「記憶」 〜戦争体験者の言葉〜 作:マッポ
どうやら昨日は寝落ちしてしまったらしい。冬の朝特有の澄み渡る冷たさに目覚めた。イスに座ったまま寝てしまったせいで身体の節々が痛い。今日は休みだし,身体を動かすついでに市内の戦争遺跡を巡ろうと思う。
◆◇◆◇◆◇
朝食を食べ,着替えて外に出る。吐息が白い,ここ数日で1番の冷え込みかもしれない。風邪には気をつけないといけないと思いながら最寄りのバス停に歩いていく。
僕の住む市は,市の境界線の4割以上が海岸線に面しており,夏場は多くの海水浴客で賑わう。当然のことながら幾度となく深海棲艦の襲撃を受けており,海岸沿いを中心にいくつのも戦争遺跡・戦史館があるのだ。市内を巡回するバスを利用すれば1日かけて市内の戦争遺跡などを回るのは可能だ。
それにしても寒い。もっと厚着をしたほうが良かったと思いながらもバス停に付いた。僕以外にバスを待っている人は4人,内1人は女の子だ。小学生だろうか?1人でバスに乗れるのは偉いなぁと思いながらバスが来るのを待った。
バスがやってきて車内に乗り込む。朝早いからか乗客は殆どおらず,席に座ることができた。最初に訪れる予定の灯台までは30分ほどかかる。
今から行く予定の灯台は深海棲艦の位置を把握するための超高性能レーダーが搭載されていた(妖精さんなる存在がこしらえたものらしい)らしく,度々深海棲艦の砲撃をくらっていたそうだ。幾度となく損傷・崩壊するも妖精さんの力によってあっという間に再建されたらしい。
艦娘に関する都市伝説の定番となっている妖精さんだが,話を聞く限り僕は実在するとは思えない。
妖精さんのパワーがあればあっという間に戦争は人類の勝利に終わっていたと思うからだ。都市伝説の内容もハチャメチャなもので、艦隊の進路を決める重要な役割をしていただの、深海棲艦の襲撃を受けて壊滅した鎮守府を一晩で完璧に修復するどころか、設備を豪華にしたなんて話がある。
こんな不思議な力を持つとされる妖精さんが人類サイドに
仮説を立てる上で最初に考えられるのは、圧倒的な物量差が存在しどれだけ深海棲艦を倒しても終わりが見えなかったこと、次いで考えられるのは地方によって艦隊の練度に差が出るために深海棲艦の完全な打破に時間がかかったことや、人類サイドに深海棲艦と通ずる裏切者がおり、大規模作戦を妨害していた等が考えられる。
しかし3つ目に関してその可能性は限りなく低いだろう。1つ目の物量差に関しては大本営の数少ない公開された戦闘詳報の記述に「深海棲艦ハ海ヲ埋メ尽クス大艦隊ナリ」という偵察機からの入電内容が残っているために定説となっている。
2つ目に関しては戦史家たちの間にある意見であり、艦隊ごとの練度、戦術などに差があったために作戦の進行度に差が生じ、結果として深海棲艦の打破に時間がかかってしまったというものである。この意見に関しても認めざるを得ないだろう。
最も充実した設備を備え、大規模作戦時には総司令部もおかれる鎮守府、鎮守府に準じた権力を持ち、ときに作戦の中心となるが、主に日本国内においては鎮守府艦隊だけではカバーしきれない範囲の哨戒や深海棲艦の打破を担っていた警備府、港湾を停泊しやすいように整備しただけであり、深海棲艦との攻防の要衝に位置するものが多いものの、その優先度は低く、しばしば深海棲艦の襲撃を受けて被害を出すことも多かった泊地との間には大きな規模の差が生じる。提督の手腕によっても左右されるが、少なくとも規模の差というものが戦線に影響を与えていたことは認めざるをえない…
いつしかバスは市街地を抜け、車窓から見える景色には青と緑が増えていた。乗客も僕と女の子だけになっている。よく見ると女の子は銀髪だ、ハーフなのだろうか?外が寒かったぶん、バス車内の暖かさがとても心地よい。加えて、道路を走る振動で眠気が襲ってくる。少し寝てしまおうか…でも寝てしまうと乗り過ごしてしまうかもしれない………
「お兄さん、灯台だよ」その一声で目が覚めた。しっかりと寝落ちしていたようだ。だが僕に声をかけてきたのは例の銀髪の女の子、なぜ僕の行き先を知っていたのだろうか?「確かに僕の行き先は灯台だけど、なんで君が知っているんだい?」そう聞くと少し微笑みながら「あれ、気づいてなかったのかい?お兄さん灯台は妖精さんがどうとかいうことをブツブツひとり話していたんだよ。行き先が灯台だなって少し考えればわかるさ。」すごく恥ずかしい。口に出ていたなんて。だが口に出ていたなら行き先がわかっても不思議ではない。「口にでていたとは…ありがとう。君はここで降りるのかい?」「うん、ここで降りるよ。お兄さんこそここで降りるなんて珍しいね。いつも人なんて滅多にこないのに」
運賃を払ってバスを降りる。人が滅多にこないと言っているあたり、よく灯台にくるのだろうか?「君はよくここに来るのかい?」「うん、ここに来て海を見ると落ち着くんだ。すごい安心できる。」珍しい子だ、思わずそう思った。
◆◇◆◇◆◇
灯台はどこにでもあるようなデザインのもので経年劣化で塗装がところどころ剝がれており、とても超高性能レーダーが搭載されていたとは思えないものだ。岬の先端に拵えてある灯台へ向かうまでの道沿いには、ところどころに大小さまざまなクレーターを確認できることができ、深海棲艦の襲撃の痕跡をわずかながらに残している。
しかし女の子はそんなのには目もくれずにスタスタと歩いて行く。もの凄い早歩きなので少しでも歩きを緩めるとおいて行かれてしまう、いつもよりもとても早く灯台に着いてしまった気がした。
灯台の内部は展示室のようになっており、灯台へ続く道沿いのクレーターの説明や、深海棲艦の襲撃後に発見された不発弾などが展示されている。何年か前にここの展示物を見て、不発弾の小ささに驚いたのを思い出す。やはり今見ても不発弾の大きさはとても教科書に書かれているような災禍を起こすような威力を持っているようには見えないのだ。
「ねぇ、知ってる?ここには妖精さんたちがつくったレーダーがあったんだってよ。」突然女の子が話しかけてきた。女の子も歴史が好きなのだろうか。「そうみたいだね。でも、そんな代物がこんなちっぽけな灯台に収まったのかな?」疑問…というか、今ならだれでも思いつくようなことを言ってみると、「
「君は妖精さんの存在を信じているみたいだけど、妖精さんがいたならばもっと早くに戦争は終結していたと思わないかい?」と、ちょっと意地悪な質問をしてしまった。見た目小学生低学年くらいの女の子だ。いくら大人びているとはいえ難しすぎる質問をしてしまったと思っていると、
「確かにそうだね。でも、戦争が早くに終結しなかったのは軍の上層部のせいだ。艦娘に人と同等の権利を与えようと考える人権派と艦娘を完全に一つの兵器と見、戦うことが第一と考えていた、いわゆる兵器派との間には深い確執があった。この二つの派閥争いは大規模作戦のときにも影響し、裏切者がでなくとも、互いの足の引っ張り合いによって深海棲艦に有利な状況が自然とつくられていたんだ。軍のトップが深海棲艦を倒すうえで、派閥争いのことを頭に入れて作戦を立てているようではとてもじゃないけど勝てなかったはずだよ。」
「………」驚きのあまり声が出てこない。彼女の口からでた答えは自分の想像を易々と超えていくものであり、また人権派や兵器派といった言葉も初耳であった。…明らかに、彼女は知りすぎている。彼女がどこでそういった知識を知りたいと思ったが、なんだか彼女の存在には触れてはならないような気がして、聞くことができなかった。
「逆に、お兄さんはどうして妖精さんの存在を信じていないのかい?少し調べてみれば、妖精さんがいた証拠なんていくらでも出てくると思うんだけど。」
全くもってわけのわからないことを言われた。妖精さんがいた証拠はいくらでもある?そんなはずはない。証拠があればとっくの昔に妖精さんの存在は証明されていたはずだ。
「まあね、妖精さんの存在は簡単には世の中に出せないんだろうね。」
そう言われて、ハッとした。仮に妖精さんの存在が都市伝説の通りのものだとしたら、世界はどんな反応を見せるのだろうか。ほぼ確実に妖精さんの存在を求めるに違いない。戦後50年の月日が経ち、生活水準が戦前よりもよくなった今でも、妖精さんの存在は、「神秘」だ。
あんな所業ができてしまえば国際バランスは一気に崩壊し、妖精さんの存在を抱え込んだ国が世界の覇権を握るといっても過言ではない。
「つまり君は妖精さんの存在を世に認めてしまっては国際バランスが変わりかねないから大本営は妖精さんの存在を隠ぺいした。そう考えているのかい?」
「そう説明したのはお母さんだよ。私は違うと考えている。単純に妖精さんの存在があまり役に立つものではないからだと思うから大本営は妖精さんの存在を重要視してもいないし、ヘタに公開しても混乱を起こすだけだから公開しないのだと思う。」
「あまり役に立つものではない…?」思ったことが口に出てしまった。
「妖精さんたちは自由奔放でイタズラ屋さんなんだ。」女の子は細い笑みを浮かべながらこう続けた。「妖精さんは意外とそこら中にいるんだよ?みんなが見えていないだけでね。逆に
「妖精さんが…いるのか?というか、君には妖精さんが見えるのかい?」女の子の口からは信じられない言葉が飛び出し続けている。僕の頭の処理能力はとっくに限界を超えていて、妖精さんの存在に関することしか考えることはできなかった。たとえ女の子の嘘だったとしても、妖精さんの存在が
「いるさ。君もそのうち見えるようになるよ。妖精さんは自分から姿を見せてくれるようになるはずだよ。」不敵な笑みを浮かべて女の子は答えた。
「あ、でもね。妖精さんの存在を外に漏らしてはいけないんだ。そうすると妖精さんは見えなくなってしまう。私が言えたのはちゃんとここにいる妖精さんの許可をとったからなんだ。さっき君には妖精さんが見えないのかって聞いたのはこれが理由だよ。」
なるほど。彼女曰く、妖精さんの存在はいるらしい。そしてそれを外部には漏らしてならないとのことだ。しかし僕の場合は違った。つまりそれは僕が妖精さんに嫌われているわけではないということになる、女の子の話を全部信じたわけではないがなんとなく不思議だったものが腑に落ちる感覚がした。
そうなると不思議なのは女の子の母親が何者なのかということである。女の子の存在といい、凄く興味が湧く。
「一体君のお母さんh…「そろそろバスが来る時間帯だ。灯台からでないと乗り遅れちゃうよ?」」…遮られた。しかし時計を見てみると確かにバスが来る時間に近い。ここは諦めてバスに向かうことにする。
「ちなみに私は今日一日市内の戦史館とかを見て回るつもりなんだけど…お兄さんはどんな予定なんだい?」バス停へ向かう途中にそう聞かれた。
「奇遇だね、僕も一日市内をまわるつもりなんだ。それじゃあ、一緒に回らないかい?」この女の子と一緒にいれば面白い話が聞けるのは確実だ。この機会を逃さない手はない。
「じゃあ一緒に回ろうか。周りでこういうことをする人はいないからいつも一人で寂しかったんだ。」
確かに、小学校低学年くらいの女の子が興味を持つとは思いづらい。逆に女の子はなぜ興味を持ったのだろうか、バスの中で聞いてみよう…そう思いながら磯のにおいを背にバスに乗り込んだ。
「お兄さん、次はどこへ行くんだい?」僕が話しかけようとするタイミングで女の子は話を振ってくる。話の主導権は女の子に握られっぱなしだ。
「そうだな…距離的に市立戦史館かなぁ。つまらないだろうけど回るのなら行ったほうがいいよね。」
「じゃ決まりだね。市立戦史館前のバス停でおりよう」
こうして偶然会った女の子との周りから見ればとても奇妙に見える一日旅(?)が始まったのだった。
この話の世界観について説明すると、
・対深海棲艦戦争終結から50年経ち人々の多くはその歴史を少しづつではあるが忘れつつある
・人々は艦娘の存在が消えていると思っている
・大本営は戦争に関する情報を隠ぺいしており、民間に情報はほとんど出回っていない
このような状況のなかで「僕」は生活しています。これ以降の話のなかで、なぜ大本営が情報を隠ぺいするに至ったのかなどは明らかにしていく予定です。