『土砂を掘り進めば良いんだよ』
そう提案してきた白兎に案内されるまま進んでいくと、
やがて通路の終端に辿り着いた。
そこは完全に崩落した通路。
まるで奥から湧いて出たように土砂が積み重なり、
土壁のようになっている。
「うわぁ……、完全に行き止まりだな」
思わず声が漏れる。
高さ10メートルはある通路が土砂で塞がっている。
アリが這い出る隙間も……は言い過ぎだが、
通路一杯にビッチリと詰め込まれている様子。
どう見ても少人数で突破できる代物ではない。
シャベルでもあれば数メートルは掘ることができる。
しかし、掘り続けてトンネルにする為には、
熟練の技術者と設計、何十人の作業員に、
相当な機材と重機が必要になるだろう。
「白兎、これは無理だろ?」
別に建築土木に通じているわけではないが、
素人目でも、この通路を掘り進むのは不可能だと分かる。
たとえ、白兎がトンネル堀りの名人でも、
こんなダンジョンの奥では、どうしようもない。
「仮に掘れたとしても、残土をどこに捨てる?」
俺は土砂を指差しながら尋ねる。
掘るだけならまだいい。
問題は掘り出した土だ。
それをどこかに運ばなければトンネルはできない。
しかし、ここはレッドオーダーが蔓延るダンジョンの地下3階。
出没する敵を相手しながら、土を後ろへ運び続けるなんて現実的ではない。
パタパタ!
『問題ないよ! 僕に任せて!』
俺の問いに対し、白兎は何故か自信満々に前へ出る。
そして、俺達の前に立ち塞がる土砂の前にて、
後ろ脚だけで立ち上がり、耳をパタパタ振るわせて、
パタパタ
『まあ、見ててよ』
そう言うなり、白兎は大きく口を開けて息を吸い込み始める。
いや……違う。
息を吸い込むどころではない。
辺りの空気が轟々と音を立てて、白兎の口に吸い込まれていく。
そして、吸い込む勢いはさらに増し、
空気どころか土砂の砂粒が濛々と舞い上がり、
やがて、土が、石が、土砂が、
白兎の口へと渦を巻くように流れ込む。
それは万物を吸い込むブラックホール。
物理法則を無視して、
常識を無視して、
明らかに機械種ラビットの体積を超える勢いで、
通路を埋め尽くす土砂が目の前から消えていく。
しばらく唖然とその光景を見つめていたが、
ふと、我に返り、前で土砂を吸い込み続ける白兎へと声をかける。
「おい、白兎! まさかこの通路の土砂を全部吸い込むつもりじゃなかろうな!」
フリフリ!
『そのまさかだよ! マスターの前に立ち塞がる土砂は全部僕が片づけるから!』
「マジかよおおおおお!!」
白兎の宣言に絶叫で応える俺。
あまりの非常識な手法に、俺の常識が壊されていくのを実感。
しかし、当の白兎は俺の絶叫に構わず、
さらにその吸引力を高める。
ゴォォォォォォォォォォォ!!
凄まじい勢いで、崩落した土砂が、白兎の口の中へ吸い込まれてく。
あれだけ通路を埋め尽くしていた土砂がまとめて全部。
見える範囲の土砂を吸い尽くした白兎は、そのまま前進を開始。
まるで掃除機のように立ち塞がる土砂を吸い込み続けながら通路を進む。
「ちょっと、白兎! どこへ……」
フルフル
『マスター、僕についてきて』
「大丈夫なのか? この土砂全部はかなりの量だぞ」
パタパタ
『大丈夫! 僕は吸引力の変わらないただ一つの機械種だよ』
「ダ〇ソンか!」
思わずツッコミ。
本当にこの兎の頭の中身はどうなっているのか………
まあ、白兎がこんな感じなのは今に始まったことではない。
結局、白兎についていくしかないのだ。
あまりに現実離れした光景を目にしながら、
吸引を続けながら進む白兎の後を追う。
その速度は人が歩く程度だが、
土砂を片付けながらと考えると異常なスピード。
もう何トン、何十トン、土砂を吸い込んだのであろうか?
だが、全く吸引力が衰えることなく、今尚、前方の土砂を全て吸い込む勢い。
「なあ、白兎。吸い込んだ土砂はどこへ消えているんだよ!」
パタパタ
『多分……兎時空とかじゃないかなあ?』
「変な時空間を勝手に作るなぁぁ!! 次元が壊れる!」
白兎の前ではなぜか俺がツッコミ役に。
この兎を放って置くと、どこまでも世界を兎時空で汚染していきそう。
俺のツッコミなど意に介さず、
白兎は土砂を吸い込みながら前へと進む。
もはやコイツは機械では無いのだろう。
以前自分で言っていたように、白兎は宝貝で霊獣。
その存在は幻想に足を突っ込んでおり、
物理法則自体をある程度無視できる仕様なのであろう。
今の惨状も魔法や仙術と考えれば理解できる……ような気がする。
それはそれとして、やはり、色々と規格外な奴に違いないのだろうけど。
そんなことを考えながら、白兎の後を追従。
そのまま1時間ほど進んだところで、
突然、白兎の吸引が止まった。
その歩みも止め、クルッと俺を振り返って、耳をパタパタ。
パタパタッ。
『着いたよ』
「着いたって……」
俺は白兎の横へ並び、前方を見て吃驚。
「…………は?」
いつの間にか通路が途切れており、
目の前に広がっていたのは巨大な縦穴。
直径20メートル……
いや、30メートル近いかもしれない。
円筒状に切り抜かれた巨大な空間。
エレベーターが上下に動く通路、昇降路のような造り。
まるで超高層ビルのエレベーターシャフトそのもの。
上を見上げれば遥か先に天井が見え、
下を見れば、見通すことさえ不可能な程の深さ。
闘神スキルで強化された視力をもってしても見通せず、
ただ、どこまでも続く闇だけがあった。
「ひえっ……、怖!」
生物としての本能的な恐怖に襲われ、
穴の縁から数歩遠ざかる俺。
ピコピコ
『良かった……、今もあるかどうか不安だったけど……』
その横で白兎はホッと胸を撫でおろしながら安堵。
そして、俺の方を振り向いて、嬉しそうに耳をフルフル。
フルフル
『ここから下に行けるよ!』
「え? どうやってだよ?」
あまりに無邪気な白兎の提案に、
俺は訝し気な目で見返し、声を低くして問う。
見た所、どこにも梯子らしきものはなく、
壁はツルツルとしていて登攀するのは不可能。
となれば、ここから下に行くにはロープを使うしかないが、
底まで何百mあるか分からない深さだ。
ロープを伝って下に降りるのは現実的ではない。
そもそもロープなんて手元にないし………
「白兎………まさかここから飛び降りろ、とか言わんだろうな?」
今回、2度目の『まさか……』だ。
前回と答えが変わることを祈りながら、白兎へと確認。
すると、白兎は耳をフリフリして答える。
フリフリ
『そのまさかです。最下層まで一直線だよ』
「帰る!」
パタパタ
『マスター、価値ある獲物を狩って、ジュレさんを驚かせるんでしょ』
「ここから飛び降りても轢死体になるだけだろ! そんな最後でジュレをおどろかせたくはない!」
フルフル
『大丈夫。僕がマスターを底まで下ろすから』
「どうやってだよ! ウサギの癖に飛べる…………って、飛べたな、お前」
メカ熊と戦っている際、流星のようにビュンビュン飛び回っていた白兎の姿を思い出す。
「いや、でも、人を乗せて飛ぶのは別だろ? どう見ても、お前は人を乗せる用にはできていないし!」
ピコピコ!
『僕は万能型だよ! マスターの役に立つためなら何だってできる! マスターを乗せて運ぶのもへっちゃらさ!』
「…………でもなあ~」
耳をピコピコさせて自信を見せる白兎。
今までの白兎の雄姿を思い起こすと、
嘘を言っていないことくらいは分かる。
しかし、それでも決断できないのが俺なのだ。
こんな小さな機体に捕まって、
何百mもあるか分からない深さの穴に降りていくのは正直怖い。
そもそも俺は高い所が苦手。
高所恐怖症と言っても良い。
ジェットコースターに乗れない人間が、こんな大穴にフリーフォールするのに耐えられるわけがない。
そんな怯えた様子を見せる俺に、
白兎が発破をかけてくる。
パタパタ
『ジュレさんを驚かせるんでしょ! この下にいるレッドオーダーを狩っていけば絶対に驚くよ!』
「そりゃあ、そうだけど~」
「高い所が怖いのは知っているけど、虎穴に入らずんば虎子を得ず、だよ。最初の一歩を踏み出せないと、ずっと足踏みしたままになっちゃうよ」
「う~ん……、でもなあ~」
白兎に諭されるも、なかなか踏ん切りがつかない。
いくら白兎が飛べても俺自身が飛べるわけではないのだ。
何かの拍子に、落っことされて、穴の底まで真っ逆さま……、
考えるだけで背筋が凍りつくような恐怖に襲われてしまう。
だが、ここまで来て、手ぶらで帰るのはどうかと思う。
機械種コボルドぐらいでは、ジュレや黒髪の美女は俺に靡かない。
ならば、ここでジュレ達が吃驚するような獲物を抱えて凱旋と行きたい。
でも、怖いモノは怖い。
白兎がいるから安全は保証されているとはしても、
世の中100%は無いのだから、恐怖心は拭い去れない。
フルフル
『ほらほら、マスター。ここに立ってみてよ。全然怖くないって』
「………いや、やっぱり怖いって!」
白兎に背中を押され、穴の縁に立ってはみるも、
それだけで完全にブルってしまい、
とても足を踏み出せそうにない。
「やっぱり無理だ………、ジュレへのお土産は機械種コボルド3機で我慢しようか……」
フリフリ
『そんな~、せっかくここまで来たのに~』
俺の消極的な言葉に白兎は残念そうな素振り。
だが、俺の足が竦んで動かない以上、
これ以上先に進むことはできない。
残念ながら今日の所はここで退散であろう。
無理して頑張る必要もない。
「はあ~………、今日の所は勇気が湧いてこないのが悪いんだ。明日以降の俺が頑張ってくれることに期待しよう」
と、俺は大きくため息一つ、
自分に対しての言い訳を並べ立てる。
『現状維持』と『保留』が信条の俺だ。
嫌なことは明日以降に回せばよいのだ。
きっと時間が解決してくれるに違いない。
「さあ、帰ろうか……」
帰還すべく、その場でクルリと踵を返そうとした時、
フルフル!
『あ、マスター! あんな所に裸の美女がいるよ!』
「何? どこどこ! ………って、アホか? そんな手にひっかかるか!」
パタパタ
『そうだね………』(ツンッ!)
「え?」
つい、ノリで白兎の誘導に引っかかったフリをしてしまった俺。
少しばかり身を乗り出していた為、
白兎に軽く押されたことでバランスを失い………
「ああああああああああああ!!」
真っ暗な大穴に身を躍らせることとなった。
絶叫が俺の口から迸る。
必死に手を伸ばすが、当然縁には届かず、
重力に引かれるまま、俺の身体は真っ逆さまに下へと……
グイッ!!
ナニカが俺の襟首を掴む。
そして、全身を浮遊感が襲い、落下速度が急減速。
まるでスローモーションのように俺の身体はゆっくりと沈んでいくようになった。
フルフル
『マスター! このまま一番下まで行くよ!』
気がつくと白いオーラに包まれた白兎が俺の目の前で耳をフルフル。
どうやら白兎が俺の身体を浮かべてくれているらしい。
体の重さが消えているような現象から、重力を操作しているのだろうか?
「白兎………、お前なあ………」
フリフリ
『驚かせちゃった? ごめんね。でも、あのまま帰ったら、マスター、絶対に後悔していたよね?』
「まあ、そうだと思うけど………」
完全に白兎にしてやられた感じだが、
元々、自分で立てた予定を、高い所が怖いからって、覆そうとしていたのだ。
不甲斐ない俺の背中を押してくれたのだと思えば、白兎の行動も理解できる。
俺の為を思ってのことなのだ。白兎を怒る理由も無い。
でも………
「白兎……、やっぱり怖いんだけど? もう少し、スピード上げられないか? このままだとチビりそう……」
下は真っ暗闇。
このゆっくりとした速度で降り続けたら、
底まで何十分かかるか分からない。
すでに俺の心臓は恐怖で縮み上がり、
今にも泣きだしたいくらいに一杯一杯。
ピコピコ!
『了解! スピード上げるよ!』
俺のお願いに白兎は耳をピコピコ揺らして返事。
グンッ!!
白兎がスピードを上げて急降下を始めると、
「ぎゃああああああああ!! 怖い怖い怖い! 速過ぎる! もっとゆっくり!!」
その急加速に耐えきれず、前言を翻す絶叫。
パタパタ
『もう………、どっちなのさ?』
俺の醜態に、白兎は呆れたように呟き、
フルフル
『…………本当にマスターは、変わらないね………』
記憶を振り返りナニカを懐かしむような言葉を紡いだ。