俺はついに岸常務に反撃を具申する。
横暴なる連報を屈服させなくては字恩、そして広告業界に未来はない。
これより字恩は大義を掲げ、撃って出るのだ!
「……今営業統括部長、まあ気持ちは判らんでもないのだがな。あの強大な連報へ反撃とは……絵空事にしか思えん。しかし、そんなことを知っている上で言うからには、何か上手い方法があるとでも」
むろん岸常務はそう言って疑念を呈する。あまりに力の差は大きいのだ。
だが、俺は長く温めてきた秘策を明らかにする。
連報を、一挙に葬る方法を。
「あるのです、岸常務。
「……全く想像がつかんが、何だ」
「これに使うのは、公正取引委員会です」
「な、何だとッ!! まさか……」
岸常務が絶句している。
余りにも予想外過ぎたのだろう。
ただし俺はこの一手しかないと思っている。
この国において、恐ろしいほど強い権限を持つ国家機関は幾つもある。代表的なものは警察、国家公安といったものだろう。それらについては誰しもが想像がつく。しかしながらそれ以外にも物凄い力を持ったところがあるのだ。国税や、麻薬取締なんかはそれに当てはまり、警察を凌ぐ権力を持っている。
そしてもう一つ、公正取引委員会____ 名前は柔らかだが、経済界において生殺与奪の権を握っている国家機関がある。
その公正取引委員会が闇談合なんかの気配を察知して、不当な値付けを行っていると認定すれば…… それらの会社にはあまりに無慈悲な断罪が待っている。どこから算出したのか判らない巨額の罰則金が科され、それは会社が潰れようとお構いなしである。
だからこそ、力を借りられる。
連報が広告業界において健全な競争を阻害していることは限りなくクロなのだから、証拠さえ掴めば…… 公正取引委員会は逃れようのない鉄槌を下すだろう。
「……さすがだ、今部長。敵に回せば恐ろしい奴だ。よし、やってみろ。責任は私が持つ。そしてやるからには仕留めてみせろ。連報が慌てふためく面白いショーを私に見せてくれ。期待しているぞ」
____ そしてここは連報の小会議室である。
またもや輪岩戸緑委員長が静かに紅茶を愉しみ…… その眼前には仏頂面をした輝橋乃愛が立っている。
「どうしたのかね、ブライト君。どうせなら私と同じ紅茶を味わってみてはいかがかな。とても有意義な時間を過ごせると保証するよ。そうそう、今日は香りのいいダージリンが手に入ってね。お気に召すと思うのだが」
「いえ結構です。輪岩戸委員長、悠長に紅茶を飲んでいる場合ではありません! 字恩が税務調査を切り抜けた今、早急に次の手を考えませんと」
「何を焦ることがあるのだろう。字恩の今部長とやらが思った通りの切れ者と判っただけで収穫と思えばいい」
いつもと何も変わらない、そんな輪岩戸委員長の様子を見て、輝橋乃愛は益々表情を硬くする。
根が生真面目なのだ。
そして今回、字恩が想像以上にしぶとかった……必殺の策を避けられてしまった……ショックが大きい。
「ふふ、私としても驚いていないわけではないよ。想定外の策でこちらの罠を撥ね退けられてしまったのだから。ただし私がブライト君から悠長に見られてしまうのは心外だね。
「何ですと!? 既に次の手を! 流石です委員長、ではそれを是非早く」
「実は、それに関して言えば私というよりブライト君の肩にかかっているのだよ」
「……」
決して勘の悪くない輝橋乃愛も、その意味が判らず、直ぐに言葉を返せない。
いったい何のことを指して言っているのだろう。
「つい勿体ぶった言い方をしてしまうのは私の悪い癖かもしれない。ブライト君、次は正攻法で仕掛けるつもりだ。徹底的に字恩の営業をマークし、先回りをして取引きを潰す。私は策を弄するのもやぶさかではないが、別に正攻法を軽んじているわけではない」
「なるほど、次は正攻法で…… つまり字恩広告のクライアントへ先回りをして情報を奪い、ライバル会社にでも流し、結果的に取引きをさせない…… そうやって営業面から字恩を干上がらせ、音を上げるのを待つということでしょうか」
「その通り。だからこそブライト君にも動いてもらう。しかし君が先頭に立つという意味ではなく、実際に動くのは君の部下になる。つまりやってほしいのは君の部下である
「あの三人? まさかあの三人!! 委員長は彼らのことをご存じだと……」
輝橋乃愛は一瞬固まってしまう。
正攻法で行くのも判る。それには能力の高い人材が必要であることも判る。字恩広告の営業だって無能ではなく、それを上回る人材でなければ意味がないのだ。
更には、自分の部下の中にその眼鏡にかなう者たちがいることを喜ぶべきなのだが……
だがしかし、あの三人は……癖があり過ぎる。戸惑いの方がはるかに大きい。
「お言葉ですが委員長、よりにもよってあの連中は…… 一人は甘ったれ、一人は癇癪持ち、一人はパリピ、どう考えても扱い難いかと」
「ふふ、それも判っているよブライト君。しかし、肝心の能力はずば抜けて高いのだろう? だったら使わない手はない。
俺は異変に気付いた。
というか社内で俺が一番早く気付いて当たり前だ。
営業成績が…… 目に見えて落ちている!
もちろん営業成績というものは変動するものだし、いい時も悪い時もある。普通ならいちいち一喜一憂するものではない。
しかし、妙に胸騒ぎがするのだ。
これは見逃したら大変なことが隠れている気がしてならない。
そして調べて見たのだが…… 悪い予感が当たっていた!
正に驚くべきことだ。
連報の手の者が動き回っている。我が字恩広告社のクライアントへ先回りし、明らかに営業の邪魔をしているとは。
「くそ、連報がそこまでやるのか。もはやなりふり構わずに」
そして不思議なことに気付く。うちの営業がどんなクライアントへ提案して契約を取るか、判ろうはずはないのに、明らかに先読みされている!
悔しいがさすがに連報、凄腕を使ってきたらしい……このままでは拙い。
連報を叩く秘策である公正取引委員会のことはいったん棚上げだ。
俺は全力で営業のテコ入れを行う、その方が緊急の課題である。
それにはエース級の者たちに頑張ってもらうだけでは足りないと見た。社内でも過去に営業経験のある社員をかき集め、連報が暗躍しているところへ向かわせる。
もはや字恩も総力戦だ。営業がやられれば即刻屋台骨が傾いてしまう。
そしてしばらく経つと…… 様相がはっきりしてきた。
我が字恩広告社のメインの営業エリアである東部方面、満を持して営業エースの赤井君に担当してもらったのだが、明らかに競り負けているではないか!
「見せてもらおうか、連報の営業の性能とやらをッ!」
「絶対言うと思ってた。でも赤井君、それ余裕で勝ってる時に使うセリフだよね」
しかし状況についていえば、赤井君が無能なわけではなく相手が文字通り尋常ではないのだ。
この頃には連報が送り込んだ者の名が判ってきている。
あの赤井君が頑張っても先回りされているとは。
ただし、赤井君だって崩壊に追い込まれているわけではない。
それには一つの幸運がある。連報が加勢に付けたらしいもう一人の人物、何と城戸だったのだが……役に立つどころか勝手なことをして足を引っ張っているようなのだ。これは連報の方も誤算だろう。
ああ、そういえば我が字恩でも
そして同時に北部方面においても戦いがある。
ここに来た連報の手の者は、
俺もまた貴重な手札を切らざるを得ない。最も信頼できる部下、
ついでに志願してきた総務部の
さすがに我籐、そして椎間課長だ。この二人は実に戦いのツボを心得ている。フェイントを置いたかと思えば速攻に転じ、うまく立ち回っている。結果的に一方的な戦いにはさせていない。むしろ善戦しているといっていい。
最後に西部方面だ。
どこまで連報はマンパワーが豊富なのだろうか。眩暈がする。
西部方面で暴れ回っている連報の者は
その相手として俺は経理部の
しかしここで面白いことが起きた。
同じ経理部から
「我が愛しの浜庵様ッ!」
増馬課長だけではなく、おまけにもう一人、
それらのおかげで西部方面も何とか持ちこたえられそうだ。
「……やはり簡単にはいかないようです、輪岩戸委員長。あと一押しが足りません」
「字恩の底力といったところかな。いやいやさすがだと思わざるを得ないね、ブライト君」
「では、こちらも予備人員を投入して一気に」
またもや連報の小会議室ではそんな会話がなされている。あくまで連報は字恩を潰す、それを実現させるまで手を緩めることはない。
「その必要はないよ。字恩に善戦されてしまったのは、完全に予想外というわけではないのだからね」
「委員長、それはいったい? この事態まで既に予測済みとおっしゃいますか!」
「ふふ、戦いは面白かった。しかしもう終幕だ。営業について三方面から同時に仕掛けたわけだが、字恩だって
「全てが陽動ですと!? 字恩の総力を引き付けるだけの……とすれば……」
何と、正攻法の陰で策が隠されていた!
さすがに連報の魔術師という異名をとる者、その智謀、深さが違う。広さが違う。
「カウントダウンだ。華麗にフィナーレといこうじゃないか、ブライト君」