生物足らしめた。
鍛えた男が槍一本で獅子を仕留める。
長いリーチに重い一撃、それを扱う体力ならば可能となる。
強大な暴力の化身であるマンモスも食糧にまでした道具、それが槍なのだ。
そんな武具が凶器が自身に向いている。
ましてや武術として振るわれる槍はさらに次元が異なりレベルの存在だ。
刀や剣であれば両腕の動きから推察することができるだろう。
だが構えられた槍、その穂先に集中せざる得ない槍は無理だ。
先端から体全体が一本の棒状になっているため動きを見ることができず、穂先から意識を逸らせばその時点で貫かれて死ぬ。
大口径の拳銃のように当たれば即死、向こうは一撃突けばこちらを仕留めることができるのだ。
拳銃のように指先でのタイミングを伺うこともできない。やみくも突っ込んだところで、射抜かれる。
脳内で動きをシミュレーションしてみたが、既に自分は二十五回のパターンで死んでいる。
詰みだ。
武器と無手では戦いの領分は異なると師匠が言っていたがまさにそのとうり。
人が何故、武器を持って戦うのかその理由を悟った気分だ。
冷や汗が一滴、地面に落ちた。
やらざる得ないと動こうとしたところで、向こうが槍を下ろした。
「これだけの実力者がいるなら、ミッちゃんも安心だな。その熊は皆で食べてくれ」
そう言ってもと来た道へと戻っていった。
無防備に背を向けて、任せたと言わんばかりに手を振りながら。
「なあ出久、世界にはまだまだ強い人がいるんだな」
あの一時の出会い。
思い返すだけで血が滾る。
勝てずともまた相対したいものだ。
「とりあえず言うけど勝己、ジャンル違うから」
呆れたように出久が言い。
峰田が何故か、ガクガクブルブルと震えていた。