「ふう………」
しばらく黒司祭の切り離された首と胴体を油断なく見つめ、
完全に仕留めたことを確信してから、肩を落として大きく溜息。
「疲れた………」
体力的には余裕はあるが、精神的な疲労が酷い。
初めて言葉を話す機械種との戦い。
投げつけられた鉄芯。
重力場での拘束。
毒ガスまで吹き付けられた。
そして、巨狼の奇襲を許してしまい、
左腕を噛まれて半狂乱に。
けれども、最後は自分の本当の強さを実感しての快勝。
得るモノが非常に多い戦いであったことは間違いない。
「この機械種ビショップも、できるだけ機体を傷つけずに倒せたし………」
白兎から『ストロングタイプ』の価値は高いと聞いていたから、その辺りは気をつけていたつもり。
後半、色々追い詰められて、忘れかけていた時もあったけど。
「さて、白兎と合流しないと………」
最初は白兎の救援を待つため、
戦いを引き延ばすつもりであったが、
結局、俺1人の力で切り抜けることができた。
しかし、ここがダンジョンの最下層である以上、油断は禁物。
できるだけ早く白兎を見つけないと……
と、思っていたら、
フルフル!
『マスター! 大丈夫?』
俺の耳に白兎の声が届く。
振り向いてみれば、タタッと駆け寄ってくる白兎の姿。
ピコピコ
『ごめんね。助けに来るのに時間がかかっちゃって……』
「ああ、俺は大丈夫だぞ」
白兎と合流できたことで、ホッと一安心。
俺の疲労感がスッと薄れていくような気がする。
だが、安心するのはまだ早い。
得られた情報を白兎と共有するのが先。
「白兎…………、どうやら俺はものすごく強いらしい」
引き離されていた時のことを白兎へと説明。
黒司教、及び、巨狼との戦闘。
敵の攻撃は俺には通用せず、ほぼ力業だけで突破できた。
黒司教が投げつけてきた鉄芯も、重量級を抑え込む超重力も、
巨狼の牙さえ、俺に傷一つつけることはできなかった。
想定、俺の防御力は並大抵のモノを弾き返し、
俺のパワーは重量級をはるかに上回る。
もはや人間の枠に囚われない。
スキル名通り『闘神』に等しい。
普通なら正気を疑われるような内容。
証拠となる残骸を見せても信じてもらうのは難しいに違いない。
しかし、白兎はフルッと耳を軽く揺らしただけで、
フルフル
『そうだね。マスターはもの凄く強いよ』
あっさりと認めてくれた。
「………………もしかして、白兎は知っていた?」
パタパタ
『うん。でも、ソレをマスターが気づく前には告げられなかったの、ごめんね』
「いや………、白兎は初めから何度もそんなことを言っていたし………」
白兎は色々知っているようだが、
一部の情報は枷がかかっていて、話せないらしい。
俺がそれ等の情報を入手していけば、
それ等に関連する情報を公開できる仕組み。
俺が『青雲剣』……宝貝を得たことで、
白兎は自分も宝貝であることを告白してきたように。
「道理で俺をバンバン死地に放り込んでくるわけだな。これぐらいで俺が死なないと分かっていたからか?」
ピコピコ
『まあ、それもあるけど………、でも、気をつけてね。マスターはもの凄く強い。でも、決して不死身じゃないんだよ。生半可な攻撃は通じないけど、明確な弱点があるんだ。ソレを突かれるとあっさりと死んじゃうからね』
「ええ?! ………何だよ、その『俺の明確な弱点』って?」
フリフリ
『ごめん。それは教えられない』
「おい! そりゃないだろ!」
そこまで言っておいて、流石にそれは酷くないか?
思わず詰め寄ってしまうも、白兎は申し訳なさそうに耳をフルフルさせるだけ。
フルフル
『マスター、僕は教えられないけど、マスター自身で色々調べて行けば分かることだよ』
「そうは言うけど……」
自分の弱点を調べるってかなり難易度高いぞ。
火に弱いかもしれないから、自分の指を火で焙ったり、
電撃に弱いかもしれないから、自分に電気を流したり、
毒に弱いかもしれないから、毒をほんの少し飲んでみたり……
俺は自分で自分を痛めつけて喜ぶマゾではないのだ。
そんな苦行は真っ平ごめん。
しかし、ソレを突かれて即死は嫌だ。
折角、これからモテモテ異世界生活が始まるというのに。
「はあ~………、少しずつでも、やっていくしかないのか~」
パタパタ
『落ち込まないで、マスター。僕も協力するから』
「お前に、ビームを撃たれたり、凍らされたりするのか? それもゾッとしない話だな」
フリフリ
『僕も直接的な攻撃は遠慮したいね。たとえ効かないと分かっていても、従属機械種がマスターに攻撃するって、もの凄く抵抗があるから』
俺が超強いと分かっても、前途多難は変わらないらしい。
俺に『明確な弱点』があるなら、俺自身が前に出て戦うより、
白兎のような強い機械種を仲間にして戦ってもらう方が良さそうだ。
俺が今回倒した黒司教も、修理して従属させれば、
きっと頼もしい仲間になってくれるに違いない………
「おっと、そうだ! 白兎。ホレ、見ろ。俺1人でコイツをやっつけたぞ。スゲエだろ?」
ふと、倒したばかりの機械種ビショップのことを思い出し、
少しばかり胸を張って、床に置かれた残骸を指さして自慢。
すると、白兎は俺が指差した残骸を見つめて、一言呟く。
フリ……
『毘蜀……』
「んん? ビショ………、ああ、白兎も知っているのか。そうだ、機械種ビショップで、『
上級職のビショップ、且つ、偉そうな役職を持つのだからきっと価値がある機種に違いない。
損傷少なく倒せたから、高く売れるだろうし、有能なのであれば修理して仲間にしても良い。
「首を刎ねただけだから修理も簡単だろ? で、白兎。そっちはどうだ?」
パタパタ
『…………うん。こっちも大丈夫』
ジッと黒司祭の遺骸を見つめていた白兎だが、俺が問いかけると、クルッと機体を翻して駆け寄ってきた方角へと視線を向ける。
いつの間にか壁が無くなっており、その先まで見通せる状態。
白兎の視線の先には、床に倒れ込んだ2機の騎士型ロボットの姿。
どちらも黒司祭同様、首を刎ねられただけである様子。
フリフリ
『修理してもらえる藍染屋を見つけて、適正級の蒼石を揃えて、ブルーオーダーすれば、ストロングタイプの騎士系2機と僧侶系1機を従属させることができるよ』
「ほう? それはなかなか良いバランスだな。あとは魔法使い系と盗賊系を見つければ完璧か………」
聖騎士、聖騎士、司教とくれば、少々アライメントが善に偏り過ぎているのが気になるが、防御優先のパーティー構成。
できれば、後衛アタッカーの魔法使いと、斥候役の盗賊系を用意したい所。
「ここに来て、手に入るお宝の量も質も半端ないな。流石は最下層」
黒司祭……機械種ビショップの遺骸を七宝袋へと収納。
続いて聖騎士……機械種パラディン2機の遺骸も同様。
七宝袋の中にどんどんお宝が増えていくのを実感。
自然と笑みが零れ、堪えようのない嬉しさが込み上げてくる。
もう機械種リザードとか、機械種コボルトなんて眼中にない。
すでに俺の頭の中には、騎士2機と僧侶1機を率いて、青銅の盾に凱旋する自分の姿が浮かんでいた。
もちろん、修理に出さないといけないし、適正級の蒼石というアイテムも手に入れないといけない。
だが、明確な目的ができて、分かりやすい筋道を立てられたことが大きい。
後は前に進むだけ。
きっと俺の未来は明るいはず。
そして、その未来を以って確実なモノにする為に、
このダンジョンの最奥にいるという『朱妃』を手に入れるのだ!
明るい未来を脳裏に描き、ムフムフと笑みを零す俺に、
白兎が耳をフリフリ、忠告を飛ばしてくる。
フリフリ
『マスター、気をつけてね。この先にいる色付きは本当に強いから』
「んん? お前がそう言うくらいなのか? ちなみに、この黒司教……機械種ビショップや機械種キマイラと比べて、どれくらい強い?」
パタパタ
『う~ん………、一概には言えないけど………』
俺の質問に、白兎は何度も頭をキュキュキュと捻りつつ、
ピコピコ
『多分、最低でも50倍以上強いと思う』
「ご、50倍!」
フルフル
『このダンジョンの主で最高位の朱妃だと考えれば、100倍以上の可能性もあるよ』
「ひゃ………、100倍! それはいくらなんでもフカシ過ぎだろ!」
機械種キマイラ100機より強いなんて、全長100m超の大怪獣レベル。
朱妃という以上、女性の形をしているはずだろうから、
その100倍以上という戦力差はありえない。
だが、白兎は冷静に俺の勘違いを修正。
パタパタ
『マスター。確かに機械種は大きい方が強い。装甲も分厚くなるし、出力も上がる。力の源泉たるマテリアル機器も同様。でもね、超高位機種レベルになると、機体内の空間を広げて、その中に出力源や機器を設置するようになるんだよ。だから機体の大きさはあまり意味を持たなくなる。まあ、格が同じなら条件も一緒だから機体が大きい方が有利になるんだけどね』
「じゃ、じゃあ………、本気であのキマイラの100倍強いのか? ………そんなの絶対に勝てないぞ!」
あのキマイラの100倍強いと聞いて、やや及び腰になる俺。
自分が超強いと分かったが、決して無敵ではないと、白兎に忠告されたばかり。
勝つ可能性が低い敵に、わざわざ挑む勇気なんて俺にはない。
そもそも、負ける可能性がある相手と戦うのも嫌なのだ。
自分の命をチップにした戦闘なんて御免。
確実に勝てる相手としか戦いたくないのが本音。
俺は物語でよくある主人公タイプの、
勇気と無謀を履き違えた愚か者ではないのだ。
フルフル
『やり方次第だよ。この世界の狩人だって、朱妃を討伐していたりするんだ。『闘神』と『仙術』スキルを持つマスターが勝てない道理は無いよ』
急に怖気づく俺に白兎がフォロー。
この世界の狩人を例に挙げ、決して倒せない敵ではないと説明。
しかし、そんな簡単に納得する俺では無く、
半信半疑のまま質問を続ける。
「ど、どうやって倒しているんだよ……この世界の狩人は? そいつらは俺より強いって言うのか?」
フリフリ
『僕が聞いた話では………、紅姫や朱妃といった色付きは、気に入った狩人が相手だと露骨に手を抜くんだって。もの凄く気に入ったのなら、向こうから仲間にしてくれってお願いしてくることもあるみたい』
「なるほど………、そういう仕組みか………」
強いけど、きちんと攻略方法があるタイプ。
すなわち、事前に情報を集めておかなければ、難易度が爆上がりする仕様。
気に入られる為の方法がどこかにあるのだろう。
それを見つけて事前に用意するのが正攻法。
おそらく、プレゼントアイテムや合言葉、向き合う姿勢、態度等が影響するはず。
ゲームなんかでよくあるケース。
おつかいイベントが連鎖的に発生する流れ。
だけれども………
「………って、全然情報収集できていないじゃん! 完全にぶっつけ本番!」
フリフリ
「だよね~………、でも、まあ、僕とマスターの2人がかりなら、何とかなるでしょ」
「お前のその楽観的な意見はどこから来るんだよ!」
ピコピコ
『だって、僕1機でも十分に戦えるもん。確かに最高位の朱妃だと分が悪いけど、最悪、マスターを連れて逃げるだけならいつでもできるよ』
「……………本当か?」
パタパタ
『僕にはとっておきの技があるからね。消費は激しいけど、確実に戦闘を離脱できる。もちろん、マスターも一緒にね』
「………………それは聞いても教えてくれない奴?」
フリフリ
『これは教えても良いけど………、でも、ここって、すでに敵の領域だからね。もしかしたら、僕たちの会話を聞いているかもしれないよ。できる限り奥の手は隠しておいた方が良いね』
「おおう……、その可能性があったか………」
フルフル
『向こうはダンジョンマスターだよ。朱妃にとってこの迷宮は庭みたいなモノだからね。特にここは最下層。完全にお膝元』
「……………それって、ヤバくないか? ……っていうか、もしかして、そもそも引き返すという選択肢が無いんじゃ……」
白兎からの情報に頭を抱える俺。
もはやどうにもならない現状に気づいてしまった結果。
良く考えなくても、すでに俺達は敵陣の奥深くに攻め入っている段階。
敵の幹部らしき黒司教を倒しておきながら、
途中で怖気づいて、この場から逃げようとしたのなら………、
絶対に後ろから追いかけてくるパターン。
敵を倒してお宝を回収しまくるハクスラゲームから、
背後から迫りくる敵を躱しつつ逃走するという脱出ゲームに早変わり。
当たり前だが、退却中に追撃を受けるのは、
最も被害が大きくなるケース。
もう俺達は進むことしかできないのだ。
朱妃を倒して美女をこの手にする以外に道はない状況。
ここに至っては、もう覚悟を決める以外に無く、
自覚した『闘神』の力と、朱妃とも戦えるという白兎の力を頼るしかない。
「ああ、クソ! もう破れかぶれだ! 白兎! 朱妃を倒すぞ! そして、美女を従えて地上へと帰る!」
フルフル!
『りょーかい! 僕もがんばるよ!』
俺は半ばヤケクソになりながらも威勢良く声を上げ、
白兎と共に、このダンジョンの最奥へと向けて足を進めた。
そして、歩くこと20分少々。
俺と白兎は吃驚するほど巨大な扉の前に立っていた。
高さ15m以上。
横幅4m程。
巨人が出入りする為のような扉。
扉の表面は精緻な模様が刻まれ、
煌びやかな装飾が成されている。
いかにもこの奥にラスボスがいますよ、と言わんばかり。
「この奥だな」
フルフル
『そうだね。さっきも言ったように、この奥にいるのは朱妃。強大な力を持つ超々高位機種だろうから油断しないようにね』
「ああ、もちろん……」
いつでも引き抜けるように腰に吊るした青雲剣の柄を握り締めながら、
ギギギギ………
巨大な扉を押し開けた。
そして、最初に白兎が中へと飛び込み、
その後を追いかけるように俺が扉の中へと入ると、
「いらっしゃい。可愛らしい坊や達」
いきなり投げかけられたのは、何でもない挨拶。
しっとりとした艶を含む艶めかしい声。
それでいてこちらを気遣う優しさも秘める。
その声を聴くだけで、美人だと分かる。
ずっと聞いていたくなるような心地よい響き。
自然と視線が、扉の奥の、荘厳とも言える大ホールの中心に立つ、
声の主に引き寄せられた。
声の主は20代半ばの絶世の美女。
鮮烈な朱を基調とした中華風の礼装。
幾重にも重ねられた絹は金糸と刺繍で彩られ、
炎が揺らめくような艶やかさを放つ。
胸元から腰にかけて流れる優雅な曲線。
露出は決して多くないにも関わらず、
その豊満な肢体は隠し切れずいる。
漆黒の長髪は艶やかに結い上げられ、
紅玉や翡翠を散りばめた幾本もの簪が、
濡れたような黒髪を一層美しく引き立てている。
白磁のように滑らかな肌。
切れ長の双眸だけが鮮やかな朱に染まり、
紅を引いた唇と相まって、
その美貌へ強烈な彩りを添えていた。
その姿を一目見た瞬間、
俺の脳裏を過ったのは、
傾国の美女という言葉。
世界三大美女の1人である楊貴妃。
あるいは、『封神演義』に登場する妲己。
国を滅ぼすほどの美貌とは、きっとこういう女のことを言うのだろう。
少女の可憐さとも違う。
若い娘の初々しさとも違う。
そこにあったのは、長い年月を積み重ねた女だけが纏える、
妖しく、艶やかで、そして神々しいまでの成熟した美。
その美女がゆっくりと微笑む。
華麗に、優雅に、神秘的に……
牡丹が一斉に咲いたような満面の笑みと、
妖しく燃えるような朱色に輝く双眸を、
こちらへと向けてきた。