「記憶」 〜戦争体験者の言葉〜 作:マッポ
近所のおばあちゃんが亡くなった。名前は
「遺品整理に行ってきなさい」そう言ったのは母親だった。おばあちゃんはまるで自分の死期をわかっていたかのように身辺整理をしており、遺書まで書いていたらしい。その遺書に僕の名前が出てきたらしく、家まで来てくれとの連絡が入ったらしい。どうせ暇だし家に行くことにした。
◆◇◆◇◆◇
雪乃おばあちゃんの家は真っ白な家で、冬の日ざしを受けて輝いていた。家の前にはなぜか軍の車が止まっていた。家に近づくと眼鏡をかけた女性がでてきて一言こういった。
「あなたが遺書のなかに出てきた人ですか?渡したいものがあります」
そう言って渡されたのは1冊の本だった。本の表紙はところどころ破けてたりしており、タイトルを読むことはできない。しかしその本には見覚えがあった、たしか読み聞かせをしてくれたときに読んでいた本だったはずだ。
「この本をあなたに渡すようにと、遺書に」
雪乃おばあちゃんは特に僕に優しくしてくれたし、本一冊くれるのは特に違和感はない。しかしなぜ軍の車両─軍が雪乃おばあちゃんの家にいるのかは分からなかった。
「なぜ軍がおばあちゃんの家に?」
思わず口に出てしまった。女性は少しこちらを見たあとにこういった。
「本を見ればすべてがわかります。えぇ、すべてがね。」
なぜか自分に言い聞かせるようにこういったあと、さらにこう続けた。
「深海棲艦との戦争が終わってから50年、その記録は世間にほとんど出回っていない。あなたのような若い世代には深海棲艦との戦争は美談として昇華されたものが語り継がれ、聞かされているはずです。………あなたは目を背けずにこの本を読めますか?」
わけが分からなかったがとりあえず「はい」と答えた。すると、
「現実は常に斜め上を行くっぽい。誰しも最初は覚悟するっぽい。でも、でも、現実は斜め上を行くの。あなたはホントに大丈夫っぽい?」
いつの間にいたのか金髪の女性が後ろに立っていた。しかし口調の癖が強い。「っぽい」とだけ言っていそうな気がする。
「早く答えるっぽい。私はあなたにこの本を読んで何があったのかを知ってほしい。………っぽい。」
少し語気を強めて金髪の女性が言った。しかし「っぽい」っていい忘れてたよな?
「………この本に何が書かれているかは分かりませんが、内容から目を背けることは絶対にしません。」
「それなら安心っぽい。帰るっぽい。」
僕が答えると、金髪の女性は安心したのか僕に本を渡した女性と車に乗り込みいってしまった。雪乃おばあちゃんの家の前には僕一人だ。玄関の鍵は空いているので中に入ることができる。せっかくなのでお邪魔することにした。
◆◇◆◇◆◇
雪乃おばあちゃんの家のなかは遺品整理がほぼ済んでいて綺麗だったが、若干薄汚れた壁や、押し入れに入ったままの布団などから生活の跡を感じることができた。
そこで僕は1枚の写真を見つけた。白のワンピースに麦わら帽子をかぶっている少女が砂浜に立っている。後ろに見えるヤシの木などを見るに撮ったのは夏だろう。
「誰だろう?」
自然と言葉がでていた。雪乃おばあちゃんの可能性が最も高いが、おばあちゃんが写真に写っている少女と同じくらいの年齢であればそれはもう50年以上も前の話だ。深海棲艦との戦争中にこんな写真は撮れるはずがない。きっと別の誰かだろう。
「おばあちゃんには身寄りがいなかったらしいから孫という線もありえないか」
結局、おばあちゃんの家で気になったものは写真だけだった。家に帰り、女性に渡された本を開くとこう書いてあった。
「この本に記されていることは全て事実である。
どうやらこの本は深海棲艦との戦争の体験者─艦娘へのインタビューをもとに書かれたものであるらしい。しかしなぜこの本が世の中に出回っていないのかは分からなかった。
僕は艦娘は深海棲艦の侵攻が始まるとほぼ同時に現界し、世界中の制海権を取り戻し、最終的に深海棲艦を滅ぼしたと学校で習った。もし、学校では伝えられなかったことが書いてあるとしたら?歴史において負と呼ばれる部分に焦点をあてていたら?人々はその内容を信じないだろう。艦娘に対して持っていたイメージが変わってしまうかもしれない。
僕は本を持つ自分の手が小刻みに震えているのに気づいた。読まなくてはならないことはわかっているのに、真実を知ってしまうことを怖がっている自分がいる。おばあちゃんの家の前で会った女性の言ったことが分かったような気がした。
「ええぃ!読むしかない!」
半ば叫びながらヤケクソになって─真実を知りたいという思いもあったかもしれないが、次の頁をめくった。
次の頁は目次であった。といっても、かろうじて目次の文字が識別できるだけであって、どのような話が載っているのかは分からない。
いつしか真実を知ってしまうことを怖がっている自分はどこかへ消えてしまい、真実を知りたいという探究心に溢れた自分は次の頁をめくっていた。