時間軸としては棺の塔〜臨時総督府あたり。
コードヴェインサイドのみ。
一時の休息
何となく広間に集まって、皆で取り留めのない話をする。
ココの店もムラサメの武器屋も、一番の上客であるあいつが居ないのもあって店主ともども休業中だ。……別に、神骸関係以外ならあいつ無しで問題ない訳だから、その辺の探索や堕鬼の駆除なんかをやればいいんだろうが、何となく動こうという気にはなれなかった。
――いつの間にか、探索の時にはあいつが居るのが普通になってしまっていた。
エヴァを助け、そのまま棺の塔を駆け抜けて。複雑な構造のそこを上ったり下りたりしながら辿り着いた最上階。霧の外の世界と真実を知って、ミドウを討ち…総督府へ向かおうとしたその最中に、あいつは倒れた。
霧散するわけでも、勿論灰化する訳でも無く、ただ本当に意識を失っただけに見えたその姿に顔色を無くす程に動揺したのは、ついさっき同行者として加わった監視者の2人だった。
――ただの吸血鬼だとしても、休息を基本必要としない肉体なのだから突然の昏倒等滅多にあるものでは無く、ましてやあいつは継承者だった。
神骸の制御に必要なのは継承者としての適性と、クイーンの生存本能を抑え込めるだけの強い意思という枷。そして本人の意図しない意識の消失は、侵食が進んだ継承者に見られやすいらしい。
つまりは、戦力云々以上に神骸の継承者であるあいつに暴走の危険があるって事で、全員で拠点に取って返してきたのがついさっきの事だ。
「負担をかけちまってたんだろうなぁ。そしてそれに、気付いてやれなかった」
「…私も、気が付くことが出来ませんでした。あの方に寄り添い、支えるのが私の役目ですのに…」
考えれば考える程、もう少しどうにか出来なかったのかと思ってしまう。
あいつの能力は確かに必要で、戦闘でもすっかり頼みにしていたのは事実だ。けど、それ以上に仲間だと、相棒だと言ったのに倒れるまで無理をさせた事が、そしてそれに気付けなかった自分が許せない。……借りを返すと、荷物を背負うと言った矢先にこれだ。
「継承者、なのよね。ニコラと同じ…いえ、それ以上に重要な、血の神骸の継承者」
「血は全身を巡る。それに耐えられるという事は、ある意味では最もクイーンに近い存在、と言えるのかもしれないね」
神骸の継承者が暴走すれば、クイーンが復活する可能性がある。そしてあいつのもつ血の神骸は特に扱い辛く、適合者が他に居るかも分からないと、他の継承者達も監視者の2人も言っていた。――ただでさえ減少しているらしい適合者の中でも、更に高い適合率を必要とする一つ。
全身を巡る血そのものが、神骸。他の神骸がなくとも、血を受け入れたその軀そのものが既に新たな神骸にさえ近い。
――もしも、万が一。あいつが暴走してクイーンへと堕ちるような事になった時、自分達は果たして割り切れるのだろうか。
重たい空気を動かしたのは、小さく聞こえた扉の音と、近付いてくる3つの足音だった。
「あ、ルイ!その…調子は、どうだった?」
「今の所落ち着いているようだ。2人にも見てもらったが、大丈夫だろうと」
その言葉に、思わず視線がその2人へと向く。
神骸の継承者であり、監視者の役目を担う者達。万が一を考えて様子を確認していた2人の表情は、特に変わらない。
「ああ。吸血鬼としても継承者としても暴走の兆候は見えなかった。……自我、という点に関しては後で確認が必要だろうが、血を制御出来ている以上、危険域、という程でも無い筈だ」
「ただ、疲れてはいるみたい。あまり余裕は無いけれど、せめて自然に目覚めるまではゆっくりしてあげた方が良いと思う」
「吸血鬼に眠りは必要無いが、身体の不調は精神を蝕む。……継承者にとって、精神の揺らぎは無視出来ない」
淡々と告げられた内容は、ある程度の不安を晴らしてはくれた。だが同時に、別の心配事も増えた。
「……間に合うの?」
ミドウのクソ野郎がやらかしたせいで、ヴェインをヴェインとして成り立たせている要だった事が分かったシルヴァのタイムリミットは大幅に削られた。
大崩壊の後世界を滅茶苦茶にしやがったバケモノが跋扈する外とヴェインを隔てる赤い霧が消え去れば、備えも力も足りない吸血鬼と人間の生き残りは今度こそ狩られ尽くすだろう。……まあ俺らが気に病んでも仕方は無いんだろうが、気にならないかと言えば嘘になる。
「シルヴァなら、きっともう少し保つわ。古い継承者の一人であり、そして今まで赤い霧を保ち続けるだけの力と意思は確かなものよ。それに、もし間に合わないとしても、彼も既に継承者の一人。無理をして暴走すれば、クイーンへ堕ちる可能性があるのは同じよ」
「赤い霧は今の所保たれている。……俺たちだけでは神骸を抑えきれない以上、信じるしかない」
「歯がゆいもんだね」
ココの言葉に同意しながら、詰めていた息を吐いて天井を見上げる。ルイの言う通り、俺たちが焦ったところでどうしようも無いって事は理解しているが……それはそれとして落ち着かない気分になるのは抑えられなかった。
「最悪、クイーンが復活したとしても討伐が出来無い訳では無い。ならばそれよりも、その後に遺る神骸の処理を考えた方が良い。時間のロスを少しでも減らすなら、先行してシルヴァへの道を先に拓いておく事位だが……」
そこで言葉を切ったジャックが視線を向けたのは、丁度ヤドリギに転移してきたデイビスだった。その冴えない表情に、あんまり良い知らせは受けられそうに無いなと理解する。
「どうだった?」
「駄目だな。瘴気が濃すぎて総督府内部への道が閉ざされている。サーベラスも、その瘴気を受けて既に堕鬼となっていた。……無理をすれば入口まではマスクも保つだろうが、奥地にある筈のヤドリギに反応が無い以上、内部もどうなっているか分からない」
「……結局、あいつが居ないとどうにも出来ないって事か」
突き付けられる無力さにぐしゃりと前髪を握り潰す。精鋭揃いのサーベラスがこの短期間で堕ちたって事は、それだけ瘴気が濃いって事なんだろう。しっかりと意識を持って、装備も整ってた筈のそいつらがこんな短期間で堕ちる様な場所を無理矢理突破すれば、俺達がどうなるかなんて分かりきっている。
瘴気に阻まれて頓挫していた血涙の源流を探す探索があいつの力で進んだように、そこに辿り着く為の条件としてあいつが必要な状況。
――ああもう本当に、負担の割合が不平等過ぎる。
「私やジャックなら、あなた達よりは瘴気にも耐えられるわ。だから、私達でシルヴァの神骸を回収してくる……もしくは、私達が脳髄と他の神骸を継いでしばらくは保たせる、という方法も考えたのだけれど」
ヤドリギが枯れた中でも監視者として活動し続けていたこいつ等や、何年も棺に籠もって生きる継承者は元々乾きに強い、らしい。普通の吸血鬼では無理でも、もしかすれば、と。……だが。
「やめといた方が良いだろうね。あんた達の実力は認めてるけど、それとこれとは話が別だよ。それに……"暴走の危険"があるのは"同じ"、なんだろう?」
「……そもそも、俺の眼で辿れん以上総督府の内部がどう変化しているのか分からん。シルヴァの下にも、正確に辿り着けん可能性が高い」
「それに、髄骸は神骸の中でも高い適合率を必要とする部位の一つなの。……私達だと、継承者となる事は出来ても赤い霧の維持まで手が回らない可能性が高いわ」
ココの言葉を、エヴァもジャックも否定しなかった。そもそも、独自の移動手段を持ってるらしいこの2人(多分ジャックの方か?)がまだ此処に居る時点で、その方法を取る気は無い…取れないって事なんだろう。こいつ等の性格的に、やれるならさっさと勝手にやるだろうしな。
そしてそもそも、継承者っていう条件はこいつ等も同じだ。そしてあいつ程じゃあないにしても、他の継承者にとって必要な存在だ。それにもしこの2人が失敗したら、最悪暴走した6つもの神骸の処理を、あいつ一人に押し付ける事になる。
(そうでなくても、脳髄の継承とその代償を背負いこませちまうのが、決まってるってのに)
――脳髄の神骸を継承し、赤い霧を維持するという事は、シルヴァの意思と役目を引き継ぐという事であり……その為に、長い永い眠りにつくという事。
なまじ寿命ってもんが吸血鬼には無い。……その心が強ければ強い程、永劫にも等しい時間を、たった1人で耐え続ける事になる。
勿論、力を惜しむつもりなんて無いが…何が出来るのかさえも分からない、ってのが正直なところだ。――だったら。
「ま、ここんところずっと動きっぱなしだったしな。ゆっくりすんのも悪くねーだろ」
「そうね。あ、折角だから紅茶でも飲まない?この間貰った茶葉があるの」
意図的に声を上げて笑みをつくる。ちらりと視線を向ければ、察してくれたらしいミアも乗ってくれた。ざっと見回せば、ココとムラサメも気付いてくれてるみたいでほっとする。
――どうしようも無い事を、うだうだ悩んでも仕方が無い。
継承者であり監視者でもある2人や、総督府との繋がりが強いデイビスはそもそも当事者に近い。そしてルイも、なまじ頭がいいもんだから色々と考え込んでしまってるんだろう。
(その点俺達はまだ気楽なもんだ)
継承者でもサーベラスでも無い。総督府やシルヴァに対しても、特段強い思い入れがある訳でも無い。…だからたぶん、メンタル的に一番余裕があるのは俺達だ。
「あいつが起きるまで待つんだろ? んで俺達の役目は、出来る限り消耗させないであいつをシルヴァのトコまで連れて行く事。……なのに剣や盾が鈍らじゃあ意味がない、だろ?」
だから、あえて空気を変えるために明るく声を上げる。考え込んで煮詰まって、それで身動きが取れなくなっちまったら元も子もない。
勿論、考える事も必要だって事は分かってる。けど、それはルイやジャック達に任せておけばいい。目的は同じでも、全員が全員で同じ役目を果たさなければいけない訳でもないだろう。
「そういう事よ。それに、出来ればあなた達二人も温存したい位なんだから」
「私達も?」
ついでに言えば、今回最も重要なのは勿論あいつだが、この2人も優先度は高い。継承者の状態を見抜く眼と、暴走した神骸を仮初でも鎮める歌。そして、複数の神骸を宿す事が可能な程の適合率。あいつが脳髄を継ぐ時、そして継いだ後も、その能力は役に立つ筈だ。……感情面を抜きにしても、残ってもらわないと困る。
「ま、何にせよ少し休憩だな」
───────
「そういえば、気になっていたのだけれど。あなたは彼と知り合いだったの?」
「そういや新入りだとか何とか呼んでたよな。あいつも知ってる様子だったし、気になっちゃいたんだが」
ミアとエヴァが淹れてくれた紅茶を飲みながらの何気ない会話。それは危急の問題では無いが、彼等が合流してからずっと気になっていた事だ。
元々当たりが柔らかなエヴァは兎も角、社交的とは言えない気質に加えて【吸血鬼狩り】として刃を交えた事さえあるジャックが、比較的すんなりと馴染んだ理由。勿論、状況的な理由もあったし、記憶を見てただ冷酷なだけの男では無いと知っていたというのも理由ではあるが……それ以上に。
――彼が、ひどくすんなりとその存在を受け入れたから。
地下道を抜けた先の市街地で、半ば流されるようにして此方の手を取ったあの時とは違う。明らかに既知の、そして信頼のおける相手としてジャックへと対応した彼に。そして、幾らか複雑そうにしながらもそれを受け入れて、何だかんだと気にかけては声をかけるジャックの姿に、気が付けば警戒や違和感が消えていた。
そして、気になってはいたけれども聞く機会を逃していた事がある。
――新入り、とジャックが"彼"の事を呼ぶ事。そして彼も、それをごく自然に受け入れている事。
彼とイオを保護したのは、彼等が目覚めてから然程経っていない時期だと言っていた。それ以前の記憶は、名前を除いて残っていないのだとも。……その言葉が嘘だったとは思わない。
だから、恐らくは失われた記憶の中にあった繋がりなのだろう、と。そしてどこかでその記憶を取り戻せたのだろう、とは推測出来るのだが。
「……何だ、聞いていないのか?」
「何を?」
問いに問い返せば、思案げに細められる薄青い左眼。睨んでいる、とも取れる鋭さのその奥で、その実勝手に話して良いものかと考えているのだろう。継承者達の記憶や、何よりここまでの行動で、冷徹に振る舞う事は出来ても決して非情では無い事位は解かる。それこそ、よく【吸血鬼狩り】……【監視者】なんて役目を果たせるものだと思う位には情が強いのだと。
「…………」
「ついでに言うなら、何処で記憶が戻ったんだろうな? 探索の時は基本俺等と一緒だったし、海溝ん時はジャックに反応してなかった筈だ」
無言を貫くジャックをおいて、ヤクモが疑問を追加していく。
そう、初めは確かに何も覚えてはいない様子だった。吸血鬼であれば名前位は知っている筈の、血涙や血英、総督府やシルヴァについてさえ知らず。役目を自覚していたイオの方がまだしっかりとしていると感じる程に、どこかふわふわとしていたのだ。それに、変化が起きたのは。
「……一つ、心当たりが無い訳では無いが」
「え、嘘?!」
「白の聖堂で中型の堕鬼を倒した先に一つの血英があったのを覚えているか? ……イオのものと同じ、恐らくは神骸の伴侶が残した武器の裏に落ちていたものだ」
「ん? ああ、そういやあったな。俺達が近くに居たのに、あいつだけが見たやつだろ? ……ああ確かに、あの後位からだったか」
何時もと違い近づいても声が聞こえず、記憶の追憶に同行することもなく終わった一つの血英。本人は数分呆けていた位で何も言わず、だからそんな事もあるのかと、その時は特に気にせず先に進んだが……今思い返せばあそこが分岐点だったのだろう。
「それまでも悪くは無かった動きが、その辺りから一気に洗練され始めた。薄く残っていた迷いが消え、俺達を気遣う余裕さえ出来た」
「……そういえば、そうね」
明らかに戦闘経験を積んだ者と分かる動きと判断力。迷いの無い太刀筋に苛烈な攻勢とそれを支える錬血への慣れ。そんな物が唐突に宿る筈なんて無いと、今になって良く考えれば可笑しいと思うのに、あの時は血涙の源流に近付いているという意識が強くて気にする事は無かった。
そして、その内面も、また。どこか深い場所に硬い芯が通り、継承者達と真正面から対峙しその願いを受け取って。思い起こしてみれば、アウロラやジャック達から血の継承者である事を告げられても大きく混乱した様子も無く、ただ静かにその役割を受け入れている様子だった。――まるで、何かその事に心当たりがあるかのように。
「あいつな、ここに来たばかりの頃は本当に何にも覚えて無かったんだよ。だから初めは、起きたばかりの第3世代だと思ってた」
「そう……そうだって思ってた。けど、それだと可笑しいよね」
そもそも、記憶の無い第三世代が、多少のぎこちなさはあるとは言ってもいきなり俺達に並んで戦える筈が無い。少なくともイオはそうだったし、今まで出会った吸血鬼達もそう大差無かった。戦闘経験なんてものがあるとすれば、ヤクモの様に元々軍属だったか……あるいは、元々吸血鬼として戦った経験があったか、だ。
考えれば考える程に、何かが変わった彼の事を殆ど知らないままにここ迄来てしまったのだと、そう実感する。……いや、そもそも変わる前でさえ、殆ど何も知らなかった。
そしてそれを本人に尋ねようにも、もう時間は無い。彼の目覚めが、出発の時なのだから。
――今更、知りたいと思うのは己のエゴなのだろう。それでもせめて、その過去も含めて覚えておきたい。
「……あいつの考えは分からん。だからあくまで、俺が記憶している話になるが」
やがて、溜め息一つの後に逸らされた視線と、代わりにと言わんばかりに向けられた言葉。それに、どうやら話してくれるつもりにはなったらしいと判断して、そして相変わらずらしい言い回しだと苦笑した。
「まず一つ。お前達の言う通り、あいつは第3世代では無い。第1世代後期……クイーン計画が始まり、だがまだ暴走までは至っていない時期の吸血鬼だったと聞いている。元々はバケモノに対する為の戦力として蘇り、だが目覚めて間もなくクイーンが暴走した為討伐隊へと組み込まれた、と」
「あいつも、討伐隊の一員だったのか。それに、あんたも」
「……俺は元軍人だ。故に、バケモノ相手に殺されて吸血鬼化した、第1世代でも初期の部類に入る。当然、そのまま討伐戦にも参加している」
「だとすると、施術時期的にはヤクモと同じ位か。そして、その口振りなら討伐隊で関係があった、という事か?」
「そうだ」
あっさりと返される肯定に、何となく予想はしていたとは言え、改めて前提から違っていたのだと理解する。明確な理由を以って生み出された第1、第2世代の吸血鬼。その中でもさらに、クイーン……暴走したクルスとの戦闘を経験し、そして生き残った存在。ムラサメやデイビスと同じ様に、自分が生き残る為だけでは無く…寧ろ自分の命さえも擲つ覚悟で結集した吸血鬼達。その、生き残りなのだと。
「討伐戦終盤、中央研究所……今の臨時総督府を拠点として、侵攻を続けるクイーンへの防衛線を敷いた。クイーンの動向を探る斥候部隊と防衛を担うサーベラス、補給や治療を行う支援員達。そして、シルヴァを中心とした直接打撃部隊。……俺が奴と会ったのは、その場所だ」
「お、って事はもしかしたらすれ違う位はしてたかもしれないね!いや、斥候部隊だったからあんまり他の隊と話した事ないんだけどさ」
「お前は……そうか、夜叉か。直接同じ場に立ちはしなかったが、名前は聞いている」
「あははは……。うーん、けどクイーン戦かぁ。私は途中で抜けちゃったし斥候メインだったから、誰が討伐したのか知らないんだよね」
「シルヴァじゃないの?」
「さあ、どうだろうね。正直、討伐者については不自然な位情報が無いのさ」
そう。クイーンが討伐されたという情報は確かにあるのに、何処で何時誰がそれを果たしたのかという情報は無いのだ。シルヴァが討伐部隊を率いていた事もあり、彼かその直近では無いかと推測されている訳だが。……隠す理由が分からないという点で、様々な吸血鬼が話題にしては消えていった。
「討伐者を伏せた理由は幾つかあるが……一つは、既にそいつが居なかったからだ。その後は神骸関係のごたごたもあり、クイーン討伐の称号は必ずしも称賛されるだけのものでは無くなった」
「相打ちだったって事か…?いやまて、その口調だとお前クイーンを討伐した本人を知ってんのか?」
「いや、それだけじゃ無い。話の流れから推察するに、その討伐者は……」
点が、線で繋がれていく。
クイーンの血と似た反応を示す血を持つ、記憶の全てを失った吸血鬼。血英を取り戻した事による変化。聖堂でのジャックの反応と、彼等が把握していなかった継承者。そして、今の話。そこから導かれる存在は、つまり。
「そうだ。奴こそがクイーンの討伐者であり、恐らくは最も古い継承者でもある。……そして、かつての俺の部下であり、クイーンの討伐と引き換えに暴走したあいつを介錯した、筈だった」
「!!」
「やはり、そういうことか」
記憶の欠損は吸血鬼化時のものでは無く死に戻りによるもの。クイーンの力と関係があるのではと仮定していたその力は、そのままクイーンのもので。血英によって力を増したのは、それだけの経験が既にあったから。表に出てこなかったのは、既に死んだと思われていたから。……死ななかったのは、恐らく神骸を継承した者であったからだ。
「新入り、なのにクイーンと戦ったのですか?」
「俺が率いていた隊の新入りだったというだけで、奴自身戦闘員としてはそれなりの経験者だ。……でなければ、クイーンへの直接打撃部隊になど選ばれん」
「そうなの?」
「クイーンの脅威は、その能力の高さだけでは無い。クイーンの瘴気やその血を吸収した者を堕鬼と化し、配下とするその特性こそが最大の脅威とも言える。下手な者を送り込めば、討伐どころかあちらへ戦力を渡す結果になりかねないという事だ」
「そうそう。灰になる確率なら斥候部隊も相当だったけど、最前線の部隊は死に戻りさえままならない位だったらしいって」
「酷いもんだった、とは聞いてるよ。短期間で何度も何度も死に戻って、命と引き換えに薄皮を剥ぎ取っていく様な戦いだったってね」
補足を加えたデイビスに、ムラサメが同意を示し、その横でココが肩を竦めているのが目に入る。当時を知る彼等の言葉を、自分達は聞いている事しか出来なかった。
死に戻る事さえも前提として、死に戻る事が出来れば幸運な方だという戦場で。ただ一人を打ち倒す為に集い力を合わせた吸血鬼達。
血涙と瘴気の無い場所を奪い合い、殺し合う今とは全く違う時代。それを経験している彼等は、矢張りどことなく違う気がする。
施術の時期としては大差無い筈なのに、目覚めが遅れた俺達は当時の本当の状況を知らない。……もしケビンが生きていれば、同じ様にそこへ加わる事が出来たのだろうか。
「先立って行われたクイーンとの戦闘で壊滅した部隊の生き残りだったあいつを、丁度欠員が出ていた俺の部隊で引き受けた。そして新入りだという事で、俺とバディを組み前線へと出た。……当時の状況では、別に珍しくも無い」
「だから、"新人"じゃなくて"新入り"なのね。それで、その……介錯した、っていうのは?」
思考に気を取られている間にも話は進んでいく。ミアの言葉にジャックの表情が険しさを増したのが見える。まあ、余り好んで話したい話題ではないだろうとは思う。この短い期間でも、継承者やエヴァの恩人である、というだけでなく気にかけているのが分かる程なのだから。……それに、介錯、と言っていた事から類推すれば、答えは簡単だ。
「……デイビスが言っていただろう。クイーンの瘴気は、堕鬼のそれとは比べ物にならない程強烈に渇きを悪化させる。そしてその血は、喰らった者達の尽くを拒絶反応により堕鬼へ堕とす。……奴は、クイーンの至近でマスクを失い、そして、奴の突き立てた牙が、クイーンにとどめを刺した」
「ああ、なるほどね。渇きだけならどうにか出来たかもしれないけど、取り込んだ血そのものが毒だったって事かい」
「あー……うん、聞いた事はあるよ。クイーンの血で暴走した吸血鬼は、確実に堕ちる、って。絶対に、血は吸うなってさ」
「だから、堕鬼になる前に介錯したって事か。で、あんたが直接やったから聖堂でああ言っていた、と」
「…………」
その無言は肯定だ。
吸血鬼の牙を封じる、青き血。本当ならば、人間や吸血鬼の助けとなる筈だった"彼女"の血は、その薬毒を反転させて猛毒と化した。……だから、恐らく本当に打つ手の無い状況だったのだろう。――堕鬼となる前にせめて、と。部隊長として、そしてパートナーとしての、その最後の役目を果たした結果が聖堂でのやり取りだ。
「心臓を貫いた奴の身体は、灰と化しながら深い谷へ落ちていった。奴と思しき堕鬼も、新たなクイーンの復活も認めなかった事から、無事に灰となったのだろうと判断した。……俺が知っているのは、これで全てだ」
通常の吸血鬼ならばそのまま灰となっていた筈の一撃。それを受けて尚、何とか再生を果たした彼にイオが合流し、その後野良の吸血鬼達に捕まった、という事なんだろう。……死んだと思われていたからこそ、彼等も、そしてサーベラスも彼を探しはしていなかった。
「なる程な。それにしちゃ、随分懐かれてるみたいだけどな」
「それに関しては俺にも分からん。そもそも当時でさえ、直接関わりがあったのは精々数日だ」
思考の脇で会話は進む。
からかい混じりのヤクモの言葉に心底不可解だと返すジャックの声はどこか苦い。仕方の無い状況だったとしても、明確に消すつもりで手を下した相手。ならば良い印象は持たれていない筈で、なのにそれを感じさせない態度への疑念。……確かにそれは、不思議ではあるが。
と、そこでそれまで静かだったイオが声を上げた。
「……記憶を証明してくれるから、かもしれません」
「記憶を?」
「はい。……取り戻したその記憶が、確かに自分のものであるという証。同じ記憶を共有できる存在。…あの方から零れた記憶は多く、一部だけが戻っても他と繋がる事が無い……。だからそれが、本当に自分のものであるのかどうかは、周りに尋ねるしかありません」
「…………」
「戻ったという記憶がどんなものかは、私にも分かりません。……けれど、例え追憶を共に見たとしても、私達にはそれが真実あの方のものである、と証明する術が無い」
それは、記憶を持たないイオだからこその言葉なのかもしれなかった。
欠けた部分に欠片を当てはめて確かめる事は出来ても、全てが欠けたものの一欠片だけではそれは難しい。拾い上げた記憶を、自分のものだと信じきれないという感覚はどれ程恐ろしいものだろう。――それを、確かに保証出来る他者がいてくれるなら。別の視点から同じ時を見た相手がそれを証明してくれるのなら。
ああそれはきっと、例え敵対しようとも無視できない繋がりとなり得るだろう。
「そうかもしれないわね。あなた達の様子を見る限り、殆ど何も話していなかったみたいだし、ね…」
「えっ、エヴァは知ってたの?」
「ええ、ジャックから聞いた事があったから。クイーン討伐の第一功労者で、優秀な部下だったって」
「おい、エヴァ」
「あら、隠すような事でも無いでしょう?彼にも教えてあげたけれど、嬉しそうだったわよ?」
「…………はぁ」
ころころと楽しそうに笑うエヴァに額を抑えるジャック。確かに拠点で、何かを話している姿を見かけた事はあったが、そんな事を話していたのか。本当に、知らない事ばかりだ。……聞けば、自分達にも教えてくれただろうか。
「もし彼が、討伐戦の後もそのままシルヴァやジャック達と一緒に居たら…ふふ、きっと色々違ったでしょうね」
「そうなんだ?」
「ええ。あれだけの適合率なら、心骸や髄骸の継承だって可能な筈。そしてそれ以上に……血骸の力を使いこなせる以上、神骸の管理を担う監視者としての適性はとても高い。神骸の暴走を一時的に抑えるのが精一杯の私と違って、彼なら一人の継承者の時間そのものを延ばす事が出来た筈だから」
「……監視者はヴェイン中を動き回る必要がある。それに、サーベラスを使っての探索や確認も可能だ。ヤドリギや泉の活性化も、広範囲で行えただろう」
話題の転換は、考え過ぎない様にだろう。
けれども彼等の言う通り、もしも討伐戦の時点でその力が分かっていれば。……いや、此方で目覚めた時にその頃の記憶が少しでも残っていたら。もしくは、彼とイオを保護したのが野良の吸血鬼達ではなくサーベラスだったなら。きっと、彼は此処にはいなかっただろう。
継承者として眠りについたシルヴァは既に表に出てこれないとしても、始まりから全てを知るジャックは外に居たのだ。彼の存在をジャックが認識していれば、聖堂で声をかけていた通り、その力を見込んで引き込んでいただろう。
もしかすれば、記憶に残る名前を頼りに、自分から総督府を目指した可能性もある。
そしてそうであれば、きっと彼は継承者として動く事を断らなかっただろう。――初対面の自分達の願いに、躊躇いなく手を貸してくれた彼ならば。理由と、役目と、力を明確に説明されて請われれば、きっと。その場合にはイオもまた、彼に付いていくと予想出来る。そうなればいよいよ、自分達と彼との接点は無くなっていた筈だ。
そして、それで困るのは精々が自分達だけで…吸血鬼全体としては、寧ろプラスになっていた可能性が高いだろうという事も。
――ヤドリギや泉は枯れず、継承者達の暴走も遠く。その恩恵を受けながら、核心には触れる事は無く、ただ一介の吸血鬼として。
「はは、あいつが受け入れてた理由、何となく分かった気もするぜ」
「だねー。つまりルイが連れて来れたのは、ラッキーだったって事だね!」
彼にとって継承者の多くは、クイーンの討伐という過去を共有し、何より神骸の継承者としての共通点を持つ存在。余程生理的に受け付けない程嫌っていたというのならまだしも、それなりに友好的な関係であったのならば、尚更だ。
偶然、俺達の方が先に接触出来たというだけで、もし何かが違えば出会う事さえ無かったのかもしれないのだと今更に理解する。……あの地下道で彼と出会っていなければ、どうなっていただろうか。
ヤドリギや泉の活性化が出来なければ継承者の所には辿り着く事が出来ない。そして……仮に辿り着けたとしても継承者が居なければ棺へ入る事は出来ないのだから。
「そうね。……そういえば、アウロラ達の事も、知ってるみたいだったけど」
「シルヴァはもとより、カレンとアウロラも救護班として当時その拠点に居た。その際に知り合っていても可笑しくはあるまい」
「! 姉さんも、そこに居たのか…」
「姉? ……ああ、そんな話もしていたな。弟が、まだ目覚めていない、と」
それ以上詳しくは知らんが、と話すジャックに、改めて自分の目覚めが遅かった事を知る。……すぐに目覚めていれば、俺もその場所に居ることが出来ただろうか。
「ルイって、何気に凄いところに知り合い多いよねー」
「人間としてのものだけだ。……吸血鬼になってからの話状況は、今回の旅で漸く知った程度で……」
そう、吸血鬼として目覚めた時には既に色々な事が終わった後で。かつてこの手をすり抜けた罪と後悔は、眠り続けるその間に新たな犠牲を生み出し続けていた。……そして彼や継承者達の覚悟と犠牲によって、ヴェインは保たれていた。
――知らない間に家族が継承者となり…そして、それにより生かされていた。
それは、ヤクモやミアにも共通している事柄で、彼と共に居たからこそ知る事が出来た真実だ。それに加えて、暴走を鎮めてもらう事でその命さえも救われて。姿が変わり場所を縛られても、また会って話をする事が出来る時間を、貰った。……その恩さえ返せないまま、終わりの時は近付いている。
「取り敢えず……今は大丈夫、なのよね?」
「ああ。神骸そのものは極めて安定している。……恐らくは、慣れないまま短期間で力を使い過ぎた事が原因の過労だろう」
「神骸は、宿すだけでも負担がかかる。棺に入らず力を使うとなれば、尚更ね。そして、神骸を抑え込む為に必要なのは、何よりも強い意志。だから、継承者としての自覚が無いまま力を使い続けて平気だったというのは、寧ろ凄い事なのよ」
他の吸血鬼では触れる事さえ出来ない血英を取り込み、暴走した神骸にさえ干渉して鎮める力。そして力として使うまでも無く、その血はクイーンと同じ特性を示す。……棺に入ってさえ苦しんでいたアウロラやニコラ達と比較すれば、その差は明らかだった。
「それだけ、奴の神骸への適合率が高いという事だ。……適合率だけで、神骸の侵食を抑え込みその力を引き出せる程に、な。故に覚悟が伴えば、シルヴァの神骸だけでなくその役目を継ぐ事が出来るだろう」
「…………」
――その掌を貫く血色の棘。そして、その身を取り込まんと伸びる生白い茨。
思い返せば、血英の沈静化や記憶の返還、そして神骸の鎮めと、この短期間で彼は幾度もその力を使っていた。……物理的に貫かれる痛みや侵食の感覚に苦しみながらも、終わった後は平然として見えていた。
それが可笑しいのだと判断出来るだけの材料を、自分達は持っていなかった。
継承者の候補として重要視されるのは、適合率と強い意志だとジャックは言う。
前者は、その自由度に。そしてその適合率こそが、棺に篭もって尚身体的な変化が起きていたアウロラやニコラ、エミリー達との違い。
そして後者は、本人達の覚悟次第であり、主に自我を保てる期間に影響する。本人の意志が強い程に、身体は変異しても人の心を保ち続ける事が出来るのだと。
適合率が高いほど、棺を必要とせず人の姿を保ったまま力を使う事が出来る。その上でどこまで耐えられるかは本人の自我によるそうだが、それはつまりどれ程強靭な意思を持とうとも適合率が低ければ棺に縛られるという事。それはどうしようもない資質と素質による、無慈悲なまでに残酷な差違であり……だからこそ、適合率と覚悟を併せ持つ高位の継承者達はヴェインの要足り得るのだと。
――それがあの時、棺の塔の頂上で覚悟を問いかけた理由。
「今シルヴァの下にある神骸の内、ミドウに奪われた分は私がまた引き受ける事が出来るわ。それに……監視者としての役目を彼に引き継いで貰えるのなら、髄骸を私達で引き受ける事自体は、出来なく無いと思う」
「……それでも、奴が覚悟を決められるのであれば、最も適任である事は確かだ。特に今回の場合、ただ継承者となるだけでは不足なのだからな。……継承し、その上で力を使い続けられるだけの適性が要る」
「そう。それに……既に継承者である私達では、多分だけれど彼程長くは保たないわ」
「え、そうなの?!」
「神骸は継承者に溶け込み、同化しているわ。……私がしていたように、一時的な保管であれば取り出す事も出来るのだけれど。正式な継承者のそれは、もう身体の一部だから」
「一度継承者となれば、二度とは戻れん。……数が多くなる程に負担は増し、そして仮初の器で力を使う事は出来ん」
「それは彼も同じ。……だからこそ、他者の血を取り込み力とする特性と、そもそもの適合率の高さという差が出てしまうの」
「ただの器としてならば、俺達でも可能ではあるんだがな……」
出来るならば自分達がやっていると言う様に、2人の声と表情は苦い。……それは偽善や上辺だけものでは無く、結局のところ彼でなければ不足なのだと、彼等自身が誰よりも知っているからだろう。
継承者達が基本的には一人一つの神骸を受け持つ理由は、負担の問題でそれ以上は困難であるから。……不可能ではない様だが、適合率の高い継承者を短期間で使い潰す事になりかねない為に、今まで避けられてきたのだと。
だからこそ、今ある"器"を保たせる事が出来る彼の力を欲し、また最高位の器足り得るその身を欲したのだ、と。
――クイーンの復活を阻止する為の器。
普通の継承者達が担うその役目に加えて、ヴェイン全体に作用する程の力を使い続けるのは、大きな負担がかかるのだろうとは想像出来る。……監視者達と同等の適合率を持つというシルヴァや姉さんが、人の姿のまま眠り続けている理由。
それは、そうしなければ力を使う事が出来なかったからだ。
「ミドウが余計な事をしなければ、監視者として助力を頼むつもりだったが……」
「そうね。……必要な時に力を借りられるだけでも、きっと違ったでしょうね」
こんな事になっていなければ、きっとそうやって緩やかな交流は残っただろう。初対面の相手の願いを受けて躊躇いなく力を貸してくれた彼だから、きちんと説明すればそれを惜しみはしない筈だ。……そんな未来が、あれば良かった。
――何か別の手段を模索したくても、もう時間は残されていないのだ。
「……私は、何があってもあの方の側に」
「お前、それは。……いや、俺達がどうこう言える話では無いな」
イオは既に、自分の道を定めたらしい。……例え声が聞けずとも、最後まで共に在ると。
監視者の2人は、問うまでもない。
ならば俺達も、覚悟を決めなければならないだろう。
(例え、何があろうと)
【人を護り、吸血鬼の未来を切り開く】
嘗て告げたその言葉を、嘘にはしない。
そう改めて覚悟を決め視線を上げた先、廊下へと続く入口に、見慣れた姿を見つけた。――あぁ、時が来た。
―――休息は終わり、最後の幕が上がる。残る演目はあと一つ。澱んだ赤き玉座の間で、選択と継承の時が迫る。
―――さあ、最後の舞台を始めよう。
コードヴェイン本編、実はかなり短時間で終わってるんじゃないかという疑念が消えない日々。
聖堂攻略後以降(エヴァが駆け込んできた後)ってほぼ誰かを追いかけてるイメージなので、まともに情報共有や話は出来ていたのかな、と。
ジャックが真横にいる状態で吸血鬼狩りの話をしているデイビスって実はサーベラスでも下っ端だったのでは?