「別にそこまで導入する必要はないかと、私は思いますが」
「しかし、それでは収益に響きますので非常に困ります」
「なら、前回も申し上げたこの懸案に対するロードマップを早急に提示願いたいものです」
とある会議室での一幕。
テーブルに向かい合うのはビジネススーツ姿の者達。
普段なら高圧的態度で威嚇してるのであろう初老の男は、この場では会談相手にたじろいでいるのが伺える。
横の部下と思われる男も同様に狼狽えていた。
そして、向かいには彼らと子供以上年齢が離れているであろう男達が、鷹のような目をして座っている。
「わかりました、天宮さん。また持ち帰って検証致します」
「だから俺はこの仕事に乗り気じゃなかったんだ」
先ほど会議で圧をかけていた男は廊下を歩きながらバリ語で毒づいた。
「
色黒の青年が横で宥めるよう話しかける。
統合型リゾート開発を中心事業とするホーリークィーンの創設者、天宮一輝。
東南アジアの貧困層に職を与え、同時に農地開拓も行い自給率を上げる手法は、世界的経済誌などでも特集が組まれた。
その若きカリスマ経営者は、母国の赤字財政打開切り札として呼ばれたのだ。
しかし一輝の理念である「貧しさによる苦難を排除する」と相容れない提案をしてくる事に対し、苦々しさを感じていた。
ビルの一室にある日本事務所へ入ると、数名のスタッフがPCで作業をしていた。
「社長、お疲れ様です」
一輝達に気付き日本語で挨拶する。
「俺に気にせず仕事を続けてくれ」
そう伝えると一輝はPCを立ち上げ、グループウェアに追加された依頼を確認する。
「インタビューのオファーが数件追加で来てますね。
仕事ではなかなか日本に戻られないですし。
お受けになられますか?」
先ほどまで同行していた男が隣から覗き込む。
「ゼラ、明後日以降の指示した時間帯なら可能だと先方に送れ。
当然事前に質問内容は送るよう伝えるのも忘れるな。
あと、今日はここに残って仕事を続けろ」
とバリ語で、
「
と日本語で指示。
「はっ、一輝様」
「承知致しました、社長」
各々がそれぞれの言語で返した。
幹部のゼラ・オハヨン、コードネームはペガサス。
ホーリークィーンの
まずは普通に先ほどまで一輝が使っていたPCを使い、インタビュアーへの返答。
そしてタネを仕込み、また一輝に頼まれたことを探す為に、自前PCを立ち上げ、使い捨て電話番号を使いダークウェブへ飛び込んだ。
「今回は一週間のご予定ですよね」
迎えのタクシーの隣に座った藤田
頷きながら
「今週は宜しく頼む。
今晩は無理だが、明日は全員で寿司にでも行こうか」
「ありがとうございます。楽しみにしてます」
会話するのは半年前の面接以来となる。
前職の会社が倒産して途方に暮れていた藤田に、メールで日本事務所立ち上げメンバーの勧誘にしてきたのがこの一輝だ。
事務処理能力こそ他の社員と比べたら低め(といっても藤田を含め全員が他社だと羨むレベル)だが、どんな相手にも嫌われず立ち回れ、その場を和らげるスキルは稀有。
一輝の容姿は眉間にある大きな傷や力強い眼光により、どうしても初対面の人間にきつい印象を与える。
それで同行者に彼女を指名したのだ。
門前にいたテレビ局のディレクターに促され、6階の控え室まで行く。
藤田が廊下ですれ違う有名人達をいちいち見るので、一輝は普段通りにするよう注意する。
「ここまでくるのに容易な道なりではなかったでしょう?」
「そうですね。でも私の理念に賛同し、起業に協力してくれた方々や社員に報いるのも私の責任でもあります」
翌日に放映されるニュース番組の特集枠での取材を受ける。
奇抜な事を言うと切り取られて編集される恐れがあるので、無難な回答で切り抜ける。
そのやりとりをカメラが映らない所から藤田は少し緊張して見守る。
宿泊するホテルに移動してからは、取材用に用意した部屋で出版社からの取材が三件。
そちらも無難にこなす様は、とても二十代前半には見えない。
アラサーの藤田も自分の社長が本当は年上ではないかと錯覚しそうになる。
「今日はお疲れ様。
そのまま直帰してくれていいぞ。
所長には伝えておこう」
「はい、ありがとうございます」
てっきり手を出してくるものかと思ったが何もしないのは紳士ね、と思う。
スキャンダルを避ける為かもしれないけど。
「誰が部下に手を出すか」
読心術が使える一輝は一週間連泊する部屋に入るなり独白する。
「お前は自分が思ってる以上に色男なのを自覚すべきだ」
ベッドの上に座る女がその言に答える。
起業時に資金提供をしたハインシュタイン社の当代当主にて、私生活でもパートナーであるパンドラ・フォン・ハインシュタインだ。
「しかしお前も来日するとはな。
やはり瞬の連絡でか?」
そう言いながらパンドラの隣へいく。
「ハーデス様の
さらに瞬が直々に三巨頭へ指示を出すなぞ、よほどの事。
暫く私も冥闘士トップとして日本で動く必要があるだろうな」