「記憶」 〜戦争体験者の言葉〜 作:マッポ
戦艦水鬼。その存在が初めて確認されたのはトラック泊地壊滅*1が深海棲艦の襲撃を受け壊滅したときよ。
そのころの脅威であった戦艦棲姫を凌ぐ高火力と装甲は、このレイテ沖海戦の時ほど艦娘の兵装が発達していなかったこともあって当時の提督たちを大いに苦しめたわ。
無事に泊地を襲撃した戦艦水鬼は撃破され、その後も数回しか戦艦水鬼の目撃はなく、半ばレアキャラ扱いされていた敵の出現。
戦艦水鬼はその高い耐久と高火力で艦隊を苦しめてきたまさしく「怨敵」というべき存在よ。そのような存在に対抗すべく私たちは明石主導の下で様々な改装を施してきたわけだけど…強化されていたのは怨敵も同じだったようね。
明らかに改装されていたその個体を大本営は「戦艦水鬼・改」と呼称し第一に優先すべき討伐対象とした。けれども精強佐世保鎮守府の部隊が壊滅したということもあってなかなか攻略に出る鎮守府は出ず、結局私たちのところにお鉢が回ってきたというわけね。
戦艦水鬼、いや深海鶴棲姫を撃破するために出撃した海のことはよく覚えているわ。
海はこれまでに見たことがないほどに紅く染まり、空には幾重にも厚い雲が立ち込め、空気には謎の威圧感があった。後にも先にもあんなに圧迫感を感じる海域はなかったと記憶しているわ。羅針盤も艦隊の進路を何度も何度も変更してきたことからも、あの海域は相当に不安定だったことは確かよ。
あの海域では水上打撃部隊はもちろん、軽空母を主体とした強襲部隊や潜水艦を用いた絶対防衛線の形成がなされていてこれまでの敵とは一味も二味も違う手強さがあったわ。戦艦水鬼の場所にたどり着くまでに何度も戦闘をした結果、水鬼が現れたときには艦載機のストックがもうないなんてことも何度かあった…歴戦の戦闘機乗りが幾人か失われっていったわ。
◆◇◆◇◆◇
話が大分それたけれど私たちはじりじりと戦艦水鬼を追い詰めていた。そして二十数回目の出撃の時に戦艦水鬼が
あと一回水鬼の耐久を削り切れば一つの山は越えることとなる。このときには大本営の関心は水鬼の撃破ではなく出現してからおよそ1ヶ月は経つというのに未だ動きのない深海鶴棲姫の存在に移っていた。どうやら水鬼を倒すことは消化試合程度にしか思っていなかったようだ。深海棲艦は追い込まれると最後の力を振り絞るかのようにパワーアップする...というのは大本営は当然知っているはずなのだが。
「大本営は水鬼が最終形態に入ったことでもう勝った気でいるが相手は
『ヤクニタタヌ…イマイマシイ……ガラクタドモメッ!!』開口一番、戦艦水鬼はそう吐き捨てた。戦艦水鬼と戦艦棲姫2体というかつて水鬼が出現したときと同じ高火力で蹂躙する編成を深海棲艦は組んできていたが、道中をほぼ無傷で突破した私たちにとっては無問題だった。対して水鬼は艤装の巨大な手に抱えられるようにしていて、砲塔から煙のようなものが出ている。彼女の限界が近いのは明らかだった。
「敵は強力です!心してかかりましょう!」赤城さんが言うのとほぼ同じタイミングで海が揺れる轟音が鳴り響く。戦艦水鬼の深海16inch三連装砲が火を噴いたのだ。程なくして10mもしない距離で巨大な水柱が立つ。
「え、この感じ…なんか砲塔に改装入ってない?なんで限界が近くなるとあちらさんは威力を増すのさ!ホント僕嫌になるよ!」時雨はこんな軽口をたたいていたがこう言いながらも空母ヌ級の放った艦載機の攻撃を中破した状態でいとも容易く回避していた。かなり余裕があるように見えた。そして実際、戦いは一方的に進んだ。
いくら高火力と言えど既に満身創痍である水鬼の動きは若干鈍く、私たちほどの練度であれば回避は容易だったし、戦いが幕を開けての最初の航空戦で敵水雷戦隊は壊滅していたためだ。その点においてこの戦いは私たちの狙い通りに進んでいると言えた。逆に言えば思い通り過ぎる展開とも言えたわね。
『ナキサケンデ…シズンデイケ!』相変わらず水鬼は吐き捨てながら砲撃を続けていたわ。彼女の砲身は度重なる連射により赤く染まり彼女自身も砲撃を受け傷ついていたけれどその姿は何故か
いかにも満身創痍といった様子の水鬼ではあったけれど、流石は何千何万もの深海棲艦を率いていることだけあってか他の深海棲艦のように我を失って攻撃を繰り出したりすることもなく冷静な行動をしていたわ。砲撃のタイミングや回避行動、対空射撃まで完璧な対応をしていてむしろダメージを負うたびにその動きは研ぎ澄まされているようにも見えた。赤城さんが「横須賀の艦娘の大半より練度は上」褒めたたえるくらいには素晴らしい戦いぶりをしていた。
「なんか...水鬼笑ってない?」そう言葉を発したのは時雨だったと記憶している。彼女は水鬼が砲撃する直前に笑っていたとわざわざ無線で連絡してきたのだ。そんなの自分の砲撃で艦娘が沈んでいくのだからそれは笑うだろうと返すとかなり困惑した声でこう返ってきた。
「普通そう思う、僕だってそう思ったさ。でもさ、水鬼は純粋に戦いを楽しんでいるような笑い方をしているんだよ。信じられなくない!?」深海棲艦が純粋に戦いを楽しむ。その存在は知りえない。いや知りたくなかった。
「僕なんだかあの戦艦水鬼は普通の個体とは違う気がするよ。まぁこんな深海棲艦の軍勢を率いてる時点でそれは明らかだろうけどさ。」時雨の通信はその言葉を最後に途切れた。
◆◇◆◇◆◇
「このままいけば夜戦に突入するときには水鬼を中破に追い込めそうですね。」赤城さんの声が聞こえると同時に巨大な爆発音が鳴り響く。その後すぐに水鬼が中破したとの無線が聞こえ私は半ば勝利を確信していたその時だった。
戦艦水鬼が笑いながらこう言ったのだ。
『アハハ!タノシイ!タノシイゾ!』そういいながら放ったように思えた砲弾は水鬼のすぐそばで爆発していた。
水鬼の砲塔は度重なる連射によって暴発していたのだ。彼女の継戦能力は失われ、同時に戦局は決したかのように思えた。が、
「11時の方向!多数の敵戦闘機です!」震える声で雪風が報告する。見れば空を埋め尽くさんばかりの敵機が迫ってきていた。
「こんな数の艦載機…いったいどこから…」
赤城さんが絶望したかのように言葉をもらす。今までの赤城さんとは思えないその姿に艦隊員もギョッとする。彼女は現界してからここまでの一連の戦いで一度しか損傷を受けていない。AL/MIのときも、ハワイ征討のときも赤城さんは冷静に対処していた。そんな彼女が初めて漏らしたであろう弱音は私たちに大きな動揺を与えた。
「…避けられなければどうなるかは目に見えてるね。ここまで練度の高い部隊は僕も初めてだよ。回避するほかないね。」対空射撃を続けていた時雨がぽつりと呟き、すぐさま回避行動に移行する。私たちもそれにならった。
私の記憶の中では最も長く、過酷な時間は永遠に続くかのように思われた。第一波、第二波と攻撃が続くのだがいつまでたっても敵の攻撃が止む気配がないのだ。至近弾は何回あったかわからないくらい多く、直撃もして、私は中破してしまった。これ以上攻撃をくらってはいよいよ危ないと思っていた時、大きな爆発音がした。
「水鬼が…沈みかけてる!」そう時雨が声を張り上げる。猛烈な水飛沫の中でチラリと見えた水鬼の姿は、おそらく攻撃の巻き添えをくらったのであろう、確かにその身を海中に没しようとしていた。
『フッ...マタシテもこう沈ムのか…』水鬼は笑いながら水中に沈んでいく。いつしか空からの攻撃は止んでいて、戦いはひどく意外な結末を迎えようとしていた。そして完全に水鬼の姿が見えなくなろうかと思われた次の瞬間、またも大きな爆発音が響いたのであった。
その爆発音は砲撃時になる音だった。水鬼は最期の時まで私たちを水底に屠ろうと考えていたのだ。暴発し、使えないはずの砲塔から放ったさいごの砲撃は奇跡的に放たれ、奇跡的に、赤城さんを直撃した。
◆◇◆◇◆◇◆◇
海の紅がなくなっていき、夕日がさしこむ。これはその海域を統べる首魁がいなくなったことを意味していた。戦艦水鬼は消え去ったのだ。そんな中
「…赤…城さん?」私たち横須賀鎮守府の艦隊員は一人の艦娘を囲んでいた。彼女はまだ沈みこそしていなかったが、艤装は完全に破壊され彼女の意識もなかった。
彼女がじきに沈んでしまうことは誰もが理解している。時雨は静かに泣いていたし、雪風は下唇を強く噛みすぎて血が出てきてしまっている。私も彼女がもうこれまでのようにはいられないことはわかっていた。わかっていたがそれを受け入れることは到底できなかった。
こういうとき、なんと声をかければよいものか。グチャグチャな感情が表にでないように私は努めて、赤城さんが沈むわけないじゃないかと自分に言い聞かせ、言葉をふり絞って声をかけたが、きっとその声はひどく震えていただろう。
「赤城さん?戦いは終わりました。はやく母港へ帰りましょう?ここにいては、身体が冷えてしまうわ。」
◆◇◆◇◆◇◆◇
この戦いの後の1,2ヶ月のことはよく覚えていない。何が起きたかわからぬままに母港に帰り、報告をして、しばらくの出撃停止を伝えられ、気付けば戦いは終わっていた。五航戦が活躍したとか過去最大の損害を出しながらの辛勝だとか、いろんなことが右がら左へ流れ出ていくようで、私の日常は永遠に止まるかと思われた。
しかし深海棲艦はそうはさせてくれなかった。またも大侵攻が起きたのだ。同時に私は提督に呼ばれ、こう言われた。
「赤城が沈んでしまったのはとてつもなく大きな損失だ。だがお前をはじめまだまだ戦力は残っているんだ。
戦線に復帰した私はいつしか「片翼の海鷲」と呼ばれるようになっていた。赤城さんがいなくなったから片翼ということなのだろう、酷く皮肉のきいた呼び方だと思ったものだ。赤城さんは真の一航戦という言葉を、嫌っていたから。
「真の一航戦とか意味がわからないです。私たちのどちらか一人がいなくなったらどうするんですか?私たちのことは『
話は少し変わるがかの有名な高平元帥*2は戦後に行われた取材のなかで赤城さんの存在について問われた際に『彼女の存在というものはあの戦いで失われてはじめて成った。彼女は沈むべき存在だったのだ(原文ママ)』という発言をして物議を醸したことがある。多くの民間人や艦娘がこの発言に憤りを覚えたりしていたが、私はおおむねこの発言に同意する。彼女の死によって進んだ技術もあるからだ。
その最たる例は改二、改三の研究に違いない。艦娘の力を大いに引き出すことができるこの大型改装は、赤城さんの死後空いたあまりにも大きな穴を埋めるために急ピッチで研究がすすめられあの戦いから約1年で赤城改二、赤城改二戊の実装に至る。大本営技術科*3の叡智の結晶とも言われた赤城の大型改装は各鎮守府の大幅な戦力増強につながったし、研究の過程で他の艦娘の大型改装技術も確立された。
このようなことを加味して考えれば、高平元帥の言葉にも多少は頷けるものだ。
そして私は連合*4の会長となっている。あの戦い以後、ほとんど戦線に出ていなかった私が会長の座を引き受けるのはいかがなものかと思ったけれども周りの娘たちはみんな私を会長に推すから引き受けることにした。
そしてもうすぐ就任演説がはじまる。最初の一文はどんな言葉にしようか、迷った末に私はこの言葉に決めたわ。
「あなたたちにとって一人の死とはどんなものかしら?」
とても拙い文ですが何とか書き終えました。