「記憶」 〜戦争体験者の言葉〜   作:マッポ

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Episode6 川内 「傷跡」

 

 

 

 

 

 加賀の自伝を読んだ「僕」は何もわからなかった。戦争初期の戦況の苦しさに同情したわけでもなく、赤城の衝撃の轟沈理由に唖然としたわけでもなかった。

 

 

 本の内容は軽く想像の斜め上を行く。頭の中であの金髪の女の人がせせら笑うのが浮かんだ。

 

 

 何よりも加賀の存在だ。加賀は「連合」の初代会長を務めたとなると、その正体は加賀谷希美(かがやのぞみ)という名前で活動していた人物に違いない。言われてみれば名字にがっつり加賀の名が入っている。そう考えると案外艦娘という存在は世の中にいるのではないかと思えてくるがどうなのだろうか。例えば「僕」に本を渡してきたあの2人とか。

 

 

 そしてここ数個の話を見ての違和感の正体がはっきりした。

 

 

 どうも大本営と艦娘で考え・行動が食い違っているように思えるのだ。気になって調べたのだが「連合」は大本営―つまりは政府から独立した機関となっていた。戦後に大本営が艦娘を社会進出させるのを渋っていた話は有名だし、確かめる術は無いがどうも二者間には深い溝のようなものがありそうである。そう思いながら次の頁をめくった。

 

 

 

 

 

Episode6 川内 「傷跡」

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 私は元ショートランド泊地所属の川内型軽巡洋艦一番艦川内。無事に深海棲艦との戦争を生き延びた艦娘のなかの一人だ。戦争が終わってはや20年ほど、街中を歩いていても戦時の面影は随分と少なくなってなりつつある。呉や横須賀といった鎮守府が資料館として一般公開されているほかにはその歴史を感じさせるものは急速に姿を消しつつあるからだ。

 

 

 国がこのことに危機感を抱き始めたのはつい最近のことで対策は間に合いそうにないだろう。そもそもなぜここまで急速に歴史の語り部がいなくなったのか。それは恐らく戦場に立ったのが艦娘たちと提督…ごく一部の人間に限られるからだろう。

 

 

 

この戦争を生き延びた艦娘たちには私のように人間社会で普通の生活を送るもの、大本営が解体されてできた防衛省(元国家危機対策委員会)や「連合」の幹部級として活躍するもの、人間社会に馴染めず裏社会に生きるものなどさまざまである。

 

 

そしてこれら艦娘に共通するのは自らが艦娘であることを隠していることだ。彼女らは基本的に自分が艦娘であることを親しい者か同じ艦娘にしか明かさない。唯一の例外と言っていいのは艦娘を退役後にアイドルとして活動した元呉鎮守府所属の那珂くらいだろう。

 

 

ではなぜ艦娘は自分の正体を明かさなくなったのか。それはある1つの事件が関係する。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

その事件が起こったのは戦争終結から4年後のことだ。当時は町のがれきが片付けられ、新たな都市計画なども決まりようやく復興の兆しが見えてきた時期だった。

 

 

事件の概要は反艦娘を叫ぶ団体の過激派によって連続的に駆逐艦や海防艦が襲撃され死傷者が出たというもの。体つきのよい戦艦や空母などを狙ったのではなく力のない駆逐艦や海防艦を狙って襲撃したこの事件は世界中に大きな衝撃を与えるとともに艦娘保護に関する法律強化の原因となった。

 

 

この事件で艦娘がどのような心の傷を負ったかは想像に難くない。

 

 

事件の後に行われた周囲への聞き取りの結果、襲撃された艦娘たちは社会環境の中で自らが元艦娘であったと公言していたこと。それが反艦娘派の耳に入り襲撃されたということが判明したため、この出来事の以後艦娘たちの間で無意識のうちに「自らの正体を明かすことは身を危険にさらす」と艦娘であることを明かすことがタブー視されてきたのだ。

 

 

また、図らずして学校に通う艦娘がいじめの標的にされるケースも相次いだこともタブー視の要因の一つとされた。これは艦娘の持つ常識が一般人からすれば大いにかけ離れているために起こった悲劇であり、幾分(傍点)寛容である社会に比べ成長途中の子供たちではそのズレがとても許容しがたいものであったがために集団から排除しようとする動きが働くのではないかとする考えがあった。

 

 

何れにせよ、こういった被害に遭ったのは軽巡以下の艦種の艦娘であった。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

少なくとも今、艦娘の多くは普通にヒトの営みの中に溶け込んで生活している。子をもうけた艦娘もいると聞く。おそらく艦娘という存在は人々に忘れ去られながらも今後も人の生活に溶け込んでいるに違いない。

 

 

 

けれども、一度人の心に残った傷は消えないらしい。それは私が戦いの中を生き抜いてきて肌で感じたことだ。艦隊に損失がでればそれは悲しい。私たちが守らなければならない人々が亡くなってしまったときにはもっと悲しかった。

 

 

しかし恐ろしいことに年を経るにつれてこの悲しみの感情は薄れていく。確かに薄れていったのだ。最初の数ヶ月は今日の朝まで親しく話していた艦娘が轟沈したと聞いたときにはその日の夕食はなかなか喉を通らなかったのにもうしばらくするとそんなことは無くなった。

 

 

その頃には私は轟沈を日常の一部としてごく普通のものとして受け入れていたに違いない。なぜ?きっと人もそういうものだろう。あの環境下で正気を保てる者はいない。皆、狂っていた。

 

 

轟沈の原因を聞いて「不注意だから沈んだんだ」とか「その海域にはこんな深海棲艦がいるのか」くらいにしか思わなくなっていた。それは例え姉妹艦が沈んでも同じだった。新米艦娘の教官役をしていたときにも「この子たちはいつ沈むのだろうか」と思っていたくらいだ。

 

 

 

ちなみに私は大本営が嫌いだ。大本営は作戦の成果をいかに犠牲なくして大きな戦果を挙げたかを発表していたからだ。結果は必ず報告するものなのだからその考えは野暮だと思うだろう。しかしあらゆる損失をひとまとめにして英雄のように昇華させることはどうしても嫌だった。

 

 

全体で見ればたった1つの死でもその人の周りの人にとっては大きな意味をもつものなのだから。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 姉妹艦が轟沈してもほとんど何も感じなかったと書いた私だが、終戦後は同じショートランド泊地の姉妹艦2人と連絡を取り合い、ときには会うこともしていた。

 

 

姉妹艦である神通と那珂は着任歴で見れば私には遠く及ばなかったが2人とも実力は十分であった。特に神通に関しては終戦間際の約2年に及ぶ激戦*1を最前線で戦い続け生き残ったということで、その実力は折り紙つきだった。

 

 

私は社会人として、神通と那珂は学生として生活していたが3人ともうまく社会に馴染めていなかった。私の場合には艦娘の時にはすることのなかった事務作業が苦手で上司に怒られることもあったし残業は当たり前で下手したら戦時より酷い生活を送っていたかもしれない。3人は一緒に住んでいたのではないので神通と那珂の様子は手紙やSNS、たまに会うときに本人からの話でしか知れなかったが、2人とも相当な苦労をしていたようである。

 

 

そしてある日神通から手紙が来た。内容は相談したいことがあるから会いたい。しかし那珂には知らせないでほしい…。私は深く考えずにそれを了承した。

 

 

約束の日、集合場所に行くと神通は既にいた。

 

 

予約してあったお店で食事をした後に近くのショッピングモールで買い物をして時間はあっという間に過ぎ去った。姉妹と会うときには私の家で泊まるのがいつもの流れになっていたからその日も神通は私の家に泊まることとなった。

 

 

夜寝る間際、私は今日会っているのは神通が相談したいことがあるからだというのを思い出しまだそれを聞いていなかったことを思い出した。海がよく見えるからという理由で買った家の一室は優しい月あかりに照らされ、銀色に輝いた海が見えていた。

 

 

「神通、相談したいことって何?」

 

 

私の声に布団に潜ろうとしていた神通はハッとした表情となったあとで愁いを帯びた瞳を見せこう言った。だが、月明かりに照らされた神通の顔は照り映えていた。

 

 

「忘れていたのでは…なかったのですね、姉さん。忘れていてくれればよかったのに。」

 

 

そう言った後神通は泣き出してしまった。艦娘のときには決して見せることのなかった涙を…流していた。

 

 

「神通…全部言って。言いたいこと、全部。艦娘のときには言えなかったことも全部言って。」私はそういった。

 

 

そして神通は話し始めたのだが、その声は途切れ途切れの言葉に嗚咽が混じって掠れて、聞き取るに堪えない声でありいつもの凛とした声とはかけ離れたものだった。

 

 

神通は長い間話していた。艦娘のときに何人もの艦娘を見捨てて沈めさせたこと、そしてその原因は自分が艦隊の損失を考えず敵の中に突撃したためであること。戦争終結後の生活で自分がどう生きていけばいいのかわからないことなど、話の内容はすべて過去の自分をひたすらに責め続け今の自分をも否定するものだった。そして神通が話している間私はただ相槌を打つことしかできなかった。

 

 

 

 

 

いつの間にか空は白みはじめていた。神通も泣き止んでいた。そして不意に顔を―涙でくしゃくしゃになっていた…をあげこういった。

 

 

 

「みんなのいる海に比べて、命令もない自由な(おか)は私には…広すぎます。」

 

 

 

「ありがとう、姉さん」確かな意志を持った目で私を見た神通はにわかに立ち上がり―外へ出、駆け出した。私はそれを止める気にはなれなかった。彼女の―川内型軽巡洋艦二番艦の気持ちが痛いほどわかったから。

 

 

 

暁の水平線はまばゆく、海は凪いでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神通がいなくなった後、那珂とも連絡がとれなくなった。彼女たちはどうしているのだろうと考えることもあるが、そうすると私の無力さに押し潰されそうになるからすぐに考えるのを辞めてしまう。いくら深海のクズどもを屠ろうと身近な存在一つ守ることもできない私には何ができるのだろうか。

 

 

 

せめてできるのは彼女たちが幸せな生活を送っていることを祈るだけだ。

 

 

 

そしていつか、いつか彼女たちを再び見つけたときには無理にでも満面の笑顔を見せこう言おうと思う。

 

 

 

 

 

「おかえり!元気してた?」

 

 

 

 

 

彼女たちの帰る(いえ)はあるのだから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

(登場人物紹介)

 

 

・川内―元ショートランド泊地所属の川内。海域を一人で彷徨っていたところを『保護』される。所属鎮守府が不明だったためにショートランド泊地で建造されたことにされた。卓越した夜戦技術を武器に最前線で多くの戦果を挙げその名は内地にも轟いていた。

 戦争終結後は社会人として生活していたようであるが、ある日周囲に「戦争の中で」いなくなった妹の居場所がわかったかもしれないと言い残し行方知らずになった。この手記は行方不明の相談を受けた警察が川内宅を捜索した際に見つかったもの。

 

・神通―元ショートランド泊地所属。建造艦。建造されてからすぐに第三次深海棲艦大侵攻がはじまり、いきなり戦線に投入されるも戦争終結まで生き残った猛者。艦娘のときには毎日戦闘をしていたために鎮守府内でも若干孤立していたようである。戦争終結後、数年の後に行方不明となる。

 

・那珂―元ショートランド泊地所属。ドロップ艦。神通の初出撃時にドロップしたのが彼女である。神通がいたことで彼女が戦線に立つことは無く戦線の過酷さを知ることなく終戦を迎える。戦争終結後も元艦娘たちのなかではうまく社会に馴染んでいたようであったが、ある日を境に行方不明となる。

 

 

(語句解説)

 

 

・ショートランド泊地―ソロモン諸島に位置するショートランド島につくられた泊地。南太平洋海域の対応のため戦争初期につくられた泊地であり、「泊地」の名を持ちながらそこらの中小鎮守府より規模が大きい。当然、そこに着任する提督は優秀であり緊急時には司令部として機能する。第三次深海棲艦大侵攻で多くの被害を出した。

 

・深海棲艦大侵攻―世界規模での深海棲艦による侵攻が起こった際にこの言葉が充てられる。第三次まであり、一次は深海棲艦が初めて人類に攻撃したとき、二次は第二次レイテ沖海戦後から数か月たったころに起きた大侵攻。三次は戦争に終止符をうつ最後の戦いである。第三次に関してはなぜ明らかに深海棲艦側が不利なタイミングで侵攻を仕掛けたかについて今でも議論が行われている。

 

 

 

 

 

*1
世界各地で深海棲艦が突如大侵攻をはじめ数年に及ぶ戦いの末に深海棲艦の絶滅を確認したとされる戦い。劣勢に立たされていた深海棲艦がなぜ突如として大侵攻を始めたのかは定かではない。第3次深海棲艦大侵攻とも




登場人物と語句の説明が長くなったために本文終了後に挿入しています。
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