※とある錬血を弄っています。
轟々と耳元で風が唸りを上げている。見渡し見下ろす先に広がるのは、荒涼として無秩序に喰い荒らされ、それでも赤に遮られる事の無い世界の姿。ちらりを背後を見遣れば、壁に囲われた雑多ながらも一定の形を保った街並みが眼下に広がっている。……断崖も断裂も棘も無いそこは、嘗ての繁栄には遠くとも確かに人の息吹があった。
其処は極東支部を囲い守る最外縁にある壁の上。防壁の整備に携わる者でも無い限り、唯人は元より神機使いでさえ余り訪れる機会は無い場所。聖域の外縁部等を除き、辺り一帯で最も高いその場所に立つのは、一人の青年吸血鬼だ。
「……始めて良いか?」
〈――準備、出来ました!大丈夫です!〉
通信機越しの短い会話。最低限のそれを終えて仕舞い込み、視線を前へと固定する。
場所は既に壁の外縁ぎりぎりで、爪先のすぐ先には既に何も無い。……なのに次の瞬間、まるで地続きのそこを進むかのような気楽さで、その足は前へと踏み出された。
上空のヘリから飛び降りて平然としている神機使いならば兎も角、それ以外では誰がどう見ても気楽な投身自殺にしか見えない暴挙。――重力に引かれ、当然の様にその身体が落下に転じるその寸前。その身体は瞬時に霧散し、その場所から消え去っていた。
霧散し、再生。吸血鬼として蘇ってから、何百と繰り返したその感覚の終わりに合わせて意識を開く。再構築された肉体とその感覚器に、遮断されていた情報が濁流の様に押し寄せるのを選別し、制御し、認識する。
ごおごおと吠え猛る風の音。遮るもの無く見渡せる荒野とその先の地平線。吹き付ける突風に身体が傾ぐ間さえ刹那に、内臓が浮き上がる様な奇妙な浮遊感と共に視界が〝縦〟に流れ始める。――直後、再び感覚の全てが一時的に途絶。僅かな間の後に再び世界を認識し、その直後には再び霧散。周囲に比較物の無い〝空中〟である為現在地の把握が甚だ難しいが、再生直後に優先して取得する視覚が辛うじて捉える目印が、兎に角〝前〟にあれば良い。
そうしてそれを数度繰り返し。〝前〟に捉えていた目印が〝下〟になったそのタイミングで、視線を向けて次の行き先の向きを直角に変化。それまでと全く同じ感覚の後、視界だけが下へと激変した光景にふらりと少し蹌踉めいた。
「何か、ゲームか何かのバグみてぇ」
〝それ〟を目撃した彼等の感想は、言葉こそアレだがシュンが思わず呟いたそれに凡そ一致していた。
遠く霞む様な距離に聳える対アラガミ装甲壁。その頂上から此方へ向けて、〝空中〟を〝水平方向〟に、しかも消えては現れてを繰り返して高速で近付いてくる人型の物体。現れる位置が毎回微妙に上下するため一直線にとは言えないが、明らかに此処を目指してやって来るその動きは、未確認飛行物体もかくやの珍妙さだ。……それこそ、格闘ゲーム等でバグや裏技を利用した動きかとさえ思わせる程に。
「と、来たか」
その物体は、凡そ十と数秒で此処の直上に到達する。それまでよりも僅かに長く形を留めていたその影が、落下先である場所を見定める様に姿勢を変え、そして。
「………」
「うぉっ?!」
「おー」
「お疲れさん。大丈夫か?」
黒煙に金粉と火の粉を溶かし混ぜた様な粒子が眼前で結実し、一人の青年の姿を取り戻す。僅かにふらつく様に頭を振って、それでも一切の欠損や流血等無いその相手は……確かについ先程壁の上から通信を送っていたその本人だった。
「で、どんな感じだ?……つうか、おい。大丈夫か」
「……目が、回った」
「まあ、あんな動きを生身でやればそうでしょうね。やれてしまうあたり、流石という所だけれど」
激戦の直後でも中々見ない程にぐったりとした様子に、着地地点で苦笑気味に声をかける。始める前からわかってはいた事だが、錬血だけで空中を移動するのは大概キツいらしい。アウロラの言う様に、それでもやれちまうのは流石じゃあるが……それでも流石に負担が大きかったのは明白だ。何なら、バケモノ相手にやり合った直後の方がまだ元気な位だろう。
「あれで、目が回るだけってのも凄いけどなぁ」
「地上で似た事をやっているのは見た事がありますけど、空中だとまた一段と凄いですね」
「地上でも、あそこまで連続で出来る吸血鬼は早々居ないのだけど……」
「……障害物が無い場所で、只管直進ならそれなりに出来る、か?」
「数度ならばどうにかなるだろう」
「それも一部だっての。成り立てなんかだとヤドリギでもヤバい転移酔いを舐めんなって。つうか、ルイは兎も角アンタはそもそも例外の部類だろうが」
検証に協力していた神機使いと、万が一に備え地上に待機していた吸血鬼達が合流し、それぞれの意見を話し合う。純粋に感心した様子の神機使い達は兎も角として、吸血鬼達の意見はそれぞれだ。適性差は元々把握していたが、そう言えばと気が付いたのは、ヤクモが口にした転移酔いについてだ。
あくまで人間を元にする吸血鬼は、当然だが感覚や認識も人間のそれを引き継いでいる。確かに、錬血は吸血鬼となれば本能的に使用出来る。加えて、旧世代のサブカルチャーに親しんだ世代が主体であるおかげで魔法じみたそれの行使もそれなりに早かった。……が、旧世代のサブカルチャー知識をもってしても、霧散と再生なんてものは人の認識と処理能力を超えた異常でしかない。だから当然、その感覚に慣れる為の期間はそれぞれに異なってるのが常識だ。
目覚めてすぐに戦場へ出ざるを得なかった第1と第2世代は、その役目上死に戻りで嫌でも慣らされている。第三世代も先の2つには遅れるものの、ヴェインで生き残る為必然的に慣れざるを得なかったと聞いている。……問題になるのは、ヴェインが安定化した後の第四世代以降。ヤドリギの転移についてはどうにか慣れる事が出来ているが、四肢の欠損すら致命とならず、例え死んでも戻れるという自身の体質を前提とした動き方や割り切りは、出来ていないものが多い。血涙で釣って探索を進めさせてはいるが、前の世代に比べればどうしたって無理や無茶は減っていた。
かと言って、漸く落ち着き始めたヴェインと吸血鬼に、嘗て程の争乱と危機をまさか招く訳にもいかない。こうなれば習熟前でもこちらへ呼んで、アラガミ相手に実地で慣らすしかないか。……と、そんな事を考えていたのだが。
「……冥血の消費は、全然問題ない。錬血も、空中なら十分使える。ただ、再生して微妙に落下して錬血で止まって、また再生して落下してな上に、視界が細切れだから、短時間でシェイクされてる感じで、物理的に気持ち悪い……」
「そっちか」
「それは……吸血鬼がどうとかいう問題では無いわね」
漸く少し立ち直ったらしい相手から告げられた言葉に思わず2人して突っ込んだ。どうやら、吸血鬼だとか人間だとか関係無い部分での負担だったらしい。
使っていたのは、〝シフティングホロウ〟と呼ばれる錬血の改良型だ。ホロウ系錬血は、その使用間隔が極めて短いのが特徴だ。だからこそ、それを最短で連続して使えば肉体を維持している時間は時に一秒を切る。それによって高速で移動する訳だが……それはつまり、前後で静止状態からの落下、そして落下からの静止を繰り返す事でもある。しかもその度に、感覚の開放と途絶も交互にやってくる。――まあ確かに、考えるまでも無く気分が悪くなるだろうとは思える話だった。
「その内、慣れればもう少しどうにかなるとは思う。……それでも今この方法で行くなら、一度の距離を伸ばして回数を減らすか、もしくは空中で移動出来る錬血か、滑空出来る装備が欲しい。……いっそ数秒落ちた後に錬血を使うとか、空中を吹き飛び続ける方が、多分、楽だと思う」
「それはそれで怖くない?」
「……それでも、楽なのはそっちだ」
「こりゃ重症だな」
「んー……まあ確かに、落ちるだけってのは慣れるよな!落ちても大丈夫っていうのが前提だけどさ」
「神機使いは、余程妙な落ち方をしない限り怪我もしない。落下の浮遊感は……慣れとしか言えないか」
数百mレベルのフリーフォールを、怪我をしないからと平然と行う神機使い達も大概ズレているだろう。が、確かに危険が無いのであれば、物理的に三半規管の限界に挑む無茶よりはまだ、慣れでカバー出来る範囲だろうとも納得出来る話でもあるのか。それも当然、落ちて無事だという確証があってこその慣れなのだが……。
「落ちて、叩きつけられる事を回避するだけなら、そう難しくは無い。……飛び降りて平気な高度でホロウ系を使えば、後は空からの落下じゃなくその高さからの落下になる」
「えーっと……?」
「……見た方が早い」
それならばいけるという言葉。非常にざっくりとした説明未満の説明を噛み砕くよりも早く、何かを思いついたらしいそいつが動く。
少し離れるように告げられた言葉に従って距離を取る。それを確認した後、空を見上げる様に視線を向けたその姿が突然霧散。ほぼ真上へのシフト移動だと気が付いたのは、つられて見上げた蒼穹に小さな影が見えたからだ。それはつい先程も見た光景に似て。違うのは、上空から錬血による移動では無く物理法則に従って近付いて来ているという事。
扱いに習熟した吸血鬼が、ただ只管に直線距離だけを突き詰めて展開する【シフト】。衝突リスクの無い空は目視による座標指定と危機回避を必要とせず、故にその維持限界は軽く100mを超えている。……つまりは、行きだけに限定した大跳躍であり、その帰路は重力に任せた自然落下。そしてその高さは、当然吸血鬼が耐えられるそれを遥かに超えている。
「おいおいマジか」
「実演してみせるなら、勝算はあるんだろうが……」
重力に従ってぐんぐんと近付いてくるその相手を、その場の全員が注視する。これは万が一失敗した場合、相当なスプラッタを披露する事になるんじゃないかという嫌な予感が背筋を奔る。ここまで空中を吹き飛んで移動してきた実績から、何かしらの手があるんだろうとは理解出来る。……出来る、が。
(納得出来るかっつうと別問題ってのが、問題だな)
大多数の事を大半以上実行出来る実力があり、大体の事では死なずに大概の無茶を押し通す事が可能だからこそ、取り敢えずで未知の無茶をしでかす吸血鬼。……強く咎め辛いのは、同じ立場なら似たような事をしでかしているだろうという自覚と、何より幾ばくかの罪悪感があるからだ。
数多の血を取り込む程に増す多様性と応用性による、万能に近いレベルの手札。神骸との融合により獲得しつつある、並の吸血鬼を遥かに超える再生力。絶望的な強敵との戦闘と繰り返された試行錯誤の経験。そして、死を恐れる感覚を残しながらも、死地へ飛び込む事を厭わない程度には〝死に慣れた〟意識。
過程ではなく目的こそを最優先に、個では無く群全体での効率化と目標完遂。〝誰が〟斃れようと、〝誰かが〟最後に目的を達すれば良い。――それは、捨て駒染みた……いや、捨て駒そのものの扱いの中死に戻り続けた第一〜第二世代の中でも、特に最前線を張っていた吸血鬼に見られる事が多い、ある種の後遺症だ。
死の恐怖は消えていない。だがもしも、その死によって何かが進む可能性があるのなら。その命が、確かに何かの対価となり得るのならば。……恐れはしても、迷いはしない。
クイーンの討伐と神骸の継承、そして玉座の継承と維持。それなり以上に深く確かにソレらを知るからこそ、それを成し得るために必要な素質と気質を知っている。そして、それを強いて彼等を死地へと率いて行ったのは自分だ。
「…………」
嘗ての決断に後悔は無いが、反省点は多い。もう少し上手くやれていれば、ヴェインの状況を幾らかマシに出来ていただろうと今なら思う。……それでも、どれだけ悔いた所で過去を変える事など出来はしない。そして当人達が望まない以上、謝罪や懺悔なども無価値でしかない。
無言と有言双方で示されたのは、一時の鬱憤晴らしになる位なら面倒事の処理係をやれという圧と押し付けられた役目。……正直な所、ただ許されるよりも余程気が楽な上に他の奴らが功績面さえ表に出たがらないせいで、必要以上に得をしている気さえするが。それでもそれが求められる事ならば、それに殉じる覚悟を決めた。もう必要ないと告げられるその時まで、矢面に立つ程度どうという事も無い。
ただ。それらを引き受けても尚、真っ先に死線へ飛び込んで死神相手に踊る様に、大概の事では動じないと自負してはいても。……流石に幾らか、責任程度は感じていた。
「――!」
「おおーー」
思考は、そこで一度途切れた。
直上100m以上からの落下とはいえ、飛べぬ身では然程もかかりはしない。地面まで凡そ5m、人の視力であってもお互いの姿が明確に視認出来る程の距離でその姿が再度霧散。ほぼその場で再生した身体が、再度の落下により今度こそ着地する。
本来であればあったであろう衝撃を、殆ど感じさせる事無く、だ。当然、ダメージなんか入っちゃいない。
「何がどうなったんだ?」
「高高度からの落下エネルギーを〝霧散した場所〟でリセットして、低空からの落下扱いにしたのよ。確かにこれなら、錬血を使う高度さえ気を付ければ悪くて軽傷で済むわね」
「そんな事が出来るんですか?」
「出来る、というよりは錬血が元々持つ特性よ。じゃないと、戦闘で使えないでしょう?」
慣性を含むエネルギーの強制的なリセット効果。確かにこれなら、落下の恐怖で竦んでタイミングを間違えねぇ限り、ほぼ確実に着地出来るだろう。……シフト系統の錬血は取得条件も緩いのが多い。盲点、とまでは言わねえが、流石はそれの扱いに習熟した吸血鬼って所だろう。
「これなら、俺らでも出来そうだな。高所恐怖症の奴とかは……まあ、ヤドリギ間の移動だけでも役には立つだろ」
「後は、落下=死という感覚を抜けられるかどうか、だな。下手をすると、落下し始めた時点で死に戻りが発動しかねない」
「そこはもう、慣れるしかないんじゃない?」
問題はまだまだ山積みだが、少なくとも出来るという見本が実際にあれば多少なりとも精神的な拒絶感は減るだろう。人は慣れる生き物だ。全てがそうでは無かったとしても、死に慣れる事さえ出来る素質があることに変わりは無い。……ならばきっと、何れ獲得出来るだろう。
最悪に備えた覚悟を宿したまま、それでも叶うならば、嘗ての様に犠牲を強いる事態が起きない事を願う。
「先に俺達が飛び降りて下で呼んでみるか? 見た目はどっちも人間だし、こう……飛び降りても行ける!! みたいな実演で」
「それはそれで地面に激突する奴が出そうなんだよなぁ……」
「私達が出来るようになって、実演してみせるのが一番じゃない?」
「そうだな」
わちゃわちゃと、実年齢を気にしなければ同年代にしか見えない神機使いと吸血鬼が騒ぐ様を、恐らく戦場に立つ者としてはどちらの年齢であっても最年長となるだろう白狼の王は太く笑って傍観する。
時を止めた身体に継ぎ接ぎの記憶を持ち、時を重ねて老いていく人間達を守りながら姿の変わらないお互いを近くに過ごした為か、吸血鬼の性格は何処か歪だ。姿に見合わぬ老成さと、生年に似合わぬ青臭ささえ感じさせる若さが混然としたその在り方は、今更変えようも無いものだ。――それでも。その姿よりも後の人としての時間を奪われた彼等が、その姿に見合った時を過ごせるというのなら、それも悪くは無い。
何を嘆いた所で、自分達吸血鬼は〝そういうモノ〟なのだ。人の心を失う事は許されなくても、人の感覚にばかり縛られていては、この先立ち行かなくなるだろう。ならば、好きに過ごした方が余程建設的で健康的だ。……有り難い事に、神機使い達はその振る舞いを受け入れてくれているのだから。
――それから半月程経った、更に別の日。
ルイがそれを見かけたのは、久し振りに数日ヴェインで過ごした後の事だった。
「うーん……」
「? ナナ、だったか。どうかしたのか?」
「あ、ルイ。えっとね、これとかこれとかを別の部屋に持って行ってって頼まれたんだけどね、どうしてもドアが通れなくて」
極東へ移動し、ふと通りがかった部屋の中から聞こえた声。何か困っている様子のそれに覗き込んで声をかければ、そんな答えが返ってきた。
ナナがぺしぺしと叩いているのは、組み立て式の金属製の棚。その横にはベッドやソファー等も鎮座しているし、確かにこれは中々に重労働だろう。流石に1人でやる作業ではないのではと聞けば、もう1人は緊急出撃したとの事。……相変わらず、極東支部討伐部隊の面々は大変そうだ。
そう言えば、極東に来ている筈の吸血鬼達にも今日は会っていない。きっと彼等も、同じく出撃中なのだろう。ただ同時に、ナナがここに残り自分にも声が掛からない点から、戦力は足りているだろうとも分かった。
「分かった、手伝おう」
「ほんとー?ありがとー!!」
それならばと、彼女を手伝う事にする。特に急ぎの用がある訳でも無いのだから、困っている相手を置いていく理由は無かった。
にこにこと笑う少女に並び、再度視線を向け直す。大きな物は組み立て式の様だから、恐らくは解体して組み直すのが普通だろう。だが、人手が足りない現状、運搬は兎も角解体と組み立て作業は時間も手間もかかる。だから、重量的には十分持ち運べるならばそのまま持って行きたいと言う気持ちは理解出来た。
それに、ざっと見ただけでも数があるから、何度も往復する必要があるのは確実だ。神機使い達の身体能力を考えれば、それでも少し疲れる程度だろう。……けれど、可能で有る事と面倒である事は別問題だ。
その理解と。何より過去の経験から、特に何の気負いも無くその行動を取っていた。
「まずは一番大きな物で試すか。……すまないが、それを一度持ち上げて此方へ渡してくれないか?」
「?わかったー!」
少し首を傾げながらも、根が素直な少女は迷う事無く頷いて行動へ移る。ひょい、と床から持ち上げられたのは、恐らく最も重量があるだろう寝台。神機使いの扱いに耐えられるよう頑丈に作られたそれは、総重量にして100㎏程はあるだろう。それを易易と持ち上げるその力に感心しつつ、寄せられたその端へと手をかける。
よく見れば、2人で角度を微調整すれば何とかドアも通れるだろうかと思えた。それならば、このまま運んでも十分に役目は果たせるだろう。そうしても良いが……それよりももっと手っ取り早く簡単なやり方を知っていた。
「よし、離してくれ」
「はーい」
荷物の重量に反して、そのやり取りは軽い。
それは、少々サイズの関係で邪魔臭いが、神機使い同士であれば何という事も無く受け渡す程度の重さだったからだ。……既に何度も共闘した事で根付いた、並び立てる仲間だという認識。純粋な膂力では差がある事も理解して、それでも本人がそう求めるのならば大丈夫だろうと素直に信じられる位には信頼していた。
だからこそ、常人ならば潰されるか良くて取り落とす程のそれを、不安定な持ち方を気にする事も無く手渡して手放した。
「……、っ」
途端にずしりと掛かった全荷重に、ルイは僅かに眉を寄せる。――流石に重い。幅さえ気にしなければ軽々と持ち運べるだろうナナとは違い、落とさずに持っているのが精一杯だ。
だが、〝持てる〟。ならば、〝運べる〟。
「え、……えええ?!?」
「良かった、この位なら俺でも何とかなるな。だったら、他の物も大丈……どうかしたか?」
その認識の直後にふっと軽くなる腕。僅かな火の粉を残して消えた寝台と、無事収納できた感覚に息をつく。これでもし自分が〝持てない〟様であれば、ヤクモやレイ、シルヴァあたりを呼んでくるか、ナナと二人で普通に動かす必要があった。そうなるとナナは兎も角、3人を探す手間が生じて余り役に立てなかっただろう。……そうならずに済んで良かった。
しかし、重さ自体はどうにかなるが、形状が予想以上に持ち辛い。戻す時は気を付けなければと気を引き締めつつ更に幾つかを収納したあたりで、反応の無いナナの様子に気が付いた。
「なにそれーー?!!!」
「?!??!」
どうしたのか、何か問題でもあったのかというルイの問いかけは、直後に耳を劈いた叫びによって掻き消えていた。
◆ ◆ ◆
「で、何をやったんだ?」
アナグラに響いた絶叫に駆け付けた面々が見たのは、ブラッド隊の少女に胸元を掴まれて問い詰められている吸血鬼の若きリーダーの姿。幸いと言うべきかどちらにも敵意や害意は無く、被害らしい被害と言えばブーストハンマーよろしく振り回されていたルイの顔色が些か悪い位だ。
それでも流石にそのままにはしておけず、中途半端に片付いた部屋の中そう問いかける。……2人の性格を知っている為、誰も深刻な行き違いや対立があったとは思っていない。それでも、並の事では動じない少女をここまで混乱させた原因には興味があった。
「だって、運ぶの手伝って貰おうとしたらベッドがぱって消えたんだよ!?!絶対どこかに隠せる大きさじゃ無かったのに!」
「ベッド?」
〝他のも!〟と興奮冷めやらぬ様子で訴えるナナの言葉に、改めて部屋を確認する。確かに元が生活用の部屋だった事を考えれば、幾つか不足している物はある。片付けの途中だと聞いていた為、単純にもう運び出した後なのだと思って気にしていなかったのだが……どうやらその認識自体が違ったらしい。
「扉を通れないと言うから、一旦俺が預かって持っていこうと思ったんだが……」
「預かる?」
要領を得ないナナのそれに、顔色の戻ったルイが補足をする。が、調子が戻りきっていないのかその説明は抽象的で、何故それで消えたとナナが騒いでいたのかには結び付かなかった。……いやそれ以前に、ただの家具を動かすのに〝預かる〟とはどういう意味なのか。素直に考えるのならば、ナナが持っていたそれを代わりに持って行くという意味になるだろう。だがその程度で、仮にもブラッド隊の一員である彼女が騒ぐ筈も無い。
そうして首を傾げる神機使い達の横で、何かへの納得の後苦笑したのは吸血鬼達だった。
「あー……なる程な。ルイ、〝それ〟やる前に何をやるのか説明したか?」
「?いや、特にはしていないが……」
「あー駄目だよそれじゃ!勝手に収納したら、何も知らない人からみたら、ルイが盗ったみたいになっちゃうって!」
「盗んだ、なんて思われなくても、目の前で物が消えたら心配はするだろうさ。やっぱりあんたも、気を付けないと大分ずれてきてるよ」
極東支部に残っていたヤクモ、ムラサメ、ココの言葉に、ルイも漸く気が付いた。
粒子化による収納を応用した運搬は、堕鬼や地形の影響により重機が使えないヴェインではありふれたもの。保護区や拠点を新しく設けその内部を整える時等に、生活用品や家具を移動させるにはそれしか無かった。……しかしそれは同時に、下手をするとそのまま持ち逃げされかねないリスクもある。故に、余程親しい仲間内でもなければ相手に許可を得てから行うのが原則だ。
今回に関して言えば、拠点内の移動である事に加え、仲間内でのやり取りのため普段であれば何の問題も無かった。だがそれは前提が同じ吸血鬼同士だからこそであり、此処では許可どころか認識さえされていない。
つまりはその状況で、彼等の所有である物を粒子化し取り込むというのは。目の前で行われた窃盗……もしくは器物損壊にさえ同じなのだ、と。
「すまない、迂闊だったな……」
「うわっ?!」
そう気付けば話は早い。
何かを支える様に掲げた腕の中、ひらりと舞った火の粉が刹那の間に形を取り戻す。途端にずしりとかかる重み。既に収納してしまった家具の内、一先ずは支えやすい物を取り出し再構成しては床へと下ろす。
消える前と寸分違わないそれを示し、どうだろうかと神機使い達へ視線を向ける。正式に許可が必要であるのならば応じるし、もしこの方法が駄目なのでだとしても、人も集まって来た事だし普通に手分けして運べばすぐだろう。
うんうんと吸血鬼達が頷き合う。元々拠点の古参組同士でもあり、付き合いが長く歳も近い彼等は互いに遠慮が無い。
どうせならば合流した事だから、自分達も運搬を手伝おうか。特に、生前の身体能力に加えてブラッドコードとの相性も良いヤクモなら、ルイ以上にこの役は適任だろう。
ちなみに。
ナナを始めとする神機使い達が言いたかったのはそれでは無いのだと分かるまで、後数分。
◆ ◆ ◆
―― 物質の粒子化と再構成。
それは、吸血鬼達のごく基本的な能力の一つ。
本人が一度に持ち運べる重量の物に限り、何種類何個でも粒子化して持ち運ぶ事を可能にする。そして、一度に可能な重さこそ個人の能力に依存するものの、その総重量は測定が困難なレベルにある。……謂わば、彼等自身を巨大なコンテナと見たてる能力だ。
「少し前の出撃で説明した事はあっただろ?」
「分かってても目の前でベッドが消えたら驚くって!」
一先ずの片付けを先に終え、ラウンジに移動した後に発覚した理由に首を捻る。許可を得ずに能力を使った事が問題なのでは無く、その能力そのものに驚いたのだという神機使い達。それに、知らずに不敬を働いていた訳では無かったのかと安堵はした。が、能力自体は別に今回が初出と言う訳でも無い。
一人あたりの回数はまだそれなりとは言え、吸血鬼と神機使いの共闘数は既に両の指の数を超えている。その中で当然、粒子化と再構成も行った事は何度もあった。
特に重装型であるヤクモやシルヴァ等の武器は、神機のバスターブレードとほぼ遜色が無い。それを出したり引っ込めたりしてみせていたのだから、今更この程度でここ迄驚かれるのは想定外だった。
「うーん、戦闘中なら大抵の事は気にならないんだけどねー」
「おまえ達も、似た事は出来るだろう?」
「それ神機依存!俺達がアラガミの素材を食べたり吐いたりしてる訳じゃ無いし!」
「神機使いは基本、身体能力以外は大体神機に依存してるから。ブラッドみたいな例外は居るけど、それでも何もない所から何かを出したり消したりは出来ないんだよ」
「そんなもんか?」
「そんなもんなんです!」
そこまで力強く言い切られてしまっては、〝そうか〟と納得する他無い。取り敢えず、日常的に使うにはまだまだ周知が必要なのだろうと心に留める。毎度毎度、神機使いの腕力で振り回されては身が保たない。
「それにしても……一体どんな原理でどこに収納しているのでしょうか」
「さあ……?」
「え゛、分かってないの?」
「一切不明よ。吸血鬼化すると自然に出来る様になるし害も一切無いから、態々人手と時間を割いて研究する理由も無かったし」
「何ていうか……相変わらずですね」
吸血鬼の考えと行動理念は、基本的に単純かつ明解でついでに脳筋だ。頭自体は寧ろかなり良いのだが、兎に角即時的かつ実用的か否かを最重視する傾向が強いのだ。――使えるか使えないか。十分か不十分か。改良の余地があるか否か。安全か危険か。
取り敢えず実戦投入し、安定して使えて不便が無いのならそのまま、問題があればその問題に特化した対応を考え実行する。……だからこそその初動はフェンリルよりも遥かに早く、そして行き詰まったその時に、無理を通して暴走を招いてしまったのだが。
「こう……持った!って思ったら、後はぐっと?ぶわっと?しゅわっと?」
「?????」
「倉庫……と言うよりは収納棚に収める、が近いだろうか。……すまない、上手い例えが思い付かないな」
「牙装とか錬血と同じで、何となく感覚で分かるとしか言えねぇからなぁ……」
神機使いが神機自体や捕食形態の制御を説明出来ない様に、感覚的なその能力を説明する事は困難だ。
どこにどうやって何を保管しているのかと聞かれても、意識すれば出来て何となくの感覚で分かるとしか言いようが無い。自分自身へ同化していると言うのが感覚的には最も近いが、限界まで保持していても体重等は変わりがないので、物理法則的には多分違う筈だ。――そうで無ければ、動く武器庫となりつつある彼など、今頃体重(?)は軽くtを超えているだろう。
「一時期余り使ってなかったけど、ヤドリギを倉庫代わりにも出来るよ。取り出す側にもヤドリギが要るから、外だとあんまり役には立たないかもしれないけど」
「倉庫?」
「これもどういう原理か分からないんだが、俺達が物を取り込むのと同様に、ヤドリギへも収納と取り出しが可能だ。何故か個人個人で分別し確保する事が出来る上、他人の物と混ざる事も無い」
「へ?」
更には、個人の保管能力には一応の上限があるものの、ヤドリギを介して所謂〝倉庫〟を活用すればその上限さえも消滅する。瘴気によってヤドリギが枯れ続けていた時期は危なくて使えなかったが、安定した今は改めてその理不尽さに苦笑が隠せない。
「ATM……つっても通じないか。あー……ここのターミナルで、どの端末からでも同じだけの金額とか権限を引き出せるのに似てる、で伝わるか?それの、預けたやつと同価なやつじゃなくて、預けた奴がそのまま出てくる感じだ」
「正直、これに関しては私達もどうなんだーって思うけど……実際出来ちゃうんだよね、うん。探索するには便利なんだけどさ」
「確かに便利だとは思いますけど……」
「それで済ませていいもんなのか?」
と、そんな事を説明すれば何とも言えない言葉と表情が並ぶ。それに、まあそうだろうなとしか返せなかった。
ヤドリギが全滅すれば、恐らく中身諸共全てが無に帰すというリスクはある。しかし逆に言えば、ヤドリギという空間と鍵となる吸血鬼が残っている限り、アラガミや災害によって失われる事の無い膨大な貯蔵庫だ。
「……なあ、その倉庫ってヤドリギがあればどこでも同じモノを引き出せるのか?」
「特定地点同士だけを結ぶヤドリギ以外は基本そうだな。全てのヤドリギは地脈と呼ばれる流れで繋がっているから、その影響だろう」
「ま、だからこそ空中とか初めての場所とかだと使えないけどな」
「もうそれ、アラガミより理不尽じゃね?」
「あ、こら!」
「ははっ!かもな」
しかも、その扉は開き手が同じである限りどのヤドリギであっても同じ物。拠点で一度収納し、吸血鬼達が目的地のヤドリギへ移動すれば、その先ですぐさま取り出す事が可能というチート仕様。アラガミでさえ多量の捕食は姿なり能力なりに何からの影響が出る事を考えれば、確かに理不尽としか言い様の無い特性だ。
そして。ヤドリギ間という定点同士の移動に限られるとはいえ、圧倒的な移動速度と範囲を誇る吸血鬼達と共に移動するそれは、おそらくどんな移動手段よりも早くて安全だろう。……それこそ、旧世代までを含めても、尚。
「輸送班の苦労が……」
「ヴェインみたいにあちこちヤドリギがある訳でも気軽に増やせる訳でも無いし、限定的だとは思うけど?」
「いやアンタら、ヤドリギ無くてもかなり運べるってさっき言ってたじゃねーか!」
元々、アラガミの襲撃を振り切り的となる確率を下げる為に速度と隠密性を重視している現状、嘗てのように巨大な輸送車両は使えない。そして、そこまで注意をしていても、アラガミの襲撃は無くならない。……故に、一度に運べる荷のサイズや量は高が知れている上に不確定だ。
それを防ぐには神機使いの同乗が最も効果的だが、どんなアラガミ相手でもやり合えるのは極東でも一部の上位陣のみ。そして、そうと分かってはいても、輸送の護衛に手を取られれば支部が手薄になる事もあり、上位陣を多数動かす事は現実的では無かった。
故に、輸送任務における操縦者の危険度と未帰還率は異常な程に高いのが通例だった。……だが、彼等ならば。
「ちなみに、一番重くてどの位いけますか……?」
「総量は恐らく変わらないから、一度に持てる最大物……って事よね」
「恐らく、一番力があるのはシルヴァだ。だが、ヤクモもそれに次ぐ筈だから、それを参考にしたら良い。態々試した事は無いから詳しくは分からないが……」
「今度試すか。持ち易い形なら、結構いけると思うぜ?」
「前から話だけは出てる運び屋だね。早いとこ、軌道にのせたいもんだけど……」
ヤドリギを介した倉庫には及ばずとも、元々物資や装備を粒子化して持ち歩く吸血鬼達。取り出すのも感覚的な為、種類や数が多い程面倒となり限界まで詰め込んで持ち歩く事が無いだけで、その気になればおそらく数t程度は容易い。ならば、ヤドリギが無くとも数人の吸血鬼をヘリで輸送するだけで同数以上の大型コンテナに匹敵する。加えて帰還に関してはどれ程の距離でも一瞬で迎えを必要としない為、輸送のリスクは単純に半分だ。
寧ろ行きも所定場所の上空に到達するだけで良いのだから、実質半分以下と言っていい。
戦いに向かない者達や戦いを厭う者達も、それならばヴェインの外で活躍出来る。役目を持ち、自覚し、確かな立場を確立出来れば、上層部が全てを監督する必要も無くなるだろう。
その案そのものは、比較的初期からあったものなのだが……それが、今に至るまで実現していない理由は、ごく簡単なものだった。
「問題は、ヘリから飛び降りて無事な者が、未だ少ない事だな」
「アレが早々出来てたまるかよ。短距離でも適性が無い錬血は厳しいっての」
それは、ヴェインの特徴と吸血鬼の特性からくる、一部移動手段への不適性。――具体的には、神機使い達が主に用いるヘリを始めとした航空手段との相性の悪さ。更に突き詰めるなら、ヘリからの無補助降下……つまりはパラシュート無しのスカイダイビングという名の投身自殺的なその出撃方法が、物理的に不可能であった事に尽きた。
「……うん。お願いはしたいけど、しっかり出来るようになってからにして欲しいかな」
「……だな。こっちの心臓に悪過ぎる」
「あれは悪かったって」
人間と比べれば比較的類似点の多い神機使いと吸血鬼だが、ほぼ最初期にルーツを分けた2種には当然差異もある。その中でも最も差が付いているのが、基礎的かつ根本的な耐久性だった。
意図的な霧散や移動を可能にする為、そして防ぎ切るよりも再生によって無とする吸血鬼のそれは、物理的な素の防御で耐える神機使いに比べて明らかに劣っている。特に耐衝撃性や耐振動性の差が顕著であり、それは落下時のダメージに直結した。――つまりは、神機使い達がその実力に関わらず皆耐えられるその出撃方法が、吸血鬼達にとっては命懸けのものだったのだ。
誰か1人が降下に成功すればその下へ転移出来るとは言え、その1人となれる吸血鬼が居ないという根本的かつ致命的な問題。百m弱程度ならば何とか可能ではあるものの決して無傷とは行かず、寧ろ辛うじて死に戻らず再生が出来るという、瀕死一歩手前レベルでしかない。つまりは……現状その方法を取ると、会敵前どころか出撃直後にかなりのスプラッタを演出する羽目になる。
というより、ヒロとギルバートが遠い目をしている通り、一度実際にやらかしている。なので本来は、スプラッタを演出する羽目になった、と言うのが正しい。――半壊した身体を至近で再生したのは、流石に悪かったと思っている。
また、単純にヤドリギの数を増やすというのも今一つ現実性が無い。まず単純に手間と時間がかかる上、しっかりした拠点等が無い場所ではアラガミ等に喰われて枯れるリスクが高い。
だからこそ、落下の衝撃を和らげたり、そもそも落下して叩きつけられない為の錬血を練習中ではあるのだが……。
「真下に飛び降りて着地、は何とかなりそうだけど。折角なら、もっと自由に出来た方が便利だからね」
「衝撃軽減は兎も角シフトが問題だな。目算を誤ると結局危険ではあるし、何より移動しているヘリから遠距離の座標を設定する難度が高過ぎる」
「上下とか前後とかの同一軸の移動は大分慣れてきたけど、斜めってなるといきなり難しくなるんだよねー。水平移動でも斜め前ってやり難いのに、斜め下とか上とかになるともう何がなんだか」
「自由度上げる為に色々取っ払ったまでは良かったんだけどな。……錬血本来の補助も外れたせいで、制御が全部マニュアル化してんだよな」
「聞いてるだけでこんがらがってきた……」
ただ霧散し、移動するというだけのシンプルな錬血。……だからこそ、その適性と習熟度合いは極端な程に分かれていた。
敵の殺意と攻撃に晒され、振り回され流転する視界と感覚の中、狙った場所への距離や角度などの空間関係を判断し動く。それは人や吸血鬼という違い以前に、それに適した素質があるか否かが大きく関わっていた為だった。
「動体視力や空間把握能力。それに応じて半ば反射的に身体を動かす才能の有無。そしてブラッドコード由来の補正。……自由度が上がれば上がる程、ブラッドコードの補正だけでは足りなくなる」
「今んとこ得意な奴らを分けるなら、エミリーとジャックの野郎は軍属経験からで、ムラサメがスポーツの実力者……しかも体操選手だった経験が生きてるんだろ。……ルイとレイに関しちゃ、吸血鬼としての適性があったとしか言えないけどな」
ブラッドコードの特性自体が高速機動に適した者達の中でも、特に習熟が進んでいるのがその5人だ。
元体操選手としての経験と感覚により、高速で移動しながらぴたりと着地を決めるなど、体勢の把握や身体制御に長けるムラサメ。軍人として銃火器の使用や戦場把握としての空間把握に馴染みがあり、命を賭した極限状態での判断や行動を常とした経験を持つエミリーやジャック。そして生前の経験や能力では無く、ある種天性の素質により吸血鬼としての能力を十全に活かす事が可能なルイやレイ。
地上の水平移動だけでなく上下の動きさえも可能とする彼等は、着実に成果を上げつつあった。……あった、が。唯一にして最大の問題は、彼等が一般的な吸血鬼では無いという事。先に上げた5人には、継承者が2人に研究と統率を担う1人、整備を一手に引き受ける技術者1人が含まれている。辛うじてエミリーが比較的身軽な立場だが、バケモノとまともに戦える実力者であることに変わりはない。
他の面々にしても大体そうだが、単純な輸送員として扱うには能力的にも立場的も勿体無さ過ぎる上、単純に忙しすぎて手が空いていないのだ。
「ヤクモとかシルヴァさんとかも出来てる方じゃない?」
「あー、俺も傭兵やってたからな」
「シルヴァも軍人だからねぇ」
「重装タイプって、基本的には補助以外の錬血適性低いんだけど、ある程度は経験とか感覚で補えるみたいだよね」
「水平方向なら、ミア達も相当だが……」
「私達は、多分使っている武器や牙装の関係よ、多分。スティンガーやアイヴィは、使い勝手が独特だから」
「アイヴィってあれ、どうやって距離とか測ってるんだ?」
「うーん……勘、かしら」
アイヴィの吸血に関しては、作る側は勿論使い手自身も今一分かっていない機構だ。地下を潜行しながら目標地点を正確に認識して起動させるそれは、空間把握等というレベルを越えた吸血鬼ならではの感覚が強い。
それに。何だかんだと言いつつ、地上から地上であれば100m前後の距離であろうと上層部はそれなりに皆が可能となってきている。錬血自体にめり込み回避の制御が含まれる為、間合いの図りそこねによる落下や被弾以外は錬血任せで問題は無いのが大きい。
ならば後は、単純に慣れていくしかない。
「一部は、何かもう別の方向に行ってるけど?」
「ありゃ例外中の例外だ。元々それで移動してた奴とか、戦闘中でもミスらず使える奴とかと一緒にしないでくれ」
「それに、私達でなんとかってなると……正直、ヴェインに居る他の吸血鬼で出来る人って殆どいないと思う。そもそも、錬血として使えるかどうかから問題だし」
ただ、高低差に加えて不安定な場所からの座標指定はまた更に難度が上がる。故に今それが実用的に可能なのは、元々その動きに馴染みのあった数人のみだ。
まあそちらに関しては、逆に馴染み過ぎて若干可笑しな挙動をし始めているがそれはそれとして置いておく。……少し慣れてきたとか何とかで旧世代のサブカルチャーあたりに出てきそうな挙動を再現し始めたのは、ストレス解消の一環だと思いたい。
結局の所。上を見ても下を見ても、前提が違うのだから比べた所で自分が頑張らなければどうしようもないのだった。……他の吸血鬼とて同じ吸血鬼であることに変わりは無いのだ。ブラッドコードの適性というどうしようも無いものを除けば、経験と慣れである程度は同じ動きは出来る様になるだろう。
「こっちとしちゃ、雲の上からの落ちても平気なそっちの方が驚くけどな」
「うーん、元々これだら気にして無かったかな」
「任務の時とかも目的地上空でぽーい、だもんね」
「結局、そんなものよね」
わいのわいのと、朗らかにぶっ飛んだ会話は続く。消えたり現れたり距離を無視したりすり抜けたりするのが吸血鬼なら、雲の上から落ちようと爆発に巻き込まれようと戦車染みた質量に跳ねられようと物理で耐えるのが神機使いだ。――つまりはお互い、そんなものなのだと笑い合う。比較的明確なのはその作り方だけで、力の理屈や根拠はよく分からない存在同士。お互いを理解して近付くのは大切でも、同じモノになる必要は無いしなる方法も無い。
世界を喰らうバケモノ、アラガミに対する為の戦力であり目的と立ち位置を同じくする仲間である。――結局は、それで十分なのだから。
吸血鬼達が若干天然気味になりつつありますが、人外の身体と力を受け入れていたり、生前より吸血鬼化後の方が長くなったりで、段々人からズレて来ている……という事にしておいて下さい。
◆錬血を活用した移動案について
第1案
取り敢えず思い付きと勢いと限界点を探る目的で行われた検証。
移動用の錬血だけで、更には空中だけを移動してどこまで行けるかを試したもの。距離を伸ばしたシフティングホロウで前方に移動し、ある程度落下したらバニシングホロウで無理矢理留まって高度を維持するという、清々しいまでの力技で成り立っている。最速1秒刻み……というよりは距離が伸びた事でほぼ連続で発動出来る計算だが、本人の処理能力が追いつくかが最大の問題となる。
ごく短時間で感覚の途絶と再生を繰り返し、その度に情報を処理する事の負担。更には錬血の度に感覚も落下も完全にリセットされる為、逆に小刻みな落下と感覚の再生が諸に直撃することから、錬血の制御とは全く別枠で負担が大きいやり方となった。やった本人としては、いっそ、某進撃世界の立体機動の方が遥かに楽との事。
自由度は間違いなく高くやろうと思えば空中戦も可能となる為、出撃手段としては却下されたが、一部の適性がある面々は別枠で訓練を進めている。
第2案
第1案がほぼ失敗前提の試行であった為、実質的な実用案としてはこちらが1つ目にあたる。
神機使い達と同じくヘリからの降下を可能とする事が目的であり、目的地付近まではヘリでの移動を想定している。
ホロウ系錬血に共通する、錬血の発動前と発動後の運動エネルギーの断絶を利用。降下後地表近くで錬血を発動する事でその時点までの落下をリセットし、錬血発動高度からの落下へと変換するという力技。当然、タイミングがズレれば地面のシミになるか着地ダメージを受けるかになる。慣れてくれば、高速で爆走する輸送車からの飛び降りや崖・ビルからのダイブ等にも応用可能。
ヴェイン上層部組は気合で全員がこれを会得。
それにより神機使い達抜きでの活動やヤドリギが無い場所への投下等運用の幅が大きく広がったが、同時に一般的な吸血鬼との隔絶が悪化。あらゆる意味でヴェインの要である者達こそが最も最前線で忙しくしているという、吸血鬼で無ければ大惨事確定の状況に陥った。
第3案
暫く後に一般吸血鬼達からの嘆願を受け、より簡単かつ確実に移動出来る手段として確立されたもの。
ざっくり言えば、神機使いに吸血鬼由来の目印となるものを持参して先に降下してもらい、その後吸血鬼が専用の友誼の血針を使用し追うというもの。その方法上、ヘリ等での移動に加え神機使いが1名以上同行している事が条件となる。
尚、第2案が可能な吸血鬼が同行していれば、その相手を対象として友誼の血針を使用すれば吸血鬼のみでも可能。
技術も習熟も必要なく確実だが、神機使いが同行している≒戦闘が想定される任務である事が大半の為、物資輸送のコンテナ代わりという非戦闘員の役割とは今一つ合っていない。
それでも確実で安全なのは確かな為、神機使いとの協働が一般化した第5世代以降の吸血鬼達が主に使用している。ただし、やはり自由度の関係から不便さはあり、慣れてきた者達の内適性のある吸血鬼に関しては第2案へ移行するものが多い。
◆吸血鬼達の粒子化能力
・拠点の説明で、元々はただの寂れた教会だったのを主にヤクモがあれこれしたとある(ソファや本棚その他)&旧市街地の天使像を持って行きたいみたいな台詞がある&ココやデイビスの乗り物が拠点内に鎮座しているが、あの穴ぼこだらけのヴェインでどうやって持ち込んだのか。
・ヤドリギ賦活剤はまだしも、複数の血涙を詰めた袋を腰元から取り出したり(毒蝶戦後のルイ)胸元から血涙を取り出したり(OPのミア)するのは無理があるのでは?
・吸血攻撃時に明らかに武器が消えたり出たりしている&拠点でのトレーニング時に、どこからともなく武器を取り出している。
・一度に装備出来る数にこそ限りはあるが、数十数百の武装を倉庫要らずで運搬する主人公。
・直前のムービーまで素手だった筈の主人公とオリバーが、次の場面で普通にデカい武器を携帯している。
・ヤドリギでの移動時に装備諸共移動している。
・堕鬼から手に入るのは武器だけで牙装は宝箱のみ→武器は取り落とす可能性があるけど、繋がっている牙装は落ちない?
・ガチムチ長身の軍人という経歴+ハウンズ型なのにスティンガー型みたいな形の牙装(基本的にどちらも重量級)+大剣使い+脳筋ブラッドコードのシルヴァが持ち運べるだろう重量って、戦闘を想定しなければ数百㎏以上というか下手したらt近くでは?神機使いと同レベルかやや上位。
・そもそも武器が軽いだけで、中型アラガミと同等かそれ以上のサイズがある大型堕鬼を、完全にかち上げられるあたり瞬間的な筋出力は寧ろかなり高いのでは。
等のあれこれを足したり捏ねたりした誕生した、吸血鬼達の便利能力。
個人で〝持てる〟レベルに限るものの、それ以内であればどれだけでも粒子化して格納し運搬出来るので、一人引っ越し業者・歩く武器庫みたいな事が可能。