「なにしでかしたんじゃこの馬鹿垂れが!」
とある豪華な部屋。
恰幅がいいのを通り越してぶくぶくに太った醜い男が、土下座して詫びる部下らしき男を蹴り飛ばした。
この男の名は駄活。
この屋敷の主であり、今回の標的である。
「貴様があのような失敗を犯さなければ、今頃儂は新鮮な女を食えたというのに!」
男は鬼であった。
位は低いが華族出身であり、地位とその精神性を無惨に見込まれて鬼となったのだ。
駄活は典型的な駄目華族だった。
金にも女にも権力にも。全てにがめつい欲深な男。
その癖、自分から行動して何かを得ようとはしない怠惰な男でもあった。
勉強や鍛錬なんて以ての外。楽していい女と金を手にしたい。そんなことばかり考えていた。
当然、そんな男が何も得られるはずがなかった。
自慢できるのは地位のみ。他には何もない。
顔も肉体も知能も能力も。全てが劣っている上になんとかしようと努力するつもりも熱意もない。
立場にかけて社交界も碌に参加せず、たとえ格上の相手でも気に入らなければ態度に出すような男だった。
当然、そんな奴が発展するはずがなく、没落の道へと進んでいった。
しかし、あの方と出会い、力を授かってからは、彼の人生は大きく変わった。
その力を使って男はあらゆるものを手にしてきた。
金、女、食。望むものを次々と。
「まあいい。それじゃあ、今は昨日攫った女の肉でも食うか。……おい、アレを持ってこい」
駄活が手を叩く。瞬間、扉が開いて三人の男が入室した。
まるで表情がないかのようにのっぺりした顔立ちに、ハンコでも押したかのような全く同じ服装。
そんな不気味な男たちが運んできたものは、二人の女だった。
「や、やめて!?」
「離してください!」
乱暴に髪の毛を引っ張って女を引きずる不気味な男達。
まるで荷物でも適当に運ぶかのような乱雑さだ。
いや、実査に彼らにとって女性たちは荷物でしかないのだろう。
「ぐへへ…。それじゃあ、お食事の前にお楽しみだなぁ」
「「ッヒ」」
下卑た笑みを浮かべて女性に近づく駄活
その顔を見た途端、女性たちは更に恐怖に震える。
当たり前である、訳も分からずいきなり攫われ、全く知らない場所に連れて行かれたのだ。
その上、このような醜い男の前に突き出されたのだ。これからどうなるか分かってしまえば、こうなるのは当然だ。
「ぐ、ぐへへ…。それじゃあ、お楽しみと……」
男が女たちに手を伸ばそうとした瞬間……。
【雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃】
部屋の隅にあるクローゼットの中から、雷の如き斬撃が男達を斬り飛ばした。
「逃げろ。後は俺がなんとかする」
男を斬り飛ばした剣士は女たちを逃がし、太った男―――鬼の前に立ちはだかった。
「(なるほど、あれは鬼の血鬼術で作った分身か)」
俺が切り飛ばした鬼の部下らしきモノが、まるで塩をかけられたナメクジのように溶けた。
どうやらアレらは人間ではなく、鬼の血鬼術で作られた人形だったらしい。
まあ、人間じゃないことは最初から気配で気づいてたけど。
切った感触も人間の肉や骨とは違うし、何より命を奪った感覚がない。
けど、もし相手が人間でも俺は実行してるだろうな。
悪党の味方する奴なんて殺しても何も感じないし。
「き、貴様は鬼狩りか!? 一体どこに潜んでいた!? いつからそこにいた!?」
「答える必要はねえ。……ったく奇襲するつもりが全部おじゃんだ」
俺の奇襲失敗理由の大半がこういった邪魔者が入ってくることだ。
鬼が人を食おうとしていたり、別の隊士が鬼と戦っていたといった理由である。
もし鬼を殺すことでソレを防げるなら俺も迷いなく鬼の首を刎ねられるが、間に合わない場合は攻撃をキャンセルして守る事に集中する。
俺は人間だ。鬼狩りに墜ちた鬼とは違う。
あいつ等みたいに何もかも犠牲にして鬼狩りを行う程落ちてない。
「さ、かかって来いよ。さっさと終わらせて帰りたいんだこっちは」
「き、貴様……俺を舐めやがって!」
男の姿が変わる。
ぶくぶく太った小柄のブ男の姿から、鬼の姿へと。
蛙を無理やり人型にしたような、不気味な化物の姿へと変貌した。
なるほど、コレがアイツの本性か。らしいといっちゃらしいな。
「俺の正体を知った以上生きては帰さねえ! 早く死ね!」
蛙鬼は舌を伸ばして攻撃してきた。
まっすぐ伸ばされたソレを、俺は刀で弾き飛ばす。
一度目、二度目、三度目と。
俺は何度も伸ばされる舌を弾いて防ぎ……。
「ぐべえ!!?」
四度目で舌を切り飛ばした。
バカが、途中で軌道や長さを変えるなら兎も角、ただ愚直に真っすぐ伸ばされるだけの攻撃なんて何の脅威もない。
こちとら弾丸もタイミングと方向が分かっていれば切れるんだぞ。
我ながら人間やめてるなと実感せざるを得ない。
「ならこれはどうだ!?」
【血鬼術 悪性腐癌】
【水の呼吸 参ノ型 流流舞い】
蛙鬼が口から液体を吐き出す。
臭い匂いからして毒、おそらく酸のようなものだろう。触れるわけにはいかない。
よって俺は回避を選択。避けながら鬼に接近した。
「く…くそ!だったら!!」
【血鬼術 我執腐癌】
【風の呼吸 参ノ型 晴嵐風樹】
今度は粘液を連射してきた
数が多く、毒の匂いはしない。しかし迂闊に振れるのは危険そうだ。
よって俺は風の刃による迎撃を選択。直接ではなく鎌鼬によってそれらを切り裂きながら、鬼へと接近した。
粘液の雨を剣劇の傘で突破。同時に風の刃によってその場の空気を換気する。
「なッ!? き…貴様!?」
「毒を盛ろうとしてもコレで無駄だ」
最初から気づいてんだよボケが。
コイツの粘液は帰化しても効果を発揮するのは想定済みだし、匂いからほぼ確信していた。
それに、俺は搦め手を使う鬼とは何度も戦ってきたんだ。今更こんなチンケな小細工に引っかかるかよ。
【血鬼術 我執腐癌】
【雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃】
射程距離に入ったと同時に、一度刀を鞘に納める。
ソレをチャンスと捉えたのか、鬼は俺に特大の毒粘液を口から放出してきた。
けど、並大抵のスピードじゃ俺の雷の呼吸は捉えられない。
毒粘液よりも早く敵へと接近し、すぐさま抜刀した。
そのまま鬼の首を刎ねようとしたのだが、
「ヒぃ!?」
【血鬼術 執固凝液】
鬼の発動した血鬼術によってギリギリ防がれてしまった。
短い悲鳴を上げながら、全身から粘液を放出。
それは一瞬で固まって、強固な鎧となって俺の斬撃を防御。
身代わりとして粉々に砕けた。
「クソが」
俺は動揺することなく攻撃を続行しようと、一旦後ろに下がる。
血鬼術によって技が防がれるなんて、今まで何度もあった。今更慌てることなんてない。
再び技を出そうと構えたその瞬間……。
【知鬼術 着執粘液】
【水の呼吸 玖ノ型 水流飛沫・乱】
今度は粘液を床にばら撒いた。
咄嗟に跳んで避ける。
上下左右に縦横無尽に跳んで回避しつつ再び接近した瞬間……。
ドォン!
蛙鬼は蛙らしく驚異的な脚力でバックステップ。
俺の斬撃から逃れると同時に、壁を破壊して外へとダイナミック退出した。
「なッ!?あの鬼逃げやがったな!」
俺もその後を追って飛び降りる。
蛙鬼が外で待ち伏せしてないのは気配で確認済み。
空中、或いは着地直後に攻撃される心配はない。安全に飛び降りれる。
受け身を取って落下の衝撃を流して着地し、蛙鬼を追った。
「この……待ちやがれ!」
鬼を追いかける。
足の速さには自信がある。たとえ相手が鬼であろうとも、単純な追いかけっこじゃ負けねえ。
【血鬼術 悪性滑膿】
門を無理やり突破して外に出ると同時、鬼が何かを身体から出して速度を上げた。
おそらく潤滑油で滑っているのだろう。
その証拠に、蛙鬼が通った後がなんかヌルヌル滑って走りにくい。
向こうは身体を滑らせてスピードアップ、こっちは足が滑ってスピードダウン。うまく考えたな。
「(けど、こんなのじゃあ俺の足は止まらねよ)」
足場の悪い状況での移動なんていくらでもある。
この程度なら問題ない。
俺は速度を緩める事無く、足場が悪い中、鬼を追いかけた。
町の中を爆走する俺と鬼。
どうやら向こうはなりふり構わず町の障害物を使って俺を振り切るつもりらしい。
壁を蹴って急転換。
急カーブして小道に逃げたが、俺はスピードを緩める事無く壁を利用して方向転換を行った。
障害物を飛び越える。
通りすがりに積まれてあった何かを崩して道を塞ぐが、俺はスピードを緩める事無く高く跳んだ。
身を捻って通行人を避ける。
器用に滑って通行人の間を潜り抜けるが、俺もスピードを緩める事無く足捌きで通行人をすり抜けた。
敵の血鬼術を避ける。
滑って移動しながら面倒な血鬼術を放つが、俺もスピードを緩める事無く全てを避け続けた。
そうやって妨害を回避しなが追う事段々と距離が近づいてきた、そろそろ捕まえ時か……。
「おら!」
「ぐへ!?」
その辺にあった石を蹴り飛ばして蛙鬼にブチ当てる。
よし、速度が緩んでよろけている。今が捕らえ時だ。
【雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃】
スパンと、確かな手応えと共に、俺は鬼の首を刎ね飛ばした。
「任務完了だな」
「おい八幡、またお前の活躍が新聞に載っているぞ」
任務を終えた翌日、藤の家で飯を食っていると、八雲が新聞を咥えて俺によこしてきた。
見開きの内容は町の中に突如現れた化け蛙とソレを追いかける謎の剣士。
なかなか面白い内容じゃねえか。
「全然面白くないぞこのバカ!」
八雲は俺の肩に乗って怒鳴り始めた。
朝から煩い烏だ。こちとら寝起きだぞ。
「全く!貴様と言う奴は! そうやっていつも問題行動ばかり起こして! それさえなければ一気に階級を上げて柱にもなれたものを!」
「うっせえな。俺は安全に鬼を狩りたいんだよ」
鬼殺隊に入って三年近くになるが、俺の階級は中堅ぐらいだ。
理由は簡単。己の命を優先する為に問題行動を起こしているせいだ。
物壊しまくったり、街中で鬼にゲリラ仕掛けたり、鬼の協力者を十分の九か八殺しにしたり。
けどね、俺は人間なんだ。どっかの誰かと違って鬼に堕ちてないんだ。そりゃ使命だの何だのよりも自分の命を優先するわ。
「今回はお館様も苦言を漏らしていた! 情報処理が大変だったと嘆いていたぞ!」
「え?もう終わったの?早すぎだろ。どんだけ優秀な諜報員いるんだ?」
これだけ情報操作が得意ならもっと無茶苦茶やっても良くね?
「全く貴様という男は!? 少し頑張ればもっと上手くやっていれただろ!」
「いやいやいや。今回は大分易しい方だと思うぞ?最初は屋敷に火を付けて鬼を炙り出そうと思ったけど、予想以上に広いから無関係な人間を巻き込むのを危惧して作戦を急きょ変更したんだ。少しぐらいヘマしてもいいだろ」
「何故火を付ける前提なんだ!? 全く貴様はいつもいつも恐ろしい作戦ばかりしおって!今日という今日こそは分かってもらうぞ!」
こうして八雲はいつもの説教を始めた。
鬼を狩り、また次の鬼を狩って、問題を起こして怒られる。
これが俺の日常である。