「──13世紀。ペベレルの三兄弟が『死』から貰い受けたという伝説の秘宝。死の秘宝が一つ。『蘇りの石』」
カツカツと足を鳴らしながら、リリアンナは歩んでいた。
彼女の背後には、友人であるはずのハーマイオニーが取り残され、眠るように横たわっている。
「──15世紀。ニコラス・フラメルが魔法世紀にて初めて、錬金術の至高たる存在を生み出した。『賢者の石』」
リリアンナは杖を振るう。
忠誠心に従い、『ニワトコの木』に『セストラルの尾』を仕込まれた『千年前の杖』は持ち主の意のままの魔法を引き起こす。
セブルス・スネイプが用意した、魔法の火で覆われた関門を吹き飛ばし、悠然とリリアンナは足を進めた。
ハリー・ポッターと、子孫の残骸が残るその場所へと。
「さて、さてさて。ここまでは予定通りだ。……お前もそう思うだろう? 『我が半身よ』」
透明化を解除した、幹ほどの太さを持った蛇が姿を現して忠誠を示すように床を這った。
『控えよ、奴がくればお前の出番だ。万が一に備えよ』
その後、すぐさま透明化した大蛇が空気に紛れるように気配を消した。
微笑み。
サラザールは高揚を感じながらも、それを努めて抑えながら微笑んでいた。
「後輩の偉業を貰い受けるのは気が引けるが、我が悲願故に。許せ、我が偉大なる覇業の礎となるがいい」
吹き飛ばされた炎を纏っていた扉。
その向こう側では、つい今し方ハリー・ポッターがその両の手でクィレルの顔面を掴み切って、殺してしまったらしい。
亡霊となったゴースト以下の愚物が、サラザールに向かって走り寄ってくる。
「どけ!! ……いや、貴様の身体を寄越せ!!」
姿形と制服で、ホグワーツの1年生であると判断したヴォルデモートの選択は、考えられる中で最悪の選択だった。
冷酷な笑みを浮かべたリリアンナが、その杖を振るう。
呼び出されるのは『悪霊の火』と呼ばれる、最強の呪文の内の一つであった。
渦巻き、最強の生物たちの姿を象った炎が合計で10もの数で、亡霊にも劣るヴォルデモートに襲い掛かる。
魂を焼き尽くす炎に焼かれ、それでも分霊箱が残るため死に切れず、想像を絶する苦痛に顔を歪めたヴォルデモートがさらに脆弱な霊体となって壁をすり抜けて消えていく。
捕らえるような事はしない。
意味がなく、またあのように不完全な霊体を捕らえておける道具は存在しないからだ。
人ですらなく、獣ですらなく。
何者でもない残骸。
現在のヴォルデモートは分霊箱があるから死に切れていないだけの、狭間の住人である。
そんな者を捕らえる道具は未だかつて生み出された事はない。
そして、サラザールはそんな道具や呪文を生み出すほど暇ではない。
『僅かに』痛めつけた事で少しばかりの溜飲を下げつつ、リリアンナは進む。
意識が朦朧とするハリーの視線が、自らを捉えた事を認識して、リリアンナは安心を与えるように微笑んだ。
そのキッカケを契機にハリーの意識は閉ざされた。
リリアンナはそこで止まった。
微動だにせず、微笑を浮かべたまま──ただ口を開いた。
「──ああ、姿を消す魔法。よく知っているとも、なぁアルバス・ダンブルドア」
ハリーに手を伸ばす前に。
背後に向けて、リリアンナは立ったままに声をかけた。
すると、不鮮明な風景が明らかになるように、風景の中から一人の老人が滲み出る。
他でもないアルバス・ダンブルドアその人だった。
「……君の狙いは『賢者の石』かね? 残念じゃが、それは友人から預かったものなのじゃ。ハリーの友人とはいえ、君にも渡す事はできん危険な代物じゃ。持つだけで、喉から手が出るほど欲しがる者たちが集まってくる。実力があれば撃退する事は容易じゃろうが、わしの立場としては、生徒をそんな危険な目に合わせるわけにはいかないのじゃよ。──もちろん、君が普通の生徒であれば、の話じゃが」
にこやかに微笑むダンブルドアの姿を、リリアンナは振り返って正面から見据えた。
リリアンナの、その小さな手には血の如き色に染まった赤き石。
『賢者の石』が、いつの間にやらリリアンナの手中にあった。
掌の中の石を眺めながら、リリアンナは艶やかな声で告げた。
朗々とこの時を待っていたとばかりに。
「ダンブルドア。『取引』だ」
「……はて」
「『アリアナ』に、父と母に、今一度会いたくはないか?」
狡猾な笑みを浮かべたサラザール・スリザリンが、もう片方の手の上に『黒色の石』を乗せてそう告げた。
ダンブルドアは、精一杯の威勢を張った。
ただそれは、誰が見ても明らかなほどに精彩を欠いていて。
微かに声が震えているほどだった。
その石の正体が、一眼でわかるほどの魔力を湛えており、かつて喉から手が出るほど欲した『死の秘宝』たる紋様が刻まれれることに気がついたから。
「……年寄りを揶揄うのはやめておくれ、リリー」
「時間稼ぎに興味はない。──これは『死の秘宝』が一つ。『蘇りの石』だ。伝説には興味があるだろう? お前はその内の二つを知っている。そして、見た事も触れた事もあるのだから。なおかつ、その内の一つはその袖の中にある」
『賢者の石』を握りながら、リリアンナは右手の人差し指でダンブルドアの左袖を指さした。
そのまま言葉を続ける。
「言っただろう、取引だ。問答は必要ないし、その力はこの場で見せよう。──そうだな、誰がいいか。……ふむ、お前の最も因縁深い人物が良いだろう。『すべては、より大きな善のために』旧友と手を取り合おうではないか?」
少し怪しげに微笑んだ後。
リリアンナは『コロコロ』と掌の上で『黒い石』を3回転がした。
途端に浮き上がってきたのは微かな気配だった。
儚い姿をした何かが、そっと初めからそこにいたように現れた。
ゴーストとも違う、かといって肉体も持っていない。
けれど、それよりも。
ゴーストよりも確かな存在感と鮮明さを持っていた。
姿を現した男の名は──『ゲラート・グリンデルバルト』だった。
老いた姿だった。
恐らくは最も野望に燃えていたであろう、若くハンサムな相貌は陰って久しく、独房で孤独に生涯を終えた時の、ヴォルデモートに『ニワトコの杖』の場所を秘して殺されたままの姿でそこに立っていた。
その姿が意味するのは、彼の魂が未だに後悔に苛まれ続けて、その魂は牢獄に囚われたままであるからだった。
酷く疲れ切って、それでいて少しの微笑みを湛えながら、その男。
史上最悪の闇の魔法使いとも呼ばれたことのあるグリンデルバルドが姿を現していた。
『蘇りの石』で顕になる者は、現した者にしか見ることができない。
しかし、その類稀なセンスを持ってして、ダンブルドアの視線は確かにグリンデルバルドを捉えていた。
驚愕に目を見開き、どうして良いかわからぬ両手を微かに広げながら、その身体は硬直していた。
「通訳しよう」とだけ告げたリリアンナに向けて、グリンデルバルドは悲しげに頷いて、その口を開いた。
『久しいな、アルバス。その杖が君の元にあるということは、どうやら私の最期の企みは功を奏したらしい。……あまりにもささやかな償いではあるがね』
「……君なのか、ゲラート。いや、まさか、そんな……。伝説は本当だったのか」
『さて、その答えは今私が証明しているとは思うが、君でも解り切った事を聞くことがあるとは、新しい発見だ。……だが、目覚めたくなどなかったよ。死は恐るべきモノかと思えば、何と言う事はない。迎えてしまえばこれほどに心地よく、これほどに全てを許された心地になれる空間などありはしない。……晩年の後悔がなければ、それもまた得られなかったからこそ、私は最期の選択こそが最も正しく、私がせめて魔法界に残せた貢献だとも改めて思う。……私だよ、アルバス』
「……ああ、君は、やはり最期に後悔してくれたのか。……わしの選択は間違っていなかったのか」
『長い長い時間だった。そして、それが私には必要だった。……その時間を与えてくれた君には感謝しかないよ。私のように魔法界にちっとも貢献できず、下らない野望に取り憑かれた人間に、これまで慈悲を掛けてくれて、本当に感謝している』
それは本心のようだった。
死後に全ての柵を断ち切られてからようやく滲み出せた、溢れ出る心底からの『かつての親友』の言葉に、ダンブルドアは静かに瞳から一雫を垂らした。
そこからの長いやり取りは、旧友との仲を深める時間だった。
若かりし頃に、そしてもし仮に彼らが真に分かり合えて、お互いに野望を捨てていたのなら、有り得たであろう光景だった。
歳を取ったダンブルドアの声には張りが戻り、その口調はどんどんと若返ってゆく。
話すたびに、グリンデルバルドの容姿は時を戻すかのように若々しくなってゆく。
そして。
ついに出会った頃のような、若くてハンサムな青年に。
生気に満ち溢れたゲラート・グリンデルバルドの容姿になるまで時間が巻き戻った。
それが合図であったかのように、グリンデルバルドは優しげで感謝の念を湛える瞳をリリアンナに向けた。
『感謝する、名も知らぬ少女よ。……こうでもしなければ、私とアルバスが話す機会など、もう二度と得られなかっただろう。呼び出された当初は気乗りしなかったが……、君のおかげだ』
「その言葉は通訳せずとも良いな? 良い加減に私も口が疲れてきた。……まぁ感謝は受け取っておこう」
『ああ、もう十分な時間だった。……さらばだ、アルバス。君がこちらにくる事があれば、その時はまた会おう。先輩として歓迎するよ』
その嬉しいのだが、嬉しくないのだか、よくわからない言葉を最後に通訳してもらって。
困ったように笑うダンブルドアを残して、爽やかな笑みを湛えたままグリンデルバルドの魂はあるべき場所へと還って行った。
仕切り直すように、リリアンナが『コホン』と一つ咳払いをした。
「……さて、さてさて。少し長くなってしまったな。ハリーの身体が冷えないように、お前が話している間に保温魔法を掛けておいた私を褒めて欲しいくらいだぞ、ダンブルドア」
「それはそれは、ありがとうリリー。君は非常に良く気が利く生徒じゃ。──そんな君が望む『取引』に関して、わしは聞きとうないのう」
ダンブルドアは穏やかな笑みを浮かべていた。
旧友との和解にこそ感謝するが、それとこれとはまた話が異なる。
何者であるかも、まだ定かではない。
本当の目的もわからない。
何より狡猾に笑うこの少女を心底から信じられる筈がない。
だから、警戒心は解けていない。
ダンブルドアの内面はグリンデルバルドと和解したことによって、むしろ警戒心を増していた。
どこまで知って、計画を立てているのか。
自分すらも上回る者ではないか。
──アルバス・ダンブルドア。
その蓄積された経験と英知故か、その心は酷く弱い。
ダンブルドアは自らが失敗を重ねて生きてきたと自認している。
だからこそ、権力などには近づかぬように生きてきたし、今世紀最強と云われようとも、実質は家族に負い目のある老人にすぎないとすら自分のことを思っていた。
自己評価が低いと言い換えても良い。
だというのに、自分は優秀であるという自負がある。
その結果として生まれたのは、自分でも不可能であったことを他人が為せる訳がない、という無意識の差別である。
『本来の』未来において、ハリー・ポッターに対して最後の最後まで、計画の全容を明かさなかったように。
その理由が、ハリーも欲望に取り憑かれるのではないか、と恐れたのは他ならぬ自分が、その欲望に取り憑かれたからこそである。
そしてそれは、他人や自分を信じ切ることができない『心の弱さ』とも、言い換える事ができる。
そんなダンブルドアがたった一つの出来事で誰かを信頼するなど到底不可能なことだった。
七年間。いや、生まれてからの全てを見守った男の子ですら、最後の最期になるまで信じ切る事が出来なかったのだから。
そして。
心の弱さとは裏腹に、いや、だからこそか。
だからこそ、ダンブルドアは賢かった。
あるいは賢いからこそ、その心は弱いのかもしれない。
その自分の『心の弱さ』を自認するダンブルドアは、取引の内容を聞くことに強い懸念を感じた。
もし聞いてしまえば、自分はその誘惑に抗う事ができない。
確信的な意識として、その思いが存在した。
内在する意識。
困惑、動揺、懸念、焦り、自己嫌悪、希望、願望、欲望、期待。
欲の多寡を含めた、様々な感情渦巻くダンブルドア。
そんな彼の心を一瞬覗くことなど、サラザール・スリザリンにとってはあまりにも容易な事だった。
つまり、『開心術』だった。
動揺に次ぐ動揺。
思考に、内側に入り込みすぎた故の失敗。
改めて心を閉め直すが、リリアンナは──サラザールは成功を確信して狡猾に笑みを浮かべた。
「お前に、この石を。『蘇りの石』をくれてやる」
抗え切れぬ誘惑が、その切り口で始まった。
「難しい事ではない。『賢者の石』の半分を私にくれ、いや。最悪一欠片でも良い。そして、今より四年間。私を保護しろ、そしてありとあらゆる材料の収集、協力を代価に、達成した暁にはこの『蘇りの石』をくれてやる」
それは竜が吐きだす炎のような、莫大な魔力の篭った言葉だった。
リリアナに。
家族に、父と母に会い、謝罪したい。
そして話したい。
負い目が深ければ深いほど、後悔の年月が長ければ長いほど、その誘惑は心に染み込むように心を惑わせる。
たかが4年。
そして既に『ニコラス・フラメル』から破壊することの同意を得ている『賢者の石』を、融通すれば叶う願い。
一瞬にしてその脳裏は計画を立て始める。
計算を始めてしまう。
結果は余りにも容易いものだった。
たったそれだけの対価で得られるのであれば、是が非でもなく欲する『宝物』だった。
あまりにも、あまりにも甘美すぎるその誘惑に抗うことなど出来るだろうか。
いや、不可能だった。
『本来の』未来ですら、その石を見た瞬間に、呪いのことも忘れて指輪を嵌めて石の力を使おうとしたダンブルドアが、たったそれだけの理由で話を反故にするなど有り得ない。
内面の葛藤などもはや時間の問題だった。
誰よりも愛の力を信じている、この老人は、誰よりも愛に飢えていたから。
表情を取り繕う事すらできず、苦悶を浮かべるダンブルドアに、狡猾に笑うリリアンナが一つの提案をした。
そして。
今世紀最強の魔法使いは、1000年の時を経て蘇った大魔法使いに屈してその膝を折った。
風梨です。
私の中で、この話は最高に面白いのですが、諸事情で優先度下げます。
申し訳ございません。
完結までの流れは決まっているので、また書きたくなった時に更新を再開しますね。
では。
追記
この時点ではグランデルバルドは死亡していない指摘を受けたため、修正予定です。
特に重要な点ではないので、人物を変えて、修正しておきます。
大変失礼しました。
修正先→レギュラスの予定