「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
フルフル
『いただきまーす』
高級中華料理店にあるような丸テーブルを囲み、
朱妃が淹れてくれたお茶を前にお礼を言う俺と白兎。
意気揚々と朱妃が待ち構える部屋に飛び込んだのだが、
当の朱妃は全く争おうという雰囲気を見せず、
『あらあらまあまあ』とばかりに友好的に俺達を迎え入れた。
そして、なぜか、テーブルが用意されて、
朱妃に勧められるままに椅子へと座り、
そのままお茶会を開かれることと相成った。
朱妃が淹れてくれたお茶は中国茶っぽい仕様。
白い茶碗に注がれたお茶の色は、麦を炒ったような焦げ茶色。
烏龍茶を少し薄くしたような色合い。
さて、流されるまま、お茶会に参加することになってしまったが、
果たして飲んで良いものかどうかを迷う。
一瞬、もしかして毒かも? という疑念が頭を過る。
相手は美人ではあれど、人類の敵という位置づけである朱妃。
彼女達がすべからく人間に仇なす存在なのであれば、そう疑って当然。
しかし、ここで飲まなければ朱妃の機嫌を損ねるのは必至。
さて、どうしたものか?
美女のご厚意はできるだけ無にしたくないのだけれど……
藁を掴む気持ちで、白兎を横目で見る。
すると、白兎は鼻をフンフンさせてお茶の匂いを嗅いでいた。
そして、その後、俺の分にも鼻を寄せてフンフン。
フルフル
『安心して。毒じゃないよ』
と、俺にだけ聞こえるように小さく囁く。
その言葉に顔には出さず、ホッと胸を撫でおろす俺。
白兎がそう太鼓判を押してくれる以上、
このお茶は飲んでも大丈夫なのであろう。
毒味役までこなしてくれるなんて、なんと万能な奴。
本当に白兎がいてくれて助かる。
茶碗を手に取り、口に寄せる。
チラッと朱妃の顔を覗き見る。
その表情は変わりない穏やかな微笑。
白兎を毒見させた形となったが、別に気を悪くしている様子はない。
気づいていないのか、それとも気づいた上で気にしていないのか……
まあ、今は朱妃が淹れてくれたお茶を楽しむだけに集中しよう。
テーブルも椅子も、
お茶を淹れてくれた茶碗も、
見たことも無いような最高級品。
オマケに目の前に座るのは、極上の美女。
これでお茶が美味しくないはずがない………
と、思っていたけれど、
実際に口にしてみると、
味が薄い。
香りも薄い。
決して不味いわけではないが、
もう少し濃くても良いのではないかと思う濃度。
実は出涸らしの茶葉を使ったのではないかと疑うレベル。
とても客に自信を持って出す品物ではないと感じる。
え? ひょっとして、これって俺への嫌がらせ?
向こうからお茶を誘ってきてくれたのになぜ?
思わず向かいに座る朱妃に目を向けてしまうが……
「ん? どお? とっておきのティーピースを使ったのだけど?」
俺と目が合い、ニッコリと微笑み返してくる朱妃。
「淹れ方も色々勉強していたのよ。でも、こんな地下奥深くでは、なかなか腕を振るう機会が無くて……、だけど、坊や達が来てくれたおかげで、こうしてお茶会を開くことができたわ……、本当に感謝している。ありがとうね」
とても嘘を言っているようには思えない無邪気な笑み。
悪意などまるで感じず、本当に彼女にとって『とっておき』のモノを提供してくれているように思える。
「…………美味しいです」
この状況下では『美味しい』としか返せなかった。
少なくとも、ここで否定する言葉を吐ける勇気は俺には無い。
そう言えば、『青銅の盾』の食堂で食べたブロックもそうだった。
この世界、不味いモノか、味が薄いモノしかないのだろうか?
まだ、数日だから確実とは言えないけれど。
「そう? 良かった………、ずっと練習してきた甲斐があったわね」
そう嬉しそうに語る朱妃。
色っぽい美女だが、笑うと童女のような可愛らしさが見え隠れ。
本当に魅力的な女性。
両目に朱色の光がなければ、人間としか思えない。
いや、この美しさは人間の範疇には収まらない。
女神、若しくは精霊の類。
人間だと言い張るには完璧すぎる造形。
東洋美女の極致であろう。
こんな美女が仲間に入ってくれるなら、
これ以上幸せなことはないのだが……
「では、妾も頂こうかしら……」
俺が熱っぽい目で見つめる中、
朱妃は優雅な仕草で、自分で入れたお茶を口にする。
花弁のような赤い唇が茶碗に吸い付く。
そして、茶碗が手で傾けられ、ゴクンと喉が動き、液体が嚥下。
流れるような美しい所作。
艶めかしさがこれでもかと、俺の視界に飛び込み、
思わず唾を飲み込んでしまうくらいの色気が迸る。
ただお茶を飲むだけの動作で、俺の目は釘付け。
完全に俺の心は、朱妃の魅力に参ってしまっている様子。
とても人間に仇なすレッドオーダー……機械とは思えない。
確かに人間離れした美貌だが、お茶を飲む動作も、喉の動きも人間そのもの。
そもそも機械なのに、お茶を飲めるというのはどういうことか……
「フフフフ……、どうしたの? 坊や。ジッと妾を見て………」
「あ………、す、すみません。えっと……、機械種なのに、お茶が飲めるんですね?」
唐突に、俺の不躾な視線について言及され、
つい、ふと、疑問に思ったことを口にしてしまった。
しかし、朱妃は機嫌を損ねることなく、
俺の問いに対して答えてくれた。
「妾ほどの超々高位機種になると、飲食も可能になるのよ。食べたモノがエネルギーになるわけじゃないけど……、まあ、精々嗜好品って所ね」
「はあ、なるほど……、そうなんですね。驚きました」
「…………そっちのラビットちゃんも、しっかりお茶を飲んでいるでしょう? なぜ、妾がお茶を飲んだら驚くの?」
「え?」
朱妃に言われて白兎へと視線を移す。
すると、そこには、椅子の背もたれにゆったりと体重を預けながら、
リラックスモードでお茶をクピクピ飲み干している白兎の姿。
「…………いや、白兎は元々こういう奴なんで、大して驚きません」
あれだけの土砂を吸い込んでいた白兎のことだ。
べつにお茶を飲もうが、人参を齧ろうが、今更驚きなんてしない。
「あら? その子、白兎ちゃんっていうの?」
「はい…………、あ! 俺はヒロと言います」
「ふ~ん。ヒロちゃんね………」
「………………」
「………………」
「えっと………」
「何かな? 坊や」
「い、いえ……」
名乗ったら名乗り返してくれるかな?
と思ったが、そんなに甘くはなかった模様。
朱妃は薄く微笑みながら俺の目を見返してくるだけ。
その瞳の奥の朱色の光が、悪戯っぽく瞬く。
まるで悪戯好きな猫のような目の輝き。
俺の反応を面白がっているのが丸わかり。
どうやら素直に教えてくれそうにない。
名前、聞きたかったのに………
超々高位機種が元の世界の神や魔を元ネタにしているなら、
名前を聞けば、だいたいその強さと能力に想像がつく。
ゲーム歴20年以上。
アニメや漫画も一通り嗜み済。
特に神話や伝奇の類は俺の得意分野。
和洋中と精通しているつもり。
目の前の朱妃の元ネタは中国神話の仙女か女神に間違いあるまい。
髪も黒髪で顔も東洋系。
纏う衣服も明らかに古代中国の服装をベースにしている。
これで実は西洋神話の女神だったら詐欺だろう。
だが、そこまで分かっても、特定するのは困難。
中国神話に出てくる仙女も女神も数多い。
高位神霊に絞っても、
かの黄帝に兵法を教えたと言われる『九天玄女』。
不死になる薬を飲み、月に逃れた女神『嫦娥』。
航海や漁業の守り神、『媽祖』。
天帝の娘である『七仙女』。
有名な八仙の1人『何仙姑』。
そして、最も有名な中国神話の女神である……
パタパタ
『このお茶、美味しいですね。何か桃の香りがする!』
「あら? このお茶に桃なんて………、ああ、それは妾が育てている桃の香りね。服に香りが移っているのかもね」
フリフリ
『桃、育てているんですか? いいですね。僕も、桃、好き!』
「そうなの? フフフフ……、もし、良かったら、一つ、プレゼントしましょうか?」
ピコピコ!
『本当ですか! ありがとうございます!』
思考を続ける俺の横で、白兎と朱妃が会話。
朱妃が育てているという桃の話。
他愛ない世間話であろう。
しかし、俺を他所に随分と盛り上がっている様子……
いや、待てよ!
今の話、この朱妃は桃を育てていると………
中国神話において、桃は不老長寿と魔除けの象徴。
一口食べたら『仙人になる』『不老不死になる』という伝説の果物『仙桃』も存在。
そして、最も『桃』に縁のある女神と言えば………
仙桃園の女主人『西王母』。
玉皇大帝の配偶神であり、最高位の仙女。
神霊としても最上級。
最高位の朱妃の原典としては申し分ない。
ジッと朱妃を見つめる。
顔、髪、全体像を俯瞰して捉える。
この美しさ。
この上品さ。
この神々しさ。
西王母の名に相応しい機械種と言えよう。
目の前の朱妃は『機械種セイオウボ』である可能性が非常に高い。
だとすれば、俺が取りうる手段は………
正体は知れた。
後は、俺への好感度をどれだけ上げられるか、にかかっている。
下手を打って機嫌を損ねれば、難易度は爆上がり。
機械種キマイラの100倍以上という馬鹿げた戦闘力をこの身で味わうこととなるだろう。
勝ち目があるかどうかも不明。
俺は最強の闘神ではあるが、決して不死身の存在ではなく、
弱点を突かれたらあっさり死ぬかもしれない仕様。
朱妃相手では死の可能性がある戦闘だ。
正直、俺が平常心を保ったままいられるとは思えない。
いくら青雲剣を持っていたとしても、使い手が怖気づいてしまえば宝の持ち腐れ。
もし、俺が戦力にならないなら、
白兎1機で朱妃に挑むこととなり、当然勝ち目が薄くなる。
最悪、白兎が奥の手を切れば、戦闘から離脱することはできるようだが、ミッションとしては失敗。
ここに来て、朱妃を手に入れられずにスゴスゴ退散なんて、情けないにもほどがある。
なんとしてでも、彼女の好感度を上げなくてはならない。
できれば、凄く気に入ってもらって、戦闘も無しに仲間入りがベスト。
だけれども、朱妃の好感度を上げるのには何をすれば良いのか?
元の世界では、女性の機微など全く無縁で過ごしてきた俺だ。
今更、小洒落たトークで女性の関心を得られるとは思えない……
幸い、目の前の朱妃は初めから俺と白兎に対して好感度高め。
ならば、より、俺に興味を持ってもらうように誘導すれば………
「で、坊や。何か言いたいことがあるのかな? さっきから、熱い目で妾を見つめているけれど……」
唐突に朱妃は俺へと視線を向け、
優しいながらも試すような声で問うてくる。
先ほどからずっと凝視していたのを揶揄しての質問。
朱色の目の光がジッと俺を捕らえる。
その輝きに秘められるのは、紛れもない好奇心と期待。
白兎は十分に自分を楽しませてくれた。
そのマスターである貴方はどう? と……目で語っているかのよう。
どうやら俺のターンである様子。
これ以上考えている時間は無い模様。
俺の言葉を待つ、朱妃……、機械種セイオウボ。
このダンジョンの主であり、恐るべき力を持つ超々高位機種。
本来、さして強そうに見えない俺など、眼中に無い遥か高みの存在であるはず。
それでも、俺に興味を持ってくれているように思えるのは、その性格故か……
高貴な女性への攻略法など知るはずもない。
回りくどいアプローチなんて、できるはずも無く。
男女の機微に通じたアレコレなんて俺には無縁。
ならば、ここは率直な俺の気持ちを伝えるしかない………
覚悟を決めて、朱妃の両目を見つめる。
今まで生きてきた中で一番緊張している瞬間かもしれない。
そのせいか、お茶を飲んだばかりなのに喉がカラカラ。
唾を飲み込み、喉を少し潤してから、
一生に一度というレベルの熱意を込めて、
目の前の美女へと、俺の想いを告白。
「機械種セイオウボさん………、あ、あ、貴方が欲しい! ……お、俺のモノになってくだしゃい!」
俺って奴は、
どうして人生最大の勝負所で噛むのだろう?