「あの野郎…地味に俺を囮に使いやがったな!」
山の中、天元は堂々と歩いていた。
今はもう隠れる必要はない。
先程まで血鬼術を放っていた鬼は八幡が相手している。
銃弾を警戒して背を低くして歩く真似はもうしなくていいのだ。
「ったく、一言声掛けりゃいいのに……」
別に、天元は囮にされたことを怒っているわけではない。
アレが最適な判断だった。もし天元が逆の立場でもあのやり方を提案してる。
彼が怒っているのは、鬼の気配に気づいたのにソレを言わず、囮役を勝手に押し付け、自分だけ先に行ったことに対してである。
一言あればよかったのだ。ソレだけで全ては解決していた。
「クソ、これでアイツがしくじってたら派手にぶん殴ってやる」
口では言うも、欠片ほどもそうとは思っていない。
戦闘音はもう無くなり、鬼の気配もない。
既に決着は付いているようだ。
「(もう終わったか。やっぱアイツ、地味に強いんだよな)」
歩きながら八幡の戦いを思い出す。
天元から見ても八幡は強い。
三つの呼吸を使いこなす独自の戦闘スタイル。
状況や相手に合わせて呼吸を変えることで、多種多様な鬼を倒し、様々な任務を遂行してきた。
特に雷の呼吸がヤバい。使える技は二つしかないが、その速度と威力は抜群。
大半は奇襲で使うが、予期せぬ事態で急きょ中断する事も……。
「……ん?それっておかしくねえか?」
そこで天元は違和感を抱いた。
霹靂一閃は肉体の制限“リミッター”を外して繰り出す技である。
己の限界以上の力を出すせいで、一度繰り出せば本人も止める事は出来ない。
だというのに八幡は霹靂一閃を出している際中でも中断したり、急きょ別の技を繰り出せるのだ。
おかしい。普通なら出来無い。一体どんな手品を使ったのか……。
「(……いや、今考える事じゃねえか)」
天元は考えを切り替えた。
そうだ、今はそんなことなんてどうでもいい。
大事なのは今。八幡と合流して文句を言う事である。
「っと、そろそろか」
獣道を抜けて開けた場に出る。
血鬼術の銃弾が飛んできた場である。
そこで八幡と合流しようとした瞬間……。
「………なんだこりゃ?」
八幡のほかに倒れている隊士達が何人もいた。
おそらく、八幡が倒した鬼を狩る筈だった隊士達だろう。
鬼にやられたのか? いや、ソレにしては怪我が軽い。殴られたように見える。……いや、もう見たまんまだ。
「おい比企谷!オメエ何を地味に味方ぶっ倒してんだ!?」
天元はこれをやった犯人である八幡に詰め寄ろうとした。
「別に。ただこいつ等がケンカ売ってきたから買った」
「何言ってんだ貴様!? 貴様そんな血気盛んな男だったか!?」
「あ~、少しいいですか」
八幡と天元の間に隠の一人が入り込む。
「なんだ!? なんだ!? 今は派手に話し中だ!邪魔すんな!」
「いや、それがこの事に関する話なんです」
「何?」
一旦冷静になった天元は隠達の話を聞く態勢に入る。
「比企谷様が鬼を討伐された後、他の隊員の方々がやって来て、鬼の服等の遺留品に死体蹴りをしたのです。最初は比企谷様も顰めっ面はしてましたが黙っていました」
「その場を比企谷様は去ろうとしたのですが、比企谷様の持っていた鬼の軍帽を奪おうと道を塞いで口論になり、喧嘩に発展したのです」
「……なるほどな」
そこまで聞いて天元は納得した。
確かにソレなら八幡でもキレる。
死体蹴りをしたい気持ちは分かる。
鬼殺隊の隊は大事な人を鬼に殺され、復讐の為に己の人生と命を捧げている。
見ていて気分がいいものではないが、憎き鬼の遺留品があれば何かしら痛い目を見せたいと思っても仕方ない。
しかし、だからといって八幡がソレに付き合う義理はない。
むしろよく耐えた方である。
最初は何もせずに帰ろうとしたのに、ちょっかいをかけたのは向こうだ。
原因は向こうにある。
「(けどまあ、未だ地味に収まってねえようだな。ちょっと鎮めてやるか)」
八幡の方を見ると、苛ついているのが分かる。
珍しい光景。
あまり感情を表に出さない八幡が、あからさまに怒っている。
鬼の言動で怒りを見せることは多々あったが、人間に、しかも仲間である筈の隊士達に向けることは実に稀である。
ソレを見た天元は先程の仕返しも兼ねて少しおせっかいをする。
「このボケ!よくも俺を地味に囮に使いやがったな!」
「うお!?」
音もなく八幡の背後に回り込み、ラリアットを繰り出した。
驚きながらも危なげなく避ける八幡。
上体を屈げながら天元の脇下を通り抜ける。
咄嗟の事でも対応できる当たり、流石は鬼殺の剣士といったところか。
「何しやがる!? 成功したからいいだろ!?」
「そういう問題じゃねえ!一言寄越してからやれ!」
「言ったらバレる可能性があったろうが!」
そこから始まる乱闘。
拳を突き出し、蹴りを撓らせ、
捌き、避け、受け流す。
「お…おい、止めなくていいのか?」
「いやムリだろ」
隠達はソレを黙って見ていた。見ていることしか出来なかった。
戦闘経験豊富な剣士が、全集中の呼吸を使っているのだ。止められるわけがない。
ソレに、この二人は鬼狩りの使命を持つ剣士である。まさか同士討ちなんてバカな真似をするはずが無い。
【雷の呼吸 壱の型・崩し 轟雷】
八幡は天元の腹部に手を置いたまま、掌底を撃ち出した。
その威力によって天元は声もあげられずに吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられる。
咄嗟に受け身を取ったが、食らったダメージは免れない。
痛む腹を押さえながら、天元はヨロヨロと立ち上がった。
いわゆる発頸というものである。
通常の突きは拳を打つのにある程度の間合い距離が必要だが、発頸はゼロ距離で可能。
しかも、今回は雷の呼吸による踏み込みで威力を倍増。
足腰から生み出した力が八幡の肉体を通して増幅、加速、収束された事で更なる破壊力を発揮したのだ。
「この野郎本気で殴っりやがったな!」
八幡目掛け、棒手裏剣が散弾の如く投げられた。
予備動作なく、一瞬で投擲された鋭利な刃たち。
ソレらを八幡は横へ跳んで難なく避ける。
「テメエ、そこまでするか!?」
跳びながら八幡は銃を撃った。
目にも止まらぬ早撃ち。
天元はソレをジグザグに移動して回避した。
銃弾と手裏剣が飛び交い、緩急を付けて縦横無尽に避け、そのまま森の方へと飛び込んだ。
木々の間から響く戦闘音。
戦いはまだ続いている。
「え?ちょ…これはいくらなんでもマズいぞ!」
「流石にやりすぎです御二方!」
結局、乱闘は朝まで続いた。
八幡と天元は互いとの喧嘩でのみ凶器を取り出します。他の奴相手にはしません。
お互い避けられると信頼しているからです。
あと二人の喧嘩は武器ありの模擬戦と言い訳してるので、隊律違反にもなりません。実際、訓練としても成立してます。