引き続き捏造&妄想設定が爆発しているので、苦手な方は退避して下さい。
深い青の液体が真白く枯死したヤドリギへと落ちていく。一つ、二つとその受け皿を満たした青が解ける様に消えた後に残るのは、死を遠ざける奇跡の萌芽。ふわり、ひらりと光が舞い、花開く様に芽吹き開いてヤドリギが再生する。
――瘴気を遠ざけ、吸血鬼の標であり楔となるそれは、かつてクイーンが生み出し、今は"あいつ"が継いだものだ。
「……ふう、ここも大丈夫そうだな」
少しの間を置いてマスクを外し、慎重に数回呼吸を確かめる。渇きの進行も意識の揺らぎも無い事を確認して、そうして漸く緊張を解いたヤクモはそのままぐるりと視界を巡らせる。念の為にと取り出していた血涙を懐へとしまえば、同行者達もめいめいマスクを外して息をついていた。
「大分、行動出来る範囲も広がったわね。ヘイズも溜まってきたし、もう少しで力に変換出来そう」
「そうだな。これでヴェインの5分の1位は動ける様になっただろ」
数年かけて5分の1と考えると少ないのかもしれないが、崩落してたり隆起してたりでそもそもの経路があっちこっち寸断されてると考えたらこれでも大分進んだ方だ。第一に人手が全く足りていない上、そもそも今のヴェインの人口を考えれば、もう十分過ぎる位の広さだ。広範囲のヤドリギと血涙の泉が復活した事で、血涙を取り合って吸血鬼同士が殺し合う何てことも、もう随分と少なくなってきた。
それもこれも、奇跡の種が残っていたからだ。
「はい、そうですね。…あの、青涙がもう大分少ないので、後1、2箇所をまわったら一度戻りませんか?その、あの方にも会いたい、ので」
「ええ、そうね。久しぶりにニコラ達にも会いたいし」
ちゃぷ、とイオの掌で揺れるのは深く鮮やかな青色をした血涙。もう随分と量を減らしたそれは、あいつが残した物の一つ。――ヤドリギと血涙の泉の再生を可能にする、クイーンの……あいつの血と同じ効力を持つ液体で満たされた、たった一つの特別な血涙だ。
「ヤドリギ賦活剤とやらだけでも、早く形になると良いんだけどな」
「量が採れないから中々進まないみたいね。まあ、仕方が無いんでしょうけど」
ヴェインの探索や泉・ヤドリギの再生が遅々として進まないもう1つの理由がこれだった。――青の血涙は一度につき一つきり。使い切ればやがて再び玉座の間に一つだけ実るそれを手に出来るのは、そこに踏み込める自分達だけだ。
クイーン戦辺りにはあったらしいヤドリギ賦活剤が残っていれば、ヤドリギの活性化だけでも他の奴にまわせたのかもしれないが。……少しだけなら残っていたらしいそれも、保管場所だった臨時総督府がああなっちまったから、全滅してしまったらしい。
そして精製技術や知識が残っていても、その原料はクイーンの血。だから青の血涙を元に再生産も試みられちゃいるが、元々の量が少ない上に、生産設備を備えていた総督府が壊滅。更には、ヤドリギや血涙の泉を通して残量を判断してる可能性があるって事で、ほぼほぼ毎回使い切る様にしているから遅々としか進んじゃいない。……眠ってるあいつから血を採る案は、流石に全員一致でナシになった。
「……頼まれましたから」
「そうね。ルイは最近研究に集中しているし、エヴァとジャック、シルヴァは総督府…白の大樹の管理と守護、そしてサーベラスを始めとする吸血鬼達の指揮。デイビスやエミリー達サーベラスが探索してくれてはいるみたいだけど。……シルヴァの暴走で沢山堕鬼になってしまったから、どこも人手が足りないって」
「ま、そうで無くても一つしか無いんなら俺等の役目だしな」
それに何より……これはあの時、眠りにつくあいつが託してくれたモノだ。もっとずっと重くて大きな物を背負う為、その背中を空ける為に降ろした荷物の一つ。それを、他の誰かに渡して俺達は手を引く、なんて、頼まれたってきいてやれる筈が無い。――背負わせてくれと、そう確かに願ったのだから。
「ルイやカレンさん達の予測だと、次はあっちの方なんじゃないかって言っていから、少し休憩したら向かいましょ。そこが終わったら、一旦終わりっていう事で」
「そうだな。…さて、そんじゃ少し休憩しますかね」
「……はい」
ルイが集めて研究していた地脈の特性や流れからの類推と、実際に地脈を維持していたカレンの感覚。そして、まだ行動範囲が広かった頃のサーベラスや探索者達の記録を元にして作成された予想図を、地面に腰を降ろして3人で眺める。
昔との地脈のズレなんかもあって流石に百発百中とはいかないが、半分以上は合っているんだから流石のもんだ。壊滅して数が激減しても、臨時総督府とそこの知識や情報は伊達じゃ無いって事でなんだろうな。
次の場所は、吸血鬼の足で半日という距離だ。活性自体はすぐに終わるから、休憩を入れても明日の今頃には一段落出来るだろう。
(たまにはあいつも連れ出してやるか)
再生したヤドリギを何となしに眺めながら、ここの所めっきりと外に出る事が減ったリーダー殿について考える。最近じゃカレンやアウロラ達と一緒に研究や予測をしている事が多いが、その2人と違ってたまには動かないと煮詰まりかねない性格だ。――全く、世話が焼ける。
「瘴気は、少しずつ薄くなっているのよね?」
「らしいぜ? ヤドリギと泉の活性化に、堕鬼化する奴の減少。後は、神骸の殆どが統合された上に安定してる事でクイーンの残滓が消えていってるんじゃねーっかってのが頭脳班の見立てだな」
「……飢えは消えずとも、瘴気による乾きの進行が無くなれば、堕鬼へ堕ちる危険性は低くなる。…それも、あの方の願いの一つです」
瘴気に呑まれて堕ちる吸血鬼は多い。それはつまり、それで仲間を失った吸血鬼の数もそれだけ居る、って事だ。……それこそ第三世代なんかは、明確な敵との戦いより瘴気と渇きによる自我喪失の方が多いだろう。
実際に目にし続けて来たから、実感として知っている。
いつだったか、ちらっと聞いた話を思い出す。
地下道を抜けた先の交差点で、ルイがあいつと一緒に討ったっていう1人の堕鬼。記憶の無いあいつにとって初めての仲間であり……そして瘴気に曝されてあいつの目の前で堕ちた吸血鬼。まだあいつ自身が自分の力を知らなくて、だから何も出来なかった……らしい。目覚めて間もない時期に見ず知らずの相手を気遣える様な、優しく臆病なヴェインの歪に殺された吸血鬼。
勿論、何も出来無くて何も変えられないのが普通で、そうして喪った吸血鬼ばかりだ。普通なら、悲しんで力不足を嘆いても、どうしようも無かったと諦めて進めるだろう。……けど、例えそれが“普通”なのだとしても、あいつには普通じゃ無い力があった。
泉を再生させて血涙を実らせ、ヤドリギを蘇らせて瘴気を晴らし、神骸の暴走を鎮めて心を取り戻させ、対処が早ければ姿さえも戻せる可能性を持つその力。……もっと早くに知っていれば、使っていればって、思っちまったとしても無理は無い。
それこそ、いつだったか拠点で監視者達が話してた様に、あいつ自身がもっと早くから自由に活動出来ていたら。臨時総督府側の継承者として、討伐戦のすが後から活動出来ていたら。血涙の不足は勿論、ヤドリギによる浄化で、そもそもの原因である瘴気自体をどうにか出来ていたかもしれない。……そうすればもしかしたら、リキやケビンみたいな奴らも、何人かは生き残っていたかもしれない。
――あいつのせいじゃ無いとは言い切れても。絶対に不可能だったんだから諦めろ。お前が悩んでどうにかなる事じゃないんだから気にするな……とは言い切ってやれ無かった。
それにあいつ自身も、クイーン戦中瘴気のせいで苦しんだ経験があるって話だ。……なら、それをどうにかしたいと思うのは、可笑しな話じゃない。
もしもあの玉座で、霧と地脈を維持しながらそんな事にまで手を出しているのだとすれば、もはや感心を通り越して呆れがくる。……けど、あいつらしいとも思う。
流れ流されてくそ重い荷物を背負わされて。それでも潰れる事無く、果てはヴェインそのものさえ背負ってみせてしまった、1人の吸血鬼だ。
「ヴェインは確実に変わっていってる。それも、概ね良い方向にな」
暴走を引き起こし死んで尚再生し続けるクイーンの骸。打つ手無しとして、対処療法と分かりながらも継承者っていう人柱への封印によって凌いでいた状況は、数年前の数カ月で激変した。
十数人を必要としていた封印は、今はたった3人だけだ。しかも15の内13を1人が受け持ち、だと言うのに今までで最も強固な柱としてヴェインを支えている。そうして齎された安寧の中で、どん底に這い蹲っていたヴェインは、漸く身動ぐ事が出来る様になってきた。
―― 一体何故、あいつにだけそんな事が可能だったのか。その答えも、少しずつ分かりつつあった。
「神骸の適合率ってのは、クイーン……つーか、クイーンに使われたっていう改良版のBOR寄生体への適合率の高さ、だったか」
「そうみたい。確か…血の渇きを克服する為にあらゆる血を取り込んむ事で渇きを抑制する、とか何とかだったっけ……」
「思いっきりあいつの特性だな」
カレン、アウロラ、ドミニク、ソフィー。ついでにシルヴァ。クイーン計画だけじゃ無く、BOR寄生体そのものの研究に関わってた中心の奴等が自由になった事で再開した研究の、初めの成果。――それが、クイーンさえも上回る程の、ほぼ完全とも言える適合率を持つ吸血鬼の存在。それが、今更になって分かり始めた事実だった。
吸血鬼と成った時期がクイーンよりも後、その暴走の少し前であった事、軍や研究所の中心人物では無い一般人であった事、そしてクイーン討伐と共に姿を消した為に見逃されていた適性。討伐戦の際に同行していたカレンとアウロラは何か気が付きかけていたらしいが、それでも本人が姿を消した事と、カレン達が継承者として表舞台から消えた事で残りはしなかった。
だからもし、何かが違っていたら。ヴェインは全く違う事になっていた可能性さえあった、らしい。
「……あらゆる血を受け入れる特質。数多のブラッドコードを取り込み、クイーンの血さえも取り込める程の…」
慌ただしく立ち止まる事を許されず、解明する余裕も無く唯その力が必要とされていたあの時間。シルヴァやジャック達さえも認知していなかったその神骸は、その特性も力も謎なままで。だから、一般的な吸血鬼から大きく外れたその力の、どこまでが血骸の力で、どこまでがあいつ自身の特性だったのかも分からないままあいつは王になった。……そしてその力は、未だに謎な部分が殆どらしい。
ミドウの奴が残っていたら嬉々として実験をやっていただろう。……その点でも、あの時期に決着を付けておいて良かったと思った。
「……こんな所まで辿り着いているとはな」
「ミア!」
「えっ、ニコラ?!」
そうして何となく会話が途切れた最中。沈黙に割り込んできた声と気配に視線を跳ね上げる。ヤドリギじゃなく、いきなり広がった赤黒い霧の中から現れたのは2人。
その内、ミアに飛び付いた小柄な影はニコラだ。……まぁこっちは多分、用事ついでについてきたんだろうなってのは様子を見れば分かる。問題は、その“用事”を持ってきただろう相手だ。
「ジャック…まさか、何かあったのか?!」
このヤドリギは今再生したばかりで、当然総督府にも報告はしてない。そもそも今、この2人はヤドリギとは別枠でここ迄来た。……ヤドリギを介さずに好き勝手動き回れる能力持ちなんて、数いる吸血鬼の中でもこいつだけだ。
すっかり馴染みになっちゃいるが、この相手は本来白の大樹に眠る王の護りを担う1人で、その眼で以て“監視”を行う継承者であり監視者だ。その相手が、神骸に由来する特異な移動手段でここに来たってのは、まさか。
「安心しろ。……奴に変化があったのは確かだが、今の所悪い方にでは無い」
「なら、良いけどよ…だったらどうして来た?」
揺らぎの無い平坦な口調とその内容に力が抜ける。まぁ落ち着いて考えてみれば、本当に問題が起きたのならニコラを連れては来ないだろう。そもそもただの討伐や探索関係なら兎も角、神骸関係ならイオ以外は唯の吸血鬼でしかない俺達を回収しても、そう直接的に役に立てる訳でも無い。
ただ、変化があったとは言っちゃいるが、悪い方向では無いというのなら、尚更態々こいつが神骸の力を使ってまで来る理由がわからなかった。だから、何があった?って聞いたんだが…。
「青涙は…そこか。口頭で説明するより、実際に見た方が早い。……玉座へ行け。そこで説明がある」
「……わかりました」
質問を流して向けられた視線の先には、青い血涙を手にしたイオがいた。それに何を見たのかは知らないが、そのまま一切の説明無しにそれだけを告げてその姿がかき消える。何を聞く間も言う間も無い、数分にも満たない来訪と帰還。――相変わらず、全く言葉が足りていない奴だ。
「どうするの?」
「まぁ、言う通りにするしか無いだろ。お前は何か聞いていないのか?」
「一応しってるけど、ちゃんとあの場所で聞くのがいいと思うよ。多分、言葉だけで説明してもわかりにくいと思うから!」
ついでにあいつ、ニコラを置いて1人で帰りやがった。……いや、ニコラもミアと会うのは久しぶりだろうし、行きは兎も角帰り先のヤドリギは皆知ってるから良いっちゃ良いんだけどよ。幾ら吸血鬼で外見年齢と実年齢が違う上に、継承者としての共通点もあった相手とは言っても、子供を放り出すのはどうなんだ。
「あ、ジャックを責めないで!僕がむりを言ってつれてきてもらったんだ」
「そうかい」
子供に庇われてんぞ、という言葉は心の中に留めておく。……子供つっても、大崩壊の時に死んでミアや俺よりも先に目覚めてるから見た目通りの年齢じゃ無いのは知ってる。何なら、初代達に比べたら短期間とは言っても継承者の一席を任されてたんだから、メンタル的な強さだってそこらの大人より上だろうとも思う。……それでも、どうしたってその姿の印象に引きずられてしまうのは仕方が無いだろ?
ジャックの奴も、血英で見た時は子供だからってニコラを遠ざけようとしてた気がするんだけどな。
「まあ、少なくとも自分勝手に動くような人じゃ無いし…取り敢えず行ってみましょう? 青涙を見てたって事は、何かそれに関わる事かも知れないし」
「……だな。まーここから先の浄化はそこまで急ぎじゃねえし、さっさと行きますか」
まあ、ここでうだうだしてても仕方が無いってのも確かだった。
青涙の状況を確認して、その上で棺まで来いって事はそれ絡みだ。青涙だけ持っていっても良いだろうにそうしなかったのは、多分イオに気を使ってたんだろう。そして、イオが青涙を持って行くなら俺達も当然同行する。――ああそうだ。最近はヤドリギや泉の場所も辺鄙な所ばかりで、移動に時間を取られてあの場所に帰る頻度が落ちていた。
出来るだけ早く広くって気がせいて、俺達があっちを心配してたのと同じ様にあいつ等も気にかけてくれていたんだろうか。
「……では、行きましょうか」
「ええ」
「はーい!」
「いざゆかん霧の底へ、ってな」
蘇ったばかりのヤドリギへ皆で手を翳し、一つの行き先を思い描く。目指すのは、真白い大樹の根本に眠る、黒と赤に沈んだ牢獄。玉座へと続く唯一の道の手前に残された、今は最も源流に近しいその一つ。
荒廃した大地を撫で、廃墟と化した過去の繁栄の合間をかけた風が吹き抜ける。その風に乗り、僅かな光の粒子が空へと舞い上がって消える。――確かに在った4つの人影は、既に痕跡も残さず消え去っていた。
………………
光差さぬ地の底にある、赤い赤い水に満たされ、そこから伸び上がる樹根によって囲われ支えられた一つの空間。ヴェインの中心にして基盤たるそこは文字通りの柱であり、そこに眠り支えるのは王にして人柱たる存在だった。
『〜―〜―〜――…、…〜〜――〜…』
そこに響くのは、歌。
鎮魂歌では無く、ただ柔らかく穏やかに響くそれは、光の届かないこの場所であっても外の風を思わせるもの。風にそよぐ草花の強さと美しさを、移り変わる空の表情とその気まぐれさを、そしてその下で生きる者達の思いを歌う。
それは負担が減り、幾らかは心のままに歌う事が出来る様になった歌姫の舞台であり、そして同時に王の無聊を慰める為のものでもあった。
「来たか。変わりも無さそうだな」
「おー。ま、俺達に何か急な変化があっても困るけどな。…で、何があっ……た?」
転移した先に待っていたのは監視者2人にシルヴァ、エミリー等の継承者やサーベラス関係者。そしてルイとカレン、アウロラ、ドミニクといった研究者達。……つまり、この場所や裏事情の全てを把握して動ける、ほぼヴェインの上層部揃い踏みな状態だ。何人かは揃う事があっても、ここ迄勢揃いしているのは白の大樹発生直後以来だろう。
緊迫感は無い。だが、どこか期待するかの様な妙な緊張感に満ちた空間。だから何なんだと尋ねた言葉は、道を譲る様にして立ち位置をずらされた事で見えた物によって途切れる事になった。
「あれは、まさか…!」
「……!」
真っ直ぐに伸びる橋の先にある一つの玉座。黒と赤に染まったこの場所では、いっそ異質な位に浮かび上がる白い枝葉が絡んだそこに眠る1人の吸血鬼。霧の牢獄(そして揺り籠)とその内に生きる人と吸血鬼を護る為に眠り続ける唯一の王。――その眼前付近に一つだけ実る“青”。それは思わず振り向いた先、イオの手元に抱かれた物と寸分違わない一つの血涙だった。
「やっぱり、使い切って実った訳では無かった様ね」
「どういう事だ?」
驚愕が去った頃合いを見計らってかけられた言葉に問いを返す。使い切った、というのはイオに預けられた青涙の事だろう。確かに今まではその内容物が尽きてから戻って来ていたが、そのタイミングは本当にバラバラだった筈だ。細かな通信をしていた訳でも無いし(必要ならヤドリギで帰れる)、最近は拠点に帰っても擦れ違う事の方が多かった。だから少なくとも、白の大樹にいながらにして青涙の残量を把握出来る要素は無い筈だ。
それに答えを返したのはシルヴァ達だった。
「その青涙が実ったのは5日前の事だ。お前等の動き方に関してはこっちは関与して無い。だから何らかの用事でも済ませてんのかと思ってたんだか、流石に遅いってんでな。もしやっつう事でジャックに確認しに行かせた訳だ」
「青涙が尽きれば帰って来ていたあなた達が戻らない。……それなら、もしかしたらこれは尽きる前に実った血涙じゃないかって話になったの」
「まさか今更、並の堕鬼や野良の吸血鬼共に遅れを取る実力でも無いだろう。…ならば問題は、何処に居るかというだけだったという事だ」
それは、この場所を管理し護る彼等だからこそ真っ先に気が付いた事。そして、態々神骸の力を使ってまでジャックがあの場所へやって来た理由だったらしい。
「彼が、どんな基準や周期で青涙を実らせているのかは分からない。これまでは、ほぼ内容物の枯渇の後だったから、ヤドリギや泉を通して判断しているのかと思っていた」
「だが、今回は違った。少量とは言えどはっきりと分かる量を残して、青涙は生った。ならばそちらの“余り”は、ヤドリギや泉へ使わなくても次へ繋がる可能性がある」
絶対量の少ない青涙は、気軽に研究材料とする訳にいかなかった。下手を打って、次が実らないなんて事になれば本末転倒だったからだ。だが、その心配が幾らかでも軽減されるのなら出来る事も増えるだろう。……少なくとも、ヤドリギ賦活剤や頭打ちとなってしまっている武器素材の開発には光明が見えてくる。
それは吸血鬼の生存率を上げ、そしてヴェインの外を目指すのなら必要不可欠なものだ。
「イオちゃん」
「はい」
古い方の青涙はカレンに。手ぶらになったイオが向かうのはあいつの所だ。
ぺたりぺたりと素足が石畳を踏む微かな音。ゆっくりと、それでいて迷い無く。平均的な体格のあいつには少し大き過ぎる玉座の前で、まるで祈るようにして膝を付くのが見える。……ああいや、きっと様になんかじゃなくて、本当に祈っているんだろう。
その身を削ってヴェインを維持し、人を、吸血鬼を護り生かす唯一の王。……神様、なんて今更信じようもないこの世界で、もしもそう呼べる存在が居るとすれば。ましてイオにとっては、本当に自分の全てを捧げて仕える相手なのだろうから。
「……お久しぶりです。ただいま、戻りました」
かける言葉に言葉が返る事は無い。……それで構わない。――苦痛無く、穏やかに。今はそれだけで良い。本人の自然な目覚めを除く、ありとあらゆる不自然な覚醒はあってはならないものなのだから。
「……」
正面に立ち、そっとその頬へと手を伸ばす。
一切の飲食を絶ち、身を清める事さえ出来ないその身体は、それでも不快な臭いや感触を纏う事は無い。ひやりとした肌が荒れる事も、その輪郭が髭に覆われる事も、その身体がだらし無く弛む事も無く、その姿は数年前のあの日から何一つ変わらない。
死体や岩山の方がまだ変化があるだろう程に不変たる姿。けれどもそれこそが、吸血鬼が未だ生きている証。引攣れてねじ曲がり、形を失った堕鬼と成り果てる位ならば、例え石膏像よりも尚変わらない姿であろうと、その方がずっと良い。
一度手を離して膝を付き、その左手をそっと持ち上げる。恭しく、押し頂く様に。吸血鬼と人間を生かし、ヴェインを維持し、世界を護る為に眠り続ける王へ最大限の敬意と感謝を込めて祈りを捧げる。――どうか、その眠りが安らかでありますように。そしてどうか、いつかの未来で、再び閉ざされたその瞳の奥を見る事が叶いますようにと。
「……こちらは、大丈夫です。貴方が残してくれた物は、ちゃんと巡っています」
“寄り添う者”である筈の神骸の伴侶ならば、本当は此処にこうして居続けるのが正しいのかもしれない。……いつの間にか消えてしまった姉達の様に、ただその側に在り続ける事が本来の役目なのだから。
――それでも、願われ、望まれたから。
あの日。一度はこの身と引き換えに、彼等を解放しようと思い定めた覚悟。なのに、まるで心を読まれたかの様に先回りして告げられた願いと役目が、この身を縛った。
――これ以上の犠牲は許さない。どうか、永くこの地と世界と皆を護り寄り添って欲しい。
そう言って頭を下げた彼こそが、このままいけば永久にも等しく人柱にも似た犠牲になるというのに。……それでも、逆らえなかった。他ならない自分の継承者からの願いであり、託された役目。どうしてそれを、神骸の伴侶たる己が違える事が出来るだろう。
「頂いていきます」
立ち上がり、そろりと伸ばした掌にそれはころりと落ちる。深い青を満たした血涙。
以前は赤い色のままに泉やヤドリギを蘇らせていた事を思えば、ほんの少し気にかかる色。それでも、暴走の兆候どころかクイーンの遺志さえも感じさせない程に安定しているのも確かだった。……だからこそ、未だ信じて待つ事が出来きている。
「……また、来ます」
血涙が尽きない限り、老いも衰えも無いのが吸血鬼だ。ならばその"いつか"が数十年…数百年の先であろうとも、待ち続けると何度でも誓う。
血涙を生み出し支える王が力尽きた時。……もしくは、かの女王が復活したその時こそが、本当の吸血鬼の終焉となるのだから。
「で、研究の方は進んでるのか?」
「まあ、それなりにな。総督府に蓄積されていたデータに加えて、BOR寄生体や吸血鬼の創造、そしてQUEEN計画の中核だった姉さんやアウロラ達が復帰したのが大きい。……地脈や血涙の源流については、総督府側では既に確立された内容に過ぎなかった」
儀式にも似た神聖さで青涙を受け取るイオを眺めながらの会話。問いに返ってきた、やや自嘲を交えたルイの言葉に苦笑を返す。数年前までのこいつを良く知っている身としては何とかフォローしてやりたいが、どうにも上手い言葉が思いつかなかった。
「まー…血涙も地脈も赤い霧も、全部継承者に関係してた訳だしな」
結局、言えたのはその不満を補強するような内容でしかなかった。
吸血鬼の創造やQUEEN計画の中核であり、継承者制度についてさえその全てを取り仕切っていたのが臨時総督府だ。血涙の源流も赤い霧の真相も、クイーン討伐の真実さえ、そこには全部揃っていた。……自分達が探していた家族や嘗ての仲間達さえも、だ。
始めから。そうで無くても早い段階で、臨時総督府の上層部と接点を作れていたら。そこにあった知識や技術を使えていたら。……ルイの優秀さとひた向きさを知るからこそ、勿体無かったと今は思う。
「それで、今は何を研究してるの?」
「今は吸血鬼の基礎強化とBOR寄生体の改良だな。始めから完璧を求めたクイーン……クルスとは違って、徐々に順応させて必要な血液量を減らし、かつ基礎的な能力を引き上げるのが目標だ。後は堕鬼の処理技術について、位か」
「大変そうだな」
「そうだな。だが、外では変わらずバケモノが蔓延っている。ミドウの言に賛同する訳では無いが、今外へ出ても戦える吸血鬼はごく僅かだ」
意図的か単なる興味かは知らないが、話題を変えたミアに乗って話を繋げる。けど、そっちはそっちで頭の痛い話になっていった。
【大崩壊のバケモノ】
それは吸血鬼が作られたそもそもの理由で、多くの命と世界を壊して奪った元凶そのもの。通常兵器の尽くを無力化し、僅か一年足らずで壊滅的な被害を齎した謎の存在。……ヤクモ自身、かつて傭兵部隊を率いて挑み、そして散った相手として苦い記憶と共に覚えている。
それに、挑む。それそのものを目的にするかは別としても、ヴェインの外を目指すのなら嫌でも戦う事になる相手だ。……判ってはいても、死の恐怖は拭い難い。正直自分などは、戦闘どころか直接会う事も無かったクイーンよりも、バケモノの方が脅威だと思う。そして吸血鬼の殆どが戦った経験が無いまま、相手だけが強大化している状況だともわかっている状況だ。
ルイが無謀なだけの作戦や研究を押し進める奴じゃ無いとは信頼しているが、それはそれとしてあのバケモノを考えれば簡単にいくとは思えなかった。
「最低限の武装強化。そして、吸血鬼達の底上げと修練。……あのバケモノを相手に、少なくとも灰にならず死に戻れる程度の経験と力を得る必要がある」
「まあ、そりゃそうだろうが。けど、実際にどうすんだ。ヴェインのバケモノは、もう残って無いだ、ろ……?」
つらつらと重ねていた言葉が詰まる。
武装の強化と吸血鬼の底上げ自体は、簡単じゃ無いだろうが理屈もやり方も分かる。武器は技術や資源次第で、吸血鬼の方は本人のやる気と経験次第だ。
けど、対バケモノの経験は積みようが無い筈だ。そして、せめて誰かに聞くにしても…と考えた時点で違和感を覚える。……"ヴェイン"で、少なくとも吸血鬼として目覚めた後に、ヤクモはあのバケモノを見た記憶が無い。何十何百何千と押し寄せたあの異形のバケモノ達を、ただの一体もだ。
そして同時に、世界から消えた訳じゃ無い事も、ミドウが見せた映像で知っている。……なら、それが意味するのは。
「気付いたか」
「…アレを、"吸血鬼が"倒せたの?」
ヴェインと称される領域から、バケモノを排除出来ていたという事実。
半信半疑どころか一信九疑位のミアの言葉に、ルイは確かに頷いてみせた。……その様子に、冗談を言う様な奴では無いと知ってはいてもまさかと思う。そして、何故それを知っているのかと。
記憶の断絶。バケモノに殺され、赤い霧に閉ざされたヴェインで目覚めるまでの時差。堕鬼や瘴気、吸血鬼同士の抗争こそ経験していても、バケモノやクイーンと戦った事は無い。勿論、その結末も知らなかった。そしてそれは、第3世代の吸血鬼全員に共通する事で、ルイもその例外じゃなかった筈だ。……ただ、そのどちらをも経験して知ってる奴らが居た事を忘れていた。
「研究の傍ら、ジャックやシルヴァ、姉さん達から聞いた。"第1世代"及び"第2世代の一部"は、クイーンだけでは無くバケモノとの戦闘経験があり、ごく一部の個体を除いて掃討に成功している、と。そして……」
「当時、討伐しきれなかった個体を深層に封じている。……あまり薦めはせんが、研究素材と実戦経験を望むのなら、道は開いてやる」
「マジか……」
会話に加わってきたジャックの言葉に、改めて吸血鬼としての時間と立場の差を認識する。
シルヴァやカレン、アウロラ達は吸血鬼を生み出した研究者達と、それを主導していたトップだ。当時はまだ人間だったとしても、その対策や技術、知識は随一だろう。クイーンだって、そもそもは対バケモノの為のステップアップの為だったと聞いている。
つまりその3人は、吸血鬼そのものの成り立ちや原因に深く関わっている中核人物達そのものだ。
対してジャックは、正真正銘の“第1世代吸血鬼”の生き残り、らしい。
吸血鬼化も目覚めも最初期の、吸血鬼としてはほぼ最年長と言える一人。その上で記憶の欠損も死に戻りによる休眠も殆ど無く、討伐戦の最前線を担い継承者としても最古参の吸血鬼。ついでに言うなら、数年前にシルヴァ達が復帰するまで、実質的な臨時総督府のトップだったとも聞いている。……よく考えなくても、研究面以外なら手持ちの札数はダントツだ。
それでもまさか、大崩壊のバケモノの処理や管理までしてたのは予想以上だった。
「深層へ至る地図の保管場所への侵入も、そして封印の解除も継承者が必要だ。ヴェインの探索に満足したら呼ぶと良い」
「よく知ってるんだな」
「……深層の三体を封じた部隊を率いていた。封印そのものを行ったのは、別の継承者だったがな」
「封印を掛けたのは当時の喉骸の継承者だったそうだから、その解除は私でも出来るわ。だからその時は呼んでね?」
「ああ。……しかし、神骸がバケモノの封印まで可能だとは」
「全員では無いがな」
しかも、知ってるどころか当事者だ。ついでに、神骸についての新しい使い方まで判明した。…いやまあ、よく考えたら赤い霧もバケモノには効果があったんだから、可笑しくは無いのかもしれないが……それにしても、だ。
聞けば、まず第一に適合率が高い事。そして、可能であれば安定化や鎮静化に向いた力を使える事、らしい。後は、封印の完了までその場に相手を縫い留めておく戦力としての同行者……いや、コイツの場合は本人か。
「方法としては棺の間を作るのと変わらん。一般的な継承者が己を中心として形成する血界の柱を、自分以外を囲うように作るだけの事だ」
「簡単に言っているけど、それを簡単に出来るのはもう貴方と彼だけよ。エヴァも出来なくは無いでしょうけど乱用出来る程の余裕はまだ無いのだし、カレンとシルヴァはもう継承者じゃ無いんだから」
「………」
「新しい封印は少し大変だけれど、解除だけだったら大丈夫。継承者の棺を開くやり方と、殆ど変わらないわ」
横からアウロラの補足(追撃)とエヴァの補足が入ってジャックが沈黙する。珍しいものを見たなと思いながら、立て続けに増えた情報を整理していく。
どうやら技術としては(継承者比で)簡単でも、それを実用的に使える適合率の要求値はかなり高いらしい。……まあ確かに、前提として棺の外を動けるレベルじゃないとバケモノの封印も何もあったもんじゃ無いだろう。
大体、封印は勿論、棺の解錠自体その棺を訪れる事が必要だ。外で動けるのが最低条件な上で、力を繰り返し使っても負担としないだけの適合率。……現状、絶対的な値を誇るあいつが動けず、継承者の数も頭打ちだ。そう考えると、この二人が継承者のまま残るのを選んだのは結果オーライだった訳だ。
「すぐに取り掛かれる事では無いが、一応心に留めておいてくれ。最低でもヴェインの浄化と、吸血鬼の強化に目処がついてからになると思う」
「まぁ…そりゃそうか。しっかし、吸血鬼の底上げね……。取り敢えず血涙でも餌にして討伐部隊や探索班でも作るのか?」
てっきり直ぐにでも取り掛かるのかと思ってたが、ルイに否定された。まあ確かに、今のヴェインと吸血鬼の現状じゃ、強くなる事よりまずは生き残る事の方が優先される。血涙に余裕が出てくればそれを報酬にして動かす事も出来るだろうが、数年かけてやっとかつかつが質素になった位の改善だ。
だから取り敢えず、地道に泉とヤドリギの再活性をしていくしか無いか、と納得しかけた。……んたが。
「既にあらかたの枠組みは作ってあり検証も済んでいるそうだ。お前達の意見も聞かせて欲しい」
「? ああ、勿論だ」
取り敢えずの方針だけかと思っていれば、ちゃんとやり方も考えてあったらしい。流石だなと思い、その場でミアやイオと一緒に話をいた。……そこで改めて、臨時総督府に集められていた“力”を思い知る事になった。
「まず結論から説明するわね。大枠としては、血涙を対価に、まず吸血鬼達へ"自己練磨"を促す。同時に、外へ赴く手段の確立。そして、一定以上の値に達した吸血鬼を招集し、編成する形になるわね」
「報酬となる血涙は、今まで血税として徴収していた分を流用する予定だ。そして血税に関して、血涙だけでなく“代替物”での提供も許可を出す。吸血鬼自身の血でも良い、と」
「はぁ?!」 「えっ?!」
初手から情報量でぶん殴られた気分だった。
気になる所はあっても、アウロラの説明はまだ分かる。問題はジャックの方だ。
血税の徴収は、人間であれば自分の血を。そして、吸血鬼は血涙での提出が義務化されている。臨時総督府がそれを集めていた理由も、それを私物化していない事も知った今、その事をとやかく言うつもりは無い。けど、変えられるのなら変えておけば、助かった吸血鬼もかなり居た筈だ。
「今更そこを変える理由は何だ?」
「今更等では無い。…“今”だからこそ、初めて可能となった許可だ」
「どういう事?」
「………」
思わず語気が荒くなりかけた言葉に返された、抽象的なジャックの説明に眉が寄る。前提を全部知ってればそれで通じるのかもしれないが、生憎こっちはさっき戻ったばかりだ。ついでに言えば、元々研究だの何だのから一番遠い場所に居た第3世代だって事も考慮してくれないと困る。
だから追加の説明をと言いかけた背中に、また別の声がぶつかった。……その後はもう、口を挟む余裕は無かった。
「血税が赤い霧の維持に使われているのは、もう知っているでしょう?それは今も変わらない。けれど、嘗てと大きく変わった部分もあるの」
「血税を血涙と人の血液に限定してたのは、"俺"が拒絶反応で暴走しねぇ為だ。生憎、他の吸血鬼の血を取り込める特質は無いんでな」
「けれど、彼なら可能よ。……あらゆる血を取り込んで力に変えられる彼だからこそ、ね」
「加えて、力のある吸血鬼の血の方がより力となる事も確認された。提供者の力によって対価とする血涙や血の量を軽減すれば、自ずと自己研鑽も捗るだろう」
「それに、今の彼には心骸の力もあるわ。血の供給を必要とせずに、血涙を生み出し続けた程の神骸。…赤い霧の維持だけなら、今の彼は殆ど完結出来るだけの力がある」
「勿論、それを行えば血涙の供給は止まるだろう。…人が吸血鬼を支えられる程に多ければ、それでも良かったのだか。今のヴェインでは、血涙の供給も続けて貰わなければ、人も吸血鬼も干上がってしまう。何とも歯がゆい事だがね」
「BOR寄生体の改良も並行して行っているわ。けれど、緩和は出来ても渇きの完全な克服は不可能、という結論ね。それでも、必要量を少しずつでも減らせれば余裕は増えるでしょう」
「あなた達にも、協力をお願い出来る?改良型のBOR寄生体の適合率は、継承者としてのそれと殆ど同じだから。少しでもデータが欲しいの」
「「 」」
最終的に、シルヴァやカレン、ドミニクまで加わったその説明は、量も内容も全部が全部重量級の鈍器と言って良く、怒涛の様に押し寄せるそれに頭が許容量を超過した。
取り敢えずは…髄骸と心骸を始めとする殆どの神骸を、あいつ一人が引き受けた事による効率化。器そのものの深さと大きさに由来する継承者としての力量差。そして、本人の持っていた素質。それらが噛み合った結果、今までと同じ事をより低いコストで維持出来る様になった。で、その浮いた分のコストを、別の事に当てる。――そこ迄は、時間は掛かったが何とか理解出来た。
それでも、どうにも分からないのは……。
「協力するのは勿論良いけど、研究も神骸についても良く知らないただの吸血鬼よ? 何ができるの?」
ミアの言葉に便乗して頷き意思を示す。そう…気にかかるのは、協力してくれというカレンの言葉だ。別に、協力する事自体は構わない。寧ろ何か役に立てるのなら、こっちから頼みたい位でもある。……けど同時に、自分達がありふれた吸血鬼の1人である事も自覚していた。
研究に関わっていた訳でも無く、ましてや継承者でも無い。エミリーみたいにミドウの研究でも知っていればまだ役に立てたかもしれないが、生憎目が覚めたのはルイ達よりも後の事だ。……目覚めてからの期間で言うなら、ここの面子だと下手しなくてもイオを除いた中で最遅に近い。ミアの方もどっこいなレベルだろう。
正直、単純な戦闘能力は兎も角、それ以外はその辺の吸血鬼と大して変わらない。そんな事はこいつらも良く知ってる筈なんだが…。
「だからこそ、ね。最終的には全ての吸血鬼を底上げする事が目的なのだから、余り極端なデータでは役に立たないのよ」
「それに。気が付いてはいないだろうが、君達にも継承者としての適性がある。最低限度、という程度ではあるがね。今回は、逆にその位の方が助かる」
「「?!」」
全く、今日一日で一体何回驚愕すれば良いのか。自分に継承者としての適性が僅かなりともあった事は勿論、何時の間にそれを調べられていたのかも疑問が尽きない。
その後は、取り敢えず一度休憩を挟んで明日以降にという事で纏まった。多分つーか確実に、頭がオーバーヒートした俺達の様子を見てだ。…確かにこれ以上何かを詰め込まれても、殆ど何も残らなかっただろうと、ぼやけた頭でそう思った。
「そういや、お前はどうだったんだよ?」
「? ……ああ、適合率についての話か」
その夜。久し振りに揃っての晩酌ついでに、ふと思い付いた事をルイに投げかけた。省略しすぎた言葉を細くするより早く、少し考えただけで思い至ったらしいその頭に改めて感心して、頷く事で先を促す。それは、昼の事を何とか咀嚼して落とし込んだ結果気になった事だ。
継承者としての適合率。俺達が調べられていたって事は、ここの所ずっと研究所に詰めていたこいつも当然調べた筈だ。別に、そんな事で競うつもりも無いが、何となく気になった。……だけだったんだが。
「……適合率そのものの値としては、エヴァと同じか僅かに高い位だろうと言われたな。まぁ、彼女程に担えるかと言われればまた別だが……」
「ぐっ?!……げほっ、まじか…」
「え…つまりは、監視者レベルってこと?!」
さらっと言われた言葉に思わず噎せた。
監視者の任を担うエヴァと同等かそれ以上って事は、つまり継承者連中の中でもかなり上の方の適合率って事だ。それこそ、目覚めるのがもっと早ければ、こいつも継承者に…そして監視者になってた可能性が高い位の。
思わず凄いじゃないかと正直に言えば、ルイは何とも言い難い表情を浮かべてみせた。
「だが、現状では中途半端な位置だ。……上には姉さんやシルヴァ、ジャック達がいるし、下にはアウロラやニコラ、エミリー達が居る。BOR寄生体の実証試験にしても、同レベルで既に適合済のエヴァが居る以上、俺に回される事は殆ど無い」
どことなく落ち込んで…と言うよりは不貞腐れている様な、投げやりさを含んだ声に苦笑する。俺達の中では間違いなく頭が良いし、やると決めた事をやり抜ける強さがある事も良く知っている。優秀で、強い吸血鬼だ。
それでも……だからこそか。どうしたって埋められない差がもどかしいんだろう。
血英で共有してしまったその過去。元々は普通の大学生で、QUEEN計画の中心人物達との関わりこそ深いものの、計画そのものに参加していた訳じゃ無い。そして、QUEEN計画の破綻と同時に命を落とし、第三世代として目覚めた。そこに何かを知り、受け継ぐ余裕なんて無かっただろう。
QUEEN計画を始めとする吸血鬼関連の資料は、臨時総督府に保管されていた。赤い霧を始めとする継承者関連の事柄もそうだ。だから、血涙の研究や地脈の調査はほぼ独学だった筈だ。…それで、殆ど一から確立さたのは流石だと思うし、それは他の奴等も同意している。
けど、正式な機関で時間と機材と専門知識を結集させ、最先端にあり続けた奴等はその先を行く。こっちの発見を基礎かつ前提の知識として、自分達さえ実験体に思い切り良く、だ。その辺は、少しミドウの野郎を思い出す。……よく考えなくても、大崩壊から一年足らずで吸血鬼を実用化させた中央研究所のトップと第一人者達だ。色々と、普通とは違うだろう。
「お前達については、ニコラやエミリーが最も近いそうだ。継承者としてはぎりぎりのラインだが、その分普通の吸血鬼に近く、汎用化に繋がるのでは無いかと話していた」
「上からやっていって、俺達が終われば他の吸血鬼にって事か」
「そういう事だ。……元を含めて、継承者達は多少の無理を押し通せてしまう。だが、適合率があっても野良の吸血鬼達にいきなり協力を求めるのは酷だ」
適合率が同じでも、同じ結果を出せるとは限らない。そして、適合率が低ければ低い程、本人の覚悟と意思の強さが必要になる。神骸と違って、クイーンの遺志は乗っていない。けど、それに似たBOR寄生体の適応と実験を、そこらの吸血鬼にやらせるのはリスクが高いって事か。
「確かにそうね。私は大丈夫よ。ニコラにばっかり、頼る訳にもいかないし」
「だな」
「……私にも、出来る事があれば良いのですが」
まあ何にせよ、元々協力はするつもりだったから答えは決まっていた。それに、悪い事ばかりでも無い。
神骸への適合率。それはクイーンの持つBOR寄生体への適性であり、それがある事が悪い事じゃないのは分かる。昼、ミアやイオとヤドリギで話してた様に、改良型のBOR寄生体は能力以上に渇きに強い。それこそ、継承者達は飲まず食わずで数年以上棺に籠もり続ける事が出来ていた程だ。…そこまでは望めなくても、吸血鬼の業でもある血への渇きを抑制出来るなら、それにこした事は無い。それに、クイーンや継承者連中の話を聞く限り、一段上の力を手に出来る可能性だってある。
人と吸血鬼と世界を護り、ヴェインを安定させる事。そして、いつかの未来に、外を目指せるだけの力をこの手に。――あの時の約束を、護り続けるその為に。
考察と解釈と設定練るの楽しいです(オイ)
CODE VEIN、本編開始時点で拠点組が欲しがってた情報って、救済部分以外はほぼ全て臨時総督府に揃っているよなぁ……という思いから、ルイに不貞腐れてもらいました。
カレンの弟でクルスの想い人?でアウロラとも面識があり、多分シルヴァとも少しは顔を合わせていたのでは?という立ち位置なのに放り出されていた謎。
本作における継承者達の適合率は、ざっくりと
主人公、イオ≫シルヴァ、カレン>ジャック≧ヴァレリオ>(ルイ)、エヴァ≧ミドウ、海溝の継承者>アウロラ≧エミリー、ニコラ、(ヤクモ、ミア)
としています。
エヴァ以上が監視者適性あり、棺を必要とせず外部での能力行使も可能。
ミドウや海溝の継承者は、人型の維持が可能な下限だが棺はあった方が良いというレベル(海溝の継承者は介錯時に人型&ミドウが棺に入っている前提っぽい会話がある)。
アウロラ以下は棺があっても肉体変異が強く、能力使用は負担が大きい。どこまで保つかは気合と根性。