不死の吸血鬼と神喰いの狼   作:雲海月

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異説シリーズはGEサイドを主人公側としたゲームシナリオ的なイメージで書いています。
特定の条件とルートを辿り勝敗を決する事でエンディング分岐する感じです。

◆イベント:赤き深淵
発生条件:迎撃戦・防衛戦時にルカ、フィムを部隊に編成。赤禍の王との戦闘時、王と同エリアでフィムとのエンゲージを使用する。


赤き深淵

 

 それは、偶然が手繰り寄せた僅かな光明だった。

 侵攻を続ける赤禍の王の足を止め、可能であれば討伐を目指す幾度目かの攻撃部隊に名を連ねたハウンド達。その中に、実力は確かながらアラガミであるというそのリスクから、それまで参戦を許されて居なかった一人の少女が並んでいた。

 

 

 

「フィム!」

「うん!」

 

 灰域ともまた異なる重苦しい霧の中、削れる生命力を補うべくその名を呼ぶ声に幼い声が応えて弾む。

 僅かな呼吸合わせを挟んで結ばれるは縁の糸。深く、強く結び付いた絆により一層太く繋がったそれは、力だけでなく感情さえも結び付けて感応する。受け取り、そして返すその流れと結び付きは強く、例えその途中に他者を挟んでも切れる事は無かった。……今日、この時までは。

 

「うわっ?!?」

「えぇっ?!」

「おい、どうした!?」

『……、………』

 

 【赤禍の王】はヒト型故に小型であり、4人でかかれば当然一面だけでは場所が足りない。だからこそ、赤禍の王を挟む様な立ち位置で布陣する事は何の不思議も無かったし、それによってエンゲージの縁をアラガミが横切る事も当然あり得る事で……実際、これまに何度も生じてきた状況だった。――だから、その繋がりに割り込み逆流するかの様な〝何か〟……〝記憶〟と〝感情〟とでも言うべきそれを感じ取った直後に頓狂な声を上げてしまったのも無理は無いだろう。

 問題は、流れ込む〝ソレ〟がアラガミとしても尚異質であった事だ。

 

「ううぅ……」

「ルカ! フィム! くそっ、何が…!」

 

 心配して呼びかけてくる仲間達の声が、上手く聞き取れない。ごうごうと耳の内側で鳴り響くのは、鼓動と血脈を思わせる重低音。ちかちか、ちらちらと視界にダブって瞬くのは、赤黒い霧と見知らぬ廃都市。脳を貫き、胸を掻き毟る凍える様な孤独と絶望。

 流れ込んでくる情報と感情は膨大かつ断片的で、流れ行く大河に呑まれたかの様に溺れない様に藻掻くだけで精一杯だ。無理矢理に複数人とエンゲージを繋げたかの様な不快感と頭痛。掻き回され、引き裂かれ、自分が自分で無くなるかの様な恐怖と苦痛を、最も強く繋がる互いを頼りにどうにか耐える。

 流れ込んで来るそれが【赤禍の王】に由来するモノだと分かるからこそ、バラバラになりそうな衝撃の中で僅かにでも手立てをと意識を開いて受け入れる。ずるずると押し込まれ続ける戦線が示す滅びへのカウントダウンを、止められる可能性が僅かにでもあるのなら、無理を通す理由としては十分だった。

 

 

 そして遂に、【赤禍の王】の根源へ、その時初めて僅かながらも人の認識が通った。

 

 

 ――西の果て。渇き尽きた都。血の犠牲。解放。絶望。慟哭。再臨。

 

 ザラつき掠れていた光景が明確な像を結び、滂沱と叩きつけられ激情としか捉えられなかった感情が形を持つ。

 そこに在ったのは【赤禍の王】が目覚めた地であり、そしてその瞬間に【赤禍の王】が抱いた〝想い〟。場所の手がかりをしっかりと記憶しながら、余りにも人間じみたその感情に思わず何故と問いかけた、その直後だった。

 

 ――……異物。侵入。観測。感応。拒絶。……排除。

 

 ぐるり、と世界が廻る。茫洋と漂っていた意識が明確に侵入者へと向けられ、無人の世界をそれでも役目を全うせんとする機械の如き無機質な敵意が場を満たす。

 補足され敵性認識されたのだと、誰に言われずとも分かった。

 

「「!!?!?」」

 

 ばちん、と線が力尽くで断ち切られる衝撃に身体が仰け反る。引き込まれる様に幻視していた光景に赤い霧の様な紗がかかり、幻聴していた音声や物音に砂嵐じみたノイズと意味を成さない叫びが混じっていく。心臓や脳髄を直接氷海に沈められたかの様な怖気と違和感。……ぎょろん、と巨大な瞳が向けられたかの様な幻覚の直後、命そのものを侵すかの如き侵食の逆流に、金切り声を上げた生存本能がぶちりとエンゲージを強制遮断していた。

 

「おい! 大丈夫か!!」

 

 音が、温度が、痛みが、自分自身の身体に由来するそれへと戻る。うわんと残る耳鳴りを貫いて響くのは、傍らに膝を付いて肩を揺さぶるユウゴの声。何とか持ち上げた視界の端には、フィムを庇うジークの姿。そして、【赤禍の王】から向けられる、あまりにも無機質で淀んだ視線。……そのあまりにも冴え冴えしい青に、先程の侵食を思い出し……胃がぎゅぅと悲鳴を上げた。

 

「はっ、ひゅ……げほっ…」

「ルカ!!」

 

 息が出来ない。気持ちが悪い。自分では無い何かに侵され、自分が自分以外に成り果てる感覚と恐怖が消えない。

 表層の凪に覆い隠された深淵に蠢く、何百とも何千とも……何万とも知れない命の坩堝が、意識にこびりついて離れてくれない。その姿はユウゴとほぼ変わらない程度の青年にしか見えないと言うのに、内包する命と情報があまりにも多過ぎる。――エルヴァスティの時に灰域中と結び付いた時にだって、ここまでの気持ち悪さは感じなかった。

 迫り上がる嘔吐感を抑えるのに必死で、とてもじゃ無いが戦うどころか立ち上がる事さえ覚束ない。 

 そうしてルカとフィムが行動不能となり、動けるのはユウゴとジークの2人のみ。ギリギリまで近くに来ている筈のクリサンセマムにはまだルル達が居るものの、余りにも隙だらけで致命的な状況に陥ったハウンド達を、しかし【赤禍の王】は追撃しようとはしなかった。

 

 業火も極寒も轟雷も無い荒野に落ちたのは、誰一人として想定もしていなかった〝声〟だった。

 

『覗い、た、か。……悪趣味、だな』

「こいつ、喋っっ――!?」

『何、を、驚く? ……お前達が、言う所の、人型アラガミ…は、喋る、モノ、だろう?』

 

 声の主は、【赤禍の王】そのもの。

 姿に見合った青年の声音に、発音に慣れないのか妙に短く区切られた言葉。しかしその内容はあまりにも明確で明瞭で、僅かに傾けられた頭部の動きまでもがあまりも人間臭くて……気味が悪い。そしてそれ以上に、向けられた言葉の内容を理解したく無いという拒絶が湧き上がった。

 人型アラガミという呼び名は、人間の側が勝手につけた分類であり名称だ。フィムを始めとする人型アラガミ達を見ても、自分が人間と違う事こそ知っていても、自分を〝人型アラガミだ〟等とは、人間からそう告げられない限り認識さえしていなかった。

 なのに【赤禍の王】は、まるで当然かの様にその名称を自分自身へと当て嵌めて答えてみせた。言葉の途中でフィムへと向けられた視線でもって、そこに実物が居るだろうと言葉よりも雄弁に示してみせた。――状況と素性を抜きに考えれば、それなり以上に知識のある同業者と話している感覚さえ覚える程に、あまりにも自分達に近過ぎる。

 

「なんで、そんな知識を持ってる」

『喰らい、学び、進化する。それが、アラガミ、だろう。……それとも、この知識の元が、何処の誰であったかが、重要か?』

「まさか……喰った人間の記憶を読んだのか?!」

『………』

 

 その沈黙は肯定だ。……肯定だと分かってしまう程に、その言葉や間の取り方が人間のソレだ。しかも話せば話す程、その言葉は流暢になり応答の内容までもが更に洗練されていく。……恐ろしい程に平坦な声音のお陰でまだ違和感を〝感じていられる〟が、このまま進めば最早人と変わらぬ域に届くのもすぐだろう。何より、違和感があるのはその発声やアクセントだけで……言葉の選択や応答の内容はあまりにも人と遜色が無いのだ。――それなりの期間をハウンド達と共に過ごし、学校にまで通っているフィムでさえ、未だどこか言葉も覚束ないというのに。存在を確認されてから人間の敵であり続けている【赤禍の王】が、何故そこまで人らしく成っているのか。

 声を真似るだけなら分かる。犠牲になった人々の記憶をランダムに抽出して、滅裂な言葉を呟くというのでもまだ理解は出来る。だが、人を喰って人の言葉を覚えて人を真似たとしても……根本的に精神構造の違うアラガミが人の心を理解する等、そうそう出来る事では無い。

 

 なのにこの相手は。人の言葉を、人の感情を、人との駆け引きさえも理解した上で、人と会話を交わしていた。

 

 

『………』

「あ、てめぇ、待てよ!!」

「ジーク!!」

 

 興味を失ったのかふい…と外れた視線。ざくざくと地面を踏んで遠ざかり始めたその脚が、数mを進んで再び止まる。恐らくは思わず叫んでしまったのだろうジークが身体を強張らせたのが、【赤禍の王】の背中越しに見えた。

 ……正直、見逃してくれた方が有り難かった。ルカやフィムは漸く落ち着いて来た様子でも、まだ戦える様な体調では無い。例え作戦としては失敗だとしても、4人揃って生還出来れば次やその先で挽回も出来る。それに、既に霧内部への滞在猶予も過ぎかけている。これ以上神機や自分達に霧を吸わせたら、自分達こそが血蝕種になりかねない。

 ユウゴに遅れてジークも気付いた様子だったが、最悪にも律儀に立ち止まった【赤禍の王】が再び歩き出す様子は無い。――そこはアラガミらしく人の言う事なんて無視しろよ!なんて理不尽な言葉を噛み殺しながら、こうなったらやるしか無いと覚悟を決め直したその直後だった。

 

 

「――撃て!!」

「!!」

『――!』

 

 聞こえる筈の無い声と、大地を砕くキャタピラの音。そして続く砲撃の音。どれ程の強化を施した神機なのか、放たれる弾丸は容易く地面を抉り飛ばす程の火力を見せた。――いや、感じる熱や痺れを考えれば、このバレットは恐ろしい事に敵味方の識別をして〝いない〟。つまり、現状直撃していないから良いものの、少しでも狙いが逸れれば吹き飛ぶのはユウゴ達諸共だ。

 それを躊躇なくぶっ放しながらぎりぎりを掠めさせる阿呆は何処のどいつだと、振り仰いだ視界に見慣れた相手が映った。

 

「無事か!?」

「アイン!!」

 

 見慣れたそれより随分と小型の灰域踏破船から聞こえた声と、見えたその姿に力が抜ける。銃撃を避ける様に後退していった【赤禍の王】とハウンド達を遮る様に滑り込んで来た船の後方ハッチが、止まりきらぬ間から開く。

 喰灰や血霧を中に入れぬ様にと行う定石を投げ捨てた暴挙に、それでも助かったと走り寄る。ルカとフィムもまた、ユウゴとジークに肩を借りれば辛うじて走る事は出来た。

 その背を守るかの様に、踏破船からの銃撃は未だ止まらない。どう考えてもそろそろオラクルが尽きる筈だと言うのに、銃撃を通り越し爆撃じみたソレは周辺をひっくり返しながら続いている。

 それを疑問に思う間も無く、後方ハッチへ向けて跳躍した身体を不可思議な感覚が襲う。空気の壁に押し付けられる様な妙な感覚と、それを抜けた後に感じる身体の軽さ。――流石に自分の事となれば無視も出来ず確認すれば、身体を蝕み始めていた血霧と僅かな喰灰が洗われたかの様に消えていた。

 

「回収出来たぞ! 船出せ!」

「りょーかい!!」

 

 4人を回収し終えると同時にハッチが閉鎖し始めた。内部の排気も洗浄も無いままのそれにぎょっとするが、そもそも船に回収されてから新しい侵食を感じていないことを思い出す。……一体何がどうなっているのか分からないし、もう考えるのも追い付かないという事で一度思考を放り投げる。アインが乗っている船なのだ。最悪でも敵では無いだろう。

 

 

 そう思えばどっと溢れた疲れを自覚して座り込む。――何時まで経っても船内にやってこないハウンド達を心配したアインがやってくるまで、4人はそこから一歩も動けなかった。

 

 

 

……………

 

 

 

『……先代達か』

 

 轟音と土煙を引き連れて離脱した踏破船を遠く見送って、青を眇めた【赤禍の王】が姿を現す。どれ程の威力を打ち込まれたのか荒れに荒れた荒野の上、同じだけの砲撃を喰らっていたその身体がざらざらと再生を続けていた。……非戦闘時であるのに僅かに鈍い再生は、つい先程まで一帯を覆っていた感応能力の影響だ。一人のそれをありったけ増幅して叩き付けられた力は、不意を打たれ直撃した事が大きいとは言え確かにその身を揺るがしていた。

 

『厄介だな』

 

 星の獣の役目を担い、その幾らかを確かに果たした先代の王とその血族達。単純な強さよりも何よりも、その力こそが自身にとって最大の脅威だと、交戦する必要も無く知っていた。

 オラクル細胞の活動を、抑制するも加速させるも思いのままに。人を素体としながらアラガミさえも超えた力宿す彼等は、【女王】や【赤禍の王】にとっての弟であり、役目を果たすまでに至った先代だ。……あるいは彼等ならば、この身さえも滅ぼし得るかもしれない。

 その事実に、身体の奥底でほんの僅かに揺れるものがある。――憧憬と渇望にも似たそれは、しかし僅かな揺らぎのみを残して消え去った。

 

『…………』

 

 最早ここにきて、大人しく譲るつもりは無い。

 今の現状を生み出した原因の一角。そして何より、余りにも今更過ぎる邂逅は歓喜よりも悲憤が強い。……今更、そう、今更だ。もっと早くに自分の前に立ってくれれば、或いはこの首を差し出してやっても良かったけれど――事ここに至っては、どちらかの撃滅まで争う他に道は無い。

 

 あの日、器であった青年から主導権を奪い取って立った時から、定めた思いは僅かたりとも揺らぎはしていない。

 

『……〝彼等〟を救えなかった世界に、終焉を』

 

 救いたかった相手が居た。守りたかった場所があった。そんな思いが種として可笑しい事を自覚して、それでも願い続けた事があった。……それを踏み躙り奪い去った世界と人間達を、許し受け入れる義理など存在しない。

 

 

 

 かつて、まだ碌な物も捕食出来ない過去に喰らった人と共に、古い古い神の一欠は、吸血鬼と呼ばれる存在の中で人と共に在った。

 死体だからこそ投与できた劇毒にも近い偏食因子によって人の制御下に置かれた小さな小さなその神は、その人を通して世界を……そして人を知っていった。

 一番良く知っていたのは、文字通りの一心同体だった青年。次に知ったのは、彼が多く関わった討伐部隊や拠点の仲間達。そこから次いで、他の吸血鬼や普通の人間達。オラクル細胞らしいその身体全てでの捕食では無く、人の感覚器を摸したそこから感じられる食事とその味はどこまでも深く鮮明で。人が交わす複雑な言葉や感情は、単純な本能だけを持っていた小さな神に心を教えてくれた。

 音も光も匂いも痛みも、全部全部、青年を通して知っていった。

 だからこそ、吸血鬼という存在の核になった小さな神は、やがて人の心を残した吸血鬼達を愛し、そしてその心を守り続けようとした。余りにも弱く小さく不完全で……だからこそ何にでもなれたその時期に、食欲とは対極に位置するような省エネさと不変さを己が在り方と定める事で、吸血鬼を吸血鬼たらしめた。――それは捕食による学習と進化を根幹とする同族からの乖離であり、余りにも明確な変質だった。

 そして小さな神は、それで良いと確かに思っていた。

 定期的に齎される微量の紅い雫と、気まぐれに食される複雑な味だけでその猛り狂う捕食欲を誤魔化す事を。進化による神化を放棄し、人の形を維持し続ける事を是とする事を。……神骸という不純物が混じり、本来のソレへと立ち返りそうになっても拒絶し続ける事を。――同族達から取り残され、ただいつかの終わりを遠く待つ事を……それで良いと。

 

 そう思う程には、神と人は近しくなっていた。

 

 だからこそ、最後の吸血鬼となった青年の絶望と願いによって神は目覚め王となった。……自身の器である青年を愛し、そして人を愛した神は、その最期の願いを叶えるべく表裏を入れ替えた。

 吸血鬼の肉体はそもそもが人型アラガミとほぼ同義であり、極論を述べるならば、表に出ているのが人としての意思かアラガミとしてのソレかという違いしか存在しない。――人を喰らい、人を再現したアラガミに対し、カタチだけでなくその記憶や意思までもを引き継がせたのが吸血鬼なのだから、本当に簡単に入れ替わる事は出来た。

 あと少しで砕け散ってしまいそうな程ぼろぼろになってしまった青年の心を内側に閉じ込める事で護り、痛みを伴うばかりの世界には自身が対峙すると決めた。

 

 

『――喰らい、進め。……地と海の果て、欺瞞の聖域を喰い破るまで』

 

 同族を、人を、そして世界全てを喰らう神と成り上がる。長く永く怠惰に過ごしていただけで……その資格は、今も尚この身の内に残っている。

 ――あらゆる血を収め得る器に、最も古い王から継いだ核と、古いからこそ純粋な本能と機能を残す神の欠片。………ああ本当に、あの地と彼等は、確かに自分という終わりを封じ込めていた。

 そして、それだけの事を成し遂げていた彼等と共にあった過去を誇るからこそ……余りにも自然にその牙は世界へと向いた。器となった青年が嘆いたその通りに、今の世界はあまりにも歪であり過ぎた。

 

『終われぬ世界に終わりを。……引き伸ばされた物語に終幕を』

 

 人の言葉や表情を知っている。人の法や常識を知っている。人の倫理や善悪を知っている。人の暖かさや冷たさを知っている。人の美しさと醜さを知っている。人の強さと弱さを知っている。人の心と命を知っている。

 三十と数年も人と共に在ったのだ。例え生まれが違えども、その辺りの若者よりは余程人間を知っている。……そうして人をちゃんと知った上で、今代の人を敵として定義する。世界と人を救うためにこそ、人を殺して世界を終わらせるのだと謳い上げる。

 

 世界が、人が。もう少しだけ強く賢く在れていたのなら。……本当に、今更星の獣として成り上がるつもりなんて、自分にも……〝彼〟にも無かったのだ。

 赤い霧に囲われたあの場所で、仲間達と共に人と世界を護ると誓ったその約束。人や世界そのものへの思い入れが薄くとも、仲間達との約束が楔となってその精神を保ってくれる筈だった。そして彼の心が持つ限り、〝自分も〟全力で協力していただろう。

 ――それは数十か数百か、或いは千か。

 何にせよ、今生きる者達の尽くが命を終えて消えて代を数えるその時位までは、今の世界を保たせる事が出来た筈だった。

 

 けれどそれも、所詮は実現しなかった仮定の話。

 

 ヴェインと吸血鬼が耐えた三十と数年。上層部の強行と無茶による暴走と惨劇だと思われていたクイーンは、外を知れば結局はどこかで誕生することが定められていた機構の端末でしかなかった。……神機使いなど存在もしていなかった時期に唯一の対抗手段出あった吸血鬼達の下に彼女が現れたのは、結果として見れば世界の維持に寄与する幸運だ。そして――彼等が封印と犠牲を選ばなければ、世界は抗うことさえ許されずに消えていた。

 

『――己が身の保身と存続しか考え無い人間を排し、全てに等しい終わりと再生を』

 

 今このときになっても、別に人そのものは嫌いでは無い。……好きだとか、嫌いだとかの話では無い。――ただ、許せなかった。アラガミという天敵が存在する世界で、終末捕食という終焉と救済を跳ね除けて……そうして数年でこの有様なのかと哀しかった。

 例え救いが遠ざかったとしても、自分は自分として今を生きたい。今を生きる者達と共に、記憶を抱いて生き続けたい。……その我儘が許されるのなら、彼等にだって、自分達の生を願い叶える権利があったのだと、示したかっただけだ。

 

 そうするべしと定められて生まれ、それに抗って微睡み続けてきた。

 共に在れるならばと飢餓も停滞も受け入れて願った相手は傷付き果てて、代わりに目覚めた眼に映ったのは救済を否定しながら破滅を呼び込む人間達。……本当の愚者はただ一部のみだとしても、それを止められぬ程度の抑止力に最早期待は欠片も無い。

 

 

『――――』

 

 

 ゆらり、とふらついたのは始めの一歩のみ。既にその装束に至るまでの全てを再生し終えた【赤禍の王】は、再び東へと向けて歩き出す。――西の果てから東の果てへ。ソコに在る、終わりの萌芽を呼び起こす為に。

 

 

 この世界の〝全て〟に、平等な終末と再生を。何者にも妨げられる事の無い眠りと、等しき世界での再誕を。……それこそが、【赤禍の王】と呼ばれる星の獣が歩み続ける理由の全てだった。




当作ではBOR寄生体=オラクル細胞かつ大崩壊=アラガミ出現としているので、BOR寄生体はGEサイドの偏食因子等に比べて遥かに早く発見され臨床試験が行われていたものとしています。
そしてトップにミドウ+シルヴァ、補助にドミニク+アウロラ+カレン+その他というシックザール前支部長+ラケル博士+ガドリン総統を足して割らない感じのヴェイン上層部。
生者ではなく死体にぶち込もうという荒業故に人権とかなんとかをぶっちぎって進む研究したり(最悪失敗しても死体は死体)。
そのままぶちこむと自我が消し飛ぶので特定の制御処置を行う事で宿主の記憶を維持しての蘇りを可能としてみたり。
目覚めずに灰となった吸血鬼候補が結構存在するのに、計画を推し進めてみたり。

初期の対アラガミとしては成功してるし最終的には継承者として責任取っているけれど、ヴェイン上層部はほぼGEで敵対した側と同じだなぁと思う今日この頃。
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