人とは何ぞや   作:オオタ キム

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39. 黒客

 瞬達が待機している所にもう一人、痩けた頬の男がやってきた。

 リュムナデスのカーサだ。

 「建物内の人間を外に出せばいいんだな?」

 彼の得意技は人間の深層心理に潜り、暗示を掛ける事。

 精神破壊を得意とする一輝と違い、安全に人間を操れるのだ。

 ポセイドンが空を雲で覆ったのを合図に、地面に手を突いたハーデスが薄く小宇宙を広げ、監視カメラを停止、外部からその場を切り離す。

 そしてアテナが勝利(ニケ)の杖を前にかざすと、辺りに火花のようなものが散った。

 「結界は無事破れました」

 沙織が告げる。

 神の加護を受けている面々がマンションに入れる状態になった。

 「アテナ、僕はこのまま結界を張っておきます。

 皆さんは中へ」

 

 瞬と一部冥闘士はその場で待機し、他の面々が中へと入っていく。

 カーサが関係のない人間が暮らす部屋のドアの前に立つ。

 すると、あるものは慌てて、あるものはスマホを弄りながら、続々とマンション外へと消えていった。

 それを何度か繰り返した後、生きた人間がマンション内に残っていない事を沙織が小宇宙で確認する。

 瞬も外部から同様に確認できた事を伝えてきた。

 「アテナ様、こちらです」

 ラダマンティスの先導で、3階のとある一室へ向かう。

 「どんだけハイスペックマシン使ってやがるんだよ」

 廊下まで響く低周波のPCクーラー音に思わずゼラが呟く。

 

 アテナが解錠しドアを開けると、悪臭と熱風が噴き出してきた。

 一般家庭ではまず見かけないブレードサーバが玄関からずらっと並んでいる。

 ゼラはスワンこと、ティモに結露を気にせずブリザードで辺り一帯を冷やしてもらったらと一瞬考えたほどだ。

 「何を処理してるんだ、いやそれよりこの腐臭は」

 ラダマンティス達が悪臭のする方へと進んでいく。

 そこは窓の外からPCを触っている男がいたと確認できた部屋だ。

 見知らぬ者達が立ち入ったにも関わらず、その男は後ろを向かずキーボードを操作する指を止めない。

 それが死体なのは頭で理解していても、指の動きがそうと思えない。

 さらに近づこうとすると、PCに向かっていた男の首が180度後ろへを向いた。

 その顔は腐敗により崩れ落ち、目玉も片方は飛び出ている。

 鼻孔から漏れ出るのは脳髄だろうか。

 口が頬の筋肉を裂きながら開く。

 沙織は小さな悲鳴を上げ、思わず目を背ける。

 普段から様々な状態の死体を見慣れているラダマンティス達も、地上で動くそれを見るとは予想だにしてなかった。

 「質の悪いB級ホラー映画でもあるまいし。

 ゼラ、お前はここにあるシステムをハッキングしろ」

 一輝の一言で呆気にとられていたゼラが我に返ると、持ち込んだPCとサーバを有線で繋ぐ。

 ハーデスの加護により、ゼラの頭脳は普段より冴えわたっていた。

 沙織が小宇宙で場を緩やかに清めながら、死体を動かす存在を探る。

 そしてラダマンティス達は死体そのものを検めた。

 「見た通り、脳は大分前に腐りきってるようだな。

 胴体のどこかに命令系統があるのか、遠隔操作されてるのか」

 

 「兄さん、この人は本来心臓があるべき場所に、別の物が埋め込まれているようだ。

 ただ今も指は動いてるから、ゼラのハッキングが終わるまで触らないで」

 千里眼でこちらを覗いていた瞬の念話がした。

 ゼラも忙しなくキーボードを叩きながら

 「一輝様、こいつは恐らくどんな死体に魂を吹き込めるかシミュレーションしてるようです。

 あと、こんな埋もれていた文書も発見しました」

 ゼラはサブモニターを接続し、次々に浮かび上がる中国語を一輝達に見せる。

 「来る日時、我々を解放せよ…だと?」

 一輝がつぶやく。

 日付は今日の昼間、場所はフナテレビ。

 「兄さん、その時間帯は確か生放送してるはずだ。

 全国放送で何かやらかすつもりなのか…?

 って悪いけど、こっちにも予想通り寄ってきたから、沙織さんに任せるよ」

 唐突に瞬からの念話が途切れた。

 

 マンションの近くの壁近くで屈んでいた瞬は意識を完全にハーデスへと受け渡す。

 徐々に髪色が漆黒へと変化する男の周りを、様々な魂がハーデスの周りを取り囲み始めた。

 『ああ、もしかして冥王様!』

 『よもやこのような場所で幽冥の長がいらっしゃるとは』

 しかしその碧い瞳に光が宿ると、魂はまるで王に畏敬の念を示すが如く地面すれすれにまで高度を下げた。

 「そこに居るものどもに尋ねる。

 余の司るところを侵すのは誰ぞ」

 ハーデスの意思があたり一帯に広がる。

 何の加護も受けてない人間がその気に当てられたら、一瞬で魂が肉体から離れそうなほど強大なものだ。

 近所の神社仏閣からも魂が集まってくる。

 そこに住む神職達がざわめく様子に近づく。

 しかし結界内に認めていない人間が入れないよう細工していたので、バリアのようなもので彼らは弾かれた。

 「これほどの力を持つのは神そのものか、神の依代のどちらかか。

 それも神話時代から力を持ち続けた古の風格がある…」

 老齢の宮司が足を震わせながらへたり込む。

 「おじいちゃん、あの帽子被ってる人だよね」

 あまり力を持たない、ついてきただけの若い巫女が素直な感想を述べた。

 

 ハーデスの能力の一端を奪おうとする魂が近寄ってくる。

 地面から冥剣(インビジブルソード)を取り出すと、その魂を串刺しにした。

 「貴様か」

 ハーデスが立ち上がりながら剣を地面に突き刺すと、そのまま地面に吸い込まれていった。

 

 マンションにある動く死体の指が急に止まる。

 ゼラが叫ぶ。

 「一輝様、何かを開ける命令が発動されました!」

 と同時に、強大な小宇宙を秘めた魂が多数飛びかうのを全員が感じた。

 当然外にいたハーデスや冥闘士達も気づく。

 結界を解くと、ハーデスが冥剣を上に掲げる。

 剣先から多数の光が飛び出し、全ての魂を突き刺していく。

 「明日、死体を一斉に動かすつもりだったか」

 再び魂を冥界に封じる為、剣を地面に突き刺す。

 それを見届けた他の魂達はハーデスの命により、本来あるべき神具や仏像へと戻っていった。

 そして剣を鞘に戻すと、アテナ達に念話で状況を説明した。

 

 「まるで空に向かって星が飛んでいったみたいで素敵。

 それに剣を携える彼も、神々しくて美しいわ」

 遠くから若い巫女がぼうっとなって見とれていた。

 「もしや、冥王様が地上に顕現されているとは」

 「おじいちゃん、それって死神の事?

 人間の敵じゃん」

 さっき美しいと言った相手が急に恐ろしくなる。

 「馬鹿言うな、生命の循環を司る方だ。

 確かに死にも関連するが、全ての生命活動そのものを鎮っておられるんだぞ」

 それを聞くと

 「じゃあ人類の敵ではないんだね。

 神職のはしくれとして、挨拶しなきゃ」

 宮司が制止するのも聞かず、結界が途切れたのをいいことに巫女が近づく。

 それに気づいたゴードン達は行かせまいと、立ち塞がった。

 「貴様ら、これ以上近づけさせんぞ」

 英語でまくしたててるのを、遠目にその様子をハーデスが確認する。

 その隙に瞬間移動でマンション内に移動した。

 

 「ハーデスが魂を封じたようですね。

 憑依しているのかと思ったのですが、外部からの操作でしたか」

 そう言うと、沙織は小宇宙の発露を収めた。

 ゼラのハッキングはまだ続けている。

 冥剣の鞘を抱え、意識を戻した瞬が部屋に入ってきた。

 「瞬、ご苦労様でした」

 「こちらこそ沙織さんが手伝ってくださって助かりました」

 瞬が軽くお辞儀する。

 「こういう時ぐらい、ハーデス様として貴様は振る舞え」

 いつもの小言がラダマンティスから飛んでくるが聞き流す。

 動きが止まった死体に瞬は手をかざした。

 腐乱した顔がみるみる生前の姿に戻る。

 「やっぱり氷河達が見かけた人だね」

 死体を抱きかかえると、地面に置いた布に寝かせた。

 

 「サーバのシャットダウン開始。

 解析はこれからですが、必要と思われるデータは抜き終わりました」

 ゼラが同時に持ち込んだPCの処理を始める。

 数分後、廊下のサーバから発せられていた光が全て消えた。

 今まで五月蠅かったクーラ音が消え、あたりに静寂が広がる。

 沙織に先に帰るよう促すと、瞬は警察を呼び、経緯を説明するのと同時に念のためフナテレビ付近に警邏するよう伝えた。

 「聖闘士さまの不思議パワーさまさまってわけか」

 刑事が小声で、しかし天宮兄弟に聞こえるよう嫌味を言う。

 「なら大量虐殺事件を貴様らが止められるのか?」

 一輝が睨みながら言い返した。

 カーサが指定した住民を家に戻ってくる時間が迫っている。

 兄をなだめながら、弟は宜しくお願いしますと深々と頭を下げ、全員瞬間移動させたのだった。

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