スリザリンの野望   作:風梨

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約4000字



冬休み

 

 

 ついに待ちに待った冬休み休暇に入った。

 リリアンナは喜び勇んで友人たちに別れを告げて、自宅に帰る前にさっそくゴーント家にまで足を運んでいた。

 元々は立派な屋敷であったであろうその家はもう老朽化を重ねて見るに堪えない惨状だった。

 

 直系の子孫が、魂を引き裂き人ですらなくなったトム・リドルを除いて、全て死亡している事実を事前に知っていたサラザールとしても哀愁に駆られるほどの無残な屋敷だった。

 

 屋敷に掛けられた魔法は非常に強力ではあったが、その栄光に対する執着故か非常に古い魔法ばかりが使われていた。

 そんな魔法はサラザール・スリザリンを前に何の意味も為さない。

 

 薄紙を破くように、杖の一振りで軽々と凶悪な呪いと保護の魔法を突破して、ついに目的の物となる品を、分霊箱と化したゴーント家の指輪。

 ひいては死の秘宝たる『蘇りの石』を手に入れた。

 

「……この場で破壊しておくか。触れることすら汚らわしい」

 

 一瞬あまりの嫌悪感から『悪霊の火』を放つ事を考えたが、冷静に思い直し、用意しておいたバジリスクの牙を用いて破壊した。

 悍しい悲鳴を上げながら砕けた指輪を杖を奮って避けてしまい、残った小さな菱形の石を、『蘇りの石』を摘んだ。

 

「──これで一つ目。真なる妙薬に必要な素材は、あと一つだ」

 

 もちろん、以前誦じた素材は別途必要であるが、それ以外ではあとたった一つ。

 それさえ見つけてしまえば後は時間の問題だ。

 

『くつくつ』と狡猾に笑みを浮かべるリリアンナがその場から去るのに、掛かった時間は極僅かだった。

 

 

 帰宅して挨拶をしたリリアンナを迎えたのは、少し困惑した様子の母親ともう一人。

 居るはずのない人物が、家のテーブルに座って紅茶を楽しんでいた。

 

 白い髭を蓄えた、丁寧に織り込まれたローブを羽織った老人。

 手付きに淀みはなく、いまだ十分すぎる以上の魔法力を保持している人物。

 バジリスクが警戒を促すほどの、今世紀最強の魔法使い。

 

 他でもない『アルバス・ダンブルドア』だった。

 

 リリアンナの帰宅に気がつき、お茶目に一つウインクをしてから好好爺(こうこうや)らしい笑みを浮かべて、右手に持った紅茶を挨拶でもするかのように軽く持ち上げた。

 

「おぉリリアンナ。君の母君からのご好意を頂いておった。味のある風味の紅茶じゃ、良い母君を持っておる。君に断りなく自宅に訪れるのは、すまんとは思ったのじゃが、少し先にお邪魔しておるよ」

 

「……校長先生。どうされたんですか、今は冬休み中ですよ?」

 

 優等生の仮面を被って柔らかく微笑むリリアンナに、ダンブルドアも微笑んだ。

 

「もちろん知っておるよ、リリアンナ。わしはもうかれこれ50回以上も冬休みを経験しておる。貴重なお休み中に申し訳ないのじゃが、少し君と話をしてみたいと思うておってな。急ではあるが、こうしてお邪魔させてもらったのじゃ。ところで、キャンデーは好きかね?」

 

「……そうですか、もちろん大歓迎ですよ。校長先生。ちなみにキャンデーは好きです。頭を使うと糖分が欲しくなりますから」

 

 言いながら、平然と椅子に腰掛けたリリアンナに変わらずダンブルドアは微笑んでいた。

 

「おぉそうか、気が合うのう。わしはこのレモンキャンディーにめっきり目がなくって大好きなんじゃ。よかったらお一つどうかね?」

 

「頂きます、先生」

 

 優雅な笑みすら浮かべてキャンデーを受け取り、何の躊躇もなく口に放り込んだリリアンナを見て、嬉しそうに頷くダンブルドア。

 

「うむ、ではさっそくではあるが、入学してからもう3ヶ月近くが経つのう。時が経つのは早すぎるほどじゃ。──最近どうかね? 何か変わったことはなかったか、この老骨に教えてはくれんか?」

 

 あなたが訪れた事くらいでしょうか。

 リリアンナは微笑を湛えながらそう言いたかったが、言ったとしても意味がない。

 

 キャンデーを口に含むかどうか、これはリリアンナがダンブルドアをどれほど警戒しているのかを測るためのもの。

 最近どうか、などという、在り来たりな質問を一介の生徒の自宅に訪れてまで行うのは、明らかにこちらを焦らせて苛立たせて、内面奥深くの感情を揺さぶるためのもの。

 政治的な、駆け引きの話であれば。

 サラザール・スリザリンの右に出るものは居ない。

 リリアンナは完璧に取り繕った表情で、一生徒として全く違和感のない声音で答えた。

 

「そうですね。特にはありません、楽しく過ごしてます。特に蔵書が多いのが素晴らしい、とても役に立っています」

 

「そうかそうか、そう言ってくれるとわしも嬉しい。マダム・ピンスも喜ぶじゃろう。ハリーたちとはどうかね?」

 

「……そうですね、良い友人たちと思っています」

 

「そうか、それは良かった。やはり学生生活においては、勉学に励める環境も重要であるが、良き友も必要じゃ。リリアンナ。いや、リリーと呼ばせてもらってもいいかね?」

 

「もちろんです、先生」

 

 そこから他愛のない質問が続いた。

 授業はどうか、であるとか。

 先生のことをどう思う、であるとか。

 クディッチの試合の話であるとか、生き物の話であるとか、様々だ。

 

 その途中で、退出を促したダンブルドアに従って、母親はこの部屋から去っていった。

 

 ダンブルドアの狙いにサラザールはもう気がついていた。

 そして避けようがないとも理解していた。

 

 だが、あえてそれを受けて立つ事にこそ意味がある。

 魔法使いとは、形に拘る必要がある。

 力を持つからこそ、全てを許容してはつまらない。

 矜恃(きょうじ)という制限を持つからこそ、力がより洗練されるのだ。

 

 リリアンナは優等生の仮面を被りながらも、一切自分を偽らなかった。

 そしてそれはダンブルドアに正確に伝わった。

 

 何かに納得したように『うんうん』とダンブルドアは頷いた。

 

 

「ふむ、よーくわかった。ありがとうリリー、ところでじゃ」

 

 一度言葉を区切ったダンブルドアが、変わらぬ微笑みを湛えながらここまでの会話で得た結論を告げた。

 

「──お主は誰じゃ?」

 

 もはや隠す意味はない。

 優等生の仮面をかなぐり捨てたリリアンナが、いや。

 サラザール・スリザリンが狡猾に笑った。

 

「──くっく、誰だと思う?」

 

「……はて、わしの知り合いではなさそうじゃ」

 

 変わらぬ微笑。

 ダンブルドアは浮かべる表情を一ミリ足りとも変えなかった。

 それだけで十分。

 その内面は手に取るように理解できた。

 強い警戒心。

『ひしひし』としたその感情をダンブルドアの奥底から感じながらも、サラザールが行動を変える事はなかった。

 堂々と、全てを曝け出すように狡猾に笑っていた。

 

「正解だ。だが、知り合いではないが、私の名を知ってはいるはずだ。……ダンブルドア、いずれ私から取引を持ちかけるだろう。それまで関わるつもりはない」

 

 しかし、それだけの情報で特定など出来る筈もない。

『狡猾』の代名詞と言えばサラザールではあるため、ダンブルドアもその名前は浮かんでいるだろうが、すぐに可能性として消す筈だ。

 何せもう10世紀もの時が経っている。

 亡霊が蘇るにしても、その時間があまりにも長すぎた故に、常識が邪魔をして正解にたどり着けないであろう事までサラザールは見越していた。

 

「……そうか。お主の予定よりも早い接触をしてしまったようで、非常に申し訳ないのじゃが、わしも校長として、生徒を守らねばならん。どうかね? お主の正体を教えてはくれぬか?」

 

「何を言う。リリアンナ・ゴールドウィンに他ならないだろう?」

 

 狡猾さを滲ませて、堂々とそう言って笑った。

 これまでの会話から考えれば、意味不明な回答。

 

 しかし、それは強烈なサラザールからの意思表示だった。

『私が誰であれ、お前はリリアンナ・ゴールドウィンとして扱うしかないだろう?』という、挑発的な宣言でもある。

 その内心がどうあれ、ダンブルドアは穏やかな表情のままだった。

 髭を触りながら余裕のある口調を崩すこともなく続けた。

 

「……そうか、そうじゃな。わしとしたことが、歳のせいか耄碌(もうろく)してしまったかもしれんの。ところで一つ聞きたいんじゃが、お主のその内ポケットに入っている『モノ』が何なのかくらいは、この老体にも教えてほしいのじゃが、どうかね?」

 

「……ふふ、良い目の付けどころだ。ご褒美にヒントをあげよう。とある鏡を見たときに、君がその手に持っているかもしれない物だよ」

 

 ダンブルドアの目が『キラリ』と光った。

 魔法力を強く感じるが、サラザールは今更何かをしようという気にはならなかった。

 施した保護魔法は強力である。

 如何なる大魔法使いであっても容易いことではない。

 かつての親友や同僚であれば、あるいは可能。

 そのレベルの保護魔法だった。

 

「……非常に、非常に心惹かれる謳い文句ですじゃ、だからこそ、その『石』に興味が出てきましたので。何なのか教えては下さいませぬか?」

 

 故に、ダンブルドアのその言葉にサラザールは素直に驚嘆を見せた。

 称賛と言い換えてもいい。

 さすがにその正体までは見抜けなかったようであるが、それでも十分に素晴らしい技術だ。

 杖なしでここまでの魔法を看破するなど、並ではありえない。

 仮に何かの道具の力を借りていたとしても、だ。

 

「驚いた。私の保護魔法を掻い潜ってそこまで見れるのか、今世紀最強の魔法使いという異名に偽りなしという訳だな。……面白い、面白ぞ、ダンブルドア」

 

 本当に心底嬉しそうに、そして面白そうにサラザールは笑った。

『純血』を継いだ人間が、1000年先でも優秀な魔法使いとして残っている事実が、その嬉しさの根源だった。

 表面上は(にこや)かなまま、ダンブルドアは続けた。

 

「……先人に褒められると悪い気はしませんな」

 

「くっくっく、私の魔法から推測したな? 強い現代版の保護魔法までは、まだ学べておらんのでな。改良する時間もなかったとはいえ、少しヒントを与えすぎたか。……ヒントはここまでだ。この石の正体は時がくれば教えよう、その時は取引を前向きに検討してくれると有り難いものだ」

 

「お答え致しかねますな。本当にわしの望みが叶うとしても、もしそれが生徒達に危害を及ぼすようであれば、交渉の余地はありませんぞ」

 

 それは危害を及ぼさないのならその余地があるとも取れるし、また危害を及ぼすなら敵に回るという宣言でもある。

 その言葉に対して本当に嬉しそうにサラザールは笑う。

 

「くっくっく、校長の鏡だな。お前がホグワーツに居ることは望外の喜びでもある。そんな真似はせんよ」

 

「で、あれば良いのですが。……おっと、少し時間を掛け過ぎました。母君が心配されない内にわしは失礼させていただきましょう。……これからもリリーと呼んでもよろしいですかな?」

 

「リリアンナ・ゴールドウィン。そう呼びたまえよ、ダンブルドア」

 

「……ほっほっほ、随分と大きな生徒ですが。ホグワーツ生ならば、わしも校長として受け入れねばなりませんな。……ではリリー、また学校で」

 

「はい、先生。また学校で」

 

 狸と蛇が、そう言って化かし合うように笑った。

 

 

 

 

 

 

 




AM09:00

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