____ それからしばらくの間、
そのため、我が
俺も今は火消しのような特別業務をする必要もなく、通常の業務をこなしている。一応営業統括部長という肩書を背負っているからには。
今日もまたその仕事をして、多少の残業を終わらせ、社を出た。
ふと目を向けると、社のグラウンドで何かスポーツをしているではないか……
社屋から駐車場までの歩道沿いにグラウンドがあるものだから嫌でも目に付く。それは野球ができるとかいう立派なものではなく、弱小企業の身の丈にあった狭いグラウンドなのだが。
そしてもちろんナイター設備などあろうはずもないが、初夏の日の長さにより、この時間でも使うのに不都合ない明るさになっている。
「ん……練習ではなく試合をしているようだが、サッカー、ではなくてフットサルなのか? まあサッカーができる広さはないからな。しかし誰が…… えっ? ええっ? もしかすると、あれは社長か!!」
驚きのあまり二度見も三度見もしてしまう。
何と一方のチームは社長も含めた年配者で構成されている! もう一方はそんなことはない普通の若手社員だ。どうしてそんなことになっているのだろう。
俺はしばらくその試合から目を離せなくなった。
すると試合の内容が見えてきたのだが……
年配者チームの方はおそらく退場者を出してしまったのだろう、人数が少ない。サッカーでもそんな状態であれば苦しいのに、まして少人数のフットサルでは影響は甚大になる。当然、年配者チームは押し込まれっぱなしのようだ。
だが、意外なことに年配者チームから一人ボールを持って抜け出た者がいる!
それが社長だ。
数少ないチャンスを活かし、そればかりか…… 足が速い!
社長はスポーツも上手かったのか。ドリブルで一人、二人、ディフェンダーを華麗に抜き去り、敵陣を切り裂き、ゴールに肉薄していく。
このまま行けるのか!? むろん相手チームも馬鹿ではなく、先回りしてシュートコースを塞ぎつつある。
それでもこの勢いならば……
「敢えて言おう、パスであると!!」
え!?
この場面、社長はシュートではなくパスを選択した?
その判断自体は間違いとも言えない。年配者チームからは社長に続き、専務が走り込んでいたからだ。ディフェンダーを惑わすにはいったんパスするのもいいだろう。
だが、専務の周りには相手チームが取り付きつつあり、明らかに数的不利になってしまっている。
それもこれも社長がパスを早くに宣言したためである。なぜ無駄に宣言したんだろう?
「戦いは数だよ兄貴……」
専務が嘆息しつつそう言う。やはり数的不利は如何ともしがたく、ボールを受け取ってもたちまち奪われてしまい、チャンスを逃してしまうことになった。
その時のことだ。年配者チームのゴール付近から声が届く。
「残った敵の数、決して多くはない!!」
あ! これは岸常務の声だ。
たぶん年配者チームが気落ちしないよう、活を入れるつもりで言ったのだろう。
それは分かるのだが……
言葉の内容がちょっとおかしい。たぶん年配者チームはラフプレーも辞さない気合のため、かえって退場者を出し、それが数的不利の原因になったような気がするぞ。それはダメじゃないか常務。
まあ、別に試合の結果はどうでもいいことかもしれない。
こうやって社長も含めたお偉方と、下っ端社員が楽しくゲームをしていることが凄い。こんな会社は普通にはないだろう。
我が
団結心とモチベーションの高さはどこにも負けない。たとえ
「…… 字恩はあと十年は戦える……」
ん?
妙な声がしたと思ったら、いつの間にか
しかしその言葉、元気が出るのか出ないのか、十年とは短か過ぎるんじゃないかなあ。
_____ だが、俺の知らないところで連報からの攻撃は始まっていたんだ。
初めに異変を伝えてくれたのは、総務部に所属する
彼女は普段社内のコンプライアンスを担当している。
それがなぜか血相を変えて俺の営業本部に飛び込んでくると、恐るべき内容を伝えてきたのである。
「毒ガスが来ているさね。しかも飛びっきりの。
「むう、毒ガスとは…… この件には連報が絡んでいる可能性があるな、
毒ガスというのは社内用語の一つであり、ネット上の悪評のことを指すのだ。それは目には見えず、しかしいつの間にか取り囲まれ、甚大な被害を被ってしまう。まさに毒ガスと呼ぶのにふさわしい。
椎間課長によると我が字恩広告がネット上で炎上している!
発端はたった一つの噂である。そこから火が着き、我が社が非難されているらしい。どうせ連報が裏で糸を引いているのに決まっている。でなければこんな短期間にデタラメな噂が広まるわけがない。ここで噂がデタラメと言い切れるのは、まったくもって呆れるようなものだったからである。
「字恩広告はヤラセ広告を作っている」
これがネット上で広まり、悪徳だと決めつけられている。
問題となった広告はよくある街頭インタビュー形式の広告である。街にいる一般消費者にとある新製品を試させ、驚いてもらったり、あるいは100人中90人がこっちを選んだとか謳っているやつだ。こんなのはよくある広告であり、どこの広告制作会社だって作っている。そしてほとんどはただのヤラセだ。作る側も臆面もないが、広告を見る側だってそんなことは分かっている。
ただし嘘を流しているとはっきり言われてしまえば、ネットで叩かれるネタにもなるだろう。
連報も憎らしいところを突いてきたものだ。
通常なら連報から攻撃を受けたとしても、少しはやり方について感心するところを覚えたりするが…… 今回に限っては憤懣しか覚えない。
なぜなら我が字恩だけは、決してヤラセで広告を作ったことはない!
ヤラセが常態化している同業他社とは違うんだ。だからこそ根も葉もない噂が憎らしい。コンプライアンス担当の椎間課長が真偽を問うこともないのは、ヤラセをしていないのが当たり前だからである。
我が字恩広告は信義を貴び、嘘を嫌う。
ついでに言えば、質実剛健で鳴る専務が昔からきっぱりとヤラセ広告を否定している。
「ヤラセはせんッ! ヤラセはせんぞォ!!」
そんな我が社にヤラセ疑惑とは……あまりにも酷すぎる。
ともあれ、嘆いてばかりでは仕方がない。悪徳のイメージが独り歩きされたらかなわない。放置しておけば社の前途に暗雲が立ち込めるのが分かっている。ここは連報への怒りを抑え込み、一刻でも早く、現実的な手を打つ必要がある。言ったもの勝ちのネット上で反撃するのは並大抵のことではないのだ。
俺は先ず社内をまとめ、多くの人員を対策に費やす。
街頭インタビュー形式の広告がいつどこで作られたのか、またアンケートの内容と対象者をどう選んだのか、詳細に事実を調べ上げる。その上で、はっきりと具体的に真実を提示する。ネット上のことなので一気に逆転とはいかないだろうが、真実は一定の説得力を持つものだ。我が社の方に耳を傾けてくれる人々を少しでも増やす。
それと同時に俺の営業本部も動く。
取引先を飛び回り、釈明をし続ける。少なくとも取引先が納得してくれたなら、当座は実害を受ける恐れはない。
そういったことをして、ようやく山場を越えたと安堵していた矢先_____ またしても事件は起こった!
いや、おそらくネットの炎上は最初から陽動だったのだろう。
そのせいで社が手薄になったところを狙われてしまったとは…… 我ながらうかつだった。