人とは何ぞや   作:オオタ キム

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17. 不凋花

 少し前

 「ごめん伊藤、今日はがっつり講義中寝てると思うし」

 「お前が睡眠宣言するなんて、珍しい事もあるもんだな。

 さては昨日の仕事、遅かったとか?」

 「まぁそんな所だな」

 瞬が最後列の端に座ると、スマホで講義を録画する準備をし始めた。

 「普段はノート見せてもらってばかりだから、今日は頑張って取っといてやるよ」

 それに対して感謝の意を表した。

 

 実際は寝るのではなく、瞳を開けられないのが正解である。

 神の寵愛を受けたパンドラの結界を突破するのは、瞬自身の力では不安である。

 かといって神力(デュナミス)と使うと瞳の色が変わり、回りの人間に露呈してしまう。

 また、滲み出る力を察知されない程度まで抑える意味もある。

 授業最初に行われる点呼を終わると瞳を閉じ、城戸邸へ意識を飛ばした。

 教室内の瞬の様子は本当に眠ってるかのようだった。

 

 数十分後、沙織たちから協力を確約してもらっている最中、冥界の冥精(ランパス)から報告が入った。

 急いで意識を城戸邸から冥界へと移す。

 

 

 不凋花(アスポデロス)の野とは、地獄に堕ちない(地獄に堕ちるのはよほどの極悪人のみである)ほぼ全ての人間が、死後に行きつく場所である。

 魂はそこへ入る前に忘却の(レテ)川の水を飲み、前世の記憶を全て消し去った上で、転生を穏やかに待つ。

 

 だが一人、忘却の川の水を強硬に拒否する魂があるという。

 「その魂はポセイドン様にどうしてもお伝えしたい事があるので、取り次いで欲しいと申すのです」

 ポセイドン配下の人間というのは穏やかではない。

 自分自身も直接会って話を聞く必要があるだろう。

 「わかりました、その魂には暫くそこで待機してもらってください。

 3時間以内にはそちらへ向かえると思います」

 テスト期間前という事で、レギュラー以外の仕事は入れてなかったのが幸いした。

 ゲスト出演するバラエティー番組などは深夜まで撮影が及ぶ事もざらなのだ。

 

 沙織達にポセイドン配下の人間の魂について軽く説明し、己の意識を人間へと戻しつつ瞳を開ける。

 丁度、三連続講義の合間の休憩時間のようだ。

 「天宮、大丈夫か?

 悪夢でも見たのか?

 かなり厳しい表情してたが」

 心配そうに伊藤がこちらを見る。

 「まあ悪夢と言えば悪夢かもな」

 

 残りの講義はきちんと受けた後、伊藤に別れを告げて足早に退室し、先日同様、まずは冥王神殿へと向かう。

 週の半分までと決めていたのに、冥府へ行く頻度を上げざるを得ないのは仕方がないかと自嘲する。

 ジュリアンは恐らく配下の人間が亡くなった事を把握してるだろうが、念の為知らせようと思う。

 ギリシャは今真昼なので、起きているだろう。

 念話をしかけた時、ジュリアンは丁度昼の休憩のタイミングだったらしい。

 「瞬か、オリエッタに関してか?」

 確か海底神殿で何度か会った、事務方の一般人だったかなと思い出す。

 「昨日、急用が出来たから二日ほど休ませて下さいと彼女からメールが来た。

 死んだのは確か今日、私が眠っている時間帯だったと思う。

 死体は発見されてないが、事故や事件なら警察に任せるべき案件かと思ってたが」

 従業員が休暇中に急死したのなら、もっともな判断であろう。

 「別れの挨拶だけなら冥精は無視してたと思います」

 瞬が切り出す。

 「そうでなく『ポセイドン』名指しで取り次ぎを頼んできたのがとても気になりましてね」

 先ほど沙織達と話した内容も共有する。

 瞬が何を懸念しているのか、ジュリアンは感づいたようだ。

「私は安易に冥府へ行ってはいけないからな。

 済まんが代わりに聞いてきてくれ」

 

 不凋花の野の門へ降り立つ。

 その姿は漆黒のローブを纏ったハーデスとしての正装。

 冥闘士の行動範囲は地獄に限定されており、冥界全体を移動できる権限を持つ人間は、ハーデスの眷属神である双子神に認められたパンドラただ一人である。

 その彼女は今、地上で冥闘士の指揮に入っているはずだ。

 

 「お待ちしておりたした、ハーデス様。

 これが先ほど申し上げた魂です」

 冥精が魂を連れて姿を表す。

 魂といっても生まれたままの姿の人間の形をとっているので、一目で誰かわかる。

 オリエッタ・コレリだ。

 「瞬くん、久しぶり。

 てか、私すっ裸で恥ずかしいんだけど。

 襲わないでね、なんてね」

 「人間風情がハーデス様に対し、なんて口ぶりを」

 冥精が怒りを露にする。

 冥王が控えるようにと片手をあげると、冥精はその場で首を垂れた。

 

 魂が安らげるよう設けられた東屋で二人は向かい合って座った。

 恥ずかしがるオリエッタに、冥王が霧で体を覆ってやる。

 「僕は今、聖闘士としてではなく冥王としてこの場にいるので、そのつもりでお願いしますね」

 穏やかな、しかし大神たる威厳を持って話しかける。

 「わかりました、ハーデス様。

 まずは私が殺された所からお話します」

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