この八幡は剣術や格闘技以外にも、銃や暗器や爆弾などの使い方を心得ています。
最初は任務をスムーズに遂行する為に必要だから覚えてましたが、色んな武器を使うのが楽しくなって積極的に学んでます。
仕方ないよね、男の子だったら幾つになっても武器が好きだもんね。
「へへへ…。今日は大量だ。女が二人もいやがる」
のそりと、人影が道の角から現れた。
太った巨体、禿げた頭、脂ぎった中年。
ここだけ見るとただのおっさんだが、針のような口がソレを否定している。
この男こそ八幡の感知した鬼である。
「(それなりの、強さみたいね……)」
一目見て、カナエは判断する。
外見こそこうだが、眼前の鬼はそれなりに強い。
流石に十二鬼月程ではないが、座小鬼は勿論、そこらの並みの鬼程度は凌駕する。
無論、そんな鬼でもカナエ程の実力者なら倒せるであろう。
しかし、ソレは日輪刀があればの前提。
唯一の武器がない今、たとえ雑魚鬼であろうと大きな脅威になる。
「八幡さん、ここはお互い協力して……八幡さん?」
カナエはあたりを見渡すが、八幡は見当たらない。
「あの薄情者……!」
舌打ちしながら言うが、それに反応するものは誰もいない。
一方、しのぶもとてつもなく憔悴していた。
まさかこんなところで鬼、しかも明らかに雑魚鬼とは格の違う鬼に出会うなんて思っていなかったからである。
今の自分に勝てるわけがない。
隊士より力が劣っているだけでなく、鬼の頸を切ることができる日輪刀も所持していない。
しのぶは俯くと、何度も荒い息を吐き出した。
自分自身の手を痛いほど握り締める。
恐ろしいほど、手は震えている。
顔が青ざめていくのが分かる。
しかし逃げなかった。
ここには唯一の肉親であるが一緒にいるのである。
自分のせいで来てしまったのだ。
あの時、自分が屋敷を飛び出さなかったら、姉はこんな目に遭っていなかった。
だから、自分が守らなければならないのだ。
たった一人の家族を置き去りにして逃げることなどできるはずがない。
震えそうな心に鞭を打ち、なんとか打開策はないかとじっと鬼を観察する。
すると気づいた。
この鬼が自分を、特に乳と尻を見ていることに。
「(まさか、この鬼って……)」
気付いた途端、しのぶは怒りを抱いた。
吐き気がする。
食欲だけでなく、そういった欲望でも人を汚すのか。
やはり鬼は醜い。こんな醜悪な鬼は報いを受けさせなくては。
しかし、その手段がない。なら、どうするべきか。
「待ちなさい!私が……」
「あ、そういうのいいから」
「ぐべぇ!?」
突然、何かが鬼の首を刎ね飛ばした。
「ったく、何であの屋敷に日輪刀ねえんだ?」
鬼の首を刎ね飛ばした何か―――八幡はあくびをしていた。
曇天の空の下。
人里から外れた道の脇で鬼と人が睨み合っていた。
鬼の名は蝉噪。蝉やタガメのように鋭いストロー状の口を持つ鬼。
人の名は比企谷八幡。謹慎を食らって日輪刀を没収された鬼殺隊員である。
八幡は弓を肩に担いで、蝉噪は鋭い口を敵に向けながら睨み合っている。
「なんだその弓矢は?日輪刀なら勝ってたって言いてえのか?」
「なんだ、分かってるじゃん」
「クソ、ふざけるな!」
八幡目掛けて突進する蝉噪。
ソレを跳んで避けながら、八幡は空中で蝉噪目掛けて矢を放った。
ドスっと、蝉噪の心臓あたりに命中。背中から蝉噪の太い肉体を貫通した。
「……お前、ふざけてるのか? こんなことしても鬼は死なねえぞ?」
「試験だよ。ちゃんと鬼を貫ける弓矢かどうかのな」
「本当にふざけた奴だ!」
再び接近する蝉噪。
突進、殴り、蹴り、掴み。
それら全てをスルスルと涼しい顔で避けられながら、今度は短剣のようなものでグサグサと刺された。
「お、このナイフもけっこういい切れ味だな。流石は甲さん。いい仕事する」
「お、お前……! お前も、俺を莫迦にするのか!?」
激高して更に攻撃の手を激しくさせる。
今度は蝉のような羽を背中から生やし、空を飛んで突進。
しかしソレもひらひらと舞う木葉のように避けられ、通り過ぎ様に足蹴にされた。
蹴りのダメージはない。敢えてダメージのある蹴りをしなかった。ソレを理解した途端、更に蝉噪の怒りが増す。
「この…俺を莫迦にするな!!」
腕をタガメや蟷螂のようなものに変え、八幡に切り掛かる。
見掛け倒しではない。先程よりも格段にスピードが上がっている。
流石にこれまでの舐めた態度を取る余裕はないのか、先程までのニヤニヤした笑いを辞め、真面目に対処した。
避け、払い、受け、流し、散らし。
素手で鬼の攻撃を捌いていく。
「(な、なんだこの鬼狩りは!? 素手なのに滅茶苦茶強いぞ!)」
八幡の強さに恐れ戦いた。
本来、鬼狩りは刀を武器にしている筈なのに、八幡は素手でこの強さである。
ならば、もし刀を持ってしまえば、どうなるか。そんなものは答えるまでもない。
「この…だったら!」
【血鬼術 耀蝉之――】
バンバンバンバン!
血気術を使おうと、自身の胸部を変化させた途端、四つの爆音が響いた。
八幡の銃からである。
彼は咄嗟に早撃ちを行い、胸部と羽を破壊したのだ。
「ぶへっ!?」
墜落する蝉噪。
ソレを無理やり追う事はしない。
蝉噪にゆっくりと歩を進める。
「こ、この野郎!」
蝉噪は立ち上がり、八幡に向かった。
八幡の首筋目掛け、鎌が振るわれる。
ソレを半歩横に移動するだけで避ける八幡。
同時に前進しながら、その腕を掴む。そしてグルンと捻ることで殴る衝撃をそのまま返した。
「ぎゃあッ!」
途端にあがる悲鳴。
関節構造を無視するような動きに耐えきれず、肩から腕までの力が壊された。
八幡は一切力を入れてない。
相手の力を利用して肘と肩の間接を外し、靭帯と筋肉をねじ切り、骨を砕いたのである。
更に八幡は腕を掴んだままそっと持ち上げ、そのまま投げ飛ばす。
掴んだ右腕を身体に抱え、背負って持ち上げ、拳鬼の身体が宙を舞う。
背負い投げ。
地面に叩きつける勢いは常人であれば背や後頭部を打って致命傷になるが、鬼の生命力の前ではそれほど問題にはならない。
ドンッ!
重い物が叩きつけられる音がした。
ズドンと、地面が揺れた。
受け身を取れず、モロにダメージを食らう蝉噪。
バキバキと背骨や骨盤を折られ、あまりの痛みに激しく悶絶した。
いくら鬼とて生物。たとえどれだけ早く治ろうとも、痛みは感じる。
そして、そこに隙があるのだ。
「ぎゃあッ!」
再び蝉噪の悲鳴が響く。
折った腕を捻り上げ、腕の先端の鎌をそれぞれ反対の腕に突き刺したのだ。
結果、後ろ手を拘束された囚人のような状態となり、自分の鎌で自分の腕を縛る羽目になってしまった。
これで手も足も出なくなった。後はゆっくりとトドメを刺すだけ。
と、言いたいところだが、相手は鬼。こんな状態になっても油断は出来ない。
「この……ぐふ!?」
【血鬼術 徳臭椿――】
鬼が血鬼術を使おうとした途端、八幡は鬼に何か放り投げた。
爆弾である。
いつの間にか導火線に火がついており、爆発寸前の状態。
蝉噪がそのことに気づいた時にはもう遅かった。
ドォォォン!
爆散する蝉噪の肉体。
しかし、相手は鬼。いくら身体を削ろうが再生してしまう。
「やっぱ再生するか」
今度は、ワイヤーを取り出した。
これもまた甲製の武器である。
八幡はコレを使って再生しようとする蝉噪の身体を縛り上げた。
結果、再生しようと盛り上がる肉が邪魔をして身動きが取れなくなり、完全に拘束された。
「よし、捕獲したぞ」
「す、すごい……」
木陰に隠れながら、しのぶは八幡の戦う姿を見ていた。
本当は気乗りがしなかった。
しのぶは八幡のことをあまり快く思っないからだ。
度々鬼の味方をするような男を鬼殺隊とは思えず、ソレが原因で八幡を避けていた。
しかし、八幡は姉と仲がいい。他の隊士とは違って鬼を哀れむ事を否定せず、時には姉の相談に乗っている。ソレがまた余計に気にくわなかった。
家族である自分以上に姉を理解している。そんな気になってしまった。
嫌いではないが苦手な部類。ソレがしのぶの八幡に対する評価だった。
「何で……日輪刀なしで戦えるの!?」
八幡の結果は想像以上だった。
日輪刀を使うまでもなくあのレベルの鬼を圧倒し、捕獲までやってみせた。
殉職率の高い鬼殺隊にいながら入院すらしたことがないので、相応の実力がある事は分かっていたが、まさかここまでだったとは。
剣術だけではなく、弓矢や銃などの飛び道具を駆使し、爆弾やワイヤー等のマイナーな武器も使ってくる。
成程、確かに鬼殺隊の異端児だ。
「(けど、アレなら……)」
首を落とせない自分にも出来るんじゃないか?
矢―――弓矢に毒を塗れば、心臓や首に当てる事で一撃で倒せるんじゃないか?
銃―――弾丸から毒を注入する機能があれば、満遍なく鬼の全身に毒を盛れるんじゃないか?
弦―――さっきみたいに鬼を縛ったら、たとえ毒が切れても日光が出るまで鬼を無力化出来るんじゃないか?
アイディアは尽きない。
もし、これらを実現出来たら、鬼の首を刎ねる力がなくても鬼を殺せる。
こんな小さく非力な身体でも鬼を殺せる。
今よりも効率的に殺せる!
「しのぶ!」
ふと、彼女は我に返った。
「しのぶ……」
「姉さん……」
カナエはしのぶにそっと抱き着いた。
「もうバカ!心配させて!」
「・・・ごめんなさい。………ごめんなさい!」
しのぶは叫んだ。
「ごめんなさい!違うの、さっきのは違うの! どうしても、抑えられなくて……!」
「……いいの。いいのよ、しのぶ。……私も、ごめんね。しのぶの気持にはとっくに気付いているのに」
しのぶの背中を撫すカナエと、カナエを強く抱きしめるしのぶ。
二人はしばらくの間、固い抱擁をほどくことはなかった。
「比企谷さん」
抱擁を解いた二人が歩み寄ってくる。
八幡は繋がれた手を見てから、二人と視線を合わせた。
「仲直りはできたか?」
「うん、お陰様でね。ありがとう、比企谷さん」
「……ありがとうございます、比企谷さん」
柔らかに微笑むカナエと、少し照れ臭そうに俯くしのぶ。
普段の仲良ししまいに戻った事を実感して、八幡も軽く微笑む。
「しのぶ、これだけは言っておく。復讐の鬼にはなるな」
「………」
しのぶは黙って八幡の話を聞く。
「復讐に走った人間を何人か見てきたが、その全員が不幸な死を迎えた。その時の死に顔は、鬼みたいな顔だった」
この世界の鬼は決して無惨による鬼だけではない。
復讐鬼。
全てを復讐の為に捨てた人間の末路。
代表的なのは八幡の師匠の一人であった仲成である。
彼の死に顔は、今でも八幡の脳裏にこびりついている。
「お前には家族がいるだろ? 鬼に成るには早すぎると思うが」
「……分かってるわよ」
「……そっか」
八幡はそれ以上何も言わなかった。
「今日は疲れたろ。二人ともゆっくり休め」
「え? ……そ、そうね! 帰ろっか、しのぶ?」
「……うん」
三人は放置していた鬼の場所へと戻り、八幡が持ち帰る準備をする。
貴重な実験結果であるこの鬼の使い道はまだある。
八幡もそのつもりで捕獲したのだから。
「それじゃあ行くか」
「ああそうだな。任務に行くか、八幡」
「………え?」
鬼を持ち上げて連れて行こうとした瞬間、彼の鎹烏である八雲が電柱から見下ろしながらそう言った。
「お前の謹慎は解けた。日輪刀は手入れ中だから持っていけないが、代用品を持ってきている。早く屋敷に戻って取ってこい」
「え?いや…嘘だろ? まだ一日も終わってないぞ?」
「ピンピンしているお前が長く休めるわけがないだろ!早く行くぞ!」
仕事に生きたくない八幡は往生際悪く抵抗する。
「お、俺は鬼殺のために鬼に……仕事の鬼に落ちるつもりはない。俺は人間なんだ。休む時は休む」
「ダメよ、比企谷さん。ソレじゃあ堕落の鬼じゃない」
ぴしゃりと。カナエは八幡の甘えを切り捨てた。
「早く行きなさい、柱候補」
「早く行け。このダメ人間」
誰一人、彼を庇ってくる人間はいなかった。