地獄最深部、ジュデッカにあるハーデス神殿。
そこの執務室に冥王の恰好をした瞬、いや碧き瞳と漆黒の髪を持つハーデスが座している。
目の前の机には様々な箱や装飾品のようなものから紙きれまで、多種多様なものが数多く並べられていた。
唯一共通点があるとすれば、全て何かしらの真新しい封印が施されている事だ。
それを一つずつ確認するように触れては、卓上に敷いた羊皮紙の上に何らかの法則性をもって並べ、また赤いインクで何かを書き込んでいく。
「ハーデス様、ご無事でしたか」
少し安心したかのようなパンドラの声に気づいたハーデスは顔を上げる。
「余はこの通りだ。
しかし瞬は連日の緊張で疲弊していたとはいえ油断をしたようでな。
普段なら聖闘士としてもう少し対応出来たはずだ」
そう言いながら首を触る。
首を絞められた時につけられた掠傷は既に治癒していた。
「ちょうどお前達が送ってくれた品々を見終わったところだ。
視た所、想定通り東洋系が殆どであるな。
恐らく地上で封印されていた弱小の民間信仰系神々を開放して回った輩がおるのであろう」
そう言いながら卓上の小物に触れる。
パンドラが向かいの席に移動する。
「東洋系と言えば、
反魂とかいう生き返りの法を追求する宗教が中国には古くからあるとか。
復活神話や説話は世界中にあるが、それを現代の世で実践するなど自惚れも甚だしい」
パンドラの小宇宙に怒りが内包する。
ハーデスが落ち着くよう促し、しばし考える様子をした後、
「多くを封印せねばならないのだが、余が直接動くわけにはいかない。
そちらの方はパンドラ、その方らに任せる。
しかし万が一、王の器が顕れた時は無理せず撤退せよ」
当代の魂に引きずられてか部下への慈しみを持つようになったのではとパンドラは感じた。
ハーデスは己の指を小刀で傷つけると、滴った血が宙へと舞い、「
直後パンドラの掌に次々とそれは積み重なった。
「は、どうぞ我々にお任せ下さい。
聖闘士や海闘士も協力しております故、見つけ次第封印できるかと」
ハーデスはさらに己の血液を小瓶にも流し入れる。
ある程度までたまると、反対の手で出血を抑え、瓶の蓋を閉めた。
「ハーデス様、ご無理をなさらずに」
少しふらついた様子の弟にパンドラが駆け寄り、体を支えた。
「そうだな、少し横になる」
そう伝えると、寝室の方へとハーデスは消えていった。
パンドラはハーデスが安らぐようにと楽器室へと入り、ハープを奏でる。
聖戦が終わってからはそういった機会も減り、久方ぶりだ。
幼少時から聖戦まではハーデスの為に子守歌代わりとして行ってきた手遊びであり、心が凍り付いてた頃の自分も無意識に慰めていたのではないかと、今になっては思う。
そして酷い仕打ちをしたにも関わらず今でも部下として変わらず尽くしてくれる男も、いつも静かに聞いていたものだと過去へ思い巡らせた。
ハーデスが眠りについたのを見計らい、執務室へと戻る。
部屋の片隅にはラダマンティスが跪き、控えている。
「パンドラ様、久しぶりの演奏、感無量でございます」
「ハーデス様がお休みになられたので、安らかれるように奏でたまで。
お前の為ではない」
ラダマンティスに聴かれていた事への動揺を隠すかのように、支配者として問いただす。
「ところで、地上の様子は?」
「は、アイアコスから言動のおかしい人間と、彼らが身につけていた曰く付きのものが発見されていると報告が続々と上がっております。
逆に死体が動くなどといった事例は止んだ模様。
氷河達が見つけた家は冥蝶で見張らせてはおりますが、家でずっとPCを触っているようです」
「報告ご苦労、了解した。
監視はこのまま続けてるように。
そして、今しがたハーデス様から護符を頂いた。
皆に配布し封印を進めよ。
私はしばし用事があるのでここに残る」
命じられたラダマンティスはパンドラから護符を手渡されると、部屋から消えた。
ハーデスが羊皮紙に書き記した文字を確かめる。
それは漢字で書かれており、パンドラは読めない。
念写で卓上の様子を写しとった。
その紙を一輝へ転送する為に念話を送る。
「そうか、名称を紫龍から受け取った本と照らし合わせれば相手の特定も早まりそうだな。
ところで瞬は、いや、お前も少し動揺しているがどうした?」
普段素っ気ない態度のくせに、こういう時は機微に聡い男だ。
「何、少し聖戦の頃を思い出しただけさ…。
それと瞬は少し貧血気味なので休ませているが、心配するほどではない」
会話を終えると写生した紙を転送する。
そして席を立ち、ジュデッカを出た。
「ハーデス様がお休みになられている間、私も閻魔帳を見直さなければ」
気持ちの整理をつけるかのように、小さく呟いた。