不死の吸血鬼と神喰いの狼   作:雲海月

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本編合間の小話その2です。
短い上に深い考察等も無いので、さらっと読んで下さい。


お風呂事情

湯水の様に使う、なんて言葉が、潤沢に遠慮無く……惜しみなく無駄遣い、なんて意味で使われていたのも今は昔。

 

 環境の変動や人口の一極集中による水不足。そして、作られるエネルギーの殆どが対アラガミや食料生産へ回される現代において、真水の価値は跳ね上がり。ましてや、生成に熱エネルギーを必要とするお湯ともなれば、一般人は元より上流階級にあたる神機使い達でさえ、贅沢には使えない物となっていた。

 

 

 だから、ふと零れ落ちたその言葉にも深い無理は無かった。

 

 

「ふいー……今日もお疲れ様ー」

 

 本日のラウンジは女子会模様で何とも華やかだ。

 それは特に狙った訳では無く、手が空いた者から順に任務を受けていたら、丁度男女比が極端に偏っただけの偶然の産物。先程までの彼女達と入れ替わりに、今は男共が血生臭い戦場でアラガミ相手に大乱闘中だ。

 しかしそんな偶然が元とは言え、こうも偏れば話題も自然と特有のものになっていった。

 

「いつもの事ですけど、任務終わりにお風呂に入れるのは羨ましいですね」

 

 シャワーを浴び終えてラウンジで寛ぐ神機使いに合流したのは、ヴェインでひとっ風呂浴びてきた吸血鬼達。じゃあまた後で、なんて言葉と共に戦場近くのヤドリギからヴェインへ飛んだ彼女達は、何ともほっこりとした様子でラウンジへやって来た。そんな様子を見て、思わず零してしまったのだ。――羨ましい、と。

 

「お風呂!温泉! いいなぁ」

「シャワーが十分使えるだけで恵まれていると分かってはいるんですれけど……」

 

 凡そ居住性という点において、アナグラはヴェインを上回っている(寧ろヴェイン以下の方が珍しい)事が先日判明したのだが、ごく一部に限ってのみその優劣は反転していた。

 ヴェイン……正しくは、その片隅で活動していたとある探索者達の拠点。

 色々と足りないものだらけの廃教会の傍らには、入浴可能な泉質を誇る温泉が自噴している。それは浴場とも呼べない様な、ただ瓦礫の隙間に湧いただけのものではあるけれど。それでも、それは今この世界では稀少となった、安全かつ天然の露天温泉だ。

 それを、毎日かつ好きなだけ利用出来るというのは、フェンリルのトップでさえそうそう叶わない贅沢に他ならない。……特に、アラガミ出現後の世代が大半を占める現役の神機使いにとってみれば、〝物凄く贅沢〟とさえ思えるものだった。

 

「たっぷりのお湯…体を伸ばせる広さ……!うーん、羨ましいですねー」

「まあ、そこはちょっと自慢だよね」

 

 正直なカノンの言葉に、ふふんと胸を張るのはムラサメだ。技術や設備面の関係から、極東に居る時間が最も長い吸血鬼の1人。それでも、時間が空けばヴェインへ渡って温泉へ入って来る位には、あの場所を何だかんだと気に入っていた。

 頑強な吸血鬼の体は長風呂で体調を崩すということもなく、仮にふやふやにふやけてしまっても再生一発ヤドリギ移動で元に戻る体質は何だかんだ便利なのだ。

 

「いいなぁー」

「皆にも、案内出来たら良かったんだけど……」

 

 だから、繰り返し羨む神機使い達の気持ちもよく分かる。叶うなら、皆で入りに行けたら楽しいだろうなぁとも思う。10人は入っても余裕のある広さがあり、何より安全が確保されているあの場所はきっと気に入ってもらえるだろう。……問題は。

 

「とおいよーー」

「あはは……」

 

 ナナが嘆く通り、最大の障害はその距離にある。かつて日本と呼ばれていた島国に在る極東支部と、イギリスと呼ばれていた島国に在るヴェインは、本来とてもとても遠いのだ。

 それは大崩壊以前の世界でも、長時間のフライトが不可避な距離だったのだ。ましてやアラガミ蔓延るこの世界の中、大洋や大陸を越えなければならない様な距離を移動するのは、文字通りの命がけになる。ヤドリギがある事が前提とは言え、自室から他人の部屋を訪れる位の気安さで世界旅行が出来る吸血鬼は、ある意味では最高の贅沢者だろう。

 

「それに……距離もだけど、ヴェインに入ってからもそこそこ歩かないといけないかから」

「亀裂に落ちちゃったりしたら危ないもんねぇ」

 

 ついでに言えば、あちこちが崩壊しかけているヴェインを吸血鬼以外が歩くのも、地味に危険だと思い至る。最悪死に戻れば良い吸血鬼と違って、神機使い達では万一がおこれば自力で登攀してくるしかない。場所によってはそれも可能だろうが、巨大風穴の様な場所に落ちればそれさえ叶わず時間切れを迎えるだろう。

 奈落へ落ちても戻れる吸血鬼だからこそ、あの場所を平然と駆けられるのだ。

 

 つまりは……どう転んでも、色々な意味で、吸血鬼以外お断り状態である。

 

 

「ヴェインも、何だかんだ言って真水は少ないんだけどねー」

「そうなの?」

 

 苦笑混じりの言葉に返る反応におや、と思う。特にそんな意図は無かったのだが、微妙な空気感になってしまった話題を逸らせるのなら願ってもない。――変えた話題の方がどこか薄暗いのは、もう今更の事なので誰も突っ込みはしない。ヴェインはやや極端ではあるけれど、この世界では明るい話題の方が元々少ないのだから。

 

「赤い霧で雲が入ってこないし、海も大部分が干上がっちゃってるから。地下100m以上まで行ってやっと……それでも大部分が腰下とかザラだよ」

「地底湖、なら幾つかあるけど人が立ち入れる場所じゃ無い……って言うか吸血鬼でもアレに浸かるのはちょっと……」

 

 吸血鬼達が思い起こすヴェインの光景は、その大半が荒涼として乾き餓えた廃墟と堕鬼が主な構成物だ。崩壊した都市や聖堂の地下には、淀んだ沼地や棘の光を透かして仄蒼く燦めく地底湖もありはするが、どれも全く健康的では無い。その点で言えば、極東の方が余程見処がある。……まあ、いつ何処からアラガミが飛び出してくるか分からないという欠点は、利点を相殺して余りあるだろうが。

 

「浸かるのが無理な地底湖? 何か有害物質が溶けているとか?!」

「そういう訳では無いのだけど……深さと、見た目が、ね?」

「えっと、写真が確かあった筈。ちょっと待ってね!」

 

 情報開示許可が降りた事を幸いと、少し前に借り受けたカメラで撮影しまくったヴェインの写真を端末から引っ張り出す。

 どうせならコンプリートしよう!……と言い出したのは誰だったか。妙な意地と義務感と収集欲の下、手が空いた面々を総動員し、丸数日かけて周れる限りを移動して掻き集めたそれらは、軽く二千枚を越えている。それらを場所毎にフォルダ分けしたのは、意外にも几帳面なヤクモとデイビスだったか。

 そんな益体もない思考を傍らに、彼等のお陰で比較的すんなりと見つかったそれらを端末へと表示する。……どうせならと、拠点の温泉も追加して。

 

「あったあった。この辺りの写真がそうかな。あの棘、何でか知らないけど水に触れると光るんだよねー」

「それに、場所が場所なんだ。見てわかる通り、吸血鬼じゃないとそもそも辿り着けないとか、辿り着けても周りが堕鬼だらけだから」

 

 仄暗い洞窟や都市の地下に広がる地底湖と、そこに根を張り光源となっている棘の数々。巨大風穴へ続く縦穴は嘗ては気合で飛び降りた場所で、神機使い達なら衝撃には耐えられるだろうけれど、万一足でも踏み外しでもしたら大惨事確定だ。地続きの場所でさえ大抵は長い梯子の登り降りが必要になり、時には十数mを飛び降りる事を求められる。エレベーターは設置されているが、野ざらし吹きさらしの上に二十と数年稼働しているそれは良く考えれば中々にスリリングだ。……ヤドリギが復活したからこそ動き回れているが、正直吸血鬼であっても住みやすい場所では無い。

 

「改めて凄い場所ですね……」

「ねー。あーだけどお風呂やっぱり良いなあ!」

 

 そんな、何だかんだといって和気藹藹とした空気をある意味で凍り付かせたのは、恐らくはただ気になった事を口にしただけのジーナの言葉と、それにごく軽く答えたムラサメの言葉だった。

 

「そう言えば、彼らと同じ任務に沢山就いた後も帰っていたけれど、その時はどうしてるのかしら?」

 

 見たところ、拠点の温泉は一つだけ。

 対して、今日はたまたま分かれていただけで、任務中の吸血鬼達は基本男女混合だ。

 つまりは同時に帰還する事も多く、その割にはあまり時間差無く極東に揃っているから、あまりのんびりとはお湯に浸かれていないのではないかと、そう考えた末の言葉でもあったのだが……。

 

「? どう……って、普通に入りたい人は皆入ってるよ。もし全員一緒のタイミングでも精々十数人だし、ちょっと手狭だけど普通に入れるからさ」

「え、皆?」

「皆」

「男の人達も?」

「うん」

 

 空気が凍り付く……というよりは何とも言い難い雰囲気により停滞する。その原因は、吸血鬼達からすれば何を気にしているのだろう? であり、神機使い達からすれば何で気にしていないんだろう? という認識の齟齬だ。

 

「ちゃんと、皆タオルは巻いているわよ?」

「水着の方がいいのかもしれないけど、流石に面倒だからね」

「えーっと……」

 

 何度目とも知れない感覚のズレ。ただ今回のそれは珍しい事に、吸血鬼と神機使いという種族差や環境の差による物ではなく、旧世代と現代という時代差に大きく依存したズレであった。

 

「男女で、皆同じお風呂に入るんですか…?」

「うん。……あ、そうか。日本だと混浴は珍しかったね! うん、久しぶり過ぎて忘れてたよ」

「……地域で、差があったんですか?」

「あったんだよー。日本は男女別で、基本お湯に浸かるときは全裸! 他の国だと、水着を着て男女大人数の混浴! ってのが多かったかな」

「あの、そうでは無く……」

 

 エミリー、イオ、ムラサメの言葉に、衝撃と混乱が加速するが当人達は悪気など無く無自覚だ。

 吸血鬼達は、ごく一部の例外を除けば皆旧世代の出身だった。それぞれの出身国や経歴による差異は勿論あるが、所謂アウトドアやレジャー、バカンスといったものの知識、そして経験等はそれなりに持っている。温泉こそ国が限られる為ヴェインで馴染んだ者も多いが、海や湖、プール等の経験は大なり小なり持っていた。

 対して、世界情勢やアラガミという危険、そして電力や水の貴重さ等から、アラガミ出現以降の人類は海水浴やプール等の経験が極端に乏しかった。……人が泳げる程に広く深い水場の多くが、水棲アラガミの出現しかねない危険地帯でもあったのだから無理も無いだろう。

 そんな、アラガミ出現以降に生まれた神機使い達にしてみれば、そもそも大人数で1つの水場に入るという経験そのものが稀であり。その上でそれなり以上に大きな個室をそれぞれ与えられてもいるために、男女に限らず個人間の距離感が保たれていた事も合わせ、男女混浴の入浴というのは些か以上に刺激が強かったのだ。

 

 

「んー? まあ、若いもんね。お年頃ってやつかな?」

「…………」

 

 外見だけならば同年代か寧ろ下にさえ見える相手に子供扱いされ……るのは慣れて来たものの、これは何かが違う気がする。ついでに言えば、何か盛大な勘違いが生じかけている気がした神機使い達が、全力で反論しお互いの価値観の差を埋めるまで、数十分かかった。

 

 




※お年頃〜→そういうお年頃だから男女であれこれするのが恥ずかしいのかな?という勘違い。根本的にはあまり間違っていないのがまた厄介。
吸血鬼達としては、外国式の温泉やプール、海水浴場の延長に近い感覚のヴェイン温泉。
後は単純に、〝三大欲求〟自体がかなり薄くなって長いのも原因。食事や睡眠と同じく、アレコレも出来ない訳では無いがしないと収まらない、とかでも無い。恐らくは子供を作れない体になっている事が要因。
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