テイエムオペラオーの家臣・従者を名乗るトレーナー 作:ケルヌンティウス
デビュー戦、ウマ娘たちがその走りを世間へと初めて披露する日がやって来た。
「いよいよ……メイクデビュー……大丈夫なのかなぁ……」
今回出走するウマ娘の控え室で不安そうにそう呟くのは、今回出走登録はしておらず本来この部屋にいるべきウマ娘の友人、メイショウドトウだ。
「ちゃんとスタートできれば平気そうだけど……でも、まだ……あうぅ……」
部屋にいるべきウマ娘はメイショウドトウのことを友人と思っているかは定かではないが、メイショウドトウは友人と思っており、今日は激励と応援のために控え室までやってきていたが、その友人は一向に姿を現す気配はない。
レースが始まるまで時間があるとはいえ遅すぎると、あわあわとメイショウドトウが落ち着きもなく部屋をうろうろしていると、部屋の扉が開かれ一人の男性が入ってきた。
「おや、君は……」
深緑色を基調としたトレセン学園に所属するトレーナーの服装としては珍しい装いの男性を見て、メイショウドトウは目を丸くした。
「えっと、たしか……オペラオーさんのトレーナーさん……?」
首を傾げて、自信なさ気に尋ねるメイショウドトウに対して、男性は首を横に振った。
「それは違うよドトウくん。私は我が覇王に付き従う家臣や従者といった立ち位置だ。トレーナーなどという彼女を導くなどというおこがましいことは私にはできい」
「は、はぁ」
そんなことを言われてもいまいち理解できないメイショウドトウだったが、それ以上何かを言うつもりはなかった。
「あの……オペラオーさんはどうしたんですか?さっきから姿が見えないみたいですけど……」
メイショウドトウの言葉を受けて、男性は「あぁ」と一言だけ漏らし、入ってきたドアを振り返った。
「我が覇王なら勝負服に着替えているよ」
「えっ、勝負服ですか……?」
勝負服とはウマ娘の晴れ着ともいえる特別な衣装のことで、レースではGIなどの大舞台で着用する。一見走りにくそうに見えたりもするが、ウマ娘にとっては不思議な力がみなぎるすごい服なのである。
メイクデビューはウマ娘にとってある意味、重要なレースであるが規模はGIレースには遠く及ばないため、基本的には体操着での出走が通例となっているが─────。
「我が覇王が有象無象と同じ衣装で晴れ舞台を飾るわけがないだろう」
「そ、そうですか……」
相変わらずよくわからない男性だと思ったメイショウドトウだが、とりあえず納得しておいた。
「ところで、君はどうしてここにいるんだい?」
「あっ、オペラオーさんが出るレースなので応援に来たんですよぉ~!」
嬉しそうな笑顔を浮かべながらメイショウドトウが答えると、それを聞いた男性は「ふむ」と手に持っている『覇王降臨歴』と書かれた本の一節に目を向ける。
「なるほど、我が覇王の栄光ある第一歩を刮目するのは私1人だけではないらしい」
歓迎しようとばかりに手を広げる男性に対し、メイショウドトウは困惑気味に笑みを返すことしかできなかった。それからメイショウドトウにとってはやや気まずい雰囲気が流ていると、ようやく本来この部屋にいるべきウマ娘が現れる。
「はーはっはっはっ! すごいよ、キミの仕立てた衣装! ボクの希望通りの素晴らしい衣装だ!」
ピンクとイエローを中心とした、まさに王子役のオペラ衣装のような服装に身を包んだ今回の主役がその勝負服をたなびかせる。ピンクと白のプリーツスカートは王子様のかぼちゃパンツを彷彿とさせ、肩や腹部、手首にはイエローの甲冑のような装飾、肩にはピンクのマントを羽織り、足元は白地にピンクラインのニーハイとイエローのブーツを履き、その姿はまさに覇王の名に遜色ないものだった。
「す、すごいです! とっても似合ってます! オペラオーさん!」
「ははっ! 当然だとも! ボクを慕う従者がボクのために作ってくれたボクだけの衣装なのだから!」
満面の笑みを浮かべて高笑いをするオペラオーを見て、メイショウドトウは相変わらずだなぁと苦笑する。
「あ、そういえば、オペラオーさん何かあったんですか?」
「ん? 何か? それはどうして遅れてやって来たかということかい?」
「はい……」
「何もあるものか。意図的に会場入りを遅らせたのさ」
もっともそれは男には見破られており、オペラオーが寮を出た瞬間に現れては、「我が覇王、これを。使い方はご存知のはず」と今着ている勝負服を手渡してきてのだ。少し驚きはしたものの、はさすがだと素直に自身の理解度の高さを褒め称えると、どうして遅れてきたのかと首を傾げているメイショウドトウへと向き合った。
「主役が1番初めに会場入りしては、周りに気を使わせてしまうだろう?」
「えぇ……」
何とも言えない表情をしているメイショウドトウに対して、オペラオーは気にせずにマントをひるがえして高らかに声をあげる。
「嗚呼、メイクデビュー! ついに衆目の前に、この美貌と走りを披露する日が来たね! デビューだけではなく、さまざまなものをメイクしてしまいそうだ! 伝説、崇拝─────そして愛!」
見るものによっては入り込みすぎではと思えてしまうテンションの上がりっぷりに、メイショウドトウも「愛……すごいです、オペラオーさん……」と勢いで信じ込んでしまっている。
「さあ行こうか。新たな綺羅星を、時代が待ち望んでいる。走りの心配は不要だ。だからレースの後の記者会見の準備は抜かりなくね。さぞやメディアが殺到することだろう。はーっはっはっは!」
デビュー戦に向けて気合い、余裕共に十分なテイエムオペラオーは控室から颯爽と飛び出していった。
「あ、オペラオーさん……」
メイショウドトウはオペラオーを追いかけようとしたが、すぐに思い留まって、部屋の中を振り返る。
「あの、ありがとうございましたぁ……えっと……オペラオーさんの従者さん……?」
メイショウドトウは礼を言うと、友であるテイエムオペラオーの勇姿と愛を見届けるために応援席へと歩き出す。別々の方向へと飛び出して行った2人の方を見遣りながら、男は1人取り残された部屋にて、独り言ちる。
「時代を駆け抜けたさまざまなウマ娘たち。今、その歴史に新たな1ページが追加される受け継がれる」
男は『覇王降臨歴』と書かれた本をパタンと閉じると、メイショウドトウが先ほどまでいた場所へ視線を向けた。
「テイエムオペラオーが覇王になるべくして生まれた存在ならば、君は……」
そう言いかけたところで、男は言葉を止めた。
「いや、これはまだ先の話……今は我が覇王の第一歩を見届けるとしよう」
そう言って、彼は静かに部屋を出ていく。かくして、覇王の後ろを歩く、自らをトレーナーではなく従者や家臣と定義する男の、テイエムオペラオーが覇王になるまでの道を見つめる男の物語が今───────始まる。