仄暗く冷たい空気が流れる。
いや、そもそもそれは空気なのだろうか。
そこは全ての生命を唯一平等にする場所、冥界。
そしてほんの一握りの人間にしか発露しない、生きながら冥界に行ける能力、
本来、瞬はその力を使わずとも冥界に入る事が出来る。
彼の片割れの魂はハーデスであり、冥界を統べる王神。
ただ、この依代は聖闘士としての行動を優先し、冥王として振る舞う事を極力避けてきた経緯がある。
己自身の強大な小宇宙をもって第八感を使う。
そうして死の拠所たる冥界に生者たる瞬は降り立った。
「瞬様」
「こんな時間帯に帰ってこられるとは珍しいですね」
瞬の小宇宙に気づいた、人骨の形をモチーフにした鎧を纏った男達や、修道女の如き服装の女達が次々と挨拶する。
当初は敬称をつけないでくれと頼んだが、いつまでたっても止めてくれないのでそこは諦めている。
もっとも聖闘士最高位でもある瞬は聖域でも同じ扱いをされる為、今更というのもあるが。
「こんばんは、皆さん。少し調べたい事があるので、寄らしてもらいました」
「寄るなんておっしゃらずに。ここはあなた様の本来の住処なのですから」
聖闘士を辞め、冥王に収まれと片割れの魂が訴える。
しかし依代の条件として「聖闘士は辞めない」と当初から伝えているのだから、そこは引かない。
瞬間移動で第一
「ルネ様に用事がおありで? 今は丁度亡者が来てないので、お話出来ると思いますぜ」
敵として対峙した当時と違い、今は丁寧な態度で接してくる。
「ありがとう、それではお邪魔しますね」
正門の扉をゆっくり押し開け、館の中に入る。
地獄に堕ちるほど悪行を働いた亡者の魂を裁き、しかるべき罰を与えるに適した獄へ落とす。
それがこの館の主の代理人、天英星バルロンのルネである。
「瞬か、珍しいな。何故ここに来た?」
「ここ数か月間に亡くなった方の情報が欲しくて、
閻魔帳には地獄のみならず、大半が向かう
「地上で何があったのだ?」
ルネが訝しげに尋ねる。
「氷河が挑発的な小宇宙を追いかけた先に、喋る死体があったんだ。さらにその死体の状態が亡くなった時期と一致しなかった」
「それで堕ちた先に本人に聞くのか」
いいやとかぶりを振り、魂は安らかに休んでほしいとの意を表した。
「語った内容が聖闘士への宣戦布告的な内容だったらしいから、一人だけとは考えづらい。
同じようにされた方々がいないか調べたいんだ」
そこまで瞬が語ると瞳の色が変わり、小宇宙が冥王のそれに変わる。
ルネはその場に跪き、どうぞ心ゆくまでご覧下さいと申し出た。
瞬は裁判室に併設する書庫に行くと、本棚に手を触れる。
すると大量の閻魔帳が周りを飛び交い、また数冊は瞬の目の前でページを開いて留まる。
やはり一人だけではなかった。
彼らの生前の経歴を辿る為、少しページを戻す。
瞬の顔がどんどん険しくなる。
「こんな方々も…なのか」思わず呟いた。
書庫を元に戻し、
ルネにありがとうと声を掛けた後、
「ラダマンティス、いたんだ。なら丁度良かったよ」
冥闘士の最高幹部・三巨頭が一人にして地上部隊を担うカイーナ軍の長、天猛星ワイバーンのラダマンティスがそこにいた。
世界情勢を鑑みたこれからの死者数の推移予想や、各宗教団体から提案された教義との整合調整等、書類箱には報告書や決裁待ちの書類が堆く積み上がっている。
「来たのならついでに目を通していけ、瞬」
分かったと頷きつつ、瞬も自分の用件を伝える。
「こっちも皆と情報共有しておきたくて来たんだ。
ハーデスには予知能力はないけど、きっと地上で混乱が起こるのが予想出来る。
そこには死者を弄ぶ行為も含まれているんだ」