ガタン、という音と共にゲートが開き、各ウマ娘が飛び出す。模擬レースは六人立てで行われ、コントレイルはその大外枠に入っていた。
さてそのスタートはというと、まだ入学したばかりの若駒たちということもあり、三、四人が出遅れるような形に。コントレイルはポーンと一つ抜けて好スタートを決めた。右回りのマイル戦、コントレイルは内枠のウマ娘達の様子をちらと見て、そのまま先頭ではいかずにすっとポジションを下げた。それと入れ替わるように出遅れた子たちが、それを取り戻そうとぐいぐい前へ上がっていき、序盤200mを越えるころには熾烈な先頭争いに発展する。
「へえ!ハナを取らずに下げるんだ!新入生らしからぬ走り方をするね」
シービーの感嘆の声に、ルドルフも頷く。
「ああ。あれだけいいスタートを切ったなら、普通は経験の少ない新入生は逃げの一択だろう。それをわざわざ控えた。ここからどう立ち回ってくれるのかな」
前が慌ただしく競り合い、先頭を主張しあうのを中段から見ながら、淡々とレースを進めていく。コントレイルが動いたのは前半800mを過ぎた頃。早くも前がバテ始めたのを見て、すーっと位置を上げ、先頭まで二バ身ほどの、いつでもかわしに行ける位置で追走し、第三コーナーから第四コーナーへ入っていく。
「ふむ、勝負あったな」
「そのようだね。やっぱり今年の子たちの中では群を抜いてるかな?」
誰もがそう確信する手ごたえで第四コーナーを回ってくると、コントレイルは一気に加速をつけ、あっという間にかわした先頭集団も置き去りに。三バ身、四バ身と引き離して、ゴール板を過ぎるころには後ろから追い込む子たちも、追走する気力を失うほどの勢いだった。
ルドルフは取り出していたストップウォッチの数字を止め、そのタイムを見て満足そうに頷く。隣から覗きこんだシービーも、おお、と声を漏らす。
「上がり三ハロンが33秒5。素晴らしい動きだ」
「いいねいいね!楽しみになってきたよ!」
走り切ったコントレイルはわずかに乱れた息を整えながら、戻ってくる。そのパフォーマンスにざわめきが起こるが、本人はそれほど気にする様子もなく、平然とした態度だ。
「えへへ、勝ったよプボちゃん!」
「はぇ~コンちゃん凄いね~。かっこよかったプボ!」
「ありがとう!次はプボちゃんの番だね!頑張って!」
「プボ~。頑張るプボ~」
コントレイルとバトンタッチして、ディープボンドがターフに向かう。最も、この回のレースに注目しているものはほとんどおらず、皆コントレイルの見せた走りについて語り合っているようだ。出走する子たちも少し委縮してしまっている。・・・ディープボンドは全く気にしていないようで、春の陽気にあてられてあくびすら見えるほどだが。
「プボちゃ~ん、頑張って~!」
のそのそとゲートに入り、コントレイルの声援にひらひらと手を振り返して答える。さて、その走りは如何に。
「ふん・・・」
「ブライアン、もう行くの?」
その場を離れようとするブライアンをシービーが呼び止める。
「見たいものはもう見た。後は有象無象だろう」
「それはどうかな?他にも面白い子たちはたくさんいると思うけど。ほら、あの子なんてどう?」
「ああ?」
ブライアンが振り返ったタイミングで、スタートしていたウマ娘達は向こう正面でポジション争いをしている。その先行集団にディープボンドはいた。その走りを見たブライアンは、何とも言い難い感想を抱いた。
「・・・何と言うか、もっさりしてるな。遅いわけじゃないんだが、どうにも加速力を感じさせないというか・・・」
「あんまり見たことないタイプの走りだよね。気になるなぁ、あの子」
結局大した入れ替わりもなく、先頭集団追走で第四コーナーまで回っていったディープボンドは、ようやくここで加速を開始。先頭に早め抜け出した子をとらえに行こうとゆっくりと前進していくが、逃げ切りを図る子をとらえ切れず、残り一バ身ほどまで差を詰めたところでゴール。
「歩幅が通常のウマ娘よりもかなり広い走法。特徴的な超ロングストライドだな。跳びが大きく、足の回転数が少ないために、極端にゆっくりとした動作に見えるのだろうな」
「いや、見えるだけじゃないだろ。あれはエンジンのかかりがかなり悪いタイプだぞ。実際、第四コーナーから上がり始めて、トップスピードを出し切れていない。マイルでは全く距離が足りていないな」
「生粋のステイヤーか。苦労しそうだね。その真価を発揮できるのはクラシック級の後半を過ぎてから。それまで折れずにいてくれればいいけど」
三人の分析や心配をしり目に、ディープボンドは能天気に戻ってくる。
「プボちゃん、お疲れ様!惜しかったね~!」
「コンちゃんみたいにはいかなかったプボ~・・・。ま、次頑張るプボ」
こうして模擬レースと身体測定は幕を下ろす。ここでいい結果を出したウマ娘たちは、もしかしたらスカウトされるかも、と色めき立ち、そうでなかった子たちは次こそは、と意気込んでいる。コントレイルとディープボンドも・・・というよりコントレイルが、だが、同様に盛り上がっていたのだが、彼女たちの進路が決まるのは、思いのほか早かったのである。
◇ ◆ ◇
身体測定が終わって、放課後。コントレイルとディープボンドはトレセン学園の探索がてら、敷地内を散歩していた。時折すれ違うウマ娘からの視線を感じながら、道を行く。
「初めてのレース、楽しかったね!」
「プボ~。私は疲れたなぁ~。お昼寝したいプボ~」
とりとめのない会話をしながら歩く二人に、駆け寄ってくる者が。
「──すみません、コントレイルさんですよね?」
「え?は、はい。私がコントレイルです、けど」
コントレイルの前に立ったのは若い男性。名前を確認すると、ポケットから名刺を取り出し、差し出す。
「え!トレーナーさん!?」
「はい。担当を探しているトレーナーの者です。先ほどのコントレイルさんの走りを見てぜひ担当させていただきたいと思いまして。よろしければお話だけでも・・・」
「あー!ちょっと待った!」
声が上がった方を振り向くと、スーツ姿の女性が慌てて駆けてくる。パンプスで走りづらそうに走ってきた女性は、息を切らしながら名刺を差し出す。
「まだ担当を決めていなければ、ぜひ私に!私は以前担当していた子を重賞ウィナーにした実績があります!」
「あ、あわわ・・・」
「おいおい、若いもんが抜け駆けしおって。ワシの前で実績を語るか?ワシはGIウマ娘の担当をしていたこともあるんじゃぞ」
次は木の陰からぬっと出てきた老人だ。ついた杖を鳴らしながら、先に来た二人を押しのけるように前に出てくる。
「どうじゃ。ワシに任せてくれれば、お主をGIウマ娘にって、おっとと!なんじゃ!押すなお前ら!」
「くそっ!先を越されてたか!」
「待った待った!俺もいるぞ!」
気が付けば、あれよあれよという間に湧いて出来てきたトレーナーたちがコントレイルと、ついでに隣にいたコントレイルを取り囲み、四方八方から声をかける。
「わわ・・・!なんだか大変なことになっちゃった・・・!どうしよ、プボちゃん!?」
「プボ〜・・・」
取り囲まれたまま身動きのとれない二人は、あたふたとしているしかなかった。ともすれば暴動のようなその騒ぎを切り裂いたのは、さらなるカオスだ。
「お前ら〜!どけどけ!どかねえと怪我すっぞ~っ!」
「な、なんだぁっ?!」
声の主を探してあたりを見回す。誰かがあれは、と上を指差すと、校舎の屋上の柵の上に立つ人影が。それは思い切り空中へジャンプすると、くるくると前転を決め、そのままこちらへ自由落下してくる。慌ててコントレイルを取り囲んでいたトレーナー達が飛び退くように離れると、落下してきた少女はちょうど空いた空間にヒーロー着地を決めてみせた。
「ふっ、決まったな・・・。白い彗星、ゴルシちゃん!華麗に参☆上!」
その場にいた全員がポカンとした顔で少女を見た。コントレイルとディープボンドは何が起きたのかと頭上に疑問符を浮かべているが、トレセン関係者にとって、こんな行動をするウマ娘は、ただ一人しか思い当たらない。
「げぇっ!ゴールドシップ!」
「げぇっとはなんだオメー!ゴルシちゃんはひげもじゃのおっさんじゃねえぞ?全く、失礼しちゃうわねっ!」
ゴールドシップの言動に圧倒される一同。ひとしきり意味不明な言葉のマシンガンを飛ばしたゴールドシップは、急にコントレイルに顔を寄せ、じろじろと舐めるように全身を見る。
「な、なんですか・・・?」
「ふ〜ん。オマエがコントレイルか?」
「そうですけど・・・」
「なるほどな!よし、ちょっとついてこい!拒否権はねえぞ!」
そういうと、何処からともなく取り出したズタ袋をコントレイルの頭の上からすっぽりと被せ、ひょいっと持ち上げる。
「え、えええ?!何、なんですか!?」
「いくぞー!ちゃんととれよ!!おらっ!」
全力で放り投げられたコントレイルが宙を舞う。放物線を描いて落ちていくコントレイルを、落下地点で二人のウマ娘が滑り込みでキャッチした。
「あっぶねぇ〜!投げ過ぎだって!」
「落とすかと思ったわよ!もう!」
「ナイスキャッチだ!ウオッカ!スカーレット!じゃ、あとは頼んだぜ!」
ゴールドシップに声をかけられると、コントレイルはそのまま何処かへと担ぎ去られていく。一瞬の出来事に、また周りのトレーナーたちが呆然とその様子を見ていた。
「な、なんてめちゃくちゃな・・・」
二人が走り去った方を満足気に眺めていたゴールドシップだが、ぴくりと耳を反応させると、踵を返して反対方向に走り出す。
「じゃ、そろそろたずなに嗅ぎつけられそうだから、あたしもずらかるぜ!じゃあなお前ら!」
そう言って、ゴールドシップは物凄い勢いで走り去っていった。しばらくその場で固まっていたトレーナーたちも、少しずつ悪態をつきながら解散していく。
そうして、気がつけば残されたのはディープボンドのみになった。
「プボ〜・・・。コンちゃ〜ん・・・」
そして誰もいなくなってしまったディープボンドだったが、去っていった人々と入れ替わりに、一人のウマ娘がやってくる。
「んん〜・・・、髪の毛が短くて〜、黒くて〜、小さい流星・・・」
何やらウマ娘のイラストと、注釈がかかれた手紙を手に、うんうんとうなりながら歩いてくる小さなウマ娘は、そのままディープボンドの胸元に埋まるようにぶつかった。
「ぶふぇっ!?」
「プボ〜?だいじょーぶ〜?」
「うむむ・・・、だいじょうぶ・・・。お!?」
少女はディープボンドの顔を見上げると、そのオッドアイの両目を煌めかせ、手元の手紙と見比べる。
「髪の毛、短い!黒い!流星、小さい!」
「プボ?」
「みつけた!!」
表情がぱあっと明るくなり、びしっと右手の人差し指を指して言った。
「お前!!ターボについてこい!!」