突然だが、基本的に神機使いは大食いだ。
それは捕食を特徴とするオラクル細胞の影響も勿論ではあるが、単純に消費カロリーの多さに起因している。
何せ、数十㌔数百㌔単位の鈍器じみた神機を手にしてアラガミ相手に大立ち回りをやるのだから、まあ当然と言えば当然だろう。人間だって、軍隊の兵士なんかはがっつりと食事をしていたと聞く。アスリートと呼ばれたような人々もまた、その身体とパフォーマンスを維持する為に食は必要不可欠なものだった。勿論個人差はあるものの、一般的に見れば総じて大食いの部類に入る。その為、神機使いが多く参加する食事会での提供量は、同数の人間達のそれに比べて遥かに多くなるのが通例だった。
つまり何が言いたいのかと言えば、複数の神機使いに加えて別枠の戦闘員を加えたその歓迎会に際して用意された食事もまた、相応の量だったのだ。……が。
「……失念していたな」 「……だな」
彼等をラウンジに迎え入れ、席に案内した後に示されたその反応。"やらかした"と思っているのがはっきりと分かる反応と、食事へ向けられている何とも言い難い表情。ちらりと周囲を確認した後に再びテーブルへと戻される視線は、はっきりと困惑を浮かべている。
それは誰がどう見ても、食事に対し何らかの…余りよくは無い感情を抱いたのだと分かる態度。それに、流石に気分を害したらしい一部が前に出た。
「んだよ、何か文句でもあんのか?いらねーってんなら水でも飲んでろよ!」
「シュン!!…すまない。けど、もし何か駄目だったのなら教えてくれないか?」
宥めつつ問いかけたのはタツミ。幸いと言っていいのか、あちら側は特に気分を害している様には見えないままだ。……何なら、申し訳なさが更にプラスされた表情に変化していた。
「いや、此方こそすまない。その、厚意はとてもありがたいのだが…」
「ええっと、その、ね……私達でこの量を食べ切れる気がしなくてさ」
「折角用意して貰ったのにごめんなさい。えっと…本当に、水だけでも大丈夫だから」
「「「「「はぁ?!?」」」」」
思わず叫んだのは一人では無かった。仮にも歓迎会の名目を取っておいて、客人にあたる彼等に水だけを出すなどどんな冗談だ。
だが、集中した視線の先で心底困った様に笑う彼らが嘘を付いている様には見えない。
彼等の席に用意したのは、同人数の神機使いに比べて8割程度の量だ。…それはここへ来たときの装備や動きから勝手に神機使いと比較して用意したもので、だから足りない可能性の方を先に考えていた位なのに。
「えーっとね、一応血も用意してるんだけど…そっちの方が良いの、かな?」
「ナナ」
直球で切り込んだナナの言葉には、否定も肯定も返らない。その様子にもしかして、と悪い予想が頭を過る。……それでもまだ、それで満足してくれるならと準備していた輸血パックをラウンジに運び込んだ、その直後だった。
「「「!!!」」」
ざわり、と空気がささくれ立つ。一瞬見開かれた眼が鋭く細められて周囲を射抜き、ぴり、と肌をさしたプレッシャーに、思わず数人が立ち上がった。
風なんて無い筈の室内で、ざわりとその外套が不自然に揺らいだ様に見えた。――伝わってくるその感情は、怒りに近いだろうか。……何故?
そんな、妙な雰囲気に陥りかけたラウンジに響いたのは、周囲を圧する一喝だった。
「落ち着け!ヴェインとは状況が違ぇだろうが!!」
「そうよ。……あそことは人間の数が違う。そもそもの前提を考えなさい」
大柄な壮年の男性の大喝と続く呆れ混じりの女性の声に、数瞬をおいてプレッシャーが霧散する。それはもうあっさりと、一切の名残無く。残ったのは、料理についてのあれこれを言っていた時よりも尚濃い、申し訳ないというその空気だけだった。
「あー……いや、重ね重ねすまねぇな」
「ごめんなさい」
次々に告げられる謝罪は心からのもの。どうやらさっきのやり取りで何かを理解・納得した様だが、正直此方側としては何が何だか分かりはしない。……謝罪よりも説明が欲しいのだが、そう告げるのにも空気が悪い。
そうして、微妙な時間が暫く流れて。
「……一先ず、食事にしませんか?その、食べられる範囲だけで良いので!」
気不味い空気を無理矢理断ち切る様に上げられたアリサの言葉によって、些かぎこちない中それでもそれぞれが箸を伸ばし始めた。
そんな、歓迎会というには微妙な始まりをした会ではあったが。時間が経ってくれば慣れも出て、そうなれば元来の好奇心は、多少の壁を乗り越えるに足る強さがあった。
「本当に少食なんだなー。あ、俺は藤木コウタって言うんだ。一応、ここの第一部隊の隊長やってる」
「俺はロミオ・レオーニ。で、こっちがおんなじブラッド隊のナナ」
「香月ナナだよー!さっきはごめんなさい」
微妙な空気の中その席に突撃したのは3人。基本的に根っからの善人で、裏表が無くコミュニケーション能力の高い彼等は、交渉事には向かないかもしれないが、逆にするりと懐へ滑り込める強みがあった。本人達にそのつもりが無いからこそ、相手に不要な警戒や不信を抱かせる事が無いのだ。
そしてこの相手もまた、そんな風に近付いてくる存在を無下にするような性格だとは思えなかった。
「いや、こっちこそ悪かったな。俺はヤクモ。ヤクモ・シノノメ。でこっちが、ムラサメとミアな」
「ミア・カルンシュタインよ。ごめんなさい。あんな量の血あっちだと中々見ないから、驚いちゃって」
「リン・ムラサメだよ! あはは…少食っていうより元々嗜好品だからね。これでも今迄に無いくらい食べてるんだよ?」
応じたのは、10代後半から20前半程度に見える男女3人。どうやら比較的に軽いやり取りに向いた面々らしく、その受け答えはテンポが良い。他の吸血鬼達もまた、会話に加わりこそしないものの拒絶する様な空気は纏っていなかった。
そして、名前からして2人は東洋系かと思う間も無く、その内容に意識が持っていかれた。
「あんな量って……あれ一個400ml位だぞ? それに飯が嗜好品って何だよ」
「血だけで良いのか? いやけど、だとすると余計足りないんじゃないか?」
ロミオとコウタの立て続けの質問は、同じ内容を聞き取ってしまった神機使い達に共通するものでもあった。――吸血鬼、という位なのだから血を必要とする事自体に不思議は無かった。だとしても……少な過ぎるだろう。
元々は神機使いと同じく人間だったと聞いているから、ならばその体の作りはヒトに準じている筈だ。そして、肉や脂肪を含まない血から得られるエネルギー量なんてたかが知れている。……戦闘を抜きにしても、一つ程度では普通に生きて行く為の必要カロリーにさえ足りない筈だ。
神機使いの燃費は確かに悪いが、普通の人間と比べてても可笑しくは無いだろうか。
「あー……ルイ? こん位なら説明して良いか?」
「かまわない。そもそも、説明し忘れていた此方の落ち度だ」
「オッケー! さて、じゃあまず前提から説明するね。えっと、私達吸血鬼には確かに血が必要なんだけど、それはエネルギー補給っていうより理性を保つ為の…何だろ、抑制剤? 制御剤? に近いんだよね」
「余りにも長く血を摂取しないと血に渇いて自我を失って、そして最後には堕鬼っていう化物になってしまう。けれど逆に、血の渇き以外に食欲は無いから」
それはつまり、神機使いにとっての偏食因子に近いのだろうか。いや、それよりも、だ。
「俺達にとっての偏食因子みたいなもんか。…いやいや、エネルギー補給じゃないって。けど、食事も要らないんだよな?? 何、光合成でもすんの??」
「流石に光合成は出来ないかなー」
「偏食、因子?が何かは分からないけど、取り敢えず自我を保つ為に血が必要なんだ。食事は無くて大丈夫だけどね」
「で、さっきあんたらが出してくれた血に驚いた理由なんだが……ヴェイン、まあ俺達が暮らしてる場所の人間の生き残りってのは少なくてな。とてもじゃ無いが吸血鬼全員に行き渡るだけの血は確保出来なかったんだよ。中には、人の血を飲んだ事が無い吸血鬼だってそれなりにいた位だ」
「え、けど血が無いと困るんだよね?」
血が必要だというのに、血を飲んだことの無い吸血鬼が居る、とは。話の内容が矛盾しているんじゃないか。偏食因子の定期摂取が必要な筈なのに、偏食因子を見せられて不思議がる神機使いのような可笑しさだ。
「あー……これだな」
そんな神機使い達の混乱を置き去りにして男性…ヤクモが取り出したのは、片手に乗る位の涙滴型の物体。中に満ちているのは、透き通った赤色の液体だった。
「血涙、つってな。この内容物が血の代替物になる訳だ。で、これは大きさとしては中位なんだが、これ一個で……まあ半月位保つな」
「!?!!??」
「食事も、見ての通り出来ない訳じゃ無いんだけどさ。その、本当に嗜好品っていうか人間だった頃の感覚を忘れない為のモノっていうか……人間みたいにはお腹空かないんだ、私達」
「吸血鬼、の名前はそこからね。……どうしようもない人間の血への渇望が、その由来」
何ということの無いように行われる説明に言葉を失う。どう見ても戦闘員ですっていう体格の面子も居るし、ただの人間だとしても身体を維持する為にはそれなりの量が必要な筈なのに。
「ヴェインでは長い間血も血涙も足りなくて、多くの吸血鬼が堕鬼となったわ」
「今は血涙の供給量が最低限追いついているから、不足の事態を除いて堕鬼となる吸血鬼は大幅に減少している。……どうかしたのか?」
血や血涙の不足により堕鬼となる、というのはつまりアラガミ化だろうか。……そうならば、益々偏食因子と同じと言って良い。それが不足した場所で生きるというのは、アラガミ化寸前の神機使いが溢れているようなものではないのか。――なのに何故、そこまであっけらかんとしいられるのか。
先程までとは別の意味で微妙な空気となってしまったラウンジが静まり返る。3人だけでは無く、食事を取っていた他の面々も会話に参加し始めてくれたのは嬉しいけれど、正直それどころでは無かった。
そもそも、食事といっても用意していた分の半分の半分の半分近くを取り分けたものを更に分けているものだから、一人あたりだと1口とか……良くて3口程度といった所だろう。……神機使いどころか、オペレーターの面々にさえ劣る。
「えっ、でも水分は?」
確かに自然界には、人間よりも遥かに少ないエネルギーで生きられる動物も沢山居たという。だとしても水はそれなりに必要な筈だし、それに彼等は人間だった筈だ。なのに。
「……特に、必要無い。血以外は、本当に嗜好品だ。本人が耐えられるなら、絶飲食状態で大丈夫」
「基本的には、ね。瘴気っていう、渇きを加速させるものが濃い場所での活動だと、もう少し必要だけれど」
「…この辺りでしたら、それなりに戦闘を行っても問題はありません。それに…人の血は希少ですから。あちらの一つを皆さんで分けても……十分に多い、ですね」
当然の事をごく普通に説明するかの様な口調で、非常識極まりない事をさらりと告げられる。ついさっき、冗談として光合成なんて事をあげていたが、最早植物は植物でもエアプランツか何かの様な省エネさだ。……何より、それを当然だと言わんばかりの態度に、どうしようもなく違和感が募った。
「ちょ、ちょっとストップ!!えっと、あんた達に絶対必要なのは人の血か、その血涙?ってやつ。そんで量はそんなに要らないって事、で良いのか?」
「そうよ。食事や娯楽は、人としての意識を失わない為のモノでしかない」
「ついでに加えりゃ、製造拠点の崩壊や物資の不足で最近は手に入らなくなっててな。随分と久しぶりの食事になったって訳だ」
「え、でもあんたらってそっちのトップなんだろ?!」
「食事や水が必要なのは人間だろう。…それに、環境が悪い吸血鬼に比べれば、血涙の不足に悩まんで良いというだけで恵まれている」
「ま、見つけた時には遠慮なく頂いてたがな!けどまあ、おんなじやつが嗜好品と必需品なら、必要な方に渡すのは普通だろう?」
説明された事をほぼそのまま繰り返し問いかけても、気分を害した様子も無く吸血鬼達は会話に応じていく。
当然の様に言い切られた内容に再度言葉を失う。いや確かに、同じ境遇の中でなら、最低限を保証されているというだけでも違うのだろうけれど。――だとしても、そこまで人間を優先出来るものなのか。そうでなくても、人としての欲や感覚を、此処まで薄れさせる事が出来るものなのか。
アラガミ相手に立ち回れるだけで、それ以外はほぼ人間と変わらない感覚や欲求を残す神機使い達にとって、それはあまりにも未知の感覚だった。
「ってな訳だ。酒も久しぶりに沢山飲めたしな!ほんと、感謝してるぜ?」
「料理も、とても美味しいわ。…ごめんなさい、残してしまって。頑張れば入る…とは思うのだけれど」
「え?!いや気に入って貰えたなら良かったっていうか別に無理しなくていいよ!残ったら俺達が貰うしさ!!」
そんな重い空気をものともしないからりとした声。そしてそれに続く本当にしょんぼりと、心から申し訳無さそうに謝罪されててんぱりながらも何とか言葉を返す。水分以外絶食(それも下手したら年単位)していた相手に、この量の固形物がヤバいのは流石に誰でも分かる。そもそも、似たような立場の相手だからと、特に確認もせず神機使い基準で用意してしまったのはアナグラ側だ。
予め説明があれば有り難かったのは確かだが、確認しなかったこちらも含めお互い様という事で良いだろう。
「無理に食べても身やエネルギーになる訳では無いからな…。一応、初めに分けてはおいたつもりだが」
「めずらしかったから、つい…。ごめんなさい」
ちらりと確認すれば、全種類に手はつけられているものの、その取り分け方はとても綺麗なものだ。口をつける前の箸やトングで分けてあるから、その辺りもちゃんと考えられている。
それに。食べる量が不自然に少ないとは言っても、食事そのものを苦にしている様子もなく本当に楽しそうに食べているのだから、事情を知ってしまえば嫌な気持ちになる理由も無かった。
その後は細かい話や重い話は取り敢えず抜きにして(でないと気になって手が止まる)、皆で食事を楽しんだ。……彼等の所はやっぱり盛大に余ったけれど(12人で3人分位しか減ってない)、そこは神機使い達がきっちりと平らげた。――何せ、諸々を抜きにすれば歓迎会用の食事は実に美味しかったので。
そうして、色々な説明はまた明日!という事で、日付が変わる前位に一度解散する事になった。
普通に?寧ろ多めに?食事が必要な神機使い達と、嗜好品としての扱いでしか無い吸血鬼達。
ミアやムラサメとかは兎も角、シルヴァとかヤクモがダイエット中の女子か!みたいな量しか食べていなかったら、多分誰でも違和感があると思う。
追加で、書きそこねたといか短すぎるネタ。
実は何気に牙装を脱ぎそこねて着っぱなしの吸血鬼達と、変わった服だなーと思いつつ自分達の格好が大概フリーダムなのでそういうファッションだと流している神機使い達。
ハウンド型2名なんなかは特に、格好つけてるんだろうなー等と思われている。