初任務
選別の翌日。俺は早速任務を与えられた。
いや~、ビックリだわ。まさか入社すると同時に仕事を振り当てられるとは。
研修も指導もなし。お付きの人もいない。いきなり現場に放り込まれたのだ。
ブラックすぎるだろ。昭和時代の超絶ブラックの方がまだマシじゃねえか。
あ、今は大正だった。じゃあ妥当……じゃねえよクソブラックが。
「まあいいか。費用は向こう持ちだし」
宿屋で朝食を喰いながら呟く。
現在、俺は八丈島にいる。
東京から遠く離れたこの島に鬼が出るらしく、こうして新人の俺が派遣された。
行くまでかなり時間を喰った。
陸路はまだいい。雷と風の呼吸を使って走ればいいんだから。
けど、海を渡るのはきつかった。この時代の船、クソ遅い上に乗り心地悪いんだよ。
揺れは激しい上に、飯はクソ不味い。乗っている間もずっと暇。やれる事といえば呼吸の練習ぐらいだ。
けどまあ、途中の島に上陸した時に泊まれる宿はけっこういい所だったんで、その辺はうれしい誤算だった。
「八幡、そろそろ情報を集めないでいいのか?」
「……八雲、俺はゆっくりしたいんだよ」
この無駄にダンディな声の烏は八雲。
選別が終わって支給された俺の連絡用鎹烏だ。
「まだぶー垂れているのか?いい加減機嫌を直せ。いい船に乗って、宿に泊まれんだぞ?贅沢を言うな」
「けどさ、俺以外の奴らはその場で帰されて、仕事は刀が出来る二週間後だろ? 俺だけ不公平じゃねえか」
「バカ。お前は選別が終わっても無傷ではないがピンピンしてたじゃないか。刀もちゃんとある。どこにお前を遊ばせる理由がある?」
本来、任務は入隊して大体一か月後にするらしい。
隊服を作る為に寸法を測り、階級を右手に謎の技術で刻まれ、連絡用の鎹鴉が与えられ、最期に自分の刀を作るための玉鋼を選んで解散。
完成した専用の日輪刀が届き、任務に向かうのが普通の流れだ。けど、俺は自前の刀があるので行けと言われれた。隊服もないのに。理不尽。
「ソレでも研修なんてないぞ。第一、研修なんて修業期間にやるものだろ普通。現場監督もそんな人手が鬼殺隊にあるわけないだろ。万年人不足なんだぞ鬼殺隊は」
「……ブラックすぎる」
俺は項垂れることしか出来なかった。
八丈富士近くの町々。
八幡は買い食いを繰り返し、町の中を歩ていた。
「おい八幡、何のつもりだ?」
「しゃべりかけるな八雲。目立つ」
往来の激しい道。その中で空いているスペースを見つけ、建物を背もたれにする。
彼の視線の先は八丈富士。その雄大な景色を肴にしながら八幡はホットドックを齧った。
その様は何処からどう見ても町を散策している旅行者だ。
「見て分かんねえのか、情報収集だ」
「何言ってる?俺には遊んでいるようにしか見えんが」
「まあ見てろ。パンの切れ端をやる。悪いが普通の烏を演じてくれ」
地面に放り投げられたホットドッグの端っこに嘴を突っ込んで黙る八雲。
その時だった、八幡が目当ての物を見つけた……いや、聞いたのは。
「おい聞いたかよ。また西山近くで旅人がやられちまったらしいぜ」
「あ? 鬼が出たって話、お前信じてるのか?この文明開化の時代に?」
「悪いかよ。この島にはな、昔から鬼の伝説があるんだ」
「何が伝説だ。そんなモン、まだ熊や盗賊の方が信ぴょう性あるっての」
「その話、ちょっと聞かせてもらえないか?」
突然、八幡は二人の男の話に割って入った。
「あん?なんだお前?」
「見ての通り旅人だ。ちょうと西山に寄ろうと思ったんだけど、あんた達の話が耳に入ってな、他人事じゃないから気になったんだ」
「今から西山の方に行く気か? やめとけ。あの辺は夜になると鬼が出るって噂なんだ。食われるぞ」
「そうだぜ。鬼が出るなんて話は全国にあるが、そんなのは盗賊や獣に襲われないようにするためだ。昔の知恵にはちゃんと従った方が身のためだぞ」
少しオーバー気味に八幡はため息を付く。
「じゃあ、今日はこの辺で宿を取るか。節約のために野宿でもしようかと思ったけど、命あっての物種だからな」
「そうした方がいいぜ。…あ、鬼のこと聞きたかったらあの茶菓子屋の婆に聞いた方がいいぜ」
「おう、ありがとう」
ソレから八幡は似たような真似をして鬼の情報を集めた。
茶菓子屋や酒場で人の話を聞いてくるかと思えば、町の歴史に詳しい老人を訪ね、また道端に立ってソレらしい会話を拾う。
そうやって情報を集めて行った結果分かったことが……。
「……この鬼、本当に初任務で倒せる鬼か?」
調べた結果、その鬼はかなり高齢の鬼と推測出来た。
蛇女伝説。
四百年前に存在したとされる化物の伝説。
件の鬼がこの伝説に登場する蛇女と大変酷似していた。
「なあ八雲、もしかしてコイツ、十二鬼月並みの鬼じゃないのか?もし仮に伝説通り四百年生きていたらかなり強い筈だよな?」
「ソレはない。鬼は強さの伸びしろに限りがある。長生きして人間をたらふく喰えばいいってものじゃない。もし仮に強くなり続けるなら、とっくに本土で十二鬼月入りしているさ」
「鬼ってレベージがあんのかよ。世知辛いな」
無駄口を叩きながら八幡はこの島の地図を広げる。
「主食は旅人。世間の騒ぎが起きないよう満遍なく襲っているが、パターンが存在する」
「じゃあ次に襲われる場も大方は予想出来るのか?」
「ああ。おそらく次はここだ」
八幡は地図を指さした。
「もう一度聞くが、これは本当に俺クラスの隊士が受けていい案件か?」
「安心しろ八幡。こういった小賢しい真似をする鬼は大概が力がないから隠れる類だ。強さに自信があるのなら迎え撃てばいいのだからな」
「いや、ソレはもういい。俺が一番気になるのは、この鬼の掴み所のなさだ」
地図をしまいながら八幡は続ける。
「臭いがしないんだよ。鬼が出たと噂されてる場所に何件か行ったが、全然鬼の匂いがしない」
「そりゃあ一週間以上経っているんだ。いくらお前の鼻がいいからといって、そんな前の臭いを嗅げるのか?」
「出来る。藤襲山みたいに鬼の匂いが蔓延しているなら兎も角、鬼が生きているなら臭いは続くんだよ」
鬼の匂いって死なない限り消えないんだよな、と。八幡は呟く。
「もしかしたら、最悪のパターンも考える必要があるかもな」