人とは何ぞや   作:オオタ キム

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42. 欺瞞

 「天宮社長、日本での仕事お疲れさまでした」

 既に綺麗に片付けられた机の上にお茶を置きながら、藤田は社長へ話しかける。

 「藤田さん、こちらこそ長いことありがとう。

 お陰で色々助かった。

 また日本に来た時は頼みます」

 一輝も秘書替わりとして行動を共にしてくれた藤田へ労いの言葉をかけた。

 

 日本に残るゼラへの引き継ぎは既に終え、韓国に到着すぐ業務に入れるようソウル支社への指示をスマホで投稿していた。

 その時、弟からメッセージが飛んできた。

 一輝は一瞬手を止め、企業情報部門に指示を入力する。

 「一輝様、これは…?」

 ゼラが念話してくる。

 「瞬達が怪しいと睨んだ人物だ。

 すぐ検索にひっかかる情報ぐらいは自力で辿りつけるだろうから、口コミやダークサイト周りを調べろ。

 あと、現地の人間にも調べさせるように」

 「は、一輝様」

 念話を打ち切ると、ゼラの席からタイピング音が聞こえ、追加指示を投稿したのを一輝も確認する。

 空港までのタクシーが到着したとの連絡が受付から入る。

 椅子から立ち上がると横に置いていたキャリーケースを転がし、エレベーターへと向かう。

 日本事務所のメンバー全員が一輝の方を向き、見送りの言葉をかける

 「お気をつけて行ってらっしゃいませ」

 「またお待ちしております」

 その声を背に、エレベーターへ一人乗り込んだ。

 

 タクシーに乗り込むと、一輝は一人黙思する。

 今の日本事務所は海外リゾート地における日本人観光客向け人材の登用業務が主であり、地理的に近いソウル支社の下位部門である。

 将来的には日本で自分が望む形が可能ならば、母国でも大々的に事業したいのは正直な気持ちである。

 かつて深く恋慕し、己の弱さ故に喪った少女(エスメラルダ)との想い出の薄紫色の花を加工したバッグチャームが、ビジネスケースのハンドルで揺れている。

 そしてその少女の横顔は今、会社のロゴに用いられている。

 チャームを見つめながら、搾取される人間が生まれない方策を模索し続けなければと改めて誓うのだった。

 

 羽田で出国・搭乗手続きをし、乗り込む。

 到着後はソウル支社の人間が出迎えてくれる手筈だ。

 ソウル金浦(キンポ)まで二時間強、その間に機内食を取りながら主催者から送られてきたオークションの出品リストに目を通す。

 未発表の有名作家の絵画や、500年以上前に作られた装飾品など、真贋不明なものも多いという印象を受ける。

 しかし実際には有名なオークションハウスが絡んでいるとの情報も入っているので、どちらかと言うと出自を明かせないものが多いというのが正解であろう。

 既に上海での下見会が今朝から始まっていたが、一輝本人は明日午前中に上海入りの予定にしていた。

 

 空港に降り立つと、最古参幹部の一人、コードネーム・アンドロメダことエレン・カラブルトが空港で待ち構えていた。

 「一輝様、お疲れ様です」

 「お前直々空港にくるとはな」

 「お伝えしたい事がありましたので」

 現地社員が自動車をロビー前の道路に回してきた。

 エレンがスーツケースをトランクに積むと、後部座席へ一輝を促す。

 その隣に自分も座り、車を出すよ部下に促した。

 

 「リ・ジョンスンの暫定的な調査経過です。

 はっきり言って星矢達の性格だと…」

 エレンはバリ語で話しかけながら、手書きの書類を一輝に手渡す。

 それを読み進めるにつれ、一輝の顔が険しくなる。

 報告によると彼女は数々の詐欺事件の隠蔽に協力してきたような人物であるという事。

 中には気づかない内に、彼女の手によって犯罪に加担した人々も多数いるようだ。

 瞬は性善説で行動するが故に相手の言動を疑わなかったはずだ。

 単純な星矢も、命のやり取りをする戦時でなければはっきり言って騙されやすい。

 その時、一輝のスマホへ通知音が鳴った。

 確認すると舌打ちした後に念話で何カ所かに連絡を入れ、終わらせるとエレンに尋ねた。

 「その女はいつ韓国に戻ってくるか把握しているか?」

 「それでしたら、今晩の最終便24時頃韓国に戻る予定になっております」

 「奴の行動を見張り、今晩俺が接触できる機会がありそうなら連絡しろ」

 「はっ」

 

 ホーリークィーン・ソウルホテル&カジノの上層階にある韓国支社にタクシーが到着した。

 政府がカジノ新設の公募時、マカオでの実績を評価されて審査に合格した韓国における最初のホテルである。

 一輝は支社長室へ、エレンは情報企画室へ向かう。

 「天宮社長、長旅お疲れ様です」

 「キム支社長も遅くまでご苦労さまです」

 自分より20歳以上年上の支社長、キム・ジャンチュンが出迎える。

 元々日本で活動していた優秀な専門募集人(ジャンケット)だったのを、一輝がヘッドハンティングした人物である。

 当初は彼の抱える高額プレイヤー(ハイローラー)を呼び込む為の採用であったが、韓国のカジノ事情を知り尽くしていた営業手腕に、支社を任せてよいと認識を改めた。

 また対等に誰に対しても心地よく接し、いわゆる人たらしの性格も一輝は評価していた。

 今回訪韓したのは済州特別自治道が新たにカジノ業者を公募するとの連絡を受け、現地の確認と政府への事前審査に立ち会うのが目的である。

 「資料はクラウドに上げておりますので、ご確認下さい」

 そうキム支社長から伝えられると、一輝は支社長室のミーティングテーブルにPCを置き、確認する。

 「よく纏めてくれました。

 もう遅いから帰宅してくれて結構です。

 私ももうすぐ退出しますので、気になさらずに」

 そう一輝が伝えると支社長はそれではお先に失礼しますと、部屋から出ていった。

 

 暫くして仕事にきりを付けた一輝も支社長室を施錠し、支社が用意したデラックスルームへと移動する。

 スーツから動きやすい格好に着替えると、スマホでパンドラに連絡を入れる。

 間もなくドレスアップしたパンドラが沙織やジュリアンと一緒にいる自撮り写真が送られてきた。

 彼女らは今晩上海入りし、明日のオークションにも参加するであろう中国人資産家が主催するパーティーのただ中にいた。

 二柱やパンドラは表向きには戦闘力のないただの人間として振る舞っているので、基本的にその場を封じた上でしか能力を使う事はない。

 しかし積極的な読心をしなくても交流を通じて何かを感じる事ぐらいは可能だというので、三人は事前に乗り込んでいた。

 

 PCでジョンスンの投稿動画を確認していると、情報部からその当人かが空港からタクシーに乗ったとの連絡を受た。 

 仁川(インチョン)延寿(ヨンス)区にある高層マンションの近くに瞬間移動し、当人が帰宅するのを街路樹の近くで待つ。

 既に辺りの防犯カメラはハッキングしてダミー映像に切り替えていた。

 数分後、タクシーがマンション前に停車し、老女が少し考え込む表情をしながら降りてくる。

 一輝はジョンスンの方に顔を向けると、彼女の方も一輝に気付き近づいてくる。

 「あんた確か、瞬の兄の…」

 「初めまして、リ・ジョンスンさん。

 私は天宮一輝と申します。

 お尋ねしたい事がありましてお待ちしておりました」

 韓国語で挨拶する。

 「丁度良かった、私も聞きたい事があるんだ。

 瞬を掴んだ途端、見た目通りの爽やかな魂とは別の、仄暗い死を孕んだ何かを内側に封じてると感じた。

 その正体は何かね?」

 「さあ、心当たりはないです。

 ただ聖闘士は後ろめたい事にも時には手を貸すので、それではないかと」

 そう嘯く一輝は、精神攻撃を想定して防御を固める。

 元々正体を知られぬよう魂を守ってしていたにもかからわず、腕を捕まれた瞬間に視られた感覚があったと、瞬から一輝へ伝えていた。

 「そうかい、じゃあ喋る気になってもらおうかな?」

 そうジョンスンが微笑みかけると、噎せ返るような甘い雰囲気が辺りに立ち込めた。

 心に纏わりつく強力な魅了(チャーム)が一輝を覆う。

 「貴様、何をっ…!」

 酷い頭痛に見舞われるも、睨みつけてそれを跳ね返す。

 「年長者には敬語(チョンデンマル)を使んだよ。

 それにしても私の力が効かないなんて。

 情報ついでに財布と夜の相手にと思ったけど、無理そうだね」

 「俺にハニートラップは無駄だ」

 「ふむ、女神(アテナ)の加護以外にも何かありそうだな。

 興味深いね、あんた」

 ジョンスンは腕を組み、しげしげと一輝を再度値踏みするかのように目を合わせてきた。

 

 「それではこちらの要件に答えてもらおうか。

 盗難は自作自演だな?」

 ジョンスンの表情が一瞬変わる。

 「どうしてそう思う?」

 「俺の配下の索敵能力を舐めるな。

 物品に呪いをかけて寄進したのは()()()()であろう。

 そして何らかの目的が達成された後、回収して解呪した上で売却するつもりだったと見越しているのだが、どうだ?」

 諜報部門からの報告を突きつける。

 「短時間でそこまで調べられるとは、ホーリークィーン社、恐るべしだな」

 「それで呪物を作り出した目的はなんだ?」

 「ふん、脅しつけても言うもんかい。

 もし言って欲しいのなら交換条件を出す事だね」

 「自らの行動で無関係な死者を出している奴と取引するつもりなど毛頭ないわ。

 なら貴様の脳に直接聞くまでだ」

 一輝が強大は小宇宙を発すると同時に、老女の頭に向かって指をさす。

 「な…、あ…」

 幻魔拳をくらったジョンスンが冷や汗を垂らしながらうずくまる。

 それを見下していた男は静かに、しかし乱暴に隠匿していた心底を暴く。

 ジョンスンは野中が指摘した宗教団体に呪物のベースとなる材料を提供され、作業して別の団体に寄進していた。

 そして強欲なこの女は目的を達成した後に自分のものにしようとして失敗したのでSNSに晒したというのが真相であった。

 

 足元で震えていたジョンスンは幻魔拳を解かれると、地面に倒れこむ。

 一輝はスマホで時間を確認すると監視カメラの偽装を解くよう部下に指示した。

 ついで救急車を呼んでジョンスンが道で倒れている旨を伝え、警察にも連絡を入れる。

 このまま放置していれば、捨て駒としとして消されるのは目に見えている。

 ならいっそ、今までの詐欺罪で拘置所に保護してもらった方が良いだろうと判断したのだ。

 リ・ジョンスンが救急車に運ばれるのを見送り、やってきた警察官に今までの詐欺資料を手渡しながら厳重な保護を要請した。

 そして緊急車両がジョンスンを乗せてその場から離れて姿が見えなくなったタイミングで、ホテルへ瞬間移動する。

 部屋のミニバーに置かれていたラガヴーリンをトワイスアップにして口に含みつつ、念話であまり頼りたくない相手に連絡を入れる。

 それはまるでアルコールの勢いを借りたなければ行動を起こせないかのようだった。

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