※後半はほぼ会話文です。キャラは雰囲気で読んで下さい。
硬い金属同士がぶつかりあう音が閉じた空間に響く。互いに片手で振るう刃は人の身には大きく分厚く、重さを苦にしないとはいえ取り回しには癖がある。――軽く持ち上げられる事と、持ち上げたそれで相手を上手く斬り伏せられるかは別枠だ。相手の力と自身の慣性を上手く流し、いなし、活かして自在に振るうのは、積み重ねた経験と蓄えた力があるからこそだ。
赤い刃が、細身の刃を捕らえて力をかける。刹那の停滞。僅かに劣る膂力が齎す不均衡を認識。無理に噛み合う事はせず、側転するかの様な動きで正面から退避。一歩間違えばより体勢を崩しかねない動きを、持ち前の反射神経と柔軟さで成立させて立て直す。置き土産にと相手の手首へ放った蹴りは、その前腕を掠めるだけで終わった。
僅かに開いた距離。油断なく刃を構えながら、その背後の空間へと意識を集中させる。……一刹那の空白。普段よりも高速で行われる霧散と再生により、ズレかける感覚を引き戻して目を開く。
「あちゃあ……」
思わず洩れた苦笑。ただ正面へではなく斜め後方を向く形での移動は、予定よりも半歩遠くで完了してしまっていた。予想よりも離れていた間合いは刃が届く僅か外側で、それを詰める前に相手が遠ざかっていく。一足飛びに数mを離れる相手に追撃を諦め、自身も後方へとステップを踏んで後退。予定外の結果によって流れかけた姿勢を立て直す事を優先する。
開始以来に大きく空いた距離。それでも仕切り直しとするには近過ぎる距離と時間で、意識を切り替え動きへ反映させる。……さて、どう動くか。
「!」
次の瞬間、確かにそこに在った姿が掻き消える。それと〝同時〟に斜め前方へと一跳びすれば、着地と同時に現われる人影。――視線が僅かに揺らぐのが見える。ほんの一刹那の空白。視界さえ霧散した直後の位置のズレは、実際の移動距離よりも更に大きな差と錯覚してしまう筈だ。
「ほいっ、とっ!」
「ぐっ?!」
前方への攻撃を意図して刃を構えていた右腕を絡め取り、相手の斜め後ろに引き倒す様にして投げ飛ばす。反射的に踏ん張ろうとしたらしく、ぎちりという音と共に微かに身体が強張ったのが伝わってきた。……関節と筋が軋む鈍い痛みは、なまじ重傷でも再生が出来る吸血鬼だからこそ、時として切断よりも尚重い枷となる。
それで、勝負はついた。
「はい、私の勝ちだね!」
「……ああ、ありがとう。流石だな」
だん、と背中から叩き付けられた姿勢から、ムラサメが差し出した手を掴み立ち上がる。ダメージとしては大した事の無い衝撃だが、地面に胴体の一定範囲が接地するという勝敗条件を満たした以上、ここでルイの敗けだった。
「錬血の習熟程度、特に前方への移動はやっぱり流石だね! ただ、咄嗟の時に錬血での回避っていう意識があるともっと良いかな。最後の私が掴んで投げたた辺りとか、踏ん張るんじゃなくてシフトしてれば抜けられてたよ」
「ああ、そうか。失念していたな。しかしムラサメも、シフト位置を失敗していた様だったが……珍しいな」
「うん。やっぱり、相手を挟んだ場所とか体勢を変えながらの移動は難しいね。ま、やれない事は無いけどさ!」
簡単に先のやり取りで感じた事や反省点、改善点を出し合い確認する。生前の特技と経験を活かし合わせたムラサメと、吸血鬼と成った後にその特性へ適合したルイ。お互いに高機動の近接戦を得意とする上でそれを支える軸が違うからこそ、それぞれの意見や感覚は貴重であり重要だった。
「感覚のズレが大きいほど酔いやすくなる。距離は良くても、視界の方向がズレるのは中々慣れないな」
「苦手な人は、正面真っ直ぐの距離合わせでも苦戦するからね……。ま、正面からの弾を避けて数メートルを一気に詰められるだけでも、人間相手なら効くと思うよ」
会話の中に、やや異質な単語が混ざる。転移酔は兎も角として、何故今この場所で対人の話が出てくるのか。
更に第三者がよくよく見れば、先の訓練そのものにも違和感を感じただろう。――戦闘用のダミーを使えるこの場所で、何故態々お互いを相手にしているのか。何故、態々相手の至近距離へ飛び込んで、あまつさえ投げ技の様なものを使っているのか。まさか、アラガミ相手に格闘をしかける訳でもあるまいに、と。
その答えは簡単であり単純だった。――事実これは、対人間を想定した戦闘訓練なのだ。
極東支部の施設を借りて定期的に行っている戦闘訓練は、対アラガミとの戦闘だけでなく対人を念頭においたものも含まれていた。
その目的は、捕縛や無力化、排除を目的とした対人(対神機使いを含む)戦闘技術の確立と習熟。武装し抵抗する集団やフェンリルを狙うテロ組織といった、人に仇なす人を無力化する為の力。――可能であれば生きたまま無力化して捕縛を。それが叶わないのであれば、可及速やかな鎮圧を。態々それに駆り出される事は少ないが、多少の心得と覚悟はあった方が良い。
その特性故にあまり意味の無かったヴェインと違い、それなり以上の需要と……そして供給ががあるのだという対人戦闘。この時勢で対人という事に初めはピンと来なかった吸血鬼達だが、アラガミを祀るカルト教団の鎮圧なんて実例を出された事で、事態の深刻さに顔を引き攣らせる事になった。――何故そうなる、というのが正直な感想だっが。それでも必要ならばと、こうして空き時間に着手を始めたのが事の発端だ。
「市民の武装は基本、小型の銃か日用品レベルの刃物。だが、時折銃火器を持ち出す者達も居る、と」
「らしいね。まあ、こんな世の中だしさ。自衛するのは間違ってはいないんだけど……」
とはいえ、神機使い達はその頑強さと身体能力で人を遥かに上回る。神機を握った状態ともなれば多少の銃火器程度はものともせず、徒手空拳であろうと一度組み付いた相手を逃しはしない。……戦力的な意味で言えば、特段吸血鬼達が急ぐ必要は無かった。
それでもこうして取り組むのは、純粋な力とは別枠に位置する適性が、吸血鬼達にあると考えたからだ。
「助けを求めるなら、助けたい。……だが、敵としてしか在れないのなら、掬い上げる余裕は無い」
それは、その再生力や死に戻りによる戦力低下の無効化であり、人の姿をした相手への躊躇いの無さ。そして、ヴェインという特殊環境故に培われた、ある種の非情さによる価値観と覚悟。ごく一部を除いて、アラガミでは無く同種との争いに明け暮れた過去からくる割り切り方だ。
内部リソースが枯渇し、〝彼〟によって改善するまでのヴェインで最も頻発していたのは、吸血鬼同士の抗争だった。……故に吸血鬼達は、人間そのものへの攻撃経験は少なくとも、人の姿をしているからという理由で躊躇う者は居なかった。
増え続ける堕鬼と広がり続ける瘴気の中、安全な場所と十分な糧を求めて争いあった日々。……その中で、何十何百と同じ吸血鬼を手に掛けた。ただ死に戻らせるだけではなく、心臓を破壊した事さえ指の数では足りない程に。――嘗ては確かに人間であり、そして今は同じ吸血鬼である相手だと認識し理解したその上で。自身と仲間を脅かす敵だと言うだけで、それだけの事が出来ていた。
そして何より。もし、その〝敵〟に〝人間〟が含まれていたとしても、同じだけの事が出来るという自覚があった。ヴェインでそうしなかったのは、単純に人に価値があり、なにより直接的に脅威となる事がなかっただけだ。……人間であるというだけで大人しく心臓を差し出してやる程、自らの意思を捨ててはいない。
助けを求める他人には、自身の保全を前提とした上で、可能な範囲での援助と保護を。
仲間と認めた相手には、持てる限りの助力と信頼を。
そして敵対する相手には、その種や関係を問わず一切の容赦無き対応を。
アラガミという明確な脅威が存在するこの世界で、アラガミに与し大勢の人と仲間である神機使い達を脅かすというのなら。……その〝敵〟を排するのに、躊躇いは無い。
そもそも、神機使い達には劣るとは言え吸血鬼の身体能も人からは遠く外れている。遠距離から高火力の錬血を投射すれば、無傷での殲滅も難しくは無い。
それでも決して、無駄な犠牲や血を好む訳では無かった。……だからこその、戦闘訓練だ。
「人間が集団を作る場合、大抵は誰か中核となる人物が居る。散発的な暴徒にはあまり関係無いが、テロ組織あたりなら確実だろう」
「一気に飛び込んで指揮官を無力化出来れば、それ以外の犠牲は減らせるかもしれない。……うん。やっぱり、移動用錬血の習熟と応用は早く身に付けないとだね」
求め、目覚すのは、殲滅ではなく最小限の"犠牲"と最速の"鎮圧"。その為に有用だろうと目を付けたものの一つが、移動用錬血の取得と習熟だった。催涙や睡眠ガスでも電撃でも網でも、人を無力化するに相応しい装備を持ってその只中に飛び込み、それらを使用。もしくは、人の壁を無視し最奥の先導者の下へ一息に踏み込む事で指揮能力を奪う。四肢の欠損程度は元より、即死さえしなければ頭部や臓器の破損さえ再生出来る身体と合わせれば、削れる命を減らす事は出来るだろうと。
その為に求められるのは、目的地点へ過たずかつ迅速に移動し行動する制御能力と判断力、そして実行力と程よい力加減。移動用錬血の自由度と精度を高め、思うがままに戦場を移動する機動力。錬血の改良に手が届くようになった為、制圧あるいは無力化用の広範囲で低威力の錬血も検討されている。
ただ、有用な手段が分かったとしても、個々人で適性も能力も異なる吸血鬼は、例え同じ錬血だとしてもその習熟速度や相性も様々だ。故に、その修練は只管の実践と反復しかない。
だからこそ、態々施設を借りて訓練を行っていた訳だ。……が。
「……あちらは、相変わらずだな」
「あははは……」
呆れ混じりに見遣った先で、訓練と括るには些か激し過ぎる攻防が展開されていた。
「始めるか」
「……行きます」
「おう」
簡潔なやり取りの後、意識を刹那で切り替える。
向かうのは真正面、巌の如き存在感と圧力で立ち塞がる相手の懐深く。人外の脚力を最大限に活かしての踏み込み、と見せかけて2歩目でシフティングホロウを発動。人にはあり得ない時間で距離を踏み越え再生。……直後、眼前に襲いかかってきた拳に僅かに瞠目。読まれていたという理解より早く、殆ど反射で再生直後の足を振り上げ相手の腿を蹴り付けて僅かに後退。すんでで避けたその太い右腕へ向けて刃を振るう。
直後にがぎん、と鈍い音。拳を固めたまま振り抜かれた右肘に根本を打たれ、斬撃の威力が半減。僅かに散った赤に奪われそうになる視線を引き剥がし、その背後を目標として再移動。その半瞬後に空間を刈り取った豪脚に息を吐いたのも束の間、後方に現れる気配へ反応。捻り避けた身体の至近を通る片刃に逆立つ背筋を宥め、至近からソニックアロウを射出。それを避けるには必要以上に飛び退いたジャックの影を、シルヴァが展開した牙装の獣が噛み潰すのが見えた。
これは1対1対1の混戦だ。隙を見せた者から脱落する事になる。
「――ッ!」
故に、流れは止まらない。シルヴァの牙装を目隠しに放たれていたブラッドショットを片手剣で叩き落とし、仕込んでいたアイヴィを"自分の直下"で展開。後方へ移動してきていたジャックと、突撃してきたシルヴァの両方を牽制し、直後に斜め前方へと離脱。近付けぬと悟った直後に展開されたのだろうエクスキューションを回避し、同様に退避してきたジャックと切り結ぶ。
狙うのは、互いの腕や足や腹、そして頸。本気で相手を死に戻らせるつもりて振るい振るわれる刃が、照明を弾いて光を散らす。――誘い、弾き、いなし、躱し。僅かな間隙に差し挟み差し込まれながらの高速戦闘。霧散による回避と移動では無く、至近距離で己の体捌きと反射神経で以て立ち回れば、自然と意識が研ぎ澄まされていった。
刃を交わして十と数度。……高速型同士とはいえそれだけの時間を掛けた中、シルヴァからの横槍が無い事に違和感……いや、危機感を覚えたのは、恐らく殆ど同時だっだ。
――チャキッ
その意識が捉えた微かな音。同時に飛び退き、それでも足りないと判断して錬血を発動し緊急退避。先程まで居た場所に、二種の銃弾と武器を介した二撃の血刃、更にそれらの炸裂による範囲攻撃が着弾。それを確認する間もなく、移動し再生した先で思考よりも先に目の前の壁へ手を掛けぶら下がる。直後に足元の壁を叩く銃弾。〝外した!〟という声は、ヤクモのもの。ならばと壁を蹴り付けて移動すれば、エミリーが発動した炎の投刃が牙装の端を焦がして飛び抜けた。――大分、容赦が無い。
どうやら、他の仲間達も参加し始めたらしい。先の爆破は、シルヴァに加えてイオ、ミア、エヴァの攻撃が原因だ。自分達への遠慮が無くなって来たことは嬉しいのだが、彼女達の実力を知っているからこそ背筋は冷える。
僅かな間隙にちらりとジャックを見遣れば、あちらはあちらで追いまくられている様子。……いつもは余り参加しないアウロラやカレンの姿まで見えて、流石に苦笑する。何というか、仲間たちも最早意地になっていないかと少し呆れて。ただそれを責めるつもりは無く、そして止めるつもりもまた無かった。
「っだ?!――人を、足場にするなっつの!」
「ヤクモ!この距離でその剣筋は危な――ッうひゃぁ?!」
「シルヴァ!それは危ないって!!」
「外したか。――おう、すまねぇな」
「……避けられました」
「全く、少しは当たっても良いんじゃないかしら?」
「断る」
「良く避けられるわね」
「あーもう、当たらない!」
「……」
「あぶねっ!」
「うわこっちに来た!?」
「やれやれ……」
何時の間にか、2対複数の鬼ごっこじみた様相を呈し始めた乱闘の中を逃げ回る。……自分達が逃げ回るせいで余計にムキにさせている気がしなくも無い。が、ヤクモやシルヴァの様に受けて耐えるタイプでは無いしそもそも痛いのは嫌なので、引き続き全力で逃げる事にする。……これはこれで訓練になるのだから、文句が言い難いのが困りものだ。
腕力に長ける上に重量武器であるシルヴァとヤクモの大剣を掻い潜りつつ、その陰から飛び出してくるエミリーやムラサメ、ルイ達高速組の攻撃を先の2人の体躯と刃を盾に視線を切って妨害しつつ退避。間隙を埋める様に動くミアやイオに注意を向けながら、距離が空いた事を見計らい投射されるアウロラやエヴァの錬血を移動錬血で回避。時折打ち込まれる誰かの銃弾は、片手の刃を盾にして負傷を避ける。
流石に攻撃に回る余裕は無く、また全ては躱しきれずに細かな負傷が積み重なっていく。動きに支障は無いが、このまま過ぎればやがて失血により力を失うだろう。一度でも再生出来れば失った血も戻るが、今足を止めれば袋叩きに合うのは確実だ。
戦闘中の再生についても修練が必要だろうか。……そんな思考を挟みながら、一先ずはどこまで死なずに持ち堪えられるだろうかと、掠めて飛び去る攻撃に苦笑を零した。
そして、やがては特定の相手を狙う事さえ無くなり、そこに居る全員での大乱闘となっていく。狙いや動きがその場その場で切り替わり、瞬間的な判断力と実行力を問われるものへと変化する。四肢の切断や頭部の外傷など、再生が必要な程の負傷をした者から離脱して見学に回り、お互いの動きや判断に意見を言い合っては気まぐれに復帰する。
相手の位置や動きに対する、自分の位置や立ち回りの悪さ。流れの読み違えや、選択した対応策の不適合。移動先の選択失敗。錬血展開速度の不足。回避時の移動精度の低さ。――それらは全て傷や痛みとして跳ね返り、理論ではなく実感としてミスであったと学習する。
未だ慣れないアラガミ相手の本番で試す事は、同行者に迷惑を掛けねない上、万一が無いとも言えない。……ならば、お互い相手の実戦で。頑丈な広間が最早棺の間程度しか無いヴェインより、施設の整った極東で。ただの死ならば飽きる程に経験した過去と再生能力を前提に、本気の実戦を仲間達と。
ヴェインにはフェンリルの様に技術を元とした模擬戦闘用の機材やシステムが無い。相手となったのは堕鬼、バケモノ、そして吸血鬼であり、そのどれもが普通には〝死なない〟モノだった。だからこそ、訓練という名目があればお互いへ刃を向ける事も傷を負わせる事も、特に違和感の無い事だった。
理論や技術の先行しない、只管のトライ・アンド・エラー。
それは嘗て、蘇りから一年足らずでバケモノに抗い、一般人をクイーン討伐の尖兵へと変えた、吸血鬼ならではの戦闘訓練。ブラッドコードにより千差万別の力を得る吸血鬼は、基礎的な訓練以外は個人で自分に合った動きを身に付け磨き上げるしかない。言葉で教える事が出来ないからこそ、訓練相手となる事そのものが何よりの助力だった。
……それが、傍から見た場合ただの殺し合いにしか見えない事。訓練で重傷を負うのは普通では無いという事。そして、普通は徹夜で戦闘訓練などしない事を、彼等は完全に失念していた。
――数時間後。
「……確かに夜間の使用許可は出してたが、まさか本当に夜通しやるとはな」
「何か不備があったか?」
呆れと若干の疲れを隠さないツバキへ問いを投げる。一応、設備や機材への損害は出ない様にと立ち回ったつもりだ。……が、後半はかなり動き回っていた記憶もあり、その中で何かやらかしてしまった可能性はゼロでは無い。
あくまで自分達は間借りしている身だ。何か問題があれば修整するべきだし、迷惑をかけたのなら償う必要があるだろう。
生来の生真面目さを以って、姿だけなら年上となった従姉弟へ向き直ったルイへ返されたのは、しかし予想とは少し違っていた。
「設備の損耗は問題無い。……私が言いたいのは、戦闘訓練で完徹した上にそのまま会議や検証に参加するのは普通ではないだろうという事だ」
「――、―――…」
〝別に、何時もの事だ〟と、そう返しかけた言葉を寸前で飲み下す。純粋な心配からかけられた言葉に、流石にその返しはよろしく無い。だが、ならばどう返せば良いかというのもまたすぐには思い浮かばなかった。
身体の傷は既に皆再生を終えた後だ。散った血や肉片も既に霧散して戻り、肉体的な疲労も再生に伴って消えている。長時間の集中による精神的な疲労がゼロとは言えないが、無理も我慢も無く本当に問題無いのだから、それ以外に返しようが無かった。
「大丈夫だと分かってはいても、働き過ぎの仲間を案じる事は可笑しくはないだろう? 止めろとは言わないが、気に掛けている者達も多いとは知っておいて欲しい」
「……分かった。皆にも伝えておく」
だから、そう返すのが精一杯だった。
第3世代に区分されるルイでさえ、最早吸血鬼化した後の方が永い。人としての記憶こそあっても、人としての感覚は否が応も無く薄れてきている。
眠れない訳では無いし、眠りは精神の安息という意味では今でも大切なものだ。だが同時に、眠らずとも動き続けられる事も事実。精神的な疲労が取れさえすれば良いのでその時間は基本短く、椅子やソファで仮眠を取るだけでも十分だ。実際、ヴェインが困窮していた時期等は、それこそまともに寝ていた記憶が無い。極端な例にあたる継承者達等は、年単位でサイクルがズレてさえいたのだ。……最近はそれなりに生活にも余裕が出ていた気がしていたが、確かに何だかんだと皆動いていた事を思い出す。いや、自由時間も休息時間も確かに延びている。ただ、1日1時間が1日3時間になったとしても、人から見れば可笑しいのだと言う事を忘れていた。
救いがたいのは、それを思い出しても改めきる事は出来ないだろうという自覚があることだ。
「そうしてくれ。……やるなとは、言ないからな」
「…………」
勿論、性格やこれまでの経緯からくる焦燥もある。……が、そもそもにして睡眠も食事も必要としない吸血鬼の活動時間は、人に比べて根本的に長いのだ。12時間仕事をしても、その気になれば残りの12時間を丸々余暇にあてられる。嘗ての様に仕事は1日8時間まで等と言われたら、盛大に暇を持て余す事だろう。偶には良いかもしれないが、恐らく10日で飽きて結局は動き回るだろうとやらなくても分かる。
それでも彼等が……人や神機使い達が同じだけ不眠のまま動いていたらと想像すれば、ツバキの心配も呆れも納得出来た。全てを改めるという約束は出来なくても、そう思ってくれる相手がいることだけは忘れずにいようと誓った。
―――同日その後。
戦闘記録の確認をしながら。
「腕ー?!!?!」
「おー、そういややられてたな」
「皆何だかんだ負けず嫌いだもんねー」
「いや、そういう問題じゃねーよ!?」
「神機使いだと大惨事ですね」
右腕が肩口から切断される光景に、グロさもだが何より腕輪的な関係で神機使い達が絶叫し。
「え、今のめっちゃ普通に頸狙ってない?めっちゃ仲間の首刈りにいってない??」
「こっちは頭潰しにいってるし……」
「これで当たらないから困るよね」
「……困るの????」
避ける方は勿論、本気の目と動きで的確に急所を狙う光景をさらっと流されて困惑し。
「てかさ、そいつに何か恨みでもあんのかよ。どう見ても途中からガチで取りに行ってるだろこれ」
「やたら避けられるから意地になってんのが半分と、まあ……以前に借りが少しな」
「その後色々あって曖昧になっちやったけど、一発位は入れておきたいの」
「……半分以上は八つ当たりだな」
明らかに特定の相手に連携して攻めかかる一部とその理由に、何とも言えない空気が流れ。
「足場がしっかりしているのが良いわね」
「ヴェインは、落ちたら死に戻るしかない場所が多いからな」
「……そこ、本当に住めるの?」
足場の多くが狭く不安定な上、底が見えない程の亀裂だらけだと言うヴェインの状況に、神機使いとしてはアラガミや堕鬼よりそっちの方が怖いと青ざめ。
「これさ、吸血鬼の拘束ってもしかして出来ない?」
「完全に閉じた空間ならば、逃げられはしないが」
「後は……全身氷漬け? 拘束は……すり抜けるし、宇宙服みたいなやつだと装備判定になるから、動ける」
「まるで手品だな」
「泳いでる所に氷属性のオラクルバレットを打ち込むとかー?」
「装備込みだと沈むから、タイミングが難しいんじゃないかしら」
「いや、そもそもなんで拘束しようとしてるんだ……?」
ロープでの拘束と種も仕掛けもない縄抜けを披露しながら、何故か拘束方法について真面目に討論する一部に突っ込みが入っていた。
そして。
「折角だ、合同訓練とかも良いんじゃないか?その日はその時間以外しない様にすれば、あんた等もやり過ぎたりはしないだろ」
「戦闘訓練とか任務だけじゃなくてさ、色々一緒にできたら慣れるんじゃないか?」
「そちらに問題が無ければ、寧ろお願いしたい」
戦場での共闘だけでなく、普段の訓練から一緒にやれば良いだろうという案が賛成多数で可決される。――目を離すと何をするか分からないのならば、一緒に居れば良い。慣れないから戸惑うというのであれば、知って使って慣れれば良い。分からなければ聞き、それでも解決しなければ実演してみせれば良い。
「神機使いが相手だと、大半の吸血鬼は回避型にならざるを得ないとは思うが……」
「そうなのか?」
「神機を持っているお前達と力勝負が出来るのは、それこそヤクモやシルヴァ位だ。瞬間的に弾くことは出来ても、組み合えばまず押し負ける」
「打撃系も効かないから、吸血鬼とはまた別で無力化しにくいよねー」
「だからって麻痺させるのは辞めてくれよ……?」
「格闘戦で締める? こう、キュッとさ」
「やめろ」
どちらがより優れているとか、強いとか弱いとかは気にしない。そもそも吸血鬼と神機使いでは、最も得意とする状況や強みの部分が違うのだ。――それぞれの強みを活かし弱みを補い、知って教えて取り入れて応用して、そうして進んでいけば良い。
「いっそ隠れ鬼とか運動会とか?」
「ルールをしっかりしておかないと、ただの大乱闘にならないかしら?」
「あー……シエルとかが鬼になったら、隠れ鬼ってよりレーダーありの市街戦だよな」
「……吸血鬼側にサイレントとカモフラージュありだと、レーダーありでやっとだと思うわ。居ると思って見ていないと、正面や真横を通られても気付けないわよ」
「おばけか何か?」
「透明マントの方じゃない?」
ああでも無いこうでも無いと、様々な意見や提案が投げられては投げ返されて飛び回る。危急の案件では無いからこそ気楽で、同時にぶっとんだそれらは多くが棄却されたものの、しかし幾つかが採用される事になる。後にヴェインから呼び寄せられる事になる吸血鬼達や、ボリュームゾーンを構成する神機使い達を巻き込み、一種の通過儀礼かつ習熟訓練にさえなるのだが、それはもう暫く後の話だ。
諸々の末、結果として繋がりが強まったのだから、きっとこの騒動も無駄では無かったのだろう。
賑やかにわちゃわちゃと血生臭い事をする、仲の良い(?)吸血鬼達を書きたかった。
転移型錬血の練習をしていた筈が、高確率で実戦形式の模擬戦に発展するヴェイン組。と、片手片足がもげる程度は珍しく無いそれに、流石にドン引く神機使い達。ヴェインに戦闘用ダミーなんて無いので、お互いや弱い堕鬼が戦闘相手になっていたのでは?という仮説より。
+対堕鬼・対バケモノ(アラガミ)は兎も角、急所が明確な対人・対吸血鬼・対GEだと回避型の方が厄介では?という思い付き。野良の中でも戦闘能力は上位だった筈のルイ達をあしらうジャックとか、バケモノ相手に鉄パイプノーダメ撃破をかます主人公とか。後エミリーも、ブラッドコードと継承者戦見るに高速戦闘型っぽい。ムラサメもブランク抜ければ対人戦強そう。
主人公、聖堂の血英拾う前は地下道の奇襲に反応が遅れたり(オリバーが完全に食らった後に動く)、オリバー戦前にルイに庇われたりと素人感増々なのに、拾った後はジャックの奇襲にいち早く対応したりエヴァのアイヴィ吸血を避けたりと、動きが戦闘経験者っぽくなってておーっと。討伐戦で最前線に居たくらいなので、多分それなりに実績と実力のある戦闘員だったんじゃないかな?と。
後、吸血鬼の捕獲って実際ほぼ無理な気がします。一応全身氷漬けにするか、完全密閉空間に閉じ込めればいけるけど、意識があったら普通に霧散して逃げれそう。
◆シフト
半オリジナル錬血で、元となっているのはシフティングホロウ。
神機使いといえば、ヘリからの飛び降り出撃だけど吸血鬼達には難しそうなので代わりの移動手段を検討した結果、シフティングホロウの距離を伸ばせばいけるのでは?という思い付きより誕生した改良型錬血。
視界内に限るものの、一度あたりの消費は変わらないまま距離や方向の制限が大きく緩和されている。が、錬血としては一種でしかない為、連続使用や戦闘中の使用は本人の制御能力と判断力、移動距離や安定性は本人の空間把握能力と熟練度に左右されるという大きな欠点を持つ。
ざっくり言えばFF15のアレを武器なしでやっている。武器という座標が無いので、慣れないと出現場所や姿勢が安定しない。
◆レイ(CV主人公)
ブラッドコードと錬血自体はあらゆる動きに対応出来るが、最も得意とするのは片手剣+自己強化錬血+出の早い攻撃錬血で手数によりダメージを稼ぐ高機動近接型。
牙装は錬血補正重視なので基本紙装甲であり、step回避とホロウ系錬血を使った回避が主軸。