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「やっぱりゅうおうの二次書きてぇぇ! 強い名人と棋士たちのかっこよさを自分用に書き残しときてええ!!」
そんな感じで再掲載。
仕事と将棋の勉強との間にゆるッと書いてきます。
ゆるっと。
運命は勇者に微笑む
────十九世永世名人
☆ ☆ ☆
一人の男の話をしよう。
未来に夢もなく、目指すべき目標もなく。
ただ流されるように生きる。
そんな何処にでもいる一人の男の話を。
神奈川県のとある元宿場町にて生を得た彼。
ごくごく有り触れた一般家庭に生まれ、父母の愛を受けながら順当に育つ。
時代は平成の中期。
バブル崩壊後の横ばい不景気、変わらない政治、溜まる世間の不安。
携帯電話の普及、DVDの台頭、利便性の高まるインターネットの活躍と功罪……。
激動の昭和から続く変革の平成史。
そんな停滞と変化の狭間の時代に彼は生まれた。
幼き日の少年には確かに夢も目標もあり、世界は輝いていた。
電車の運転手か、はたまた少年時代テレビで見かけた魚の被り物をした博士か。
電車を好んだ、車を好んだ、ゲームを好んだ、スポーツを好んだ。
釣りをした、虫捕りをした、キャンプをした、旅行をした。
読書にハマり、観賞魚を買い、犬を飼った。
時にアウトドアに、或いはインドアに。
およそ世間で遊びと言われる趣味をやり抜き、楽しんだ。
だからこそ幼き日に描いた夢の形は忘れてしまったけれど。成りたいモノがあり、それに憧れて日々キラキラした目をしていたはずだ。
しかし年を重ねて小中高と周りが進み、人を知り、社会を知り、世界を知り、未来を知って、賢しらに回りだした頭と信頼する両親や友人たちの言葉。
そういったものが次第に無垢なる少年の心と思考と世界を霞ませていく。
取り合えず『みんな』が行くから高校へ進もう……。
受験でいい大学に進めば選択肢の幅が広がるし、年収にも影響が……。
福利厚生がしっかりして給料もいい会社に入ろう、お金があれば色々なことが……。
あったはずの夢は現実の前に世迷言だと切り捨てて。
目指したはずの目標は才能努力環境らを言い訳に破り捨てた。
輝いていたはずの
……いつからだろう。
電車や車がただの移動手段に変わったのは。
……いつからだろう。
ゲームが時間つぶしに代わり、スポーツが疎ましくなったのは。
……いつからだろう。
才能を言い訳に努力を放棄し、夢も目標も考えなくなっていったのは。
歩いて、歩いて、歩き続けて……いつの日からか前が見えなくなっていった。
『将来はどんな大人になりたいですか?』
そんな元気よく即答出来ていたはずの質問に──答えられなくなっていた。
ただ生きるために生き、手段のために働き、日々を浪費する。
……迷いは、なかった。
だって自分に困難な夢を叶えるだけの才はないから。
努力したところで目標に手が届くとは限らないから。
自分は……そう、自分は現実を見て判断しただけなのだ。
仮に目指した先で失敗したら悲惨だ。
社会はつまずき転んだものに優しくない。
だったら普通で良い。無難な道を往き、堅実な判断をしよう。
──いつかの少年が聞けば「つまらない」と口を尖らせるような。
そんなつまらない大人になってしまったのはいつからだったか……?
『……──俺は結局、どこに行きたかったんだっけ?』
自分が心から好きだったものは何だったけ?
自分が憧れ、目指した場所は何処だっけ?
趣味は? やりたかったことは? 自分の人生で何をしたい?
分からない、理解らない、全くぜんぜん思い出せない。
生じた疑問が胸を突き、『大人』となった男を指さし問う。
このままで良いのか。こんな自分で、こんな未来で良いのかと問う。
そのたびにだって仕方ないじゃないかと言い訳する。
そんな『大人』になってしまった自分を自覚し、胸に痛みを抱えたまま。
もはや全ての価値が色あせた。見えるのは「つまらない」未来。
いつの日からか流されるまま生き、これと言って周囲に臨まず、順当に歩んできた人生。
波乱万丈、劇的な人生が良いとは言わないが、黄金とまで輝いていたはずのその人生は気づけばあまりにも
僅かに残る幼心が生きる時間はもうすでに消えかけだ。
最後に残された後悔という名の青さはこの大学最後の一年を超えれば残らず消えるだろう。
周囲の友人たちと同じように、多くの凡人が歩むように。
己は生きるために生き、時間を空費し、何を成すこともなく消えていく……。
誰がために己がためにと歩む夢想家たちと比べて彩りのない人生。
そんなつまらない大人の一人に己は加わることになるのだろう。
自覚してなお胸にあるのは絶望でも希望でも達観。
夢見ることを止め、目標に歩むことをせず、努力することを拒んだ。
軌跡すらない彼に相応しい言葉は『空虚』。
いつからか自分は何もなくなり、何者でもなくなっていた。
現実という言葉を言い訳に不確定の
故にもはや『道』は閉ざされた
このまま己は何もない一生を消費するだろう──。
そんな……そんな達観と共に最後の青臭さを捨てる言葉は、
「可能性を避けない」
──一人の勇者の言葉を前に、戯言だと切り捨てられた。
そうだ、何て事のない日々の中──俺は、確かに。
俺の今後一生を決定づける運命の出会いを。
テレビ画面の向こう側にいる、一人の勇者を知ったのだ。
「何歳にはこうなりたいとか、それよりも違うようになっていたいんですよ」
「想像していた以外の所にいたい。自分が今まで見たこともないモノを、可能性を見つける。そういうようになっていたいんです」
穏やかに笑みを浮かべる顔、言葉が発する確かな熱意と重み。
誰よりも先を往き、誰も見果てぬ地平で、最も高き高みに立った男はしかしてそれを満足と思わず、その先を望んでいた。
飽くなき好奇心、底を尽きぬことなき探求心。
それは童が、誰もが子供心に持っていた黄金。
彼が忘れ、そして多くの人が忘れるはずのそれを勇者は確かに持っていた。
夢を叶えられるか、ではない。叶えるために歩み切る。
そこに諦めるという選択肢はなく、好きだから進み続ける。
知りたいと望み続けるから探し続ける。
夢に目標に届かないかもしれないという疑問や諦観など欠片も抱かずに。
好奇心の赴くまま、探求心の向くままに歩み続けるその人生。
なんと輝き、また尊いことか。
「座右の銘ですか? えーっと……そうですねぇ。『運命は勇者に微笑む』、……出典とかは特にないです。ええ」
その日──俺は忘れていた心を、憧れという
……思い出すには遅すぎて、目指すには老いすぎて、憧れた場所には届かない。
けれど少しでもあの人が至った場所に、あの人が到達した世界を見たくて我武者羅に歩んだ、走った。
憧れには至らなかったけれど、それでも満足できると言い切れる人生を歩み切れたと思う。
けれど、そう。やはり無念が胸に残るのだ。
あの日よりも早くあの人を知れていれば、あの日よりも早く歩むべき道を知っていたならば。
俺もまたあの人のように、あの人にもっと近づけていたのではないだろうか。
「名人、遂に竜王位を獲得! 悲願の永世称号! 前人未到の七冠を達成いたしましたッ!!」
だからこそ今際の際に思わずにはいられない、願わずにはいられない。
画面の向こうで終わる激戦と喚起するコメントの嵐。
沈痛な顔で見守る医者などに目もくれず。
一生に残した唯一無二の悔いを噛み締める。
嗚呼、俺が。
まこと、勇者足り得る存在になれたならば──と。
その時こそ運命よ、憧れに挑む機会を寄越せ。
艱難辛苦、不可能不能なぞ何するものぞ。
七生の果てであろうとも今度こそ俺は──私はあの和の御座へと至り、勇者に挑むのだ。
肌寒い年の末月、医者に見守られながら病魔に侵された男は一人病室にて生を終える。
将棋のアマチュアとしては初の竜王戦六組優勝を飾った経験を持ち、アマとして最後の対局となってしまったとある記念対局では時のタイトルホルダーすら打倒してみせた『アマ最強』、『プロ殺しの再来』と呼ばれた強豪は尽きぬ熱意と憧れを抱いたまま若くして生を終え──。
奇しくもその日、違う時間、違う世界で一人の少年が産声を上げる。
もはや棋に触れずして生きることを知らず。
転じて生きる新たなる人生、殉じる道は決めている。
期せず運命に選ばれた彼が目指すべき場所は生まれる前から決まっていた。
運命は勇者に微笑む──その日、