鬼の匂いと音がした。
振り返ると、鬼が柱に巻き付いてこちらを睨んでいる。
下半身がヘビ、上半身が女。ファンタジーものでよく見るラミアみたいな外見だ。
「おやおや。妙な臭いがするかと思ったら、まさか鬼狩りが出たとはねぇ」
「ヒュゥゥゥゥ…」
呼吸を整えながら、敵を見据える。
濃い血の匂いと鬼特有の気配。
間違いない、匂いの元はコイツだ。
「何をしている!? 早く逃げろ!」
「もう遅い!」
蛇の鬼が攻撃を仕掛けて来た。
両腕を蛇に変えて俺に伸ばしてきたのだ。
毒牙を向けて俺に迫り来る2匹の大蛇。
俺はそれらを左右に跳んで避け、がら空きの胴を斬り落とした。
「あら、少しはやるじゃない。じゃあ、こういうのはどう?」
しかし、大したダメージにはならなかったらしい。
すぐさま蛇鬼は次の攻撃に移った。
【血鬼術 斉射毒蛇】
【水の呼吸 肆ノ型 打ち潮】
髪の毛から撃ち出された毒蛇共。
狙いは大分粗い。当たりそうなのは半分くらいだ。
当たりそうな奴だけ対処。刀で受け流し、弾き飛ばし、斬り落とす。
「(よし、この程度なら問題ない!)」
敵の攻撃は自身の肉体の一部を蛇にする事。
ソレだけなら問題ない。似たような敵と藤襲山で戦ったおかげで対策はバッチリだ!
こういった敵は全ての攻撃部位を伸ばしきった、或いは撃ち切った瞬間が隙になる。そこを狙えば…!
「!?」
嫌な予感がしてその場を後ろに飛び退く。
着地したと同時に元いた場を見ると、俺の足があったらへんを噛もうとしている蛇がいた。
おそらく、あの時射出された蛇だろう。
「(ああなるほど。メインの狙いはこれだったのね……)」
床を見ると蛇だらけだった。
どうやら、さっき蛇をばら撒いたのは俺に当てるのじゃなく、撒く事そのものだったらしい。
足元にいる蛇をよけながら、蛇と化した腕を避ける。
くそ、流石に足場が制限されては分が悪い。
ここは風か雷の呼吸に変えて接近しねえと。
「これも避けるか。ならこれはどうだ!?」
【血鬼術 怒髪天蛇】
【水の呼吸 参ノ型 流流舞い】
今度は髪の毛を蛇に変化させて攻撃してきた。
最初に見せたソレよりも速く、攻撃範囲が広く、自在に動き回る髪の蛇。
速度、威力、範囲、制動性。全てが藤襲山で戦った手鬼を上回っている。
咄嗟に流流舞いで何とか捌き、避けたが、防戦一方であることに変わりはない。
どうやら先ほどのはとんだお遊びのようで、これが本来の実力……いや、もしかしたらまだ隠しているかもしれない。
「(これは…まずいな!)」
蛇鬼の攻撃が徐々に掠りだしてきた。
刀で防ぎ、何本か斬り落とすが、敵の再生速度は俺の速度を超えてる。
狭い通路で避ける場所に限りがあり、尚且つ避ける場所も毒蛇に奪われる。
このままじゃ俺の体力が先に切れ、逃げ場を奪われ、やがて捕まってしまう。
多少無理してでもこの状況を打破しなくては、俺がやられる!
「しぶといわねぇ。いい加減に死ね!」
「(今だッ!)」
蛇鬼が顎を外して大きく口を開く。
何かを吐き出す気だろうが、一挙手一投足が大きいせいで読みやすい。
俺はタイミングを読んで、何かが吐き出される前に壁へ跳んで避けた。
【血鬼術 毒破】
俺の頭上を毒々しい色の液体が通り過ぎる。
ソレは何かに当たり、嫌な音を立てながら、妙な臭いを発した。
おそらく毒だろう。コブラは毒液を牙から噴射するというからソレと似たモンだ。
天井を足場にして加速。一気に接近した。
出来れば火力と速度のある雷の呼吸に切り替えたいが、そんな余裕も時間もない。このまま水の呼吸でいく。
【水の呼吸 壱の型 水面切り】
【血鬼術 血食鋼鱗】
防がれた。
唯一鱗の生えてなかった首が赤く硬い鱗に覆われた。
鱗は鎧のように俺の刀を弾いた。
「ガハッ……!?」
反撃を危惧して距離を取ろうとした途端、蛇鬼のラリアットが俺の腹に直撃した。
受け流そうと体を捻ったが遅かった。
カヒュッ…と、肺から空気が無理やり吐き出される。
「ぐあッ!?」
バットにかっ飛ばされたボールのように吹き飛ぶ俺の身体。
バァンと、何か激突して壊しながら、ごろごろと床を転がった。
「く、クソ……」
痛みを堪えながら何とか体勢を整えて俺は両足を付いた。
けど、なんでアイツ……俺の動きに付いて来れたんだ? タイミングも位置取りも完璧だった筈なのに!?
そんなことを考えていると、俺の視界いっぱいに蛇の胴体が見えた。
「!?」
俺は咄嗟に斜め右に前頭して避ける。
途端に後ろから響く轟音。
振り返りながら立ち上がると、蛇の胴体が壁に減り込んでいた。
危なかった、あと数秒でも遅れていれば、俺がああなっていたであろう。
「ホッホッホ…。勘のいいガキじゃな。けど、もう終いじゃ!」
「!?」
今度は撒かれた蛇が牙を剥いてきた。
体をバネのように縮み込ませ一気に解放して飛び掛かる。
そうやってそれぞれの蛇が違う高さ、違う方向、違うタイミングで襲ってきた。
「ック!」
なんとか全て避ける。
その場を跳び、壁を蹴って追撃から逃れ、更に天井を蹴って。
俺は何とか全ての蛇の攻撃を避け切った。
そこから先は地獄の攻防の連続だった。
【血鬼術 毒破】
【水の呼吸 壱の型 水面切り】
第一回目の攻防。
蛇鬼の口から吐き出された毒液の塊を縦から真っ二つにしてやった。
二つに切断された毒塊が俺の横を通り過ぎる。
【血鬼術 怒髪天蛇】
【水の呼吸 肆ノ型 打ち潮】
第二回目の攻防。
向かってくる無数の毒蛇の鞭を、連撃で全て斬り落とした。
凄まじい再生速度で対応しようとするが、根性と勢いで無理矢理突破した。
【血鬼術 蛇突猛進】
【弐ノ型 水車】
第三回目の攻防。
凄まじい速度と威力の突進を縦に回転して受け流す。
最初は跳んで避けようとしたが、飛距離が足りずに当たりそうになったので予定変更。
刀で突進を受け流しながら相手の背後へと回る。
【血鬼術 血食鋼鱗】
【陸ノ型 ねじれ渦】
第四回目の攻防。
空中から蛇鬼の項(うなじ)目掛けて刀を振るった。
受け流しによって回避と位置取りを同時に行い、優位な位置にいる。
当たりそうだと確信して咄嗟に刀を振るったが、蛇鬼は腹が立つ程見事なタイミングでソレを防いだ。
ガキィンと、硬質化させた鱗で俺の刀を止める。
【血鬼術 斉射毒蛇】
【玖ノ型 水流飛沫・乱】
第五回目の攻防。
ばら撒かれた蛇を回避すると同時に、それらを切り裂いた。
着地時間と着地面積を最小限にして、跳ね回って避けながら。刀を振るって飛び掛かる蛇共を斬る。
【血鬼術 一斉毒射】
【参ノ型 流流舞い】
六回目の攻防。
ばら撒かれる毒液を避けながら蛇を斬る。
全ての蛇が毒を吐く。足元も、髪も、腕も、そして本体も。
全方向から、威力も速度も範囲も違う毒液が、一斉射撃された。
それらを切り払い、避けながら。俺は敵を観察して隙を伺う。
「(早くなんとかしねえとなッ!)」
さっさとこの防戦一方の戦況を打破しなくては、体力が尽きて俺が負ける……!
【水の呼吸―――】
【血鬼術 瞳蟲毒】
突然、俺の身体が止まった。
「(な……なんだこれは?)」
身体が動かない。
金縛りにでもなった……いや、身体が石にでもなったかのようだ。
何だ、一体俺の身体に何が起こっている? 技の途中だというのに何故慣性とかも無視して急に止まる!?
困惑で混乱している中、俺の目に蛇鬼の瞳が映った。
額にある大きな蛇の三つ目。
爛々と輝きながら、 ギョロリとこちらを凝視するソレを見てやっと合点がいった。
これもまたあの鬼の血鬼術だと。
「(そんなことも……出来るのか)」
魔眼。
ラノベや漫画は勿論、神話の時代から続く魔法。
効果も種類も様々だが、コイツのはその中でもオーソドックスなもの。
見たものを動けなくするものだ。
有名なものはメドゥーサの魔眼。
なるほど、髪の毛を蛇にする辺り、確かに外見はそっくりだな。
けど、どういった血鬼術か分かったところで事態が好転するワケでもない。
むしろ、呆けて余計なことを考えている時点で俺は詰んでいる。
「があッ!?」
動きが止まった俺に蛇が群がって来た。
咄嗟に逃げようとするも、動けない俺は次々と蛇に噛まれる。
呼吸で毒の回りを防ごうとするも、全身を噛まれたらひとたまりもない。
数秒程で毒の症状は現れ、俺を苦しめた。
「う、ぐ……!」
マズい、非常にまずい。
頭がクラクラする。眩暈もだ。
身体に痺れが起こり、呼吸も粗くなる。
クソ、ちょっと噛まれた程度でコレかよ!?
息が荒れる。落ち着こうと思えば思うほど、呼吸が浅く早くなっていく。
気を抜くな、刀を離すな。絶対帰るんだ!元の家に!
体を起こせ、毒も今は耐えろ。呼吸を整えて体勢を……。
「無駄じゃ」
耳元の声が届くと同時、激烈な衝撃が襲った。
「ぐあッ!?」
再びボールのように吹っ飛ぶ。
ごろごろと床を転がり、壁に叩きつけられた。
「(クソ、腕が……!?)
咄嗟に刀を構えた事で運良く致命傷は避けられたが、両腕が完全に痺れている。
これでは、次の攻撃は防ぎ切れない……!
「今のを防ぐとは、かなりやるのお」
鬼はガラガラ蛇のような尻尾の先を鳴らしながら笑う。
あの尻尾で打撃を受けたのだと理解するが、知ったところで何にもならない。
むしろ、絶望的な現実を突き付けられている。
「(マズい、このままじゃ……!)」
腕―――ダメだ。
まだ痺れが残っており、毒も回って刀を振れそうにない。
呼吸―――ダメだ。
毒が完全に回ってマトモに息する事すらしんどい。
視界―――ダメだ。
ダメージと毒の相乗効果で大分霞んでいる。
結論、ダメダメだ。
「じゃあ、ちょっと味わうか」
「があ!?」
噛まれた。
思いっきり、肉を引き千切らんばかりに。
肩にギザギザの牙が減り込み、血が滴るのを肌で感じる。
ああ、俺はこのまま食われるのか……。
―――死。
『お兄ちゃん!』
思い浮かんだのは、最愛の妹の笑顔。
ああ、これが……走馬灯ってやつか。