スリザリンの野望   作:風梨

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約6000字



狡猾

 

 

 

『──さて、さてさて。如何したものか』

 

 そう言い物思いに耽るサラザールに『シュルシュル』と音を立ててバジリスクが尋ねる。

 

『何をお悩みなのでしょうか? あなたほどの方がお悩みになるとは、どれほどの難事でしょう?』

 

 少し心配そうに尋ねるバジリスクに、サラザールは薄く笑った。

 

『何、大した事ではない。我が存在の断片を気づかせるか、否か。少し思考しただけだったが、もう決めた。──それがどれほどのリスクを背負う事となろうが、私は自らを偽る事はせぬよ。仮面こそ被るがな。……狡猾さとは『自己』を強固に維持してこそ価値がある。形振り構わぬ行動はあまりにも、偉大なる我には似つかわしくない』

 

『──では、リリアンナ・ゴールドウィンを模さぬ、というのですね?』

 

『いかにも。何、さすがの私も、性別を騙るまでは許せても、この小娘の真似をするなど吐き気を催す。──まぁ現在の立場は存分に活用させてもらうがな。くくく、我が子孫がグリフィンドールに所属している。到底許せぬが、まぁしばしの辛抱だ。計画は既に決めた』

 

『お聞きしてもよいでしょうか』

 

『少しなら、許そう。──狙うはハリー・ポッター。その中に住みつく我が子孫の魂よ。そして──いや、これはまだ伏せよう。何せ、その方が面白いだろう?』

 

 狡猾に、現在の身体の美貌を効果的に用いて。

 サラザール・スリザリンは妖艶に微笑んだ。

 

 

 

 

 十一月に入って、すっかりと季節は冬になっていた。

 空気は冷えて、寒々しい冬の空が広がっている。

 雪が降ることもあって、その度に校庭は綺麗な雪化粧で覆われた。

 談話室の暖炉には常に火が灯って、ホグワーツ生の服装もだんだんとモコモコし始めていた。

 

 そしてその季節の到来はクィディッチシーズンの始まりを告げる合図でもあった。

 降り積もる雪を除去した後に、魔法の使えないハグリッドがクィディッチ競技場のグラウンドで丁寧に箒の霜取りをしていた。

 

 そんな姿を、リリアンナ──サラザールは談話室の窓から見ていた。

 昔のことを思い返す。

 大雑把で面倒くさがりで判断も遅くて身体が大きい事しか能のない、脳みそに木屑が詰まってるんじゃないだろうか、と思ったことすらある巨人族の血筋。

 と認識していたはずなのだが、今の自分は巨人族の中にも人柄の良いヤツが居るものだ、と感じている。

 

 かつて同じような、優しく温厚な巨人族を酷評したというのに。

 これは大きな懸念だ。

 そんな、サラザール・スリザリンらしからぬ自分自身の心の動きに少しばかり困惑しながらも、その思考はこれから訪れるシーズンについて考えを巡らせていた。

 

 もう数日もすれば今年度初めてのクィディッチの試合がある。

 そんなイベントを前にして、『極秘』のシーカーであるハリー・ポッターは緊張感からまともに勉強にすら身が入らない様子だった。

 

 サラザールからすれば、ありえない行為だ。

 知識を蓄える機会を逃すなど到底考えられない。

 

 時間は有限である。

 老人となるまでの半生を生きた経験のあるサラザールはその言葉の意味をしみじみと理解している。

 

 しかし。

 これからの計画を思えば、ハリー・ポッターの好感度を稼ぐ必要があった。

 故に、ここで声を掛けるべきであると判断できるのだが、そんな気持ちが邪魔をして、うまく切り出せないでいた。

 

 加えて子供世代の、しかも少女と呼ぶべき年齢の顔立ちの整った少女が言うべき言葉を、サラザールが探りかねている事も、その理由の一つだった。

 いかに知識を蓄えた伝説の大魔法使いと言えども、さすがに青少年の機微にまでは精通していなかった。

 

『モゴモゴ』と口を動かしては、すぐに閉じて。

 また口を動かしては、また閉じて。

 そんな中でも淀みなく手と目が動き続けるという、ヘンテコな動作を行うリリアンナの姿に呆れたようにハーマイオニーが言った。

 

「そんなに気になるなら言ったらいいじゃない。いつものリリーらしくないわ。私に初めて話しかけた時のこと覚えてる? 私と同じくらいに口が回る子なんて滅多にいないんだから、私はよーく覚えてるわ。ねぇロン、あなたも覚えてるでしょ?」

 

 急に会話の矛先を向けられて、ちょうど勉強をサボって飴玉を口に含んだロンが慌てるあまり『ごっくん』と大粒の飴玉を飲み下し。

 もったいないと言いたげな悲しそうな表情をした後に、リリアンナを見て不思議そうに首を傾げた。

 

「え? なんか違うかな? リリーっていつもこんな感じだろ?」

 

「……呆れた。友人のおかしな様子にも気がつかないなんて。もういいわよ、私がリリーと話すから。ロンのお口は喋る事も忘れて飴玉だけを舐めてればいいんだわ」

 

 ツンケンするハーマイオニーのそんな言葉に『むっ』としながらも、飴玉を舐めたい気持ちが勝ったのだろう。

 ロンは無言でハーマイオニーを見つめながら、包装紙を破いて新しい大粒の青い飴玉を口に含んで黙った。

 そんなやりとりを聞いたハリーが、羽ペンを動かさずに答案用紙を見つめていた視線を、のそのそと虚空に動かした後、ふと言葉をこぼした。

 

「……あ、でもそう言われたら、今日のリリーって少し落ち着いてる、かも?」

 

 勉強にも身が入らず、心ここにあらずと言った様子だったハリーが今日の記憶を辿るように、そして思い出したようにリリアンナの方を向いてそう言った。

 それから、観察するように『じーっ』と見つめて来るものだから、怪しまれてはまずい、と思ったリリアンナがついに動いた。

 あんまりにこの少女が口にするにはそぐわない言葉のような気もするが、偽る事はしないと決めたのだ。

 ええいままよ、と自分の感性のままに言葉を口にした。

 

「そうか? 私はいつもこんな調子だ。──それよりもポッター、周囲の期待に身を硬くするのはわかるが、勉学が疎かになっては本末転倒だ。学生の本分とは学ぶ事なのだから、勉学に身が入らぬのなら、逆に考えて、クィディッチから何か学ぶ事を考えるべきだ」

 

 まるで教授のように真顔でそう言ったリリアンナのことを見て、ロンが大口を空けてポロリと『飴玉』を溢した。

 大口を空けたせいで見える、ロンの口内や舌は飴玉のせいで真っ青になっていた。

 その後に3人は顔を見合わせて、視線で語り合った。

 やっぱり今日のリリーは変だ、と。

 

 

 

 

「──ぜーったいおかしいよ! あんなのリリーじゃないって! 変なお菓子でも食べたのかな? ねぇハーマイオニー、性格がスネイプみたいに理屈っぽくなるお菓子って知らない?」

 

「知らないわよ、それにスネイプ教授は素晴らしい先生だわ。ただ、リリーの顔であの尊大な口調を話されると違和感しかないわね……、気が変わったのかしら。心当たりとかない? あなたたち、私よりもちょっとだけ付き合い長いでしょ?」

 

「気が変わったくらいで、教授みたいになるんなら、今頃そこら中がスネイプだらけさ」

 

 ロンの軽口に取り合う余裕もなく、ハリーが必死に頭を捻ってこれまでのことを思い返す。

 

「う──ん。ハロウィンくらいしか思いつかないけど、あの後も特に変わった様子はなかったし。そうだ、マクゴナガル先生に聞いてみない? グリフィンドールの寮監でもある先生なら何か知ってるかも」

 

 ハリーのそんなちょっとした思いつきに、両手を合わせて『パン』と盛大に音を立てたハーマイオニーが喜び勇んでマシンガンのような口を開いた。

 

「名案ね! さっそく聞きにいきましょう。でも、私たち3人で行ったらリリーに怪しまれるから、あなた達二人で行ってきてね。私はリリーから何か聞き出せないか試してみるわ。じゃ、頼んだわよ」

 

 そう言うや否や、あっという間に視界から消えていったハーマイオニーを見送って、ロンが横にいる自分と同じように何とも言えない表情を浮かべる友人に問いかけた。

 

「……なぁハリー。あいつ前より酷くなってない? 全然人の話聞かないって」

 

「うん。でも、前よりは優しいよ。宿題見せてはくれないけど、答えは教えてくれるし」

 

「……それもそうだね。じゃあ、先生のとこに行こうか」

 

 頼りになる友人の勉強を教えてくれると言う良い所を再確認した後に、二人は授業が終わったばかりの教室に戻っていった。

 

 

 

 

「──性格が変わるキッカケ、ですか? ミス・グレンジャーならまだしも、あなた達が授業の後で私に何かを聞きに来るなんて何事かと思いましたが、どういった状況でしょう? ポッター、説明してくださいますね?」

 

 相談する相手を間違えたかもしれない。

 ごくりと生唾を飲みながら、ハリーとロンはそんな風に同じことを考えた。

 リリアンナの様子がおかしい、という事を何とか説明し終えた後は、マクゴナガルも少し納得したような表情を見せた。

 

「──ミス・ゴールドウィンの事でしたか。そうですね、いつもならもう少し元気があってもよいくらいなのに、と私も感じましたが、そんなにも性格が変わっているのですか?」

 

 その問いかけに二人は『うんうん』と首を縦に振った。

 

「はい、先生。ほんっとうに、もう別人じゃないかってくらい全然違うんです。ねぇロン」

 

「ウン。ぼくも聞いてました、あれはリリーじゃないです。あ──、いや、先生。別に彼女の事が嫌いとかそういうんじゃなくって、本当に別人みたいなんです」

 

 少し納得はしたけれど、まだ少し訝しむような視線を向けてくるマクゴナガルに、ロンが咄嗟に言い訳しながらの説明を終える。

 これだけでは判断が出来ない。

 マクゴナガルはそう思い、新たな提案をするために口を開いた。

 

「……わかりました。二人がそこまで言うなら、私が話を聞いてみましょう。もう本日の授業は終わりましたし、今から呼び出しましょう。二人が呼んできてくれますか?」

 

「あ──、ウン。わかりました、先生」

 

 ロンは素直にそういって、教室を後にしようとしたが、ハリーは少し心配そうに言葉を重ねた。

 

「あの、でも、僕たちが告げ口したっていうか、先生に相談したのはリリーのことが心配だからで」

 

 ハリーのそんな気持ちが理解できないほど、マクゴナガルは堅物ではない。

 いや、彼女は平均から見れば十分に堅物の類なのだが、生徒に理解のある先生でもあった。

 

「もちろんわかっていますよ、ポッター。あなたとウィーズリーが彼女のことを心配していることは十分に理解しているつもりです。彼女には、本日の授業の事で、と伝えてから呼び出していただいて結構。頼めますね?」

 

 そう言われてしまえば否はない。

 二人は素直に頷いて、この伝言を伝えるためにグリフィンドールの談話室へと戻った。

 

 

 

「──ミス・ゴールドウィン、で間違いないのですね?」

 

「いかにも。……失礼。そうです、リリアンナ・ゴールドウィンで相違、ではなく。間違いありません、先生」

 

 隠す気あるんだろうか、この子は。

 そんな困惑気味な目で見つめてしまうほど、普段のリリアンナとは全く違う口調だった。

 一応、先生に対する敬意として言葉遣いは正そうとしているようだが、どうしても形だけというのが見て取れる。

 

 ただ、断片的に垣間見えるその言葉遣いは。

 

 あるいは、若い少年少女が罹る『あの病』に冒されてしまったのかもしれない、とマクゴナガルは考えた。

 だとするなら、呼び出しは早計すぎたかもしれないが、万が一『闇の魔術』によって彼女の性格が変質してしまったのであれば、早めに対処しなければ手遅れにもなる。

 そういった思いでマクゴナガルは一つの提案をした。

 もし悪いものが憑いているなら、何かしらの理由をつけて断る筈だ、と警戒もしながら。

 

「ミス・ゴールドウィン。念のためですが、私から一つ魔法を掛けます。いいですね?」

 

「構いません」

 

 両手を広げて何でも受け入れる、という体勢のリリアンナに向けて、少し拍子抜けしながらもマクゴナガルが杖を向けて振るった。

 単純な探知魔法で『闇の魔術』に反応して術者に教えてくれる類の魔法だった。

 結果は白。

 なのでリリアンナは、何かから啓蒙を得て、素でこの口調になってしまったらしい。

 マクゴナガルはそう判断した。

 

 この若さでそれは、あまりにも酷い。

 そんな思いが滲んで、マクゴナガルの表情は滅多にないほど悲しげに目尻を下げた。

 

 労しい事ではあるが、治療不可能の病である。

 魔法族でも、非魔法族でも、時間を掛けて治る可能性に賭けるしかない病。

 可哀想な子を見る目で、マクゴナガルが『よしよし』とリリアンナの頭を撫でた。

 

「もし何か相談したい事があれば、私のことを頼りなさい、ミス・ゴールドウィン。記憶を消すことはできませんが、可能な限り力になりましょう」

 

 もちろん、リリアンナは自分が何と勘違いされているか理解していない。

 何故なら1000年前はその『病』のことなんて誰も知らなかったからだ。

 しかし、あながち外れてもいないかもしれない。

 老人にもなって『偉大なる我』などと言ってしまう人間が、あの『病』に罹っていないはずもないのだから。

 

「はい、感謝します、先生。ところで、本日の授業の事ですが──」

 

「ああ、あの一説についてですね。あれは200年ほど前に提唱された説で、近年は主流となった技法で──」

 

 ともかく。

 お互いに痛いところには触れずに、和やかにその日の面談は終わった。

 

 

 

 

「──先生! リリーはどうでしたか? 大丈夫なんでしょうか?」

 

「ポッター、時が経てば、あなたにもわかる時期が来るでしょう。今はそっといつものように接してあげる事が優しさですよ」

 

「……? わかりました」

 

「良き友人を持ちましたね、ミス・ゴールドウィン。ポッター、ウィーズリー。そしてミス・グレンジャー。彼女のことを頼みましたよ」

 

 息を切らせて職員室に駆け込んだ3人を。

 困惑を浮かべる3人を前にしながら、マクゴナガルは普段の厳しい表情を和らげて、優しげに微笑んでいた。

 

 

 

 

 

「──この魔術の恐ろしいところは、『記憶転写』は察知不可能である、という点にある。魂はそのままに、記憶を上書きする訳であるから、ある程度宿主の遺した感情に引っ張られる弊害もあるが。ともかく、他人の心の内を探る魔法は数あれど、本人であるかどうかを調べるのは非常に困難を極める。いや、不可能であると言っていい。形あるモノなら目で見て確認できるが、心や記憶などというものは曖昧で不確かなモノだ。他人が調べてどうこうできるモノではない」

 

 マクゴナガルの検査を潜り抜けた後に寮の一室に戻ってから、自室の防音魔法を掛けた天蓋のカーテンに遮られたベッドのシーツに座りながら、サラザールは狡猾に笑っていた。

 

「そして、リリアンナの魂は正確に言えば死んでいない。冒涜的な情報量によって再起不能になっているだけだ。いわば精神的、魂的な植物状態とでも言おうか。それゆえに外部から見たこの私はリリアンナ・ゴールドウィンとして判断するしかない。あくまで私は脆弱な存在であり、リリアンナの魂に書き込まれた記憶に過ぎないのだから。……故に、この魔術が成立する可能性は極めて低かった。あの『秘密の部屋』を見つけられるまでに精神的に習熟した魔法使い、魔女に対して。あるいは閉心術を修めた者に対しては無意味である故にな。だからこそ、選別として残したのだが、まぁこの『スリザリンの遺志』そのものが蘇ったのだから良しすべきか」

 

 元来サラザールに蘇るつもりは毛頭なかった。

 不死の術は知っている。

 分霊箱の存在も知っているサラザールが、あえてそれらの手法を使わなかったのには理由がある。

 美しくないからだ。

 狡猾であれ、と謳うサラザールではあるが、それは形振り構わない、という意味ではない。

 

 むしろ形には大いに拘った。

 偉大なる魔法使いは形にも拘るべきである、というのが持論だからだ。

 

 故に醜く変質する分霊箱など論外であったし、他の生物に転生することも気が進まなかった。

 あくまで『人間』として、『魔法使い』として頂点に至るべきであるのだ。

 だからこそ、妙薬を作り出し、人間としての限界にも挑戦した。

 前回は失敗に終わった。

 不完全な妙薬となってしまい、想定した効能を発揮することはなかった。

 

 しかし。

 此度の生では、それが成せる可能性が極めて高い。

 そのプランは既にサラザールの脳内にあった。

 

 生命の頂点を厳選し、毒物を薬効へと変換し、それらを合わせて醸造し、何倍にも膨れ上がった命の甘露で、死にさえ蓋をする魔法薬。

 その完成形を作り出せる確信があった。

 

「……死の秘宝。次の休暇で手に入れねばな」

 

 クィディッチが終われば、間も無く冬休みがやってくる。

 10日間という短い期間ではあるが、ゴーント家に赴き、呪いを解呪することなど造作もない事だ。

 何せサラザールこそが、闇の魔術における第一人者であるのだから。

 掛ける術を知る事は、解く術を知る事である。

 

「汚らわしい分霊箱など、私が砕いてくれる」

 

 忌々しげに、サラザールは吐き捨てた。

 

 




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