コンスコンと愉快な会社員たち   作:おゆ

1 / 6
俺の会社

 

 

 

 とんとん、とんとん、と音がする。

 

 それはデスクを指でせわしなく叩く音だ。

 俺はこの部屋に呼びつけられ、豪奢なデスクの前に立たされ、そんな音を聞かされている。

 

 俺を呼びつけた人物は、むろん悪気はないのだが、苛立ちのために無意識にそういう癖を出してしまっているのだ。

 

「済まないな。ただでさえ忙しいだろうに。だが事は急を要する」

「それは構いません。呼ばれた理由について大体のことは察しておりますが…… やはりあの件でしょうか。岸常務」

「その通りだが、おそらくお前が思うより問題は深刻だぞ。今まで会社の危機は幾度かあったにしろ、今回はよほどのことだ。全く頭が痛い」

 

 (きし) 莉愛(りあ)常務、我が社の役員の中では一番の切れ者として知られる。怜悧にして大胆な判断をすることで評価は高い。おまけにその見た目からして、引き締まった風貌はいかにもやり手だ。

 そんな岸常務が俺に話を持ち出している。

 

 会社の危機とは……

 

 もちろん岸常務はその情報を俺と共有し、俺に何とか解決して欲しいと考えている。

 その危機感は本物だ。

 なぜなら我が社は一手判断を誤ったら転落してしまいそうなほど弱小なのである。

 

 我が社は字恩広告(じおん こうこく)

 

 へんてこな社名であるが、なんでも創業者が文字一つ一つに恩を込めて、社会へそれを還元するとかいうたいそう高邁な意味でつけたものらしい。

 その名の通り、わが社は創業以来広告制作の下請け一本鎗で続けてきた。

 地元である横浜のエリアから手を広げず、しかも本業だけを真面目にやってきたため、潰れることもないが逆に巨大化することもなかった。要するにずっと弱小会社のままということだ。

 

 

 

 

「思い返せばお前に物事を頼んで解決できなかったことはない。この件についても手腕を期待しているぞ、(こん)営業統括部長」

「しかし、とても簡単には…… 常務、相手は連報なのでしょうから」

 

 会社の危機、その原因ははっきりしている。

 

 全日本連合報道媒体協議会、長たらしいので連報(れんぽう)と略して呼ぶのが普通である。

 

 それは広告業界を牛耳っている団体なのだが……単なる親睦団体ならいい。

 そうではなく、長い間のうちに権力を培い、まさに業界に君臨しているのだ。しかも内実は腐っている。広告各社から上納金をせしめ、そればかりか調整という名のもとに営業活動にまで口を出す。もちろん、それは上納金の多い会社を有利にする横槍だ。結果的に上納金など屁でもない大手は安泰、逆に上納金の工面に苦労するほどの弱小会社はいつまでも底辺のまま押し込められてしまう。

 

 そんな歪んだ構造を放置していいわけがない!

 

 業界を支配する黒い団体など不要だ。近年になり、我が字恩広告社は連報へ鋭く異議を唱えている。

 だがしかし…… これは少々正義感が先走ってしまった。正論を言う嚆矢といえば恰好はいいが、結果的に我が社ばかり矢面に立ってしまった。

 

 連報からすれば弱小会社のくせに歯向かうなど赦せない、そんな会社は何とか排除したいと考えるところだろう。それが叶えば、一罰百戒、今後連報に盾突く会社はいなくなり、万々歳に違いない。その支配はいっそう強まり、盤石なものとなる。

 だがさすがの連報でも我が社を正面から潰すことはできない。そこで我が社の落ち度を見つけ出してはあの手この手でネチネチと虐めることに終始してきたのだ。そんな嫌がらせだけでもさんざん困らされてきたのだが……

 

 しかし今、我が社は自ら付け入れられる隙を作ってしまった!

 それも連報が一気に攻め込んでこれるくらいのものを。

 

 

「とにかく悔やまれる。奴を自由にさせ過ぎた」

「岸常務、それは役員会の決定だったのですから仕方ありません。おまけに彼が有能なのは全く確かなこと、今回のことは結果論でしょう。ついでに言えば彼自身もたいそう反省していると聞き及んでおります」

 

 岸常務と俺の会話に出てくる彼とは、特別な人物である。

 

 赤井彗星(あかい すいせい)というキラキラネームの社員なのだが、わざわざヘッドハンティングの末に入社してもらい、しかも既存の縦割り組織には入れず、自由を与えながら仕事をしてもらっている。我が社としては異例なことである。

 そして……もっと異常なのはその成果なのだ!

 通常の三倍のスピードで契約を決めてくる。

 とうてい考えられない仕事能力である。ここまで圧倒的な差があれば、多少のことには目を瞑ろうというものだ。

 

 しかし彼は先日、やり過ぎてしまった……

 他の広告制作会社の専属タレントを強引に説き伏せ、こちらの制作する広告に出てもらったのだ。もちろん専属とはいっても契約上に明記されているわけではなく、法律的な意味では問題がない。ただし、業界内では無名のうちから育成してきたタレントは専属扱いと見なす、それが暗黙の了解なのである。

 彼がそんなことをしたのは、八島未来(やしま みらい)というそのタレントを使うのがクライアントの強い意向だったからである。事実、作られた広告は大層評判が良く、クライアントも大満足してくれた。まあ、それだけなら多少の横紙破りであっても、先方の社に詫びを入れれば済んだかもしれないが……

 しかし、運が悪いことに先方の社のタレント担当者は城戸(しろこ)とかいうとんでもない男だった!

 とにかく騒ぎ立て、引っ掻き回すのが好きな性格らしい。そのために話がこじれてしまい、その社と我が社との関係がちょっとやそっとで修復できないものになってしまった。

 

 こんな事件を連報が嗅ぎ付けた!

 

 好機と見たのだろう。大々的に我が社を悪者に仕立て上げ、広告業界の秩序を乱すものという烙印を押してしまったのだ。こうまで鮮やかに先手を打たれたら挽回のしようがない。

 悪いイメージが独り歩きすれば、この業界ではとてつもないダメージになる。我が社は孤立し、じわじわと先細りになり、立ち行かなくなるのは必定だ。

 最後はおそらく連報の前に土下座しかない。反旗を翻すどころか泣いて許しを請わなくてはならないだろう。それでも許されるとは思えないが…… ともかくそんな未来が確定しかかっているほど状況は厳しい。

 

「最善を尽くします、岸常務。先ずは赤井君にもう一度事情を聴いた上で作戦を考えてみましょう」

 

 

 

 

 俺は営業本部に戻り、さっそく赤井君を呼んで話を聴くことにした。

 そして颯爽と現れた彼は…… なぜか赤を基調として、黒と黄色の線をアクセントにしたシャツを着ていた。しかも襟を立てている。

 

「むふう…… あまり言いたくはないが、社会人らしい服装とは言えんなあ、赤井君。我が社は昔から自由な気風とはいえ、仕事時間に派手なシャツとは」

「しかし、ノーマルなスーツはちょっと」

「とはいっても…………まあ、それについては話の本題ではないから置いておこう。先のタレントの件について詳細を聞きたい」

 

 そして俺は彼の話を聴く中で、その深刻さだけではなく、いくつかの重要なヒントを掴んでいたのだ。

 一方、彼の方では改めて事の次第を思い起こし、反省モードに入ったらしい。俯いてぼそりと呟いていた。

 

「…… 認めたくないものだな。自分自身の若さゆえの過ちというものを」

「いやそこは認めようよ」

 

 思わずツッコミを入れてしまった俺だが、別に彼を責めているわけではない。

 話はもうこれでいい。エースはエースらしく元気で働いてくれるのが一番であるからには、萎縮させるべきではないと判断する。

 

 

 

 

 

 その二ヵ月後________

 

 

「『さすがの手腕だ。感服させられた。わずか二ヵ月で問題を解決し、連報の手を払いのけたとは驚かないではいられない』、そう岸常務は仰っておられた。あいにく常務は青葉区(あ ばおあ く)に出張されているので、代わりに私がねぎらいの言葉を掛けるよう仰せつかったのだが、むろん私も全く同じ思いを持っている」

 

 俺の前にいる男は真久部(まくべ)品質管理課長である。陰気そうな表情をしているが、能力は一級品であり、岸常務のお気に入りである。そして肩書とは関係なくまるで岸常務の秘書のようなことをしている。

 その真久部課長が俺に最大限の賛辞を贈ってくれているのは……

 先日の問題をきれいに解決したからだ。

 

「それはどうも。ややトリッキーな戦術ではあったが、上手くいって良かった。しかし実際に動いてくれたのは部下たちの方なのだから、恩賞ならそちらに上げるべきだろう。真久部課長、そう常務に伝えて欲しい」

「なかなかに優秀な部下をお持ちのようだ。しかもその信頼関係もうらやましい。ただし、上手くいったのはあくまで今部長の戦術のおかげであると拝察するが」

 

 俺は別に嘘を言ってはいない。

 俺の部下たち、その中でも我藤(がとう)という者は本当に優秀なんだ。しかも漢気が素晴らしい。今回の戦術の大半を彼に任せている。

 

 

 その戦術とは…… 簡単に言えば三角交渉だ。

 俺は赤井君から話を聴く限り、先方の社は八島というタレントにこだわっているわけではなく、特別に優遇しているのでもないと判断した。つまり先方の社は、本当のところ何か別のタレントの方が良いと思っているのではないか。

 そこが今回の狙い目だ。

 しかし我が字恩広告だけでは、先方の社の欲するタレントを用意できない。おまけに話を聞いてもらえるかどうかも分からない。そこで我が字恩の飛び切り上質なタレントを別の社にレンタルし、そこからバーター的に違うタレントを放出させる。そうしてトラブルを起こした当の社へ、求めるジャストのタレントを向かわせられたというわけである。

 こんなややこしいことまで行い、満足してもらう解決法を提示できれば、相手方も納得するというものだ。

 

 最終的には我が字恩広告との諍いを水に流してもらう。そうすれば連報も梯子を外された形となり、攻撃のしようもなくなる。

 

 もちろん口で言うほど簡単なものではない。

 薄氷を踏むような交渉の連続は、負けの許されないビリヤードをやっているのと同じである。

 

 ちなみに騒動の原因を作った城戸(しろこ)は、あっさり矛を収めたその社の上層部に対し、「なぜだ!? なぜ動かん!」といきり立っていたという。まあどうでもいいが。

 

 

 

 

 今回はこれで済んだ。しかし問題は、我が社と連報との関係は何一つ変わっていないということだ。

 戦いはまだまだこれからである。

 

 いずれ連報は別の手立てを考え、攻め込んでくるだろう。そういう強大な連報に対し、我が字恩は知恵を絞って立ち向かわなくてはならない。でなければ直ぐに消し飛ばされる。

 

 俺もまた気を引き締め、字恩のために戦い続けるつもりだ。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。