累の策によって、八幡の動きが封じられた。
本来なら実力は八幡が上の筈が、地の利を奪われた事で発揮できなくなった。
これで戦況は互角。先に隙を晒した方が負ける。
まあ、下弦の伍とはいえ、十二鬼月相手に実力を制限された状態で五分という時点でおかしいが。
だが、互角では駄目だ。
人間には疲れも痛みも存在しており、傷も直ぐには治らない。
体力という限界が存在し、負傷という状態異常があるのだ。
対する鬼にはそんな制約など存在しない。
体力の限界は存在せず、日の出まで疲れ知らずの肉体。
日輪刀で首を斬られる以外では外傷で殺せない生命力。
戦況が互角ではこれ等によって覆されてしまう。
鬼との戦いにおいて、五分では不利と同意義だ。
この戦い、不利なのは八幡の方。
故に、なんとしてでも脱却しなくてはならない。
そうしなければ、八幡が敗れるのは目に見えている。
そして、ピンチの時にこそ、更なるステージに到達するチャンスでもある。
今まで鬼狩りの剣士たちはそうして強くなってきた。
格上の相手、不利な状況。死地にこそ活路を見出す。
八幡もまた、この機会に羽化しようとしている。
“ドクンッ”
最期のピースが揃う。
八幡だけの技が完成しようとしていた。
駆ける。
通常の人間なら、一寸先も見えない闇の中を。
今の俺には昼だろうが闇だろうが関係ない。
匂いと音と直感で。
見る以上に観えている。
駆ける。
道でない道を。
人どころか獣すら再現出来ない動きで。
今の俺には壁だろうが天井だろうが関係ない。
足と腕とロープで跳んで。
跳ぶ以上に飛んでいる。
風になったかのような気分だ。
自由に、思うがままに。
何ものにも囚われず、自在に俺は掛ける。
誰も俺を捕まえられない。
たとえ、この鬼の糸であっても。
俺を縛れるものは何処にも存在しない。
邪魔な糸を斬る。
一本、また一本と。
その度に俺を縛る何かから解放された。
ああ、そうか。
俺を縛っていたのは俺自身だったんだ。
前の世界にいた下らないしがらみ。
抱える必要のない無駄な雑念。
こいつ等が俺の邪魔をしていた。
だから完成しなかったんだ。
だが、今ならやれる。
今の俺なら、何処までも飛べる。
もっと高く、もっと速く、もっと強く。
そのための呼吸だ………。
【
「な…何だ!?」
突然、鬼狩りの動きが変わった。
今までも人外染みていたが、それ以上に。
まるで空を飛んでいるかのような動きに変化した。
「ま…まずい!」
ソレを見た途端、累は焦った。
やっと五分に抑えたというのに、逆転されたらもう抑えられない。
間違いなくやられる。ソレだけは何としてでも防がなくては……。
「(これで決めてやる!)」
【血鬼術 刻死輪転】
発動された累の血鬼術。
刻糸牢よりも更に多くの糸を網の目状に組み、一気に回転させる。
逃げ場は存在ない。堅く鋭い糸を切り開くことでしか生きる術はない……。
【天の呼吸 雲の型 流れ雲】
全ての糸を受け流された。
糸を断ち切る他に逃げ場のない糸の牢。
その内の一本を刀で受け流す事で、その全てを崩したのだ。
「………!」
その絶技に、敵である累も見惚れた。
あり得ない程に繊細な御業。
だというのに、あまりに大胆な剣技。
矛盾する筈の要素を内包する芸術的な神技に、累は戦いの場であることを忘れて目を奪われ、手も足も止めてしっまた。
ソレがいけなかったのだろうか……。
【天の呼吸 雷の型 千火万雷】
突如、ここら一帯の糸が断ち切られた。
轟雷の如く鳴り響く激震。
糸の罠、血鬼術問わずに全ての糸を悉く食い荒らした。
その音が加速による足音だと気づくのは、終わった後の事。
気づいた頃には全てが遅い。
「(なッ!? ぼ、僕の糸が!?)」
一瞬で糸を斬られたことに焦る累。
だが、そんな暇などない。
既に刃は目の前にまで来ている。
「ック!」
【血鬼術 血色織】
腕を楯にして刀を防ぐ。
咄嗟に血鬼術で赤黒い糸を編み、腕に巻き付けて防具代わりにする。
防ぎ切れない事は分かっている。たとえ腕を犠牲にしても逃げることが最優先。
斬られる腕の感触を無視して累は跳び、背後の木の枝に糸を巻き付けて逃げる。
―――追う。
獣の如く、雷の如く。
響き渡る剣戟は咆哮。
鳴り響く轟音は雷鳴。
鬼を狩る剣士は雷を纏う獣となって獲物を追う。
―――逃げる。
脚を、糸を、木を、場を。
鬼は全てを酷使して逃げる。
今宵、捕食関係が逆転した。
人を食らう蜘蛛は天敵から糸に縋って必死に逃れる。
「(……来るな)」
【血鬼術 刻糸牢】
来る。
進撃を緩めることなく突き進む。
「(来るな!)」
【血鬼術 殺目篭】
来る。
邪魔な糸を切り開いて進行する。
「(来るなァァァァァァ!)」
【血鬼術 刻糸輪転】
来る!
突破した鬼狩りが刀を振り翳す!
スパン!
遂に、刀が首を捉えた。
日の呼吸だと思いましたか? 残念、オリジナル呼吸です。
けどこの呼吸、まだ未完成なんですよね。
水と風と雷を複合させた新しい呼吸なのですが、まだ組み合わせるべき呼吸を八幡が取得してないんですよ。
では、次に会得すべき呼吸は何か。それは後程に。