「あ…………、あ…………」
もう俺の口からは擦れたような声しか出ない。
俺の目の前で起こった光景が信じられず、
ただ茫然と立ち尽くしたまま。
機械種セイオウボの突然の変身。
あの美しかった容姿はほぼ原形を留めずに消え去り、
今、俺の目の前にいるのは、複数の獣が混ぜ合わさったような異形の巨人。
全高15mはある巨体。
禍々しい武器を振りかざした、
見るからに凶悪そうな外見。
人を貪り喰うような邪神のごとき面構え。
そう言えば………
西王母は元々、半人半獣の姿をした女神だった……
俺の脳裏に、中国神話における西王母の来歴が浮かび上がる。
西王母は紀元前700年代ぐらいの周の時代には、凶事を司る荒神であった。
半人半獣の恐ろしい姿で人を貪り喰う人食い神であり、
疫病や残虐な刑罰を司る邪神に近い存在。
だが、道教に取り入れられたことで、仙女としての性質を帯び、
やがて全ての女性の仙人の頂点に立つ女神となった。
西王母は、人を喰らう半人半獣の荒神としての姿と、
心優しき美しい女神、天界の最高仙女としての姿を持つと言える。
つまり、あの姿は機械種セイオウボの一面。
もしかしたら、その本体である可能性もある。
絶世の美女であった外見は、ただの虚像であり、
あの禍々しい狂相こそ、彼女の本当の姿である可能性も……
膝がガクガクと振るえ、
目には一杯の涙が溜まる。
青雲剣を握る手も力を失い、
今にも落っことしそうになっている。
もう剣を握り締める気力すら残っていない。
試練に打ち勝つという気概さえ失ってしまった。
美女が化け物になってしまったショックもあるが、
全高15mの凶悪な巨体を目にした恐怖の方が大きい。
勝てるわけない!
あんなデカい奴と戦えるか!
俺の心の中は、見たことも無い大きさの敵への怯え一色。
森で遭遇したメカ熊……『森の守護者の従機』より、
ダンジョン最下層でいきなり襲ってきた機械種キマイラより、
俺の腕に噛みついてきた機械種オルトロスより、
どう見ても、倍以上の体格。
しかも、振り撒かれる迫力は、10倍では効かない程。
一目見ただけで完全にブルってしまい、
先ほどから指一本動かせない状況。
早く………
早く逃げないと………
生存本能が警鐘を鳴らし、
とにかくこの場からの逃走を促す。
朱妃を手に入れるなんて目的は霧散。
『闘神』の力を自覚したことで調子に乗っていた自分が馬鹿馬鹿しく思う。
この世界の化け物どもは、人間がどうこうできる相手じゃない。
やはりダンジョン最下層は無謀過ぎたのだ。
地下3階くらいで機械種コボルトを狩っている程度で十分だった!
あそこで帰っておけば、今頃は青銅の盾の寮でのんびりできていたのに!
後悔先に立たずだが、まだ、手遅れというわけではない。
白兎が奥の手を使えば戦闘からの離脱は可能と言っていたことを思い出す。
白兎!
逃げるぞ!
早く俺を逃がしてくれ!
心の中で叫びながら、白兎の方を振り向こうと首を動かすが上手く回らない。
身体が恐怖で縮み上がり、完全に硬直して動かないのだ。
辛うじて動く眼球だけ動かし、
白兎の方へと視線を向けようと四苦八苦。
「残念ね。もう戦う気を失ってしまったの? もしかして、超重量級の相手は初めて?」
そんな醜態を晒す俺に、
機械種セイオウボから声がかかる。
半人半獣の異形となっても、声だけはまだ美しいまま。
それだけに感じる違和感は半端ない。
未だ瞼の裏に残る絶世の美女の姿とのギャップで、
生理的嫌悪感まで生まれてくる始末。
とても問いかけに答える気力は湧いてこない。
だが、そんな俺の心境を知ってか知らずか、
構わず話を続けてくる機械種セイオウボ。
「さっきまであれほど勇ましかったのに………、妾のこの姿を見て、怯えちゃったのかな?」
その声に含まれるのは、はっきりとした悲しみと失望。
「坊やなら乗り越えられる……と思ったのだけど………、こんな臆病者だったなんて………、とんだ見当違いね」
侮蔑が含まれた言葉が飛び出す。
期待外れというニュアンスが嫌でも伝わってくる。
元の声のままだけに、聴いている俺の心がチクチク痛む。
だが、それは俺に期待し過ぎであろう。
空を見上げるような巨体。
複数の獣が絡み合ったような凶悪な外見。
禍々しい武器の数々。
辺りに振り撒かれる威圧感。
その姿はまるで長編RPGのラスボス。
変身するところまで一緒とは、もはや選ばれた主人公でもないと倒せない相手。
俺は主人公でもなければ、英雄でもない。
なぜか異世界に転移してしまった哀れな迷い人にしか過ぎないのだ。
だから、期待するなら他の人を探してくれ!
俺はただの一般人Aでしかないんだから!
心の中で訴えながら、
必死に白兎へと助けを求めるべく、
首を動かそうと藻掻く。
そして、錆びついた関節を動かすように、
少しずつ力をかけて首を白兎の方へと無理やり向けると、
視界に入ったのは………
チャ、チャ、チャ、
チャ、チャ、チャ
チャ、チャ、チャ、チャ、チャ、チャ、チャ!
フリフリッ! フリフリッ!
『フレー! フレー! マ、ス、ター! 頑張れ、頑張れ、マスター!』
なぜか、薄手のチアガールの服を着て、
フリルの付いたピンク色のミニスカートを履き、
両手(両前脚)にポンポンを持ち、
リズミカルにステップを踏んで踊りながら、
俺を応援する白兎の姿であった。
「何でチアガールなんじゃあああああ!!」
俺の口から絶叫が迸る。
今まで恐怖に縛られ、声も出せず、
ほとんど動けもしなかったのが噓のよう。
だが、そんなことに気づかず、
白兎へのツッコミだけが、堰を切ったように溢れ出す。
「さっきまで応援団員の服、着てただろおお!!!
どう考えてもお前には似合わないだろうが!!!
なんでチアガールの衣装を着ているんだよ!!!」
すると、白兎は、俺のツッコミに対し、
クルッと身軽な横回転を見せた後、スタッと見事な着地を見せ、
ポンポンを顎の下に置いた決めポーズを取り、
可愛らしさをアピールしながら、耳をフリフリ、回答。
フルフル
『だって、マスター、女の子好きだから、こっちの方が喜ぶんじゃないかなって』
「お前が着ても喜ばねえよ!」
チアガール衣装は可愛らしい女の子が着るから似合うのであって、
ウサギが着ても………可愛らしいとは思うが、
俺が見たいのはそういうのではない。
パタパタ
『だったら、セイオウボさんに着てもらう?』
「それだったら、こっちから土下座をしてもお願いしたくらい……って、違う!」
変身する前の彼女が、その服装で踊ったら、
胸が素晴らしいことになったであろう。
ジャンプする度に豊かなお胸がポヨンポヨン。
連られて俺のお目目も上下に動いたに違いない。
だが、非常に残念なことに、今の彼女は絶世美女では無く、
ラスボスっぽい複数の獣の集合体。
チアガール服を着こなすには無理がある。
もう一度美女の姿に戻ってくれるなら再考の余地はあるのだが……
「って! そんなことを言っている場合じゃない! 白兎! 奥の手の出番だ!」
白兎に乗せられ、本筋から大きく脱線。
しかし、すぐさま思い出して、ここからの脱出を願う。
だが、俺からの依頼に白兎は渋い反応を見せ、
フルフル
『え? なんで? 後はマスターが大きくなったセイオウボさんを押さえつけるだけでしょ。向こうはなぜか絡め手を使ってこないみたいだし……、マスターなら余裕だよ』
「馬鹿野郎! 全高15mの巨大ロボに勝てるか! あんなの、完全にラスボスじゃないか! ラスボスの相手はどっかの主人公にでもやらせておけ!」
ピコピコ
『マスターだって、ラスボスを倒すの、得意でしょ。たくさん倒してきたじゃない』
「はあ? 何を言って………」
フリフリ
『ドラ〇エでしょ、ファイナルフ〇ンタジーでしょ、ウィザ〇ドリィでしょ、クロノト〇ガー、女神転〇、テイ〇ズシリーズ、ブレスオブファ〇ア……』
白兎が並べていくのは、過去、俺が攻略・クリアしたRPGゲームの数々。
有名どころはだいたいクリアしていて、シリーズを合わせれば数十に及ぶ。
確かに、それ等に出てくるラスボスは、
複数の獣の集合体のデザインが多かったような気がするが………
「それはゲームのことだろ?」
パタパタ
『この世界だって、ゲームみたいなモノでしょ』
「!!! ………確かに」
白兎に指摘されて、ふと気づく、この世界のゲームのような仕様。
ダンジョン、出現する宝箱、難易度が調整され配置された敵、
この世界の独自通貨であるマテリアル、機械種を従属させる契約、
度々思ってきたことだが、改めて突きつけられると、
あまりにこの世界は出来過ぎていることを認識。
「この世界、本当にゲームの中か?」
フリフリ
『さあ? でも、ゲームっぽいのは間違いないね。僕もこの世界のことはよく分からない。だけど、マスターがこの世界で生きていかなくちゃならないのは変わらない』
「………………」
パタパタ
『どんな世界であれ、生きていこうとすれば、戦いは避けられないよ。逃げても待っているのはより困難になった未来だけ。必要なのは、ここぞという時に踏み止まれる一瞬の度胸。常に勇気を持て、なんて言わない。そんなのマスターには似合わないし、そもそも無理だから。けれど、大事な時に頑張れる強さを持ってほしいと思う。きっとそれが、セイオウボさんの言う【心の強さ】じゃないかな?』
白兎が耳をパタパタ、
俺の心に響く訓辞を述べる。
つまり、より良い未来を目指す為の力の入れ所を間違うな、ということ。
そして、俺が踏み止まらないといけないのは、今。
俺が必要な時に必要な言葉をくれるのが白兎。
まだ出会って短い間だが、それだけははっきりと分かる。
あと、その姿恰好がチアガールじゃなければ、
もう少し、決まっていたと思うけれど………
ピコピコ
『で、どうするの? マスター。向こうでセイオウボさんが待ってくれているよ』
「そうか………、そうだな」
こうした白兎との会話の間も、
彼女は手を出さずに待ってくれている。
それだけでも彼女の俺に対する期待が分かろうというモノ。
ここまでお膳立てをしてくれて、何も返さないわけにはいかない。
もう恐怖で動けないということはない。
白兎と話している間に薄れてしまった。
ずっと俺を待ち続けている機械種セイオウボを見上げる。
目を背けたくなるような凶悪さは変わらないが、
足が竦むほどではない。
よく見れば、過去、俺がゲームで倒したラスボス達とよく似たデザイン。
見慣れたとまではいかないが、すでに何度も経験済みと考えると、それだけで心が軽くなる。
覚悟を決め、『青雲剣』を握り直し、
機械種セイオウボの元へと足を進める。
すると、銀の鈴を鳴らしたような美しい声が頭上から降りかかる
「あら? 白兎ちゃんとのお話はもう終わり? 諦めがついたのかしら?」
「いえ………、先ほどが醜態を晒してしまい、申し訳ありません。今から、もう一度貴方に挑ませて頂こうかと思います」
遥か高みにある機械種セイオウボの顔を見上げながら宣言。
もう迷いなんてない。
怖ろしい巨体を前に、怖くないわけじゃないが、
耐えられない程でもない。
この一戦だけ我慢すれば良いのだ。
いつ終わるか分からない恐怖には耐えられないが、
短い時間と区切れば、心の力で無理やり押さえつけられる。
きっとそれが心の強さ。
必要な時に少しだけ踏み止まれる意思の強さとも言う。
「さあ、始めましょう、セイオウボさん。貴方との最後の試練を」
「………ふ~ん。随分と良い表情をするようになったわね………、でも………」
機嫌を直したらしい機械種セイオウボは、
俺を揶揄うような口調で語りかけてきて、
「本当に大丈夫なの? 坊や。妾のような超重量級の相手は初めてなのでしょう? そんな童貞君が妾を満足させることができるのかしら?」
際どいセリフを口にした。
元の美女の姿であれば、恐ろしいまでに色気のあるセリフとなったであろうが……
「セイオウボさん、違います。俺は童貞ではありません」
彼女の勘違いを即座に訂正。
「貴方みたいなラスボスはすでに何十回と
俺は青雲剣を前に構えながら、
このダンジョンのラスボスを前に、
堂々とした態度で自信満々に言い放った。
※
申し訳ありません。ストックが切れました。
次回の更新は7月11日(土)を予定しております。