目の前には荒野が広がっていた。
「ここ、どこ?」
俺の問いに答える者は誰もいない。
俺の発した言葉は荒野を駆け抜ける風に紛れて消えていくだけ。
「えっと………、俺は確か………」
俺の名前は『平本 浩(ひらもと ひろし)』。
平凡な40歳独身サラリーマン。
普通に会社で仕事をして、休みは家でゴロゴロしているだけ。
旅行なんて10年近くもしたことがない。
こんな場所に置き去りにされるようなことは何もしていないはず………
「待てよ………、夢でナニカを選んだような………」
うーん……っと、自分の記憶を探ると、パソコンの前で何やらスキルを選んだのは覚えている。
それは『闘神』スキルと『仙術』スキル。
古代中華系戦略シミュレーションゲームで出てくる「スキル」と酷似していた。
武将となり、「スキル」を身に着けて、立身出世しながら、天下統一を目指していくゲームだ。
その中でも最高ランクに位置する隠しスキル。
『闘神』………個人戦闘力が最強になるスキル。
『仙術』………仙術が使えるようになるスキル。
それを選ぶと、『異世界に飛ばされる』とかメッセージが流れたような………
「げっ! 本当に異世界に飛ばされたのか………、俺?」
ネット小説でよくあるシチュエーションの1つ。
チートスキルを得て、異世界転移。
俺の大好物ではあるが、我が身に起こるとそうも言っていられない。
それにもしかすると、異世界転移にありがちが、身体の変化なんかも……
「まさか!」
自分の手を見れば、明らかに肌艶が違う。
顔を触れば、髭剃り跡も感じられない。
もしかして、若返ってる?
何となく見た感じ高校生ぐらいには若返っていそう。
「クッソ、鏡があれば………」
今の俺の服装は、普段着であるTシャツに黒パーカーにジーパン。
ポケットの中を調べてみても何も入っていない。
「スマホがあれば………、って! あっても、古代中華に電波も電気も無いから使えないか」
現代物資が何もないとなると、後は俺にネット小説でありがちな特別な力が備わっているかどうか。
そうでなかったら、俺の人生はここで終了。
野垂れ死に以外にありえない。
「………本当にチートスキルがあるのなら、そこまで悲観する必要は無いのだけれど………」
愛する人も子供も友達も皆無。
残した両親は気になるけど、弟もいるし………
もし、チートスキルがあるなら、この世界でも生きていくことができるだろう。
現代社会程の環境は期待できないが、それでも、それなりに楽しく暮らしていくのも不可能じゃない。
「少し試してみるか…………」
軽く体を捻って準備運動。
そこからパンチ、キック、ジャンプ等、格闘技なんてやったこともないのに、見よう見まねで自分の戦闘能力を確かめてみる。
「うーん…………、確かに力も素早さも格段に上昇している。それにジャンプしただけで5mは飛び上がった。これは間違いなく闘神スキルの力か………」
闘神スキルの力を確かめることができたので、次は仙術スキルを試してみるも………
「あれ? 何をしても術が発動しない!」
適当な呪文を口にしても、どれだけ集中しても、俺の手から炎1つ出やしない。
「これは使い方が間違っているのか、それとも発動条件が足りないのか………」
1時間ぐらい試行錯誤してみるも、結局何も起こらずじまい。
「むう…………、今は諦めるしかないか。とりあえずこの『闘神』パワーがあれば何とかなるだろう」
闘神スキルは個人戦闘力を最強にするのだ。
今の俺は三国志の最強武将である呂布に匹敵する強さを持つ。
その力を以ってすれば、この異世界でも出世するのは容易い。
古代中華系戦略シミュレーションゲームで出てくる「スキル」を手に入れたのだから、当然この世界は古代中華、もしくはそれに似た世界に違いない。
「さて、年代はいつ頃なんだろね。日本人的には劉備に加担してみたい気もするけど………」
桃園の誓い前なら関羽、張飛に混じって4人で義兄弟の契りを交わすのも面白そうだ。
「でも、環境が古代中華なんだよな。電気も無ければ水道も無い。俺、耐えられるかなあ…………」
そう言えば、あのパソコンに『異世界に行っても今の生活環境(衣・食・住と娯楽を含む)を維持したい』との希望を打ち込んだ気がする。
だけどこの状況を見るとそれが実現されているようには思えない。
「はあ………、しゃーない。とりあえず、人里へ行こう」
ため息交じりに呟き、俺は足を一歩進めた時、
ピコピコ
耳を揺らす黒いナニカが俺の前に現れた。
「え?」
パタパタ
なぜか嬉しそうに2本の耳を揺らすそれは………
体長40cmほどの黒い金属の塊………、いや、形状的には兎に見える。
兎を模したロボットというべきモノだろう。
だが、そのデザインは凶悪ソノモノ。
兎という存在を貶め、悪意を以って歪めたような外見。
子供が見れば泣き出しそうになるくらいに凶暴そうな面構え。
特に赤く光る不気味な目が一層俺の不快感を湧き立ててくる。
「な、なんで………、古代中華に兎型ロボットが……………」
トコトコ
「ひっ! く、来るな!」
ピタッ
思わず制止の声をかけると、『ソイツ』はピタリと動きを止めた。
ピコピコ
赤く光る目で俺の方を見つめながら、ユーモラスにも見える動きで耳を揺らしている。
どうやら俺に害意はないようなのだが、なぜロボットがここにいるのか?
「何、コイツ? 明らかに時代観がおかしいぞ!」
三国志にも虎戦車とか兵器っぽいのがあるけれど、俺の目の前にいるのは間違いなくSFで出てくるようなロボットだ。
現代日本でさえ、ここまで滑らかに動くロボットは居ない。
どう考えても、時代に合わない異形。
しかし、このタイミングで俺の前にいきなり現れたとすると、考えられるのはただ一つ。
「お前………、ひょっとして、俺を導いてくれるサポートキャラか?」
これしか考えられない。
この古代中華世界にいるはずのないロボットが存在するとすれば、それは俺をここに連れてきた神や精霊が遣わしたという可能性が高い。
パタパタ
『そ……だよ! もう一度………ターに仕え……んだよ!』
「え? なんて?」
フルフル
『……スターに仕えたい! 僕の力は全てマスターの為に!』
「おいおい………」
ピコピコ
『ずっと待ってた! ようやく会えた! 僕はずっとマスターの傍にいるから!』
「いや……、いきなりちょっと重いんですけど………」
黒い凶悪そうな兎型ロボは、後ろ脚で立ち上がり、興奮気味に熱弁を振るう。
うーん………
なんか随分と忠誠度が高そうだ。
これも俺をここへ呼んだ存在の仕業だろうか?
まあ、俺としてもここで同行者ができるのはありがたいのだが………
「強そうに見えるデザインだけど、もう少し愛嬌が欲しいなあ」
どう見ても敵方のデザインにしか見えない。
俺の味方でマスコットキャラなのであれば、『可愛い系』とか、『カッコいい系』の方が良かった。
ピコピコ
『僕、愛嬌たっぷりだよ! この丸みを帯びたデザイン! 愛くるしいフォルム! 子供からお年寄りまで大人気だよ!』
「嘘つけ! 子供やお年寄りがいきなりお前を見たら腰を抜かすぞ! その真っ黒な機体カラーと、不気味に光る赤い目、凶悪そうな牙はどう考えても愛くるしいとは言えん!」
見る人が見ればスタイリッシュと表現するかもしれないが、子供に好かれる可愛らしさとは無縁だろう。
フリッ………
『真っ黒? 赤い目?』
俺の言葉が腑に落ち無いような仕草で首を傾げる兎型ロボ。
と、思えば、その短い前脚をゴソゴソさせ、小さな手鏡を取り出した。
そして、自分の姿を確認して………
ピコピコ
『なにこれ?』
「俺に聞かれても知らんがな」
なぜか鏡に映った自分の姿にビックリしている様子。
パタパタ
『うーん………、おかしいなあ…………………、あっ! そうだ!』
しばらく悩んでいるようだったが、突然何かを思い出したように、前脚をポンと打ち鳴らし、
フルフル
『ジャーン!! これを忘れてました!』
また、どこからか取り出した灰色の巾着袋を俺に見せつけてくる。
ピコピコ
『この中に入っている蒼石を僕にぶつけて!』
この兎型ロボが言うには、この蒼石を機械種の頭部にぶつけることで、レッドオーダーが浄化されて人類の味方であるブルーオーダーになるらしい。
『機械種』、『レッドオーダー』、『ブルーオーダー』
なんのこっちゃ?
「とにかくこれを手に持って、お前の頭にぶつけたらいいんだな?」
フルフル
『うん! それでね、蒼石をぶつけたら、僕の機体が白に戻って、目が青く点滅するようになるから、その間に契約を行ってよ」
「契約?」
パタパタ
『うん! 契約! 僕と契約して、僕のマスターになってよ!!』
……………怪しい。
コイツ、もしかして、俺を騙そうとしているんじゃなかろうな。
しかも、さっきのセリフ、どこかで聞き覚えがあるぞ。
なんか騙されて魔法少女にでもされてしまいそう。
だが、今の所、コイツを信じる以外に選択肢は無い。
こんな誰も知らない世界で、事情を知っているサポートキャラを逃すわけにはいかない。
兎型ロボから契約の文言を教わり、8cm程の蒼石を手にもって構える。
「行くぞ」
パタパタ
『こっちも準備オッケー! 2級の蒼石だけど、僕が受け入れるからそれで十分浄化できるよ』
「何かわからんが、とにかく言われたことをやるしかない!」
カシャーンッ!!
ガラスが砕けたような乾いた音が響き、手にした蒼石は容易く兎型ロボの頭の上で粉々に。
その瞬間、青い光が弾け、辺りを青く染めていく………
「おお!」
青石をぶつけられた兎型ロボの姿がペンキをぶちまけられたように黒から白へ塗り替わった。
さらに凶悪なデザインが柔らかみを帯びて、ぬいぐるみようなデフォルメされた可愛らしさを持つ兎の形状へと変化。
ピコピコ
『ブルーオーダー成功! ほら、さっきの文言を早く!』
「おう………」
様変わりした兎型ロボと目線を合わせる為に跪き、青く点滅する両目と俺の両目を揃えて教えてもらった文言を口にする。
「白の契約に基づき、汝に契約の履行を求める。従属せよ」
その言葉に答えるように兎型ロボの両目が青く輝いた。
「これで………契約したのか?」
ピコッ! ピコッ!
『やったよ! 成功だよ! 今回も最初の従属機械種は僕だよ!」
ピョンピョンと嬉しそうに跳ねる兎型ロボ。
先ほどまでの黒く凶暴そうな機体とは違い、元の世界の兎に近い丸みを帯びたフォルムだから、その様子はどこか心を和ませるような雰囲気を醸し出す。
「………あれ? アイツの額に文字が………、『仙』? そんなのあったかな?」