那田蜘蛛山の中腹。
一体の鬼が山を降りようと駆け抜けていた。
可憐な少女のような外見の鬼。
彼女もまた累の家族(おもちゃ)の一人であり、累によって虐げられていた。
故に、彼女は累を恨んでいる。
家族になったの、鬼狩りが怖くて累に縋ったから。
意味不明な家族ごっこなんてしたくないし、早く逃げだしたいと願っている。
だが、累に従わなくては、累によって制裁を受ける。脱走も同様。だから渋々従っているだけである。
だから今回はチャンスなのだ。
この混乱に乗じて、この山から。累から逃げ出す絶好の機会……。
「ん?」
いい香りがした。
甘くて美味しそうな匂い。
間違いない。これは稀血だ。
コレを食って更に力を付ければ、外に出ても鬼狩りを倒せるかもしれない。
累なんかに頼らなくても、累から貰った力と自分の力で生きていけるかもしれない。
バァァァァァン!!
「え?」
稀血の匂いがする方へ近付こうとした途端、何かが足に引っかかった。
瞬間、周囲が爆発。同時に上へと足を引っ張られ宙吊り状態になった。
「な…何!? 何なの!?」
突然の事に驚き慌てふためく。
しかし、無意識的に気づいた。
これは鬼狩りの仕業であると。
【雷の呼吸 壱の型・崩し 雷速】
「!!?」
轟音が響いた。
咄嗟に音がした方に目を向ける。
そこには、木々を抜けて迫り来る鬼狩りの影が見えた。
「(ま、まずい! このままじゃやられちゃう!)」
彼女は咄嗟に血鬼術を発動させようとするが……。
「(……もう、無駄ね)」
直ぐに諦めて自分から首を差し出した。
逃げても無駄だ。
累の元から離れたところで、また鬼狩りに怯える日に戻るのは目に見えている。
更に、累は無惨のお気に入りだ。その累を裏切ったとなれば無惨によって始末される可能性が高い。
彼女の脱走計画は最初から詰んでいたのだ。
だったら、せめて楽に終わりたい……。
【水の呼吸 伍ノ型 干天の慈雨】
先程の若い女性型の鬼同様、かの子の願いは聞き届けられた。
パサリと布を顔に掛け、その上から首を切断。
甘い香りに包まれながら、彼女は解放された。
「急げ手下共! 早くしないと先を越されちまう!」
那田蜘蛛山の中腹目掛け、一体の鬼と十数体の蜘蛛の化物が進んでいた。
白髪で左右の目の色が異なる人間の頭と蜘蛛の身体を持つ異形の鬼。
この鬼も累の家族の一人であり、兄の役割を与えられている。
しかし、彼は他の家族と違って累を恨んでいなかった。
兄としての役割を演じきっているのか、彼のみは累からの制裁を受ける事はなかった。
むしろ父さんから暴力を受ける母さんを見て嘲笑う始末。
そんな性格だからか、彼はむしろ累に感謝していた。
こんな素晴らしい力をくれたバカな累に。
独り占めしていればいいものを、下らない家族ごっこのために力を分け与えるバカな子供。
今は
そのためにも手柄を立てて家族としての地位を上げ、上質な血肉を食わねば。
「(さっき、爆発の音が聞こえた。おそらくそこに鬼狩りがいる筈だ!)」
先程聞こえた爆発音。
おそらく鬼狩りが他の家族と戦闘を繰り広げた音だ。
あれから少し時間は経ったから、鬼狩りか家族のどっちかがやられている筈。
そのどちらか、或いは両方を食って力を付けてやる。
「(そろそろ着く頃だ! じゃあ鬼狩りを……あれ?)」
あと少しで爆発地点に着くといったところで、彼は違和感を覚えた。
後ろから付いて来る蜘蛛の化物。
これらは鬼ではなく、彼の血鬼術によって姿を変えられた人間である。
毒を打ち込んだ対象を30分程で巨大な蜘蛛に変化させ、手下として従える。
累の家族ごっこの代償に、彼が与えられた血鬼術である。
「減ってる?」
元居た数より手下の数が少ないのだ。
最初は十数匹いた筈なのに、今は数体ほどに減っている。
まさかはぐれた? いや、そんなことはない筈。だったら何が……。
「な!?」
通り過ぎた道の上。
自分から数十m程も離れた先で、手下が数体倒れているのが見えた。
刀のような鋭いものでバッサリと切り裂かれた死体。
間違いない、鬼狩りの日輪刀による傷である。
「鬼狩りか!?」
ソレに気づいた途端、彼は警戒した。
「クソ! お前らも探せ!」
手下たちも使って鬼狩りを探そうとした途端……。
【風の呼吸 壱ノ型 塵旋風・削ぎ】
既に一体斬られた。
狙われたのは右前にいる手下。
音がして振り向いた頃には、既に四等分にされていた。
「クソ! 何処だ!?どこにいる!? お前たちも探せ!」
彼は周囲を更に警戒し、手下達にも警戒させる。
先手を取られたが、こっちはこれだけ頭数がいる。
次来たら最期。一体斬られても、すぐに囲んでやる。
まさか、この包囲網を突破するなんて芸当は不可能のはず………。
【雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃】
一瞬で3体も手下が切られた。
来る瞬間は見えた。
だが、反応が出来なかった。
すれ違いざまに左右の手下を切り裂き、序でと言わんばかりにもう一体の首を刎ねる。
そして、囲まれる前に離脱。残っている手下が追うも、既に森の中へと消えて行った。
「やっぱり追うな! 全員警戒して全体を取り囲め!」
彼の指示通り、手下の蜘蛛たちは陣形を組んだ。
彼を中心に、全方位に備えて円を描いて展開。
奇襲攻撃や全方向からの攻撃に対応するための陣形。
彼は意識してないが、方円の陣と呼ばれる陣形となった。
周囲を、木々を、上を見渡して鬼狩りを探す。しかその姿を捉えることは出来なかった。
敵の姿は見えない。音も聞こえない。もし手下たちがやられるのを見てなければ気づくことはなかったであろう。
【雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃】
「ぐあッ!?」
運良く鬼狩りの攻撃を凌いだ
おかげで腕を全て斬り落とされたが、鬼である彼にはダメージにならない。
むしろ、首を落とされないだけ大分マシである。
防ぐ際中、その影を僅かながら捉えた。
しかし追撃しようとはしなかった。出来なかったのだ。
何かする前に茂みへ飛び込み、そのまま木に飛び移って逃げてしまった。
「(な…なんだあの動きと速さは!? しかも、俺や手下共の視覚外………いや、意識の外を取りやがった! この鬼狩り、只者じゃねえ!)」
やっと存在の片鱗を捉えることが出来たというのに、彼は希望を見出すことが出来なかった。
むしろ逆。更に鬼狩りへの恐怖が高まった。
木から木へ、地に降り立ったと思いきや、また別の木に移動している。
縦横無尽に、複雑な動きでかく乱。
木……いや、山全体を利用した立体的な動作。
あんな動き、猿でも出来ない。
注意点は動きと速度だけではない。
気を抜いた瞬間を狙う手際の良さと、凄まじい斬撃。
一瞬の隙を突いて、彼の腕を全て斬り落とした腕前。
もし、次が来れば、自分は間違いなく首を落とされる。
確信めいた恐怖と危機感が彼にはあった。
【雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃】
茂みから飛び出した鬼狩りが突撃してきた。
鬼狩りは瞬く間に一体目を居合で手下の蜘蛛を斬り飛ばす。
手下も彼も、あまりの早さに反応出来ず、そのまま突破されたのだ。
「何やってる!? さっさと奴を囲め!」
無論、彼もただ黙って見ているだけではない。
手下の蜘蛛に一斉に突撃させる。
しかし、時すでに遅し。
司令を出したころには、鬼狩りは既に闇の中へと身を隠していた。
「(クソ! 何処だ!? 何処に隠れ……!)」
【雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃】
また一体、手下が狩られた。
「!? そこか!?」
振り返る。
既に鬼狩りの姿はない。
【風の呼吸 肆ノ型 昇上砂塵嵐】
再び鬼狩りが現れた。
今度は陣形のほぼ中心。
舞い上がる竜巻の様な連続斬撃により、何体も同時にやられた。
手下を使って囲もうとするが、既に遅い。
包囲網を完成させる前に鬼狩りはその場を抜け出して再び森の中へ消えた。
【水の呼吸 肆ノ型 打ち潮】
一気に五体ほどやられた。
いつの間にか潜り込んだ鬼狩りが、音もなく連撃を繰り出す。
気づいた頃には既にいない。再び闇の中に消えていた。
「(な、なんだこの鬼狩りは!? 本当に人間か!?)」
何が起こっている。
さっきまであれだけ数が揃っていたのに、何故もう全滅の危機に瀕している。
たかが人間に、しかもたった一人の鬼狩りによって。
闇から襲い掛かり、音もなく食い散らかすその在り様は、まるで獣のようだった。
一体、また一体と。
暗闇の中、どんどん頭数を減らしていく。
音もなく、姿を見せる事もなく。
獣は少しずつ確実に、獲物を狩り獲る。
本来なら、鬼こそ捕食者であり人間が獲物。
しかし今宵はちがう。
鬼が獲物で鬼狩りが捕食者。
縄張り。
今宵の那田蜘蛛山は、自分たちの知る山ではない。
鬼を狩る猛獣の餌場である。
「俺の家族に゙ィィィ 近づくな゙ァア゙アア゙!!」
「!?」
急きょ、鬼狩りは追撃を辞めてその場を跳躍した。
遅れて、巨木が鬼狩りのいた場に直撃。
幾らかの手下の蜘蛛たちを巻き込みながら、破壊音を立てた。
「家族……守るウ”ゥゥゥ」
森の奥から、顔が蜘蛛のような異形の怪物が飛び出した。
この鬼は父蜘蛛。
この鬼もまた累の家族の鬼であり、力の代償として家族となった鬼の一体。
他の家族と異なり、累から知能を奪われ、父という役割のみを果たすだけの人形と化した鬼である。
おそらく兄同様に爆発音を聞きつけて来たのだろう。
彼もまた、鬼狩りを狙って攻撃を仕掛ける。
「家族……守るう”ゥゥゥ」
腕を振り上げ、鬼狩りに殴りかかる。
彼の強みを一言で言うのであれば、それは肉体である。
他の家族たちのような、蜘蛛をモチーフとした血鬼術は使わない。
純粋な身体能力による蹂躙。近づいて殴る蹴る。ソレだけで事足りる。
むしろ余計な思考は、この強みを潰すようなものである。
「よし行け!やっちまえ父さん!」
兄蜘蛛はその様子を少し離れて応援した。
彼にはもう戦う手段がない。
手下は全滅しており、毒を盛る隙もない。
よって彼が生き残るには、父さんに勝ってもらうしかない。
故、彼は父蜘蛛を応援するしかなかった。
【雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃】
鬼狩りが凄まじい速度で切り掛かる。
咄嗟に腕を交差して防ぐが、鬼狩りはその腕を踏み台にして跳躍。
その勢いを利用して父蜘蛛の肩に乗り……。
【雷の呼吸 壱の型・崩し 轟雷】
凄まじい斬撃でその首を斬った。
最初に繰り出した霹靂一閃の勢いと合わさる。
結果、楽々とは言わずとも、硬く太いその首を完全に切断した。
「クソ! 諦めて堪るか!」
父蜘蛛の首が切られても尚、往生際悪く、彼は抵抗を続ける。
触れたものを溶かす溶解液、斑毒痰。
ソレを鬼狩り目掛けて放とうとした瞬間……。
バンバン!
爆発声が響いた。
音源は鬼狩りが懐から引き抜いた銃。
その銃口から放たれた銃弾が、彼の頭を粉砕したのだ。
「ぐ……おぉ……!」
肉を盛り上げて再生する彼の頭。
超常的な生命力と再生力を持つ鬼にとって、頭部の破壊は致命傷にはならない。
しかし、瞬時に再生とはいかず、完治には数秒程の時間がいる。
だがそれで十分。
接近するにはお釣りがくるほどの隙である。
【雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃】
頭部が完全に再生しきる前に、彼の首は刎ね落とされた。
余談ですが、蜘蛛にされた人は既に三十分どころか、変化して何日も経過しています。自我は勿論、もう人間に戻る可能性すらありません。
八幡は知識こそありませんが、無意識に人間じゃない事を分かってるので殺すことに躊躇しませんでした。