其れは血蝕種アラガミの根源たるモノ。
赤を通り越し紫黒に染まった霧を濃く纏い、アラガミ達を血で蝕み惨劇と死を広げるモノ。赤き血の災禍を招く王として、いつしか【赤禍の王】と名付けられた統率個体。――その存在は、視界さえ霞む霧の奥に在った。
「コイツが……」
そう言葉を漏らしたのは、果たして誰だっただろうか。
砂と灰に覆われた大地を踏みしめるのは、しっかりと膝下までを覆う軍用のブーツ。足首近くまでを覆うのは厚手の革に似つつ材質の分からぬ黒いコートと、その上半身を覆い垂れ下がるニ枚の布地。コートの袖口から肘近くまでを覆うのは、鈍い光沢を持つガントレット。
そして、手には刃。ショートブレードよりは僅かに大きくロングブレードには及ばぬ刀身。人が使うには大き過ぎるそれは、しかし確かに人の手による物だと分かる形状をしていた。
「ここまで……ここまで人化した人型アラガミが居るなんて……!」
明らかに人の手による武具を手に、かっちりと服まで揃えたその姿は、あまりにも人そのもの。
それこそこんな状況で出会わなければ、少し変なファッションセンスの見知らぬ神機使いとでも思っただろう。
すらりとした体躯の上に乗るのは、青年の頭部。些か作り物じみて見えるのは、表情が無さ過ぎる為だろうか。それでもその姿形は、あまりにも人間そのものだった。――その中で、黒と青に染まった瞳だけが、人ならざる彩色として存在する。……故にこそ、その異質さと無機質さが根源的な恐怖と嫌悪を煽り立てた。
「見た目に惑わされるな! 血霧の発生源は、確かにコイツだ!!」
「漸く見付けたぞ、バケモノめ!!」
僅かな躊躇いと怯懦を戦意と殺意で捻じ伏せて、神機使い達が次々と交戦を開始する。此処へ至るまでに犠牲となり、今も尚周囲の血蝕種を抑え込んでいる筈の仲間達の為にも、ここで迷っている暇など無かった。
「長期戦は不利だ! 一気にケリをつけるぞ!!」
「「「応!!」」」
少しでも侵食を遅らせる為、ケースに収めたまま持ち込んだ神機を掴み取り展開する。途端ズギリと奔る痛みに、血霧の侵食が始まった事を悟る。
やはり、この相手の周囲は桁違いに血霧の濃度が濃い。……例えこの相手を倒せたとしても、最早生きて帰る事は叶わないだろう。――そして、そんな事は端から覚悟の上だった。
彼等は確かに、覚悟と犠牲を以て王に相対した。
乏しい情報からそれでも戦略を組み立て、本能に訴えかける威圧を振り払い、仲間と連携し臨機応変に動き得る、正しく精鋭であった。……だが、どれ程の覚悟と経験があったとしても。その存在はあまりにも彼らの常識から外れていた。
――ガキィ!!
一息に踏み込み、勢いを乗せて振り抜いた筈のロングブレードが急速停止。何が、と見遣った先、黒手袋に包まれた掌が刃を挟み止める光景に息を呑む暇も無く、人外の膂力で振り回された身体が神機諸共投げ飛ばされる。
うわっ?!と、着地地点に居たブーストハンマー使いの仲間と激突。その隙に飛び込んだショートブレードとチャージスピアの刃が、確かにその身を貫く……と見えた直後、赤禍の王が霧散し消失。攻撃が当たる前に行われたソレに警戒する間も無く、極大の悪寒に従って後退。考えられる中で最良の動きは、しかし後方に再出現していた王の眼前に自ら飛び込むという最悪を招いた。
「が…ひゅっ?!」
「アルク! …くそがぁ!!」
一瞬の後に見えたのは、胸骨のど真ん中から生える刃。ぶん、と無造作に振られた動きによって投げ捨てられた仲間の姿に、瞬間移動じみた動きを警戒し理解するよりも早く身体が動く。強打を打ち込む為と振り上げられたバスターブレードの動きは、しかし王にとっては余りにも遅きに過ぎた。
「くそっ、くそっ!!」
再度の霧散、そして再出現。予備動作も踏み込みも無く距離を踏み潰し、懐へ飛び込んだその左腕が大きく振り抜かれる。その動きと連動して伸びた獄熱の刃によって、上下に分断された男の身体がバスターブレードの重みに引き摺られて地に落ちる。――その隙にと伸ばされたヴァリアントサイズの刃は、ゆらりと揺らめき形を変えた外套から生えた双頭の獣が噛み止めていた。
がちがちと鳴る牙の音に僅か背筋が冷えた直後には、足元から噴出した赤の逆さ滝によって2人の身体が削り抉られ跳ね上げられていた。
『……………』
「当たった! 攻撃は通るぞ!!」
「馬鹿、逃げろ!!」
近接戦を挑んだ数人が蹴散らされ、止められた中、歯を食いしばりながらも役目を全うしたスナイパー使いの放ったレーザーがその腹部を穿つ。僅かの表情も変わりはしないが、それでもぐらついた身体に差した希望も一瞬の事。ずろりと尾骶から伸びた骨の尾が、地を抉り這ってスナイパー使いを磔刑に処す。その死さえ噛み潰して飛び込んだヘビィムーンとバインディングエッジの刃は何時の間にか手にしていた鉄塊じみた巨剣の腹に止められ、尾骨が格納されたのと入れ替わりに翼の如く展開し地へと突き立った外套の変じた刃がその身体を貫き持ち上げていた。
血飛沫の中、刃の群生がずるりと戻る。齎されるのは刹那の停滞。その間を使い、高温のレーザーに穿たれた穴が、悪夢のように塞がって行く。溢れる青が黒い火の粉と化して、舞い上がるソレが肉に、皮に、骨に、臓腑に、血に戻る。数秒と経たず、どういう原理か服もろともに、仲間が命を賭けて穿った傷が消え失せる。
人外の膂力は理解できる。武器による攻撃も、あまりにも人間じみてはいても人型アラガミの情報を思い返せば納得出来る。複数の属性を使い分けるのも、そんなのありかと罵倒はしても受け入れる事は出来た。――だが。
「アレが、あいつの能力なのか……?」
「考えるな!動きを止めたらやられるぞ!!」
刹那で切り替わり形を変え自在に動く装束。その武装がオラクル細胞による再現だとして、そんな機能を持った服自体そもそも存在していない筈だ。――だとすればこの相手は一体、何を喰らい学習し再現しているというのか?
そして、アラガミでさえ不可能な程の超再生。元より人や動物に比べその生命力の高さは言うまでもないが、それでも結合崩壊にまで至れば少なくともその作戦中は再生しないという常識が、音を立てて崩れていく。
僅かな救いがあるとすれば、その皮や肉や骨の強度は神機使いと然程変わらぬ程度という事。つまり当たりさえすれば、その肉を削ぎ骨を砕き血を流させる事は可能だという事。――それが本当に、消耗へと繋がっているかは別として。
「っ全員、命を捨てる覚悟で行け!! 再生する元も無くなる位に、削って削って削り切るんだ!!」
『………』
悲壮な決意。壮絶な覚悟。仲間の死への怒りと憎悪、そして己が死への恐怖によって狂乱の熱病へと落ちた神機使い達を、温度なき青瞳が映して迎え撃つ。
予備動作無く異形と化した右腕が少女の頭部を握り潰し、血に飢えた双頭が青年の腸を抉り取る。
尾刃に片腕を落とされながら飛び込んだ少年の刃が片目を潰し、倒れながらも組み付いた仲間ごと多段に貫く散弾が焼き焦がす。
纏めて飛び込む者達を地中より突出した銀黒色の刃群が貫き、宙空に現出した真白の棘が銃撃者達へと降り注ぐ。
女性の投じた槍がその片脚を砕いて縫い留め、その僅かな間に飛び込んだ男の大鎚が右肩から肋骨までを砕き割る。
直撃をした際の損傷具合は、どちらも似たようなもの。――だからこそ、その差異はより目についた。
血を流し、肉を削り、骨を砕く凄惨な戦闘は、いっそ不条理な程に不平等な前提を彼等に突きつけていく。
腕と引き換えに砕いた筈の脚が、それを成した後に両断された少女の眼前で再生する。腹部を貫かれながら振り下ろしたハンマーが頭部の半分を砕いても、次の瞬間には2つ揃った青が冴え冴えと瞬いていた。
……目を潰されれば隻眼に、腕をもがれれば隻腕に、腹部の穴は普通に致命となる神機使い達に対するのは、再生が叶う限り万全へと戻り続ける不死のバケモノ。即死せずとも、四肢を失い腹部を削られ頭部を揺さぶられれば動きは落ち、治療を受けられなければ死に至る。例え命が助かったとしても失われ欠けた四肢や五感は戻らず、戦力としては失われたのと同意義だ。――それが人で、生命で。だからこそ、傷付いても傷付いても再生し続けるソレは余りにも異質であり冒涜的に過ぎた。
一対百を覆し、血と死の輪舞が荒野に響く。
人型に過ぎぬその体躯は巨大な武器持つ者達が多数で叩くにはあまりに向かず、対して赤禍の王にしてみれば誰が相手であれ敵だった。……吸血牙装や錬血という名は知られずとも、バケモノよりも堕鬼や同族を相手取る事に特化したその力と装備と動きは、ある種同朋に近い神機使い達にとって天敵に近かった。
それでも確かに、命を対価に積み上げられた攻撃は、僅かずつであれその再生速度を鈍らせていく。――それはまるで、何時かの過去を焼き直す様に。だからこそ、その結末もあるいは必然であったのかもしれない。
やがて、その時が訪れる。
何十人か、あるいは百を越えただろうか。命を賭け、死をも受け入れた決死隊の攻撃により、遂にその肉体が維持限界を迎える。
手応えを失った神機の先、端から解け、霧散する肉体。命の淵にあって尚無感動な瞳が、カメラのレンズを思わせる無機質さでもって己を終わらせる者達を写し込んでいた。――そしてそれさえも、消え果てて。
残ったのは、蒼白の棘塊。
「何だコレ?」
「血蝕種に、こんな報告あったかしら…?」
「いや、聞いた事無いと思う……」
ただ静かに残るそれは、おおよそ人と同サイズの棘の塊としか言い様の無いモノ。……良く考えなくても、人と同じ体躯であった【赤禍の王】から出てくるには違和感が強く。戦闘の高揚と疲労で鈍る思考の中、それでも構えを解かなかったのは賞賛されるべきだろう。――例えそれが、無意味でしか無かったとしても。
「あ゛ぇ?」
ドス、と、湿った頭陀袋に鉈を振り下ろしたかのような不快な音がした。何、と向けられた複数の視線が捉えたのは、額から灰銀色の棘を生やした仲間の姿。……否、棘塊から伸ばされた硬質な触手に頭部を貫かれた仲間の姿。
悲鳴さえ上げられず硬直する彼等の前で、次の瞬間確かに人であったモノが一瞬で干乾び渇き果てる。……アラガミという超常を相手取り、仲間の死さえ見届けた彼等をもってしても尚、その死に様はあまりにも冒涜的で無惨だった。
「ひ―――っ」
ミイラとしか言い様の無い姿と化したソレを無造作に投げ捨てて、触手はゆらりとその切っ先を揺らす。さながら、次はお前達だと言うかの如く。
「逃げ―――っ」
ぎゅるり、びゅるり。恐慌状態に陥り背を向けた彼等の背中を、棘塊から伸びた触手が無造作に貫いて持ち上げる。何時の間にか数を増やしたソレは、唯一人の例外も出さずに全てを貫き吸い上げた。
そして――あまりにも呆気なく、冒涜的に、僅かに残っていた十と数人の命が奪い尽くされたその地に、新たな奇華が花開く。
さらさらと、ざらざらと。霧散したその瞬間を逆再生するかのような不自然な動きで、火の粉に似た粒子が棘塊を中心に渦を巻く。ごうごうと渦巻いたそれが棘塊を覆い隠し、そして1つのカタチへと戻る。
黒を基調とした装束に片刃の刀身。僅かな傷も変質も無く、纏う衣の汚れさえも消し去って――赤禍の王がそこに在った。
『……、………』
消耗を吸い上げた命で賄って、僅かのマイナスも無く戻った王が歩みを再開する。
その背を追う様にして、ずるりと立ち上がる異形の影。使い手を失い、濃厚な瘴気と……何より王の青血をまともに呑んだ神機が、使い手であった筈のミイラ達を飲み込んで変容しバケモノと化して戦列に加わっていく。神機使い達に倒された血蝕種達の代わりとして、神機使い達を【堕鬼】へ変えて手駒とする。
骸の隊列を従え歩む王の口元が、皮肉げに笑んで見えたのは、角度か光の悪戯か。
再生のついでに組み直され再構築された躯体は、先の戦闘を越えてより一層の高みへ至る。深く、重く、激しい想いを喰らい、経験と合わせて新たな力が花開く。進む程に高まる力は進化を是とする細胞への親和性の高さの証。
かつて【吸血鬼】と呼ばれた存在達がごく当たり前の様に宿し、しかし【神機使い】が持ち得ぬ自己強化。〝今〟の者達がレトロオラクル細胞と呼ぶそれよりも尚古い、〝アラガミ〟という形さえ取らぬ時期に見出された細胞群は、初動が遅く不安定である代わりに凄まじい程の適応性と成長率を見せる。
器となった青年の戦闘経験に人間や神機使い達から吸収した血より読み取った情報を合わせ、王は急速にその力を増しつつあった。
ここで、更に波状攻撃を掛けられれば足止め出来た。或いはせめて、死体と武器が残らなければ消耗を強いる事は出来た。仲間の骸ごと消し飛ばす判断が出来ていれば、少なくとも数日程度は再生を遅らせる事は出来た。
だが、人道から外れた決死戦を行う覚悟があったとしても、決定打を欠いた状況ではその歩みを一時的に止める事しか出来はしない。――ただ削り殺すだけで終われるならば、それは全てにとって幸いであったのだから。
死しても手駒とならず糧とならず。怪我や老いや病による衰えを知らず。灰とならぬ限り何十度でも戦線へと舞い戻る不死の尖兵。――その討伐部隊をもってしても尚何百何千もの命を使い捨て、その果てでさえ人柱じみた犠牲の上に封じるしか無かった特殊変異体。
今を生きる者らが知る由もないが、〝殺してやる〟事さえ出来ぬと封じられ続けてきた神にも等しき力と権能を宿した骸こそ、先に見えた棘塊の正体だった。
そして皮肉な事に――死ねば搔き消え、核を突けば灰となるかつての同朋達相手では使えなかった吸収能力と、同種を従僕へと変えた瘴気と毒血は、今この世界では余りにも凶悪なモノとして蘇る。起源を同一としながらも根源的な特性を違えた神機使いは、かの王にとってはあまりにも相性の良い敵対者でしかなかった。
人に近く、実体を持ち、骸を残し、根源に連なる星の獣を手にする兵士達。……四肢をもぎ、頸を捻り、骸の心臓に欠片を埋め込み喰わせて手駒と成せば、お手軽で強力な尖兵の完成だ。
そもそも制御因子そのものが欠けた状況では【堕鬼】としか成り得ないが、元より自由意志のある【吸血鬼】を生み出すつもりもないのだから支障は無い。従順で死を恐れず前へと進む屍兵が在れば、それで良いのだから。
骸より生まれ、しかし自我を与えられず黄泉帰った尖兵達が、無言のままに王の背後へ連なり続く。そうして生きた獲物を見付けては、渇きのままに喰らい啜って骸を増やす。増えて増えて増えた骸は、加速度的に血蝕種という存在を増やし世界を汚染する。
王は眠らず、死なず、滅びず、唯歩む。――もはや眠る事も死ぬ事も滅び去る事さえ出来ぬその身は、全ての終わりの果てにしか終われぬ世界の人柱。故にこそ、その歩みが止まる事は無い。
かつてその歩みを休め、一時の微睡みを齎していた血濡れの救命装置は既にその機能を失った。最も古き終わりを留めた果ての地は、最も新しき脅威の故郷となった。
――先へ、先へ。終わりの始まりは、地平の先に。
アラガミにさえ結合崩壊が存在する中で、死に切るまで0とならず、そして戦闘の経験と残された意思【ヘイズ】を合わせ喰らい、自分自身を強化する。……決死隊となった神機使い達が、その特性が王固有ではなく吸血鬼【レヴナント】共通であったと知る事は無い。バケモノと呼ぶ相手の根源が、何かが違えば共に立ち得た遠い同胞である事を知らずに終われたのは、ある意味では救いでもあったのだろうか。
◆ ◇ ◆
余りにも冷たく、そして無惨な沈黙が艦橋を覆っていた。
「―――……以上が、第三次決死隊の残した映像だ」
淡々と……努めて事務的にそう告げたアインによって映し出されていた映像が途切れても、声を上げられる者は誰も居なかった。
余りにも凄惨で痛ましく、そして何より悍ましく冒涜的な映像。それは、視界さえ閉ざす瘴気の中へ向かった、文字通りの決死隊となったどこかのミナトの突撃部隊が残した交戦記録と……その最期。
決死の攻勢によって確かに斃れたと見えたバケモノが、その覚悟も犠牲も全くの無意味だと言わんばかりに再生し立ち去る姿と、その背に続くかつての同胞たちの姿は、如何に悲惨で残酷な世界に慣れてしまった彼等であっても、容易く受け入れられるものではなかった。
「なんっ……だよ、アレ……」
「あの刺々してるのが、コア……なのか?」
「なんて酷い……」
血を啜り力とし、死と生の境を鼻歌交じりに反復し、果ては骸さえもそのまま利用し尽くすモノ。――旧世代の娯楽作品に存在した怪物達の中でも、更に悪質な個体を彷彿とさせる、アラガミよりも悍ましい真性のバケモノとしか見えない存在。だと言うのにその姿はあまりにも人間そのもので、だからこそ余計に、拒絶反応と嫌悪が凄まじかった。
フィムや、アインから聞いた古い人型アラガミ達とも明らかに違う。一体、何処でどんな進化を遂げたら、こんなヒト型アラガミが誕生すると言うのだろうか。
「【赤禍の王】の能力や動きが克明に捉えられたという点で、この映像の価値は大きい。……だが同時に、攻撃部隊の戦意を削ぐ原因にもなってしまっている」
「無理もないわ。崩壊レベルまで追い込んでも再生可能な相手。……それだけならぎりぎり耐えられても、この強制血蝕化…とでも言いたくなる遺体を利用した戦力の増強は、それを直接向けられる神機使いにとって最悪の光景でしょう」
唯、強いだけならば。唯、死に難いだけならば。……例え数十数百の犠牲を積み上げてでも、討ち果たす覚悟はできるだろう。そうしなければ何も守れず悪化するだけならば、総力戦を挑む必要性は誰にだって理解できた。
だが、死した骸をバケモノへと変じられ手駒とされるのは、別だ。
埋葬など出来ずとも、野晒しで朽ち果てるなり……いっそアラガミに喰われるなりした方が余程マシだと思える非道。覚悟をもって命を落としたその果てに、己が骸と神機が仲間に向けられるなど考えたくも無い。
だが、戦わねばその歩みを緩める事さえ出来ないというのもまた事実。……本当に、灰域種が可愛く思える程の厄災を人型に具現化したような存在だ。
「しかし……こうなるとどうやって討伐する? 超遠距離攻撃は容易く避けられ、近付けば血霧による汚染と侵食、単純な個体としての戦闘能力もそれなり以上にあり、味方が落とされる程相手に戦力を渡す事になるバケモノだぞ」
ルルの言葉に、艦橋の空気がより一層重くなる。そう、最大の問題は、この相手をどうにかして討伐しなければならないというのに、その道筋が見えない事そのものなのだ。
人の対抗策を嘲笑うかの様に人と人の建造物を喰い散らす血蝕種アラガミを従え、増殖させる親玉。縄張りも環境も持たず、問わず。ただ愚直なまでに東進するその歩みに沿って、灰域とアラガミが塗り替えられ続けている。神機使いという人類の希望たる兵士に対し、特効とも言えるその性質を野放しとすれば、遠からず世界から人間は消え果てるだろう。……だと言うのに、この相手を討ち果たす事が出来る術が未だに見付かっていないのだ。
視界も感応レーダーも利かぬ濃霧の最奥に座すバケモノ。遠距離からの狙撃は狙いが定まらず、しかしただそこにあるだけで神機使いとその神機を蝕む領域は接近戦をほぼ自殺と同義付ける。全身を微塵に砕こうと再生し、ようやっと打ち減らした戦力をその場で補填し進軍する。
AGE無き時期の灰域や灰域種に匹敵、あるいは凌駕する様な、根本的な対応策が不足しているという窮地。――故に、男は賭けに出た。
「………、……十数日、ヤツを見失わず、可能なら足止めする事は出来るか?」
「このミナトもグレイプニルもバラバラになりかけている状況で、難しい注文だな。まぁ、足止めで良ければ何とかなると思うが、何かアテでもあるのか?」
「東へ……極東へ、行ってみようと思う」
「極東?」
苦渋を滲ませたアインの言葉に、全員が怪訝な表情を浮かべる。
東。それは、赤禍の王が進み続ける方角だ。赤禍の王が向かう理由でも探りに行くのかと、そんな不確かな情報の為に自分達に此処を任せるのかという無言の問いは、予想以上の情報でもって返されることになる。
「〝フェンリル極東支部〟と、其処に所属していた神機使い達が残っている事に賭ける。……上手く行けば、血蝕種からの侵食をある程度抑える事が出来る筈だ」
「フェンリル極東支部って……」
「根拠はあるのかしら?」
フェンリル極東支部。それは、フェンリル統治下の時代において、異端と異常と最上の代名詞であった存在だ。一般に知られるだけでも異常と呼べる危機と戦果。信憑性のない噂レベルまで行けば、出来の悪い空想話か酔っ払いの戯言かと思える様な話がゴロゴロと転がっていた。
灰域の発生後にはとんと聞かないその場所に、この男がそう言い切る何かがあるのだろうか。
「単純に戦力として期待できるのもあるが……一番の理由はそこに所属しているとある部隊だ。――フェンリル極東支部所属特殊部隊【ブラッド】。第3世代の雛形ともされる、感応能力に特化した神機使いにより構成される部隊。その能力は、出力次第でオラクル細胞やその活動そのものに干渉し影響する事が出来る」
アインが思い出すのは、今とは違う名で呼ばれていた時期の事。
他支部の総力に単騎で匹敵するような実力者達。接触禁忌種の群れを相手取り、暇潰し程度のノリで大型種の狩りへと誘う。
そして、オラクル技術の粋を集めた神機兵を手足の如く操り、アラガミさえも枯死させ、果てには世界喰らう終わりにさえ干渉し得た、とある仲間達の事。――オーディンの先駆けとも言える存在を御し、アラガミの感応波に個人で対抗し、瘴気を静めた彼等ならば、血蝕種の持つ血霧にも幾らか対抗出来るのでは無いか。……それこそ全力を尽くせば、あるいは王の再生を阻害する事さえも。
その記憶が、アインの意識を東へと向かわせた。
「極東支部が無事だとしても、この灰域とアラガミだらけの海の先だ。正直、俺が其処に辿り着ける保証も無い。……それでも、賭けてみてくれないか」
無茶を言ってると分かっている。行くと決めて容易く辿り着ける場所ならば、とっくの昔に繋がりを持っていた場所だ。ましてやこの争乱と狂乱の状況で、碌な準備もせずに届く可能性は余りにも低い。ダスティミラーというミナトを率いる身として、今ここを離れる事が許される状況で無い事も分かっている。……それでも、いや、今だからこそ。
世界の終わりを数度跳ね除けて在る彼の地の力を、今一度。
――そしてその数日後、一人の男が東へ向けて出立する。世界の命運を賭けた一路を見送ったクリサンセマムとハウンド達は、更なる脅威へと立ち向かう事になる。
この時点での【赤禍の王(CV主)】は、物凄く強いと言うより物凄く面倒な相手という感じです。
攻撃自体は結構当たるしダメージも入るけど、再生能力が高過ぎて倒れない、というイメージ。
戦い方や能力としては、CV本編の暴走クイーンの基礎能力+CV主が取り込んだブラッドコード由来の錬血+吸血鬼としての動きと装備といった所。
レヴナント用に制御されていないBOR寄生体を死体に打ち込み、高濃度瘴気の中で蘇らせる事で自身に従う堕鬼を生み出し戦力とするというえげつない戦法。
アラガミの様に捕食→肥大→分裂では無く、今そこに存在する生体をそのまま置換して増殖させる為、その増殖スピードは凄まじく早い。一般的なオラクル細胞に比べ無機物への侵食や捕食がかなり遅いという欠点こそあるが、逆に対生命体では極悪なまでの特効性を誇る。
非戦闘時に限りヘイズを使用してレベルアップと錬血強化が可能。
ヤドリギを生み出したのが嘗ての〝女王〟であるならば、それを継いだ〝王〟もまた同様に。